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弱小貴族の娘なのに、幼馴染の侯爵令息がどこまでも追ってくる

海田雲野 / 著
深山キリ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-522-8
定価 1,430円(税込)
発売日 2022/10/27
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

「貴方とだけは絶対に結婚したくありません!!!!」
おっとり令嬢が、大嫌いな幼馴染に初めての反逆!
すると、自信過剰で傲慢だった彼が一途に愛を乞いはじめ!?
おっとり令嬢フローラは、侯爵家の嫡男アドルフと幼馴染。容姿も能力も完璧な彼は——ヤキモチ焼きでどこにでもつきまとってくる厄介な存在でもあった。すべてアドルフなりの不器用な愛情表現なのだが、鈍感なフローラには逆効果。しまいには上から目線で求婚したことで、フローラの長年の鬱憤が爆発!「私は貴方が嫌いです!! だから結婚なんて絶対に嫌!!!!」本気の拒絶を目にした彼は動揺し、プライドをかなぐり捨てて方向転換を決意するが!?
「神に誓うよ。僕は二度と君を怒鳴りつけたりしない。君を傷つけない。一生側で幸せにする」

立ち読み

 アドルフは目を覚ました。
 ――夢を見た気がする。フローラに優しくされる夢だ。
 辺りを見渡すと、そこは見慣れた自室だった。
 ――倒れたのか……。
 アドルフは、倒れる前後の記憶から素早く現状を把握した。
 ――フローラは……どうなっただろうか? 怪我をしていなければいいが……。
 今は結婚相談所にいた時のようないらだちはない。むしろ、心は平静だった。
 起き上がろうとして、腕に違和感を覚える。
 視線で腕の先をたどると――そこにはアドルフの手を握るフローラがいた。
「――っ!!」
 大きな声が出そうになるのを反対の手で塞ぐ。フローラがベッドに突っ伏して眠っていたのだ。
 ――なっ! ど、どうして僕の手を……。
 看病をしてくれたのか。アドルフの手を握ったままフローラは瞼を閉じている。
 ――そうだ、怪我は! ……ないか。
 穏やかな顔のフローラにホッとすると、そのまま身体をベッドに預けた。
 顔を横に向けてフローラを見る。眠るフローラは可愛かった。ふわふわの髪がベッドに散らばって、柔らかそうな頰がむにゅっと押しつけられている。幼い頃を彷彿とさせるあどけない寝顔だ。
 ――はあ……僕はその顔にやられたんだった……その力の抜ける顔が、たまらなく好きなんだ。
 大嫌いだと言われたが、不思議と気持ちは離れていない。アドルフは今も彼女を愛している。
「どうして嫌いなんだ……僕の方はこんなに君が好きなんだぞ……」
 子供のように拗ねてみた。もちろん、フローラから返事はない。眠っているのをいいことに、アドルフはフローラのクリーム色の髪を撫でてみた。柔らかくて、指通りがいい。
「十年も待ったんだ。少しくらい絆されてくれてもいいじゃないか」
 広い部屋に自分の声だけが響いて、アドルフは孤独に襲われる。
 まさか好きな人がいるだけでなく、自分のことが嫌いだったとは。そんなこと……考えもしなかった。自分の想いは一つも響いておらず、むしろ嫌われていたなんて……。
 ――二年前はいい感じだったのに……今は嫌いか……ああ、泣きたい気分だ……。
 気がつかなかった自分は、相当なバカだ。アドルフはポツリと言葉をこぼした。
「……僕は頭が良いはずなんだけど」
「ふふっ」
 突然、自分のものではない笑い声が聞こえてきたので、アドルフは焦った。
 先ほどまでしんみりとしていた気持ちが、恥じらいに変わっていく。
「フ、フローラ! 君は、起きているなっ!」
 アドルフは急いでベッドから身体を起こす。そのはずみに、握られていた手が離れる。そのことに気がつかないほど、アドルフは動揺していた。
 ――くっ。
「す、すみません。起きるタイミングが分かりませんでした……」
 困ったようにフローラが顔を上げて、細い目がタレる。
「ぬ、盗み聞きをするなんて……」
「……すみません、つい」
『つい』ではない。フローラが寝ていると思ってペラペラと弱音を吐いてしまった。
 ――聞かれたか? 聞かれた……よな?
 フローラは何も言わない。ただ、少しだけ気まずそうにしている。
 先ほど、アドルフはフローラを好きだと口に出してしまっていた。しかも、子供のようないじけた言い方だった。プライドの高いアドルフにとって、こんな恥辱はない。プロポーズだって『結婚してあげても良い』と上から言ってしまったくらいに、プライドが高いのだ。
 ――……聞いたに違いない。
 アドルフはショックだった。完璧なアドルフはこんな風に愛を乞うたり、子供のようにいじけたりしない。
 今まで作り上げてきた完璧なアドルフ・フォン・ハイデンブルクが崩れていく気がした。
 ――ああ、僕はお終いだ……こんな姿を見せてしまえば、もう元のイメージは取り返せない。
 しかしこの時、アドルフの頭に良案が浮かんできた。
 一度、恥をさらしてしまえば、あとは同じではないだろうか。
 今までのアピールは何一つフローラの心に響かなかったらしい。
 けれど、だからといって自分は、潔くフローラを諦められるほどできた人間ではない。
 アドルフは思った。もう自分に残された道は一つしかないのではないだろうか……。
 ――どんなに間抜けでもいい……直接気持ちを伝えて……フローラを泣き落とす。
 アドルフはサイドテーブルに置かれていた水を呷った。
 喉を潤すと、一度深呼吸をする。いちるの望みに賭けて口を開く。
「その、だから、聞いていたのだから知っていると思うけれど、つまり、僕はフローラがす、す、す……」
 思い通りにいかない自分の口にイライラする。たった二文字がなぜ言えない。
 アドルフは自分の手首を強く握った。
 骨が折れるんじゃないか、というくらい強く握って――――叫んだ。
「好きなんだ!!!」

