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憧れの騎士様は自宅警備隊!? お見合いしたら相手が色々こじらせていました

しき / 著
漣ミサ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-389-7
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/04/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《あなたが引きこもりでも私、きっと振り向かせます!》
ド田舎住まいの子爵令嬢コリンナに王都の第六騎士団長タジークとの縁談が持ち上がった!? 玉の輿な上に相手は硬派な超イケメン。すっかり一目ぼれしたものの、実は彼の騎士団は変人だらけの問題集団、彼自身の職務も自宅警備という『引きこもり』、結婚にも一切興味ないらしい。それでも持ち前の超ポジティブ思考(&結婚願望)で日参し、全力アプローチしては振られるコリンナに、ある重大な秘密故にこじれまくった彼の心も次第に揺れ始め……?

立ち読み

「こちらがタジーク様のお部屋でございます」
 二階の一番奥の部屋。古いながらも綺麗に磨き上げられ、美しい飴色の艶を帯びる重厚な扉の前で足を止めたジヤルトさんが機嫌良さそうにそう告げる。
 ……この向こうに、あのタジーク様が。
 そう考えると、心が躍る。
 たった一回、それも数分しか会った事がない相手にここまで惹きつけられるなんて、自分でもおかしいなと思うけれど、もうそうなってしまったのだから仕方ない。
 後は、どれだけ私が頑張れるかなのだ。
 ギュッと手にしていた手紙を更に強く胸元で握り締める。
 コンコン……。
 ジヤルトさんのノックの音が妙に大きく廊下に響く。
「……誰だ?」
 中からは聞き覚えのあるテノールの綺麗な声。
 私の心臓に響く声。
「ジヤルトでございます。坊ちゃまに素敵なお客様がいらっしゃってますよ」
「……客? 俺にか?」
 少し訝しむような声。
 それを聞いて、ジヤルトさんが茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。
「はい。坊ちゃまにお客様です。手紙を持って来て下さったそうですよ。早く出ていらして下さい」
 部屋でガタゴトと物音が聞こえる。
 そして……。
「俺に客なんて滅多に来ないだろう」
 キィィ……と小さな音を立てて扉が開いた。
 バーニヤさんにソッと背中を押されて、胸に手紙を抱きしめたまま一歩前に出る。
 そして、緊張から俯きがちだった視線をパッと上げた。
「一体誰が来たって……」
「……っ」
 私とタジーク様の視線が合わさり、時が止まった。
「何で君がここに?」
「……えっと、タジーク様……ですよね?」
 お互い目をまんまるにしながら相手を凝視する。
 タジーク様が私の姿を見て驚くのはよくわかる。
 だって、どうやらジヤルトさん達は私の来訪の話を聞いても、タジーク様が逃げないように事前にその事を伝えなかったみたいだし。
 でも、ここにタジーク様がいる事を知っていて、彼と会う事を目的に来ていた私が驚く理由は本来ないはずだ。
 ない……はずだった。
「ず、随分、先日とは雰囲気が違いますね……」
「……まぁ」
 私の言葉に小さく返したタジーク様は……。
 長い前髪で目元を隠し、髪の毛もボサボサ。
 着ているシャツは皺だらけでだらしなく胸元が開いている。
 おまけに何故かシーツを頭から被っている。
 一見浮浪者かと見間違いそうな格好なのに、着ている服の質は良く、腰にはしっかりと剣をぶら下げていた。
 正直、一体目の前で何が起こっているのだろうかと思った。
 先日とのギャップに戸惑う。
 しかし、その一方で、お兄様があれほどこの縁談を渋っていた理由が何となくわかったような気がした。
「タジーク様、今日はお仕事はお休みなんでしょうか?」
「……俺はこの家……主にこの部屋を守る事が仕事だ。職場には滅多に行かないし、部屋からも滅多に出ない」
 私の質問にムスッとした態度で答えるタジーク様。
 要するに、彼は職場に滅多に行く事がなく、自宅の警備……というか自室の警備を主な職務としていると。
 なるほど。自宅警備隊なんですね。
