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万能女中コニー・ヴィレ5

百七花亭 / 著
krage / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-555-6
定価 1,430円(税込)
発売日 2023/02/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《囚われの義兄も王子も、皆まとめてお助けします!》
異形を操る影王子により義兄や王太子達が行方不明。コニーも諜報部隊〈黒蝶〉として救助隊に加わり、敵の妨害、無能な味方に足を引っ張られながらもアベルや〈黒蝶〉とともに歩みを進める。だがあるトラブルにより貴重な戦力の彼らが魔法薬をかぶって子供に変身! 戦闘に加え子守りとか勘弁してくれませんか!? 一方囚われのリーンハルトは王太子救出の機会を狙いつつコニーとの再会を願っていたが、彼の身体にはある“変化”が起こり始めていて——?

立ち読み

 長い夢から醒めたリーンハルトは周囲を見回した。
 闇を薄めるのは岩壁に生えた光苔。半径三メートルをぐるりと囲む鉄格子。天井部分はカーブしてまるで鳥籠のようだ。右隣の鳥籠にも誰かいる。
 結い上げた赤みのある長い金髪、観賞魚のようにひらつく黒衣。蠱惑的な笑みを浮かべるも、どこか憔悴して見える美女——のような彼は声をかけてきた。
「やっと気がついたようね、ダグラー副団長」
「君は〈黒蝶〉の長……? 何で……」
 言いかけて、ふと、左側にも気配を感じて視線を向けた。もうひとつの鳥籠に人事室長アイゼンがいる。元王妃の幽閉地へ旅立ったはずの彼が、何故、目の前に——そこで思い出した。
 自身が夜営地で〈影〉に呑み込まれたことを。あのとき捕まったのか。やけに身体が軽いと思ったら、鎧がない。攻撃魔法に耐性のあるものなのに……今、身に着けているのは鎧下に着る厚手の防御衣のみ。その上、魔法剣までない!
「——私も、愛用の魔法刀を奪われました」
 いつも冷静で毅然としているアイゼンも、疲弊を隠せない様子で言った。
「攻撃魔法でもこの檻は壊せないわ。身に付けた防御魔法は有効なままだけど……」
 揚羽も肩を竦めて、脱獄不可能であることを教えてくれる。
 そして、リーンハルトは自分だけが半月近く意識を失っていたことを知った。体に余計な負担がかからなかったという点では、鎧がなくて幸いだったかも知れない。
 思ったほど、体力が衰えてないのが不思議だ。何も食べてないはずなのに……いや、それよりも、今は気になることが多過ぎる。
「私の部下たちも、ここに攫われたと思うのだけど……」
「見てないわ。別の場所で監禁されてるんじゃないかしら」
 側近に、騎士団の拉致……リーンハルトは敵の思惑を考える。
「王太子の周辺から切り崩すつもりかな」
「ジュリアン殿下も捕われていると思うわ。帰国日に戻らなかったの。だから、居場所を探るべく、あえて敵の招待を受けたのだけど……このザマよ」
「じゃあ、護衛のボルド団長も捕まった可能性が高いな。アイゼン卿は? 確か〈先王の御子暗殺〉に、元王妃が関与したかを探りに行ったはずでは——」
 薄暗くてすぐに気づかなかったが、彼のプラチナの髪が肩まで短くなっている。出発前に会った時には、背中に流れるほどの長さがあったのに……
 アイゼンは眉間に深く皺を刻み、陰鬱な表情を見せた。
「えぇ、国王命令で行ってきましたが、収穫はありませんでした。幸いにも……私が王都を発った後に、〈黒蝶〉が情報屋を締め上げて吐かせたそうで……」
 揚羽から聞いたらしい。その〈黒蝶〉とは義妹のことだ。リーンハルトも彼女から聞いたので知っている。
 十年前、元王妃は当時八歳だった先王御子に刺客を送るよう、マーベル侯爵に指示を出した。彼は情報屋を通じて暗殺者の姉弟ゾーラ・ドーラを手配。彼らに報酬を渡す条件として、御子の首を要求。賊の仕業と見せるため御子の母、祖父母まで殺害。その後、暗殺者たちは行方不明になった。
 アイゼンにとっては二度手間と感じたことだろう。
 彼は元王妃キュリアとの面会と、ここに至る経緯を話してくれた。
 錯乱状態にあるキュリアは、暗がりを指差し『アレがいる』『わたくしの首を狙っている』と、幻覚に怯えていたという。心を病んだ妄言ばかりで自白は無理だと感じた、と。『守っておくれ』とすがる彼女を振り切り、アイゼンは静養地を出た。帰路の途中、川べりで休憩を取っていた時、木陰から伸びてきた〈白い手〉に髪を?まれ——とっさに短剣で髪を切り逃れるも、四方から覆いかぶさる〈影〉に呑まれて、気づけばこの檻の中。
「手の主は元王妃でした。一瞬ですが顔が見えたので……先に〈影〉に捕われていたのでしょう」
 彼に恋焦がれるあまり、あとを追って危険な結界外へ出たのか。
 そういえばと、リーンハルトは思い出す。自身が〈影〉に呑まれる直前、義妹によく似た人影を見た。だからこそ、警戒が遅れたとも言える。元王妃の執念もまた、アイゼンの隙を突くため敵に利用されたのだろう。あの女を訪ねなければ、彼も捕まることはなかったはずで……不憫としか言いようがない。
 リーンハルトは揚羽に視線を向けた。彼は魔法士団の長も兼任する。人外は専門分野だ。
「私たちを招待したのは、先王の亡き御子だと思うかい?」
「〈黒蝶〉で集めた情報では、ほぼ黒に近い灰色ね」
「やはり、死後に人外に堕ちたと見るべきかな」
「そうね。非常に珍しいケースだけど、そう考える方が矛盾もないわ」
 謀略を目論む張本人は、いまだ姿を見せない。