◇◇◇

「好きなんだ!!!」
 彼の大きな声が部屋中に響き渡った。
 それはあまりにも大きく。フローラのふわふわの金髪を、空気による振動で揺らした。
「……好き、ですか」
 フローラは先ほど、彼の独白を聞いていたが、にわかに信じられない思いでいた。
 ――私を好き……アドルフが?
 再度、彼の口から気持ちを伝えられ、フローラは困惑した。
 彼が自分を好きなど信じられない。だって、アドルフはハイデンブルク侯爵家の跡取りで、フローラはクロリス男爵家の跡取りだ。跡取りの自覚が強い彼が恋愛感情を抱くとは思えない……。
 それに彼は容姿が整っている。フローラは精々癒やし系で、二人は『釣り合わない』のだ。
 ――でも……冗談とも思えません……。
 アドルフの顔は真剣なものだった。フローラをからかっているとは思えない。
 確かにアドルフの告白には驚かされた。でも、フローラの気持ちは彼とは違う。
「わ、私は、貴方が、嫌いです」
 彼の身体が弱っているのを良いことに、フローラは思い切って正直な気持ちを伝えてみた。
 すると、彼は分かりやすくうなだれた。
「知ってる……」
 勇気を振り絞った告白がバッサリと振られて、彼の自信は粉々になったようだった。
 今まで彼の自分勝手な言動に我慢してきた。だから少しくらいなら言い返しても良いはずだ。
 けれど、こんなにしおらしい彼は珍しくてフローラの心はチクチク痛んでしまう。
 ――でも……結婚相談所ではもっと激しく言い合いましたし……。
 もしかすると、今こそきちんと気持ちを伝えるべきかもしれない。結婚相談所では、互いに気持ちが昂ってまともな会話ができなかった。けれど今なら……彼が大人しい今なら……。
 こんな時にしか本音を言えないのはズルいかもしれない。けれど心を決めて口を開いた。
「い、意味も分からず怒るところが嫌いです。……怒鳴られるのは怖いから嫌」
「……怒鳴るのが怖い……か」
 彼の顔に後悔の色が浮かぶ。言い返してこないアドルフにフローラは言葉を続けた。
「せ、日常生活を細かく聞かれて、行動を制限されるのも嫌でした」
「あ……それは……」
 彼が口ごもる。しかし、気にせずに続ける。
「あと、許可なく身体に触ってくるのは一番嫌です! 気持ち悪いんです!」
「き、気持ち悪い!?」
 アドルフは目を大きく見開いた。そしてわなわなと唇を震わせた。
「け、けど二年前の成人の儀ではいい感じに……」
 震える彼の唇から言葉がこぼれる。フローラは驚いた。
「い、いい感じ? 成人の儀の時が……? あ、ありえません。だ、だってあの時、私は貴方を拒みました……」
 彼は何を言っているのだろう。フローラに突き飛ばされたことを忘れたのだろうか?
「そ、そもそも私は――じゅ、十年前から貴方のことが苦手なんです!」
「じゅ、十年前から苦手!?」
 フローラが声を張って言い切ると、アドルフは驚きの声を上げて、ついにノックアウトされた。
 そして彼は拳を握りしめて下を向いた。そんなアドルフに、フローラは首を横に振って言う。
「……酷いことばかりされて、私にはとても、貴方の告白が信じられません……」
 すると、アドルフは焦ったように顔を上げて、握りしめていた拳を開いたり閉じたりした。
「なっ! ち、違うんだ! そ……その、怒鳴ったりしたのは……フローラが男の話をしたからで……。日々の出来事を聞いたのは……毎日フローラが何をしているのか知りたくて……。身体に触れたのは……両想いだと思っていたから……」
 フローラはそれを聞いて驚愕した。
「本気で私が貴方を好きだと思っていたんですか? それで、今までのことは全部、私が好きゆえの行動で……怒鳴ったのは嫉妬……ですか?」
「……ああ、そうらしい」
 らしい、と伝聞調で言ったアドルフは両手で自分の顔を覆ってしまった。
 そんな彼にフローラは呆れた。彼は賢いはずなのに、今はずいぶんと頭の悪い人に見える。