 でも、それってつまり……。
「引きこもりというやつですか?」
「周りの奴は皆そう言っているな」
「……」
 ちょっと言葉を失った。
 チラッと後ろを振り返ると、ジヤルトさんとバーニヤさんが気まずそうに苦笑している。
 ミモリーに至っては頭が痛いとでもいうように額に手を当てて、眉間に皺を寄せ俯いている。
 私は再び視線をタジーク様に戻した。
 彼はやはりムスッとした顔をして、長い前髪の向こうからその紫水晶の瞳で私を見下ろしている。
 髪をオールバックにしていた先日と違い、その顔は半分ほどが前髪に覆われていて見えない。
 出会ったあの時とはかけ離れた姿。
 あの時に見た、理想の騎士様のような姿ではない。
 ない……のだけれど……。
 気だるげに、そして面倒くさそうに向けられた視線。
 長い前髪の隙間から見えるそれとかち合った瞬間、パーティーの時に感じたものと同じような胸の高鳴りを感じる。
 ……ふむ。やはり私好みの顔をしてらっしゃる。 
 ちょっと不機嫌そう……硬派な感じもやっぱり格好良い。
 何よりも、一見不躾なように見えて私の事を注意深く探っているその瞳の奥に見え隠れする、不器用な優しさに溢れた光。
 それを感じてしまうと、この方の本当の姿をもっと知りたくなる。
 ここは一先ず……。
「タジーク様、お手紙をお届けに参りました」
 ニッコリと笑顔で手紙を差し出す。
「……あ、あぁ」
 タジーク様は私の態度に軽く片眉を上げつつも、差し出した手紙を受け取り、ペーパーナイフも使わずに手早く指で封を破り中を確認する。
 彼の眉間に皺が寄った。
「……このオルセウス殿からの手紙には、君とデートをするように書いてあるが?」
 あれ? オルセウス殿って……誰でしたっけ? あ、団長様のファーストネームですね。
 そうか。タジーク様、パーティーの時は「カインツ殿」って呼んでたけれど、普段は団長様の事をファーストネームの方で呼んでるんだ。
 ということは、私が思っていた以上に団長様とタジーク様は親しい仲なのだろうか?
 いや、今はそれよりも団長様が書いてくれたという手紙の内容の方が重要だ。
「まぁ! そのような事が書いてありましたの?」
 団長様、お兄様が言うように押しが強いですね。
 でも、大歓迎です。
 引きこもりだったのはちょっと意外だったけれど、私はまだ彼の事を何も知らないのだから、引きこもりな面も含めて互いを色々知った上で縁を深めていきたい。
 そうしたら、良い面ももっと出てきそうな気がするし。
 それらを知った上でお互いに答えを出すのもきっと悪くないだろう。
「では、まず手始めに、ご一緒にお茶でも如何ですか?」
 ここはタジーク様のご自宅ですけれど、誘ってくれるのを待っていたらそのまま追い返されそうな気がする。
 折角首の皮一枚で繫がった縁なのですから、そんな事はさせません。
 幸い、こちらにはタジーク様の結婚について心配するジヤルトさんとバーニヤさんという心強い味方がいるのです。
 二人に頼めば、きっとタジーク様からの指示がなくてもお茶ぐらい淹れてくれるはずです。
 それに田舎貴族の娘が抱く良縁への執着を舐めてはいけませんよ?
『引きこもり』になんて、負けないんだから!
「……俺はこの部屋を警備する仕事で忙しい。帰ってくれ」
 ……パタンッ。
 扉を閉められた。
 …………。
 コンコンッ。
 一先ずノックをしてみた。
「……帰れ」
 コンコンッ。
「……帰れ。俺はここから出ない」
 コンコンッ。
 ……バンッ!
「……しつこいぞ」
 ノックをし続け、やっと扉が開きタジーク様が出て来た為、ニッコリと笑みを浮かべる。
「第二騎士団長様からのお手紙にもデートをと書いてあったのですよね? 今日はお忙しいとの事ですが、いつだったらデートしていただけますか?」
「俺は年中無休で自宅警備だ!」
「まぁまぁ、そう言わず。お仕事には休日も必要でしょ?」
「休日は自室で休む」
「それって仕事の日と何が違うんですか?」
「……」
 あ、黙った。
「それで、次の休日はいつですか?」
「コリンナ嬢、君には関係のない話だ」
 眉間に皺を寄せて睨まれる。
 関係ないとか言われたけれど、そうはいかない。
「いえ、デートの予定を立てようとしている私にはとても関係のある事だと思いますが?」
「デートはしない。以上。今日はもうこれで帰ってくれ」
 バタンッ!