 薄闇の中、リーンハルトはぼんやりと考えていた。
 封印の作用で忘れていたにしても、何故、こんなに義妹との再会が遅くなってしまったのか。
 少なくとも、自身が十九歳で城勤めを始めた頃には、彼女も女中として働いていたのに。十四歳の頃も、きっと可愛かっただろうな……そう思うと貴重な時間を取り逃がしたようで悔しい。
「この状況で現実逃避したくなるのも分かるけど、独り言が漏れてるわよ?」
 呆れた声にハッとする。光苔で照らされた右側の檻から、半眼で見つめてくる揚羽。
 日に一度運ばれてくる食事で、日を数える。目覚めてから六日目。五月十七日。
 檻を壊す術もなく。今出来るのは体力を温存することだけ。
 ——暇過ぎて、義妹のことばかり考えていた。
「〈女中の彼女〉とは、コニー・ヴィレのことですか?」
 アイゼンの問いかけに「そうだよ」と答えると、彼はあからさまに眉をひそめた。
「怪我を負わせたり、拉致未遂、さらにはヴィレを解雇させるべく書類偽造。それで処罰を与えられたのに——未だに付きまとっているのですか?」
 ムッとしたものの、書類偽造の件では人事室にも多大な迷惑をかけた。心証悪くて当然だ。その後の自分たちの関係を知らないなら、非難したくもなるだろう。
「彼女とはとっくに和解しているよ」
「なるほど……コニー・ヴィレの心は空のように広いのですね」
 冷ややかな眼差しでそう返してくる。その通りだから異論はない。
 リーンハルトが謝罪した時、彼女は怒るでも不満をぶつけるでもなく——今考えれば不思議なほどにさらりと許してくれた。あの時、彼女は言った。
『誠意をもって謝りに来て頂けたのであれば、それで十分です』
 もしかして、あれは……歴代義兄どもが凶悪過ぎて、もう、人として最低限のマナーさえあれば許せるという心境だったんじゃ……
「今度はねぇ、義兄の立場を利用して手懐けようとしてるのよ〜」
 揚羽が噂好きのおばちゃんのように、余計なことを言い始める。
「それはまた、節操ありませんね。女性なら誰でもよいので?」
 誰でもいいわけがない。あの過去を思い出した今なら、なおさら——
 きっぱりと強い口調で宣言した。
「私はこの先、彼女以外は選ばない! 何があっても、未来永劫!」
「……自分が選ばれないってことは考えないのかしら?」
「引いてばかりいたら、そもそも彼女は好意にすら気づかないだろ!」
「正論だけど、うざがられて嫌われるってこともあるでしょ」
 リーンハルトは半眼で揚羽を見た。
「……それって君の話?」
「失礼ね!」
「何が副団長をそれほどの執着に駆り立てるのか……興味深い。あぁ、食事の時間のようですよ」
 アイゼンが声をかけると、二人はハッとした。
 ぽよん、ぽよん、ぽよん……
 暗がりから跳ねてくる白くて丸い物体。直径二十センチで、何となく鳥っぽい。羽毛はなくつるっとしたボディに、人の手なのか翼なのかよく分からないものが籠を掲げ持っている。少し離れた所で籠を下ろし、中にあるパンの欠片と革袋の水筒を——次々と投げつけてきた。捕り損ねると檻の外へ飛んで行くので、素早くキャッチしなくてはならない。毎回思うが、地味に嫌がらせだ。
 石のように硬いパンに水をかけ、ふやかしながら少しずつ食べる。腐ってないだけマシと思うべきか。ちなみに、水は三日に一度だけなので、慎重に飲まなくてはならない。
 リーンハルトが意識不明の間は、この変な生物が彼の腕に何かを注射していたと聞いた。特に不調もないことから、死なせないための〈栄養剤〉みたいなものだったのかも知れない。