「私はいつも怖い思いをしたんですよ? 男の人に怒鳴られるのが、どれだけ怖いと思いますか?」
 フローラが憤慨して言うと、アドルフは小さな声を出した。
「う……ご、ご、ご」
「ご、なんですか?」
「……何でもない」
 彼は驚くほど覇気がなかった。まるでいつもとは立場が逆転してしまったかのようだ。
 弱々しくなっている彼に、フローラは残酷にもハッキリと言い切った。
「ですから、貴方とは結婚なんてしません!」
「――っ!!」
 彼の顔が蒼白になる。それから彼は頭を抱えると顔を歪めた。歯を食いしばり、苦しそうにうめくと、何度かフローラの方をチラチラと見て……。
 そして――彼は壊れた。
「いっ、嫌だ! 嫌だ! 結婚してくれ。別居でも良いから結婚してくれ。結婚しなくても良いから、誰とも結婚しないでくれ」
 彼が必死になってフローラに縋ってくる。フローラは紫色の瞳を大きく見開いた。
 あまりの剣幕に呆気に取られてしまう。あのアドルフが、可笑しくなってしまった。
 ――と、突然どうしたのです!? それに……そんな、メチャクチャな話がありますか……。
 彼の頼みは酷いものだった。我が儘な子供のような願いに、フローラは若干引いてしまう。
「……そ、そんな風に結婚して、嬉しいですか?」
「嬉しい」
 即答したアドルフに呆れ返る。あの完璧人間アドルフが、同情での結婚を望んでいる。
「ど、どうして私なのですか? 貴方ならどんな美女でも選び放題ではないのですか」
「仕方がないだろう? フローラの顔がタイプなのだから」
「え!? か、顔!? 私の顔ですか……?」
 意外すぎる理由に、フローラはなぜか焦ってしまう。
 ――そ、それこそ信じられません! こ、こんな力の抜けていくような顔が好きなんて……。
「あ、貴方は確か! 十八歳の茶会で、美しい瞳の女性が好きだと言いました! わ、私とは正反対です!」
「フローラの瞳は美しいだろう! あの時だって君に向けて言ったのに……そんな、伝わっていなかったのか……」
「う、噓です。誰にも目を褒められたことなんてありません。こんな細い目を好きになるわけありません!」
「ぼ、僕は! 出会った時から君が好きなんだよ! その薄紫の瞳に惚れたんだ! というか、別に僕が君のどこを好きになろうと自由だろう! もう、信じないなら放っておいてくれ!!」
「な、なぜ怒るのです!」
「怒っていない。不貞腐れただけだ」
「こ、子供のようなことをしないでくださいっ……!」
 本当に今日の彼は可笑しい。目の前にいるのは一体誰だろう。こんな人は知らない……。
 フローラは一度、深呼吸をして心を落ち着けた。そして、心から彼に訴える。
「……たとえ貴方が私を好きでした行為でも、私は傷つきました」
 その言葉を聞いて、彼の顔が悲しそうに歪んだ。
「そうか……そうだよな」
 彼の呟きが、静かな部屋に響く。あまりにも物悲しい彼の呟きに居心地の悪さを感じる。
 するとおもむろに、彼がベッドから床に下りた。そしてゆっくりと近づいてきた。
 フローラは警戒した。座っていた椅子から立ち上がり、距離を取ろうとベッドから離れる。
 いくらいつもと様子が違うからといって、また急に彼が怒鳴らない保証はない。そう思い、フローラが身を硬くしていると……。
 彼はフローラの前まで来て立ち止まった。そして足元にひざまずくと、フローラのドレスの裾を握った。そして、小さな声で言った――。
「………………ごめん」
 フローラは思わず後ずさりをした。
 ――い、今、謝りましたか? 自信過剰で傲慢な彼が!? しゃ、謝罪の言葉を口にしましたか!?
「本当にごめん。傷つけていたなんて気づかなかった。僕はバカだよ。一方的に気持ちを押しつけて、フローラの気持ちを決めつけていた」
「あっ、えっと……」
 フローラは返事に困ってしまう。