 また勢い良く扉が閉められた。
 ……なるほど。これは手強そうだ。
「わかりました。今日はこれで失礼いたします。……『今日は』ね」
 正直、タジーク様が引きこもりで普段の格好があのような感じだったのには驚いた。
 実は冷静に振る舞っているように見せかけて、私も少し動揺している。
 ここは一度撤退して気持ちを整理し、作戦を練り直した方が良いだろう。
 今日もタジーク様とほとんど会話らしい会話をする事は出来なかった。
 けれど、彼の新たな面を見る事ができ、ついでにお兄様が何故この縁談に消極的なのかもわかった。
 そして何より……。
「私共はあの坊ちゃまのお姿を見ても引かないでいて下さったコリンナお嬢様を応援しておりますからね」
「いつでもいらっしゃって下さい。坊ちゃまが何か文句を言いましたら、このバーニヤが説き伏せて差し上げます」
 とても心強い味方を手に入れる事が出来た。
 それはジヤルトさんやバーニヤさんだけでなく、彼等の後ろでうんうんと頷きながら私とミモリーを見送ってくれているメイドさんや侍従さん達もだ。
「コリンナお嬢様、お帰りは当家の馬車をお使い下さい」
 少しの驚きと大収穫に胸をいっぱいにして玄関を出ると、目の前に我が家の馬車とは比べ物にならないほどの立派な馬車が停まっていた。
 来る時は辻馬車で来たから、帰りも大通りまで歩いて馬車を拾おうと思っていたのだけれど、どうやら私達の為にこの屋敷の方々が用意してくれたようだ。
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。馬車につきましては我々ではなく、坊ちゃまのご指示ですので」
「……え?」
 先程まであれだけ「帰れ、帰れ」と言っていた人が、私の為にわざわざ馬車を手配して下さったというのだろうか?
 驚いて、タジーク様の自室のある方角を見ると、閉じられたカーテンの隙間からチラリッと銀色っぽいものが一瞬見えた。
 けれど、それはあっという間にぴっちりと隙間なく閉められてしまったカーテンによって見えなくなる。
 ……そうか。お兄様も仰っていたけれど、やっぱり彼は少し変わってはいるけれど悪い人ではないようだ。
 タジーク様の衝撃の姿により、少し収まりかけていた胸の鼓動がまた勢いを取り戻し始める。
「それでは、タジーク様に私が感謝していたとお伝え下さい」
「はい。必ずお伝えいたします」
 ニッコリと笑うジヤルト様の顔は穏やかで何処か満足げだ。
「コリンナ様、これに懲りず是非またいらして下さいね。坊ちゃまはその……色々抱えていらっしゃる方なので、ひねくれてはおりますが、決して悪い方ではないので」
 少しの不安と心配を滲ませつつ、私の手をギュッと握ってくるバーニヤさんの手は温かい。
「えぇ、もちろんです。王都にいる間はタジーク様が嫌がっても毎日通わせていただくつもりですので」
「是非是非そうして下さいな!」 
 バーニヤさんを安心させるように全開の笑みで日参宣言をする。
 もしかしたら、少しは迷惑そうな顔をされるかもしれないという思いがあったけれど、そんな雰囲気は微塵も感じさせないガーディナー家の使用人達の様子に、少しホッとする。
 あぁ、私、もう少し頑張れそうだわ。
 タジーク様の反応は決して良いものではなかったけれど、彼の優しさにも触れる事が出来た。
 それに、彼が引きこもりだというなら、お付き合いを目指すにしても順を追って事を進める必要があるだろう。
 ガーディナー家の馬車に乗り、ミモリーと共にお兄様の家へ向かう中、私は彼とデートする為に、一先ず部屋から引っ張り出す計画を練る事にした。
「明日から忙しくなりそうね、ミモリー」
「私はお嬢様のメンタルの強さについていけなさそうです」
 何処か呆れを滲ませた目を向けてくるミモリーに「それは愛の力よ」と冗談めかして言うと、更に呆れの色が濃くなった。

◇◇◇◇◇

 コンコンッ。
「タジーク様!」
 ……。
 コンコンコンコンッ。
「タジーク様!」
 ……。
 コンコンコンコンコンコンッ。
「タジーク様!」
 ……カッカッカッカッ。
 バンッ!
「……煩い。そして何故また君が我が家にいるんだ」
 ひたすらノックしては名前を呼ぶ事、数回目にしてタジーク様が自室から出てきて下さった。
「おはようございます。朝食をご一緒いたしましょう」
 イライラした様子のタジーク様。
 私はそんな彼に向けて満面の笑みで朝の挨拶と朝食のお誘いをした。
「だ・か・ら! 何故君が我が家の、それも俺の部屋の前で朝食の準備をしてるんだ!!」
 タジーク様の部屋の前には、庭でお茶をしたりする時などに使う、持ち運び可能なテーブルセットが置かれている。
 更に、そのテーブルの上には湯気の立つ作り立てホヤホヤの美味しそうな朝食が並んでいた。
 ちなみにガーディナー家の使用人達に協力してもらいつつ、これらの用意をしたのはこの私だ。
「まぁまぁ。朝食が冷めてしまいますよ」
 そう言って、ドアの前に仁王立ちしているタジーク様の為に椅子を引いて促す。
 手慣れているように見えるって?
