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ぐらり、落とされて。 忠犬魔剣士に無人島でお世話されています

犬咲 / 著
鈴ノ助 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-537-2
定価 1,430円(税込)
発売日 2022/11/29
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

出戻り王女の無人島サバイバル生活は、
猟犬系男子のおかげで至れり尽くせり!?
愛とやさしさで癒やされまくりな7日間?
だけど、獣のごとく追いまわされて逃げられません!!!!
他国から出戻ってきた王女アメリアは、船旅の途中、再婚相手によって海に突き落とされてしまう。そんな彼女を助けて共に無人島に漂着したのは、国随一の魔剣士マクスウェル。「姫様のナイト役を精一杯務めさせていただきます!」やたらサバイバル適性のある彼は、食べ物や寝床、果ては温泉まで確保していき……気づけば無人島とは思えないほど至れり尽くせりな生活に! 褒美に何が欲しいか聞くと、マクスウェルはアメリア自身を求めてきて!?
「もう、出会ったときから今この瞬間まで、姫様の全部が愛おしいです!」

立ち読み

 この三日間、マクスウェルは昼に私の膝で仮眠を取る他は、ほとんど休むことなく動きまわって、夜の間は浜辺で私を膝で眠らせながら、ジッと海を見張っていた。
 さすがに疲れが溜まっているのだろう。
 夕食を食べながらコキコキと腕を回して、眠たげに目蓋をこすっている。
「……マクスウェル、鳥の脂が目に入ってしまうわよ」
 今日の鳥は塩と野生のオレンジの搾り汁を塗りこめ、スライスしたオレンジと少しの香草と一緒に葉で包んで、土中焼きにしたものだ。
 どうやら包みがゆるかった箇所から火が入りすぎてしまったようで、ところどころ焦げ目が濃くなってしまったが、恐る恐る食べてみると、それはそれで香ばしく悪くなかった。
 取りわけた肉にそっと?みつけば、カリリとした焼き目の奥から、しっとりとしたやわらかな肉が現れる。野生の鳥の旨みとオレンジの風味がまざって、爽やかだがどこか力強さも感じる、食べごたえのある味わいだ。ほどよく利いた塩気もまた美味しい。
 けれど、マクスウェルは、味よりも眠気の方を強く感じている様子だった。
「んー、大丈夫です。まだ、入ってません」
 答える声はいかにも眠そうだ。それなのに、彼はニコリと笑って私に言った。
「姫様、今日もお疲れでしょう? 食べたらすぐ、お風呂沸かしますね」
 自分の方こそ疲れて、傷ついているだろうに。
 私は黙って、チラリと彼の手に目を向けた。
 子供のように両手で持って肉にかぶりつく彼の指は、ところどころうっすらと赤く腫れている。
 一昨日、浜辺の罠を作る際にできた傷だ。
 風の魔石を用いて、自分の手とガンガゼや悪魔の棘の間に膜を作って保護しながら捕らえたそうだが、いくつかすり抜けてしまったらしい。
 そのときは「大丈夫ですよ! 俺、魔力が高いので爆速で回復しますから!」と言って、作業の手をとめることなく穴掘りに取りかかっていた。
 二日が経ち、だいぶ癒えてきたようだが、それでもまだチクチクとした痛みは残っているはずだ。
 私は彼の傍らに置かれたスコップに視線を向け、そっと首を横に振った。
「いいえ、今日は結構よ」
 折れた持ち手を蔓と添え木で補強したスコップを見れば、それがどれほど酷使されたのか——彼がどれほど働いてくれたのか一目でわかる。
 魔石は便利だが、使用者の心身へ負担がかかるものだ。
 以前、エズラ殿に聞いたことがある。
 魔術師の身体には血が流れるように魔力の流れが巡っていて、魔石を使うと魔力が吸いとられ、いわば血を抜かれるように体力を消耗するのだと。
 元気なときならばともかく、疲れきった今、彼に無駄な魔力を消費してほしくなかった。