 翌日。食事が終わった頃にそれは現れた。七、八歳ほどの子供の〈影〉が光苔の下を歩いてくる。やけに立体的に見えるのは目の錯覚なのか。それは〈影王子〉だと名乗った。
 前日に、城が異形の群れに襲撃されたことを告げてきた。
「残念ナ事ニ、失敗ニ終ワッタ、ケドネ」
 影王子は饒舌だった。失敗したという割に楽しそうに滔々と語る。
 国の守護精霊イバラの魔力を策謀により封じたこと、城に放った魔性ヒルが成長し多くの人間を殺したこと。いいところまでいったのに、誤算があって追撃の援軍が送れなかったこと——
 コニーは無事なのか……!?
 そして、王太子とボルド団長も、ここに拉致されていることが明らかになった。
「心配シナクテモ、彼ラハ、〈重要ナ駒〉。〈処分〉ハ最後。オマエ達モ、舞台ガ整ウマデハ、生カシテヤル。デモ、他ノ人間ハネェ……」
 多くの城騎士が拉致され、魔性ヒルの餌食にされたり、闘技場へ毎日送られていることを知った。
 言いたいことだけ言って満足し、立ち去ろうとする影王子を揚羽が呼び止める。
「ちょっと、こっちにも質問ぐらいさせなさいよ! ここは一体どこ!?」
「当テタラ、解放シテヤルヨ」