 それは当然だ。
 タジーク様のお宅への初訪問以降、私はこうして毎日タジーク様のお宅を訪問している。
 そして、最近では似たようなやり取りを毎日のように繰り返しているのだから、いい加減手慣れてもくるというものだ。
「さぁ、ガーディナー家自慢のシェフの作った朝食ですよ! 物凄く美味しいんですよ! 一緒に食べましょう」
「だから、何故君が我が家のシェフを主人である俺に対して自慢してるんだ」
 こうして、タジーク様が不満そうに言うのも最近では日課のようなものである。
 それに、こうやって反応を返して下さるようになったのだって、私にとっては大きな進歩なのだ。
 ……最初の内なんて、無視が当たり前だったのだから。

* * *

 私だって、最初の頃はそれなりに遠慮をしていた。
 待ちの姿勢や控えめなアプローチは、タジーク様には厳禁だと思ったから、押せ押せで行くつもりではあったけれど、それでもやり過ぎはいけないと思い、毎日のお宅訪問とお部屋への声掛け程度で留めていたのだ。
 いや、もちろん、普通の淑女の行動ではないとは私も思いますよ?
 けれど、ガーディナー家の使用人達に、タジーク様にはそれぐらい……否、もっと上のアプローチでないと返答すら貰えないと言われてしまったのだ。
 最初は半信半疑だった私も、三日連続で会話どころかノックをしても返事すらもらえなかった時には、それが真実である事に気付いた。
 だから、今度は扉の前で一人で語り掛けるようにしたんだけれど……中で物音がするという程度の反応(?)はあれど、それでもやはり返事はしてもらえなかった。
 ついでに言うと、返事もないのに一人で長時間話し掛け続けるのは結構辛かった。
 それに廊下でずっと立ちっぱなしなのも辛かった。
 見かねたガーディナー家の使用人達が、タジーク様の部屋の前にソファーとお茶をする為のローテーブル、それにひざ掛けまで用意してくれた。
 とても嬉しかった。
 それに、部屋の前でガッタンゴットンとお引越しさながらの物音を立てていた為、タジーク様が「煩い! 一体お前達は何をやっているんだ!」と顔を出して下さったのは大きな収穫だった。
 あの時、タジーク様は怒って早く撤去しろと言っていたのに、私ときたら顔を見られたという事実だけで感動と言い様のない喜びを感じ、つい目が潤んでしまったものだ。
 ちなみに、タジーク様の「撤去しろ」という命令は使用人達には華麗に無視されていた。
 それどころか、やっと顔を出したタジーク様にバーニヤさんが「自分の事を慕ってくれる女性に対して無視を続けるなんて何事か」と説教をしていた。
 タジーク様は不満そうな顔をしていたけれど、勢いに押されて反論は出来なかったようだ。
 ガーディナー家の使用人、強いなぁと思った。 
 結局、その後もタジーク様の無視は続いた為、私は作戦を変える事にした。
 名付けて『野良猫を手懐けよう作戦』だ。
 今現在、私の実家の住人になっている元野良猫のミャーちゃん。
 彼女は最初、我が家の床下に住みついていたのだけれど、仲良くなろうとしても警戒心が強くて、近くに人がいる時は決して床下から出て来てくれなかった。
 手を伸ばせば引っ搔かれるか、手の届かない奥に逃げられるかのどちらか。
 まさに今のタジーク様のような感じだ。
 そんな彼女と仲良くなる為に使ったのが、餌付けという名の贈り物作戦。
 毎日毎日、ミャーちゃんが出入りしている床下の入口の所に贈り物の餌を置き、少し離れた所から出て来るのを待ち続ける。
 最初は私が見ていると知れば当然出て来なかったし、それどころか贈り物に手を付ける事すらしなかった。
 けれど、徐々に見ていない時だったら食べてくれるようになり、更に月日が経って私という存在に慣れてくると、私が見ていても離れてさえいれば出て来て食べてくれるようになった。
 そこから徐々に餌場を出入り口から離してみたり、手に持った状態で誘ってみたりを繰り返し、数年がかりでやっと我が家の飼い猫として迎える事が出来たのだ。
 私はその時の事を思い出して、まずはタジーク様を部屋からおびき出す為に贈り物を部屋の前に置く作戦を決行する事にした。
「タジーク様! タジーク様はどのような物がお好きですか? ご趣味は?」
 いつも通りドアをノックした後、室内に向かって尋ねてみたけれど、当然反応なし。
 しかし、私のその問い掛けをたまたま通りがかって聞いていた執事のジヤルトさんが、代わりに答えてくれた。