「適当に水で清めればいいわ。だから、食べたらもう一眠りしてちょうだい。一時間でも眠れば、だいぶ違うと思うから」
 疲労困憊のところで襲撃を受ければ、しなくてすむ怪我をしてしまうかもしれない。
 そう思い口にした提案に、マクスウェルは「いえ、ダメですよ」とかぶりを振った。
「疲れたときは、ゆっくりお風呂に浸からないと!」
「それなら、あなたこそ入るべきだわ。じっくり浸かって疲れを癒やさないと」
「俺は別にいいです。ささっと川で汗を流せばそれで」
「いけません。今日は、きちんと身体を労ってちょうだい」
 少し強い口調で言いかえすと、マクスウェルは「ええ〜」と困ったように眉を下げた。
「でも、俺、お湯にジッと浸かるのって苦手なんですよね。すぐに熱くなっちゃうし、退屈だし。だから、子供のころは湯船で百を数えるのが何よりの苦行でした」
 いかにも嫌そうにくしゃりと顔をしかめるマクスウェルに、私は思わず噴きだしそうになるのを堪えて、真剣な顔を作る。
「……それは気の毒だけれど、でもお願い、マクスウェル。あなたが元気でいてくれないと、困るのは私なのですよ」
 意地の悪い叱り方をすれば、マクスウェルは「そんな言い方、ずるいです!」と子供のように唇を尖らせた。
「……わかりました。じゃあ、姫様が入った後に入ります」
「それでは温くなってしまうわ」
「沸かしなおします」
 それでは二度手間になり、余計に疲れてしまうではないか。
 けれど、やさしい彼は、自分だけが湯に浸かってくつろぐのは許せないのだろう。
 どうしたものかと首を傾げて、ふと、エブリンの顔が頭に浮かんだ。
 あれはまだ私がオムルハに嫁ぐ前、あの子が六つのころだ。
 十二年の昔、庭園で赤い花を蹂躙しきったお転婆さんは「ねえさま、みて、きれいでしょっ」と花の汁で真っ赤になった指を誇らしげに見せびらかしてきた。
 泥まみれ、花まみれのひどいありさまだというのに「お風呂に入りましょう」と侍女に促されたエブリンは泣いて嫌がり、ベッドの下に隠れてしまった。
 ちょこんとベッドの下から愛らしい顔を覗かせて「ぜったい、やっ! ずっとつけとくの!」と駄々をこねるエブリンを説得するため、あのとき、私は自ら服を脱いで誘ったのだ。
「では、私と一緒に入りましょう」と。
 そう。ひとりで入るのが嫌だというのならば、ふたりで入ればいい。
 そうすれば、お湯を沸かすのも一度ですむ。
 恋人でもない男女が同じ湯に浸かるなど褒められたことではないが、見なければいいのだ。
 ——そうよ。最初の日にマクスウェルがしてくれたように、見ないように入れば問題ないわ。
 後になって思えば、私も疲れて判断力が鈍っていたのだろう。
 押し問答をしている間が惜しくて、早く彼を湯に入れて、一分でも長く休ませてあげたいという思いが羞恥心を押しながし、私の口を滑らせた。
「……では、私と一緒に入りましょう。目隠しをして入れば、大丈夫よね?」
 いつかと同じような言葉をかけると、マクスウェルは、あのときのエブリンと同じようにパチリと目をみはり、それから、パアッと輝くように笑って答えた。
「わぁ、よろしいのですか? じゃあ、入ります!」と。
 私は上手く説得できたことにホッとしながら「よかった! ゆっくり浸かりましょうね!」と、彼の笑みに釣られるように笑顔で返したのだった。

 それから十分後、シャツの切れ端で目隠しをした私たちは、向かいあって同じ湯に浸かっていた。
「……ふぅ」
 湯のせいなのか状況のせいなのか、じわじわと汗が滲み、ほてった?を伝いおちる。
 それを拭おうと湯から上げた腕に、ぺたりと何かが張りついた。
 指先でつまんで鼻先に持ってくれば、ふわりと甘い香りがただよう。
 オムルハフラワーの花びらだ。白く美しい花で飾りとしても使われるが、ハーブとしての薬効も期待できるため、化粧水や、こうして入浴剤の代わりに用いることもあるのだ。
「……いやぁ、花びらを浮かべたお風呂なんて、ロマンチックですねぇ」
 両手で湯をすくい、くんくんと鼻を鳴らしてマクスウェルが笑う気配がする。