◇◇◇◇◇

 目覚めたコニーは、白緑の鎧に身を包んでいた。
 腰の剣帯には愛用の双刀が吊るされ、左籠手の上には、乳白色の魔除け石で作った腕輪がはまっている。石は〈砦の母〉からの頂き物。どちらも危機管理には手放せない大事なものだ。
 こうした気遣いを見る限り、やはり、嫌われているわけではなさそうだ。名乗らないのも何か理由があるのだろう。それよりも、今すごく気になることがある。
 ふよふよと浮遊する光の玉を、じっと見つめる。
「どうやって、わたしの着替えをされたのでしょう?」
〔普通に……〕
「普通に?」
〔お仕着せを鎧下と取り替え、足元から鎧のパーツを順次装着。七秒あれば完了〕
 魔法ではないと言うが、それほど早ければ魔法と変わらないのではないか。素っ裸にされたわけでもないと分かり、安堵する。
「そういえば、お仕着せとメガネはどこに?」
〔魔法の小箱に収納済み〕
 汚れたお仕着せを、国宝の専用箱に入れたのか……
「出来れば、わたしの背負い袋に仕舞ってもらえませんか?」
〔否、管理に非効率〕
 その理由が白緑鎧は目立ち過ぎるため、〔速やかに外さなくてはならない場面もある〕のだと。
 コニーの脳裏にハイエナ記者のちゃらい顔がよぎる。納得した。
「——了解です」
 午後三時の鐘が鳴る。さて、例の金貸し屋は小分けで部下を送り込むばかりだが……本人が来るのはいつだろう。まだ時間はあるかな?
「小精霊様。早速ですが、魔法の練習をしたいです!」
 今のうちに慣れておきたい。それに、〈正しく〉指示出しをしないと、小精霊も困るだろう。
 光の玉は強く光って、スッと胸甲部にある精霊石に吸い込まれた。
〔基本の結界から始めるべし。自在に変形可能のため、まずは小楯をイメージ——〕
 コニーはうきうきしていた。一生、無縁と思っていた魔法を自らの意思で使えるのだ。
 要は、イメージをはっきりした言葉で伝えればよいのだと知る。結界で光の楯を作ったり、天井につくまでジャンプしたり、光る蔓植物の翼でふわふわ宙を舞ったり——
 鎧の重さも全然感じないし、めちゃくちゃ楽しいです!



「一体どうなってる!? 何故、誰一人として戻らんのだ!?」
 金貸し屋ゴールドは苛立ちを抑えきれず、杖を振り回し叫んでいた。
 若い頃、格闘家だった彼は四十代後半となっても血の気が多い。
 エア国出身のゴールドは気に入らないやつを殺しまくって、二十年ほど牢獄にぶちこまれたことがある。あるとき、エア王家の祝祭で、重犯罪者らはみな恩赦を受けた。だが、野に放たれた途端に次々と討たれ——悪運強いゴールドだけが何とか追手を撒きハルビオン国へと逃げこんだのだ。
 それからは、方々で悪のカリスマを見せつけ手下を増やし、この田舎町を支配下に置いた。
 町民は我が懐を潤す働きアリ! 旅人は絶好のカモ!
 強盗宿にいる旅人は四人だと聞いた。ゴロツキ十五人でも敵わないというなら、そいつらは手練れの傭兵か暗殺者なのだろう。
 ゴールドには野望があった。昨今、新種の麻薬を改良を重ねながら育てている。この実を呑んだ者は強い興奮作用で恐怖を忘れる。これで死を恐れぬ兵を作ることが出来るのだ。
 難点は持続時間が短いこと。繰り返しの使用等で廃人になるリスクはあるが、買い手はいくらでもいる。高値がつき金貨が降り注ぐこと間違いなし! 待ち侘びた収穫まで、あと一月だ。
「ここは我がテリトリー、何人たりと勝手なマネはさせんぞ!」
 残る手下を呼び集め、件の宿へと向かった。



 日暮れ時、宿の前に団体客がぞろぞろとやってきた。
 コニーは二階の窓の端からこっそりと見る。いかにもなガラの悪い連中ばかり。安っぽい革鎧をつけているのは傭兵だろう。先頭にいる紳士風の男が頭領か。
 白緑鎧に身を包んだ彼女は、応戦すべく部屋を出ようとした。ちかり、光る腕輪の魔除け石。それは命を脅かすものの接近を知らせる。
 あの連中? それとも別口の……
〔——上空に〈高位悪魔憑き〉を発見〕
 小精霊の発する警告に、ぎょっとする。
〔攻撃魔法を展開中! 当宿は射程距離内、早急なる指示を!〕
 廊下から階段へと向かう複数の足音。コニーは部屋を飛び出した。
〔攻撃の到達予測は四十秒後——〕
「そこを動かないで!」
 階段を下りた〈黒蝶〉たちを呼び止める。彼らは足を止め、こちらを振り仰いだ。覆面から覗く目を見開き、「えっ」「だれ?」「藁色か?」と問い返す。
 早く結界の指示を出さないと! 範囲は、形状は——
 とっさに彼女が思い浮かべたのは、初代女王が魔法の楯で街を守った場面。
 階段を跳び下りながら、小精霊に指示を出す。
「大楯! 一階天井を傘のように覆って!」
 ヴォン——という音とともに、天井に光の大楯が円を描くようにいくつも並んで傘を形成してゆく。そこへ裏口に続く廊下から窃盗少女が駆け込んできた。
「大変だ! チェッシャーが総出で来た、ぞ……っ!?」
 まぶしい光が織りなす美しい幾何学模様の光景と、鎧姿のコニーに目を見開き?然とする。
 驚いたのはコニーの方もだ。
「あなた、何しにここに——」
「まっ、まだ砦の騎士が来てないだろ! 裏口なら人いないから! 早く逃げ——」
 空から耳をつんざく破裂音——直後、巨大な何かが天井を突き破った。