 ちなみに、その間ミモリーは、私の待機用にセッティングされたソファーで、自分で淹れたお茶を飲んでのんびり過ごしていた。
 私は必死でアピールしているのだけれど、ただただその様子を傍観しているだけの彼女はその時には既に飽きてしまっている様子だった。
 いや、飽きたというよりはもう呆れており、『どうぞご勝手に』という感じな気もする。
「タジーク様はご本がお好きなんですね! それに肉料理や果物が入ったお菓子なんかも好まれるのですね!」
 ジヤルトさんからの有力な情報を基に、その日から私はタジーク様のお宅に伺う前に、町で買い物をするようになった。
 もちろん、タジーク様への贈り物を手に入れる為だ。
 最初の贈り物は本にする事にした。
 ジヤルトさんからの有力情報によると、タジーク様は無類の本好きで、部屋に籠っている間は本を読んでいる事も多いらしい。
 そして、本であればどのようなジャンルの物でも選り好みせずに読まれるのだそうだ。
 要するに、彼の好みにぴったり合ったものを見付けるのは難しいかもしれないけれど、ハズレに当たる確率も低いという事だ。
 彼の好みがわからない現状としては、比較的選びやすい贈り物である。
 更に、本の作製が全て手作業だった昔に比べ、最近は比較的簡単に量産する技術が発展してきた事もあり、本の値段は平民でも買える程度にまで下がっている。
 要するに、私でもお小遣いの範囲でそれなりの冊数を買って贈る事が出来るという事だ。
「ねぇ、ミモリー。この本はどうかしら? 少し読んでみたけれど面白そうなの」
「よろしいのではございませんか?」
「ねぇ、ミモリー。こっちの本はどう? 題名が気になると思わない?」
「よろしいのではございませんか?」
「……」
 ミモリーはどうやら私の本選びには協力してくれる気がないようだ。
 こちらを見もせず、自分が興味のある本をパラパラと捲って生返事を返してくる。
「ねぇミモリー、相手をしてもらえないのがちょっと寂しいわ」
「あら、それは失礼いたしました。最近、お嬢様は扉にばかり話し掛けていらっしゃったので、そういうのがお好きなのかと……」
「ミモリー……」
「冗談です」
 少し涙目になって見つめると、渋々と相手をしてくれるようになった。
 ガーディナー家の使用人もあまり主人の言う事を聞かないみたいだけど、我が家の使用人もどうやらその傾向があるようだ。
 そんなこんなで、私は何とか購入した本を手にタジーク様の部屋の前に日参した。
 そして、相変わらず扉を開けて下さらないどころか返事すらしてくれない彼の部屋の前に、購入した本をどんどん置いていく事にした。
 そんな日々が続く事四日目。
 事件は起こった。
 ガンッ! ガンッ!
 いつも通り本を片手……もとい両手に持ち、彼の部屋に向かうと、いつもは静けさに包まれている彼の部屋から何かを打ち付けるような物音が聞こえた。
 急いで音の正体を探る為に、いつも通り私を屋敷へと招き入れてくれたジヤルトさん達と共にタジーク様の部屋に向かうと……。
「な、何なんだ。ドアの前に何かあって開かない。おい、誰かいるか!? ドアの前にある物をどけてくれ。で、出られない」
 私がタジーク様への貢ぎ物として置いていた本達が邪魔になり、部屋から出る事が出来ず四苦八苦しているタジーク様の姿があった。
 慌てて駆け寄り、ジヤルトさん達やミモリーと協力して、扉の前に積んであった本を取り去った。
 やっと部屋から出られたタジーク様は、事態の原因となった物を見て、頰を引き攣らせた。
「何故、君の買ってきた本は辞典や分厚くて重そうな本ばかりなんだ! それに何故、世界の植物全集が一巻から二十巻まで置いてあるんだ! その上、このデカい果物は何だ。どうしてこんなものまで俺の部屋の前に供えてあるんだ!!」
 初めて部屋から出て来て下さったタジーク様にお説教された。
 どうやら、それまでは何とか押せば本も一緒に移動する形で扉が開く状態だったのに、昨日安売りしているのを発見して「タジーク様が喜んで下さるかも!」と思いまとめ買いした世界の植物全集と、それらを運ぶべく何度もお店とタジーク様のお宅を行き来している途中で衝動買いした大きくて丸い緑と黒のストライプが入った果物が駄目押しになって、扉が開かなくなってしまったようだ。
 ミモリーにも協力してもらったとはいえ、あれを運ぶのは本当に大変だった。お店がある所が比較的近かった事や、途中から見かねたガーディナー家の使用人の方が手伝ってくれなかったら、きっと挫けていたと思う。