「そうね」と答えてから、つけたす。
「オムルハフラワーは消炎作用もあるから、じっくり浸かれば、少しは疲れも取れるはずよ」
「そうなんですか? 姫様は物知りですねぇ。俺、バカなんで尊敬しちゃいます!」
 嫌みの欠片もない声音に胸が温かくなって、それから、少しだけ彼の言葉を否定したくなった。
「ありがとう。でも……あなたは、ただのバカじゃないわ。ある種の賢さを持った人だと思います」
 そう告げると「えっ? 俺が!?」と驚愕に満ちた声が返ってくる。
「……まさか! だって俺、魔力はたっぷりあるのに魔術の理論が理解できなくて、魔石なしじゃ、ほとんど魔術も使えないようなバカですよ? 姉は優秀な魔術師なのに、俺はこんなんで。姉と違って、人の心の機微とかも全然わからないバカだから、どうしてだか、話すと怒らせちゃうことも多いですし! ……本当に、同じ姉弟なのに大違いだなぁって思います」
 顔が見えないからだろうか。からりと明るく語りながらも、その中にほんの少しだけ、やるせないような悲しみと寂しさがまじっているように感じられた。
「……違ってもいいじゃない。姉弟とはいえ、別の人間ですもの」
 私は少しでも彼を励ましたくて——いや、彼に彼自身の素晴らしさをわかってほしくて——言葉を紡ぐ。私にとって彼は、今まで出会った人の中で、一番不思議で一番素敵な人だから。
「確かに、あなたはいわゆる利口な人間ではないわ。それにとってもマイペースで型破り。宮廷で出世するタイプではないでしょうね」
「そうでしょう?」
「でも、とってもやさしくて、きちんと人や物事の本質を見極められる人。問題を解決するために動いて、正しい判断ができる人。頭のよさには色々な種類があるけれど、誰かを守ったり、幸せにするために必要な賢さとは、そういうものなのではないかしら。私は、そう思いますよ」
 ゆったりと心をこめて伝えおえて——しんと沈黙が落ちる。
「……マクスウェル?」
 呼びかけるが返事がない。もしや、気分を害してしまったのだろうか。
 ——ああ、そうよね。私ったら、わかったような口をきいてしまって……!
 まともに知りあってまだたった六日の私に、訳知り顔で決めつけられたくはないだろう。慌てて謝ろうとしたところで、ばしゃばしゃと勢いよく顔を洗う気配がして、朗らかな声が響いた。
「いやぁ、新見解ですね! びっくりして一瞬言葉が出ませんでした! 嬉しいです! 俺って、賢い男だったんですね! 二十三年生きてきて初めて知りました! わーい!」
 嬉しそうに叫ぶ声を聞いた途端、なぜだろう。一瞬で賢さがゼロに感じられてしまったが、私は「そうね。ある意味では、そうよ」とやさしく肯定を返した。
 自分で褒めておきながら、「やっぱり……バカかもしれないわね」と言えるはずもない。
「あー、すっごく嬉しいです。姫様、質問してもよろしいですか?」
 浮きたつ声に、こちらまで嬉しくなりながら、私は「ええ、どうぞ」と頷いた。
 いったい何を聞かれるのだろう。上手に答えられるといいのだけれど。
 ふふ、と?をほころばせた私の耳に届いたのは、予想だにしない問いかけだった。
「姫様は、どんな男が好きですか?」
「えっ?」
 思わずドキリと鼓動が跳ねる。この流れで、なぜその問いが出てくるのだろう。
「……私が、どんな男が好きか、知りたいの?」
 聞き間違えではないか問いかえすと「はい! 知りたいです!」と元気のいい答えが返ってくる。
 どうして今、私の好みの男性になるのか。やはり彼の頭の中は、よくわからない。
 よくわからないが——嬉しい、と感じた。
 マクスウェルが、女性としての私に興味を示してくれたような気がして。
 きっと私の勘違い。パンケーキと同じように「今度こそ好みの男性と結婚できるといいですね」と励ますための問いかけにすぎないだろう。
 そうは思うものの、それでも、ドキドキと胸が騒ぐのを抑えられなかった。
 ——ああ、もう。私ったら、何を意識しているのかしら……!