◇◇◇◇◇

「アベル様、霧が……」
 言いかけて前方に気配を感じた。美女が怒りの形相で宙に浮かんでいる。その腕には気絶したドロシーを抱えて——ナイフを首に突きつけていた。
 近くの窓がガタガタと軋みながら開き、外から液体マッチョが逆さになって覗く。両目と口の部分だけ陰りがあり、不気味でシュールな表情をしていた。
「ガキの命が惜しいなら、窓から武器を捨てな!」
 ルアンジュの脅しに、コニーたちはさっと視線をかわす。アベルは魔獣槍と腰に下げた長剣を、コニーは二本の愛刀を窓の外に投げた。「主殿おおお——!?」魔獣槍の悲鳴が遠ざかる。
 ガタン!
 途端に、床が消えて二人は落下。ぼすっと藁山に突っ込んだ。続けてドロシーが落ちてきた。
 頭上で大きな音がする。天井の穴は閉ざされたようだ。
「ここは……」
 目の前を囲む鉄格子。背後は石壁。藁山のおかげで無事だったが……檻の中へ招待されようとは。
 目覚めたドロシーは、二人が武器を捨てた経緯を知り這いつくばって謝った。
「ごめんなさい! 姉御! 隊長! あたしのせいでええええええ!」
「想定内ですから、大丈夫ですよ。それよりドロシー」
 彼女の耳元で囁く。コーンが所持する〈黒蝶〉の短剣が見えないか。「正面の壁の向こう側に」とドロシーは答えた。
 しばらくして、扉が開きルアンジュが入ってきた。
「ずいぶんと手こずらせてくれたわね。居心地はどう?」
 檻の中を覗き込み、満足そうな笑みを浮かべる。その顔には小皺ひとつない。どうやって婆から戻ったのだろう。遅れて来た液体男が、奪った武器とチコリたちの荷物を抱えている。よく落とさないなと見ていると、奥にある頑丈な箱にそれらをしまい鍵をかけた。
「お前の目的は何だ?」
 アベルが険しい顔つきで問うと、彼女は目を三日月のように細めた。
「知りたい? いいわよ。特別にね。だって、あなたとあなたたちの武器、とぉっても高く売れそうだし。これまでで一番の収穫だもの!」
 売る……?
 濡木色の長い髪を指先でいじりながら、後ろにいる液体男をちらと見た。
「これは我が子——生まれた時には普通の人間の赤子だったのよ」
 ただ奇妙な力があった。彼が泣けば雨が降り、ぐずれば霧が出た。九つのお祝いの日に息子の体は突如、〈水〉に変化してしまった。訳も分からぬまま周囲からも迫害されて、この山に隠れ住むようになった。
「奇病か呪いかと原因を探して、辿り着いた答えが〈人外の先祖返り〉よ」
 元々薬師だったルアンジュは、彼を人の姿に戻そうと魔法薬の研究に没頭した。ただの薬師では出来ないが、魔力を扱う資質があれば可能なことで——ルアンジュには幸いにもそれがあった。自らの体を使って繰り返し試し、奇跡的に〈肉体を若返らせる薬〉は出来た。だが、その効果は一時的なものだ。維持するのは殊の外難しい。
「膨大な研究費は、旅人を捕まえて〈黒曜市〉に売って捻出してきたわ」
 違法市のことだろうか。諜報部隊〈黒蝶〉は裏社会の情報にも精通するが——コニーは聞いたことがない。アベルから視線を送られて、首を横に振る。彼はルアンジュに尋ねた。
「〈黒曜市〉とは? 聞いたことはないが」
「当然よ、禁忌を犯すやばい魔法使いしか知らない場所だからね」
 自分がやばいって自覚があるんですね。