 こういう時に、自分の家の所有している馬車がここにない事や、お店の人に運んでもらう為のお金をケチってしまう貧乏令嬢根性の辛さを痛感する。
 ……ミモリーに言ったら、貴族令嬢の発想じゃないとか、そこはケチらないで下さいと言われてしまったけれど。
 タジーク様のお宅に伺う度に、何故か本が廊下の中央寄りに移動していて、邪魔になるだろうと思い毎回扉の前の定位置に頑張って戻していたのだけれど、あれがタジーク様が扉を開ける際に押し出されていたからだったなんて……。
「……タジーク様、ごめんなさい。私、タジーク様に少しでも喜んでほしくて」
 涙目になりながらしょんぼりと謝ると、私に対してこんこんと説教をしていた声が止まり、深い溜息が落ちてきた。
「もういい。本はこちらで回収しておく。今後は扉の開閉する位置には置かないでくれ」
 そう言うと、私が一~二冊持つのが精いっぱいだった本を一気に十冊ぐらい持ちながら中へと運び込み始める。
 私はその光景を呆然と見つめつつも、歓喜が湧き上がるのを感じた。
 だって、ずっと放置されていた私の贈り物を、どのような形であれタジーク様が受け取ってくれたのだもの。嬉しくないはずがない。
 私は、タジーク様の仰った注意事項に何度もうんうんと頷きながら、自然と笑みが零れるのを止められなかった。
「タジーク様、有難うございます」
 最後の本を運び入れ、部屋の中へと戻っていく彼の背中に私はお礼を言った。
「……この場合、本来お礼を言うのは俺の方だろう」
 足を止め、振り返りもせずそれだけ告げると、タジーク様は静かに部屋の扉を閉じた。
「ミモリー、やったわ! タジーク様が贈り物を受け取ってくれたの。それに久々にお顔を拝見できたし、今までにないほどお話もして下さったわ!!」
 タジーク様の姿が見えなくなるとすぐに私はミモリーに喜びの報告をした。
「いや、お嬢様。現実を見て下さい。あれはお話ではなく怒られたというのです。それに贈り物も受け取ったというより、邪魔だから片付けられたというだけの話です」
「でもお部屋の中には持って行って下さったわ! もしかしたら読んで下さっているかもしれない。そう期待できる状況じゃない!?」
「お嬢様は何というか……相変わらず超が付くほど前向きですね」
 ミモリーはやっぱり呆れた表情をしている。
 でも、今日の私は機嫌が良いからそんな事は気にならない。
「大丈夫ですよ。坊ちゃまはお部屋に新しい本があれば必ずお読みになりますから。この残されたフルーツは……夕食の時にでも、当家の料理長にデザートとしてお出しするように渡しておきますね」
 笑顔で請け負ってくれたジヤルトさんの言葉に、更に胸が躍る。
「これで少しは前進できたかしら?」
「本当にお嬢様は……いえ、もう何も言いません」
 ミモリーが深い溜息を吐く。
 けれど、それ以上は本当に何も言ってこなかった。
「さぁ、明日からは作戦の第二段階に移りましょう!」
「……一応私はコリンナお嬢様付きの侍女で、無茶をなさる場合はお止めしないといけないので、本当は聞きたくないですけれどお尋ねします。作戦の第二段階とは何ですか?」
 とても嫌そうな顔をしながらも、渋々尋ねてくるミモリーに、私はニヤリッと口の端を上げた。
「それはもちろん、胃袋を摑もう作戦よ! お兄様達が以前話していらっしゃったもの。男は美味しいお料理に弱いって」
 いつか自分に好きな人が出来たら参考にしようと思い、素知らぬ顔して盗み聞きしていた、フールビンお兄様とジミールお兄様の理想の女性像についての会話。
 お酒が入っていた事もあり、胸が……とか、お尻が……とか下品な話も交ざっていたけれど、いくつか参考になる意見もあった。
 その中の一つが『男は胃袋を摑まれると弱い』という話だ。
 容姿やスタイルについては持って生まれたものもある為、努力ではどうしようもない事も多い。
 でも、料理だったら頑張れば何とかなる。
 それに、心強い味方――ミモリーだっているのだ。
 試してみない手はない。
「ミモリー、明日からお菓子作りをするわ! 幸い、タジーク様は果物を使ったお菓子がお好きらしいし。そうよね、ジヤルトさん?」
 確認するようにジヤルトさんに視線を向けると、「そうですよ」と頷いて下さる。
 その場にいた他の使用人達も「うんうん」と頷いてくれているから、かなり正しい情報だと言えるだろう。
「ねぇ、協力してくれるわよね?」
「私が協力しない場合はどうなるのでしょうか?」