「ごめん。ごめんよ、フローラ。何度でも謝るよ。君の言うことを何でも聞く。もう君の行動に口を出さないし、怒鳴りつけたりもしない。身体にだって許可なく触らない……。だから、お願いだ。好きにならなくて良いから、嫌いにならないで」
 もうとっくに嫌いだというのに。よほど嫌いだと言われたことがショックだったのだろうか。
 彼は懇願してドレスの裾に縋りついている。なんて情けない姿だろうか。
 彼は〝嫌い〟という言葉に怯えているようだ。
「そんなことを言われても……簡単に気持ちは変えられません」
 フローラは流されないように、気丈に言った。
「……分かってる……だからチャンスが欲しい」
「チャンス?」
 彼が顔を上げてフローラを見上げた。赤い瞳が真剣な眼差しで、フローラを見つめてくる。
「君の嫌がることは絶対にしないし、自分勝手なことももうしない……。だから側にいさせて欲しい。側にいるだけで良いんだ」
 彼の可笑しな行動に、フローラは言葉が出てこない。
「……そうだな、週に一回、いや月に一回……は僕が耐えられないから、週に三回だ!」
 ――初めよりも増えたような気がするのは……私の気のせいでしょうか?
「頼むフローラ。お願いだよ。慈悲をくれよ。少しだけ。少しだけだから」
「そこまでして私に好かれる意味なんて……ありますか?」
 率直な疑問だった。アドルフほどの美しい男が床に膝をつけて求婚している。なのにその相手が糸目の自分?
 しかし、続く彼の返答は想像を超えるものだった。
「ある! フローラじゃないと嫌なんだ! フローラ以外の女は女に見えない! 抱けないんだ! それでは困る!」
「ア、アドルフ……。貴方はどうしてそう……恥じらいがないのですか?」
「あっ、やっと名前を呼んだ……」
 彼が話の論点をずらして嬉しそうに笑ったので、フローラは呆れ果てた。
 でも、確かに女性と交われないのは彼にとって死活問題だ。
 侯爵家の血が途絶えることになるのはマズい。彼はたった一人の後継者なのだから。
 そう考えると、フローラに固執するのも分かる気がする。なんだか彼が可哀想に見えてきた。
 この人はフローラと結婚できないと、人生が詰んでしまうらしい……。
 長い間側にいた幼馴染のこんな姿を見るのは心が痛かった。だからフローラは温情を見せた。
「分かりました……なら、月に一回だけ」
 足元のアドルフを見てしぶしぶ提案する。すると彼は眉を下げてフローラを見つめてきた。
「……せめて週に一回にしてくれないか。本当に頼むよ。フローラ。お願いだよ。週に一回がいいんだ」
 面の皮が厚いのか、彼は大幅に期間をせばめてきた。厚かましすぎる彼に、思わず息が漏れる。
「……では週に一回だけですよ」
「ああ! 嬉しい、フローラ好きだ。好きなんだ」
 必死すぎるアドルフにフローラが折れると、彼は嬉しそうに笑って素早く立ち上がった。
 ――そんな風に好き好き言われると、私は恥ずかしいです……。
 フローラは異性から告白されたことなどないのだ。そんな風に何度も言われると困ってしまう。
「毎週デートをしよう。僕は君が喜ぶデートプランを考えてくるよ。きっと楽しませてみせるから」
「そんなに張り切らなくても……」
「張り切るさ。だって、楽しませれば……少しは僕を好きになってくれるかもしれない」
「ま、前向きですね……」
 彼は急に明るくなった。さっきまで死にそうな顔をしていたくせに、現金な人である。
「毎週だ。必ず空けておいて。約束だよ」
「わ、分かりました……」
 ――私は流されたのでしょうか?
 体調が優れないのにフローラを玄関まで見送って、何度も約束を確認してきた彼に、フローラは絆されたのか。
 彼のことは嫌いだ。けれど……憎み切れない。
 フローラはよく分からない気持ちで、自宅へ向かう馬車に揺られた。
 ――異性とのデートは初めてかもしれません……。
 そう思うと……なぜか少しだけ、心が浮ついてしまうのだった。


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