 ぱしゃりと湯で顔を洗って気持ちを落ちつけると、私はあらためて彼の質問と向きあってみる。
 そして、ゆるりと首を横に振った。
「……わからないわ」
「では、初恋は? どんな人でした?」
 答えた途端、新たな問いが返ってくる。私は同じ答えを口にした。
「わからないわ。恋などしたことないもの」
「えっ、一度も?」
 驚いたような声に、思わず苦い笑みがこぼれる。
「……ええ、一度も。だって、私は王女だもの。いずれ国のために見も知らぬ相手へ嫁ぐだろうとわかっていたから……そういう感情は持たない方が幸せだと思っていたの。誰かに恋をしてしまったら、きっと後でつらくなる。それならば、恋なんて知らない方がいいのよ」
 淡々と呟いてから、あ、と気づき、慌てて言葉をつけたす。
「でも、恋心はなくても、先の夫を嫌っていたわけではないのよ? 悪い方ではありませんでした。充分よくしていただいたと感謝しています」
 そう締めくくると「うーん、でも」とマクスウェルは不満そうな声を上げた。
「王女だからって言いますけれど、エブリン殿下は好きな人と結ばれましたよ?」
 私は迷わずに返した。「あの子は、それでいいの」と。
 するとマクスウェルは「ええ〜?」と納得がいかないと言うように首を傾げているようだった。
「だって、姫様は好きでもない相手に嫁いだのに、不公平じゃないですか?」
「だって、あの子には幸せになってほしいもの」
 恋を知ってしまったのならば、叶えてほしい。
「愛する人と結ばれるのは、最高に幸せで、素晴らしいことでしょうから」
 愛する人を想いながら、心の通わない相手に身を委ねる苦しみを味わわせたくない。
「……楽しみだわ。あの子の花嫁姿は、きっと世界で一番美しいでしょうね」
 つい先日、デクスター家に代々伝わる花嫁のベールを被ってはしゃいでいたエブリンの姿を思いだし、私は?をほころばせた。
「……そうですか、そういうものなんですかね……なんだか、モヤモヤするんですが……まあ、そうですね。うん! 俺だって、エブリン殿下が不幸になるより、幸せになった方が嬉しいですし! ラブラブハッピーないい新婚さんになれるといいですね!」
 悩んだ末に、結局最後はエブリンの幸せを祈って終わるあたりが彼らしい。
 ——本当に、不思議でやさしい人。
 マクスウェルと恋をして、愛し愛される女性は、きっと世界で一番幸せになれるだろう。
 そう思いながら、ふと自分が彼と並びたつ光景が頭に浮かんで、ふふ、と笑って振りはらう。
 図々しい、すぎた妄想だ。若く美しい彼には、無垢で愛らしい花嫁が相応しい。
「……私のことよりも、マクスウェル。あなたはどうなの? 恋人はいて?」
「ん? おりませんよ。ピカピカの童貞です!」
 淡い感傷と共にかけた問いに返ってきたのは、何とも無邪気で豪快なものだった。
「……そのような申告は、してくれなくて結構よ」
 堂々たる答えに、こちらの方が照れてしまう。
「なぜですか? 姫様は童貞、お嫌いですか?」
 真剣な声で問われても困る。私は「ええと……嫌い、ではないとは思うけれど」と返事を濁すと、こほん、と咳払いをして、話をそらすように別の問いをかけた。
「私のことよりも、あなたこそどのような女性が好みなの? 恋人にしてもいいと思う人の条件は何かある?」
「俺より小さい人ですかね!」
 シンプルすぎる答えに、一瞬、返す言葉に迷う。
「でも……あなたより大きい女性は、そういないと思うのだけれど……小さいだけでいいの?」
「小さいものは可愛いでしょう?」
「小さければ男でもいいの?」
 そんな少々意地悪な問いをかけると、むう、と真剣に考えこんでから、マクスウェルは答えた。
「男は硬いので嫌です」
「……そう」
 それでは、大抵の女性は——それこそ私でさえ、マクスウェルの恋愛対象に入ることになる。
「……小さくて女性ならば誰でもいいの?」
「できれば、俺のことを褒めてくれて、俺のことを好きな女性がいいですね!」
 条件がゆるいにもほどがある。
「……小さくて女性であなたを褒めてくれて、好きだと言ってくれる人ならば誰でもいいの?」
 少しの呆れをこめてかけた問いに、マクスウェルは「いいと思います!」と即答した。
「俺、単純なので! 褒められるともうすぐ舞いあがって好きになっちゃいましたし! この上で手とか握られて愛を囁かれちゃったら、もう完全にダメですね! 『俺も! 結婚して!』って、人生丸ごとドーンと捧げたくなっちゃうと思います!」
「なっちゃダメでしょう、もっとよく考えなさい!」
 ぴしゃりと叱りつけてから、私は深々と溜め息をついた。
 ——やっぱり、賢くないかもしれないわね。
 呆れつつ、ほんの少しだけ、マクスウェルの守備範囲の広さを嬉しく思いながら。


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