「勘で作る的な?」
 ミモリーが協力してくれないという事は、それすなわち作り方すらわからないという事だ。
 協力してくれたところで、私主体で作るとなると、ちゃんとした物が出来上がるか少々自信がない。
 普段、お手伝い程度の料理しかした事がない私だ。
 その辺の実力については、きちんと把握している。
 把握している……けれど、タジーク様に私の作った物を食べていただきたいと思ってしまった以上は頑張るしかない。
 たとえ、ミモリーという最強の切り札を失った状態だったとしても。
「……お嬢様お一人の問題ではなく、ゼルンシェン家の恥、もしくは御家同士の問題になりそうな予感がするので、協力させていただきます」
 ミモリーをジッと見つめ、「お願い」と掌を合わせ小首を傾げると、彼女は渋々頷いてくれた。
 こうして翌日から、私の手作りお菓子作戦が始まった。

◇◇◇◇◇

 カルミア様に出会った翌日、私はいつも通りタジーク様の屋敷を訪ねていた。
 昨日は珍しく用事があると言っていたが、今日は何も言われていないから大丈夫なはず。
 そんな思いで向かった屋敷は、何だかいつもと様子が違いおかしな雰囲気が流れていた。
 いつも通り声を掛けるとジヤルトさんとバーニヤさんが出迎えてくれるけれど、彼等も何処かよそよそしいというか、心配そうな目を私に向けてくる。
 屋敷にいる他の使用人も、何処か私と距離を置いているような印象を受ける。
 今日はタジーク様は自室ではなく、敷地内にある温室の一角に作られた喫茶スペースで待っていると言われた。
 彼が部屋の外で私を待っていたのは、あの蟻事件の時以来だ。
 あの時だって、私を待って部屋の外にいたのではなく、部屋にいられないから外の廊下にいただけだ。こんな風に彼が私を待っていた事なんてない。
 普段だったら、「タジーク様が私の事を待っていてくれた!」と歓喜に沸いていただろうけれど、今日は喜べない。
 喜べるような雰囲気じゃないのだ。
 嫌な予感をひしひしと感じる。
 ジヤルトさんの後について、タジーク様が待つという温室へと向かう。
 その道すがら、不安に耐えられずミモリーに視線を向けると、彼女も何か異様な雰囲気を感じ取っているのか、警戒をするように周囲に視線を走らせていた。
 いつもだったらタジーク様の部屋に向かうまでの間は、案内をしてくれるジヤルトさんやバーニヤさん、もしくは他の使用人さん達と楽しく雑談をしていくのに、今日はそれが出来る空気ではない。
 でもだからといって、無言のままなのも落ち着かなくて恐る恐るジヤルトさんに声を掛ける。
「あの……」
「コリンナお嬢様、私どもはお嬢様を信じております。坊ちゃまも本心ではきっとそれを望んでおられます」
「……え?」
 振り返る事なく告げられた言葉に戸惑う。
『私を信じている』と告げられているのに、その言葉の裏側には、私が何か信用を失うような事をしてしまったような、そんな不穏な雰囲気が感じられる。
 けれど、そんな意味深な事を言われても、私には思い浮かぶ原因が一つもない。
 もしかして、昨日タジーク様の言葉に従ってお屋敷を訪ねなかったのがいけなかったのだろうか?
 でも、以前のタジーク様と違って、昨日の来訪を断った時のタジーク様は、ただ放っておいてほしいと言っているわけでなく、明確な理由があって断っているようだった。
 だから私もいつものようにごねずに素直に従ったのだ。
「こちらへどうぞ」
 温室のドアを開けると室温は丁度良いのに、何処か寒々しいものを感じる。
 体感とか見た目とかそういった類の寒さではなく、空気感のようなものが凍えているようだった。
「坊ちゃま、コリンナ様がお越しでございます」
「あぁ、入ってもらってくれ」
 喫茶スペースに入る前に、ジヤルトさんが声を掛けると中からタジーク様の応答が返ってきた。
 いつものような怒っている声でも呆れている声でもなく、平坦で無感動な声だった。
「あの、タジーク様?」
 戸惑いつつも、ここまで来て逃げ出すという選択肢は存在しない。
 不安で重くなる足を叱咤して、ジヤルトさんに促されるがままにタジーク様のいる喫茶スペースへと足を踏み入れた。
「やぁ、コリンナ嬢。よく来てくれたね。さぁ、座ってくれ」
 笑顔だ。
 笑顔なのに何故か彼の中の感情が全て凍り付いてしまったような、そんな冷たく突き放すようなものを感じる。
「あ、あのタジーク様? 私、何かまた失礼な事を……」
 私は何度も何度もタジーク様に迷惑を掛けるような失敗をしてきている。