「背徳の市、骨肉市とも呼ばれるわ。器量好しなら奴隷として高値がつく。それ以外は健康であれば肉体をバラして売れる。各部位がグラム単位でね。もちろん鮮度がよいほどいい値がつく。そのためにも生かして連れていく必要があるのよ。稀少性の高い武器なら、そこの競りで破格の値がつくわ」
 ルアンジュはニヤニヤと唇を歪めて笑う。せっかく美人に若返っても、老成した狡猾さや暴利を貪る醜さは、顔全体から腐った油のように滲み出るものだな、とコニーは思った。
「少しよろしいでしょうか?」
 片手を軽く挙げて問いかける。
「命乞いならもう遅いわ! 息子を殴った相応の報いは——」
 コニーは真顔で尋ねた。
「あなたがやばい魔法使いなら、この檻もやばい魔法付きですか?」
「……は? たかが魔力なしにそんな労力かけると思って?」
 鼻を鳴らして、ルアンジュは小馬鹿にしたように言い返す。
「いえね、気になることがあって。ここ、見てもらえます? 明らかに変ですよね?」
 檻の鍵部分を指差す。彼女は怪訝そうな顔をしながらも、檻の扉に近づいた。
 ガアン!
 コニーの重く鋭い蹴りが、扉ごとルアンジュを吹っ飛ばした。顔面に鉄格子の洗礼を受けて、一瞬で老婆に変化する。素早く檻を脱したコニーは、飛びかかる液体男を身を捻って避けた。
 檻を飛び出したアベルが叫んだ。
「戻れ、魔獣槍!」
 ボンッ!
 武器入りの箱が内から爆発、蓋を弾く。それは起き上がりかけたルアンジュにぶち当たった。
 速やかに、主の手に戻った魔獣槍。キラキラ輝きを放つのは、呼ばれて嬉しいからなのか。アベルは液体男めがけて魔獣槍を投擲。見事、仕留める。強い光が稲妻のように弾け、液体男は叫んで飛び散った。
「何て事をおおおおおおおおお!」
 婆は悲鳴を上げ、無我夢中で飛び散った水を雑巾でふきとり、バケツに集める。しかし、前と違って人型には戻れないようだ。愛刀を取り戻したコニーは、婆の背後を取ると鞘で殴って失神させ、アベルが持っていた魔道具の鎖を用いて拘束した。
 その後、地下室を探ると雑然とした研究室があった。怪しげな三つの大箱を開けると、中には拘束されたコーン、チコリ、ニコラが詰め込まれていた。コニーが〈黒蝶〉の短剣で猿轡と縄を切る。
 昏倒しても、すぐに覚醒する不滅の婆。逃亡されぬよう連れてきたが、コニーの持つ短剣を見て何か言いたげな顔をしている。婆の正体を知ったコーンが叫んだ。
「ババアに騙された!」
 美女の姿で誘惑されて、その気になっていたらしい。手玉に取られたことがよほど悔しいのか、その辺に積み上がるいろいろな物を両腕でなぎ倒して大暴れ。すると、連鎖反応で本の山が崩れ、箱が倒れ、棚から硝子器具や瓶が次々と落ち、部屋全体で——
 バタバタバタ ガシャンガチャン バサーッ ドオン! バーン!
 盛大な音が鳴り渡る。最後に、何らかの拍子で飛んできた乳鉢が大壺にヒットし派手に割る。その直前にコニーは突き飛ばされた。その場にいたコーン、チコリ、アベルが避けきれずに、虹色の液体をかぶった。婆がまたもや金切声を上げる。
「半生かけた血と汗と涙の結晶があああああああ!」
 三名はみるみる縮んで変化した。チコリとコーンは幼児に。アベルは十歳ほどに。
 その姿にコニーは愕然とし、思わず叫んだ。
「貴重な戦力があぁ——!」


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