 その度に謝り、優しい彼に許してもらってきた。
 だけど、今回は今までとは明らかに様子が違う。
 それが私の中の不安と恐怖を更に煽っていく。
「何か心当たりが?」
 タジーク様の視線が私を射抜く。
 まるで、「もうわかっているだろう?」とでも言いたげな光を宿したそれに、胸がキュッと竦み上がり体が震える。
 けれど、それは彼から向けられた冷たい怒りと拒絶に反射的に体が反応しただけで、その先に思い浮かぶものは何もない。あるとすれば、困惑のみだ。
 ……どうしよう。謝るべき事が何なのかわからなくては謝る事すら出来ない。
 早くこの凍てつくような雰囲気を何とかしたいのに、何をどうすればいいのかわからず不安で泣きそうだ。
「す、すみません。思いつく事が……」
 暫く考え込んではみたもの、結局何も思い浮かばず素直にそう答える事しか出来なかった。
「そうか」
 タジーク様はそんな私の返答に何処か諦めの色を滲ませて、視線を逸らした。
「……席に着いたらどうだ?」
 再度椅子を勧められて、逃げ出したい気持ちを押し殺して腰を下ろす。
 ここで逃げたらもう本当に全てがおしまいになる。
 そんな危機感を感じていた。
「ジヤルト、彼女にもお茶を」
「畏まりました」
 心配そうに様子を見ていたジヤルトさんが、タジーク様の命令でお茶を淹れ始める。
 しんと静まり返った室内に、ポットにお湯を注ぐ音だけが響いた。
「コリンナお嬢様、どうぞ」
「有難う、ジヤルトさん」
 いつの間にか緊張で冷え切ってしまった指先を温めるように、目の前に置かれたティーカップを両手で持ち、唇を付ける。
 本来であれば、淑女の持ち方ではないが、今は凍えた体に少しでも温もりが欲しかった。
 ……コクンッ。
「はぁ……」
 ここ最近のタジーク様のお屋敷通いで慣れ親しんだお茶の味が少しだけ心を落ち着けてくれる。
 口から喉を通って胃へと落ちていく温もりが、強張った体を少しだけ和らげてくれるような気がした。
「……躊躇わず飲むのか?」
「……へ?」
 すっと目を細めたタジーク様の視線の先には、私が両手で握りしめているティーカップ。
 意味がわからず小首を傾げると、タジーク様はククッと喉で小さく笑う。と同時に慌てた様子で私の手からティーカップを奪い取ったミモリーが匂いを嗅いだり、お茶を指につけて舐めたりしている。
 一体どういう事だろう?
「大丈夫だ。何かを入れたわけではない」
「紛らわしい事をなさらないで下さい」
 一通り何かを確認して安心したような表情を浮かべたミモリーがタジーク様を睨みながらティーカップをソーサーに戻す。
 状況が理解できていない私は、ただ二人の険悪な雰囲気におろおろするばかりだ。
「……坊ちゃま」
 どうすれば良いのかわからず、ミモリーとタジーク様を交互に見ていた私を見兼ねてか、ジヤルトさんが窘めるようにタジーク様を呼んだ。
 タジーク様は「フンッ」と不満げに小さく鼻を鳴らしてミモリーとぶつかり合っていた視線を逸らす。
「コリンナ嬢、昨日は何をして過ごしていたんだい?」
 明らかにトーンが変わった口調。
 突然の雑談に更に困惑が深まりつつも、昨日の事を思い出しつつ答える。
「昨日は、タジーク様のご都合が悪いとの事でしたので、久々にお兄様の所にお弁当を作って持って行きました。時間があるとの事だったので、王宮の庭園でお兄様と一緒に昼食を取り、帰ってきましたけれど……」
 ありのままに答えてみたが、何が不満だったのかタジーク様の眉間に皺が寄る。
「それだけか?」
「それだけ……ですけど?」
 タジーク様が何を聞きたいのかがよくわからない。
 知りたい事があるなら、こんな遠回しな聞き方はせずにはっきりきっぱり言ってくれれば良いのに。
 正直、こういうまどろっこしい質問のされ方は苦手だ。
 私には質問の裏に隠された意図が読めないもの。
 出来る事なら、はいかいいえで答えられる質問にしてほしい。
 そうしたら、相手の意図からずれることなく答えられる。
「本当にそうか?」
「はい」
 どんどんと不愉快そうに眉間の皺を深めていくタジーク様。彼が求めている答えがこれではない事はわかるのに、他に何を答えれば良いのかがわからない。
 意味のわからない怒りをぶつけ続けられ、段々と私もイライラしてきた。
「何をお聞きになりたいのですか? 聞きたい事があるならはっきりと尋ねて下さい。そんな遠回しな言い方をされても私にはわかりません」
 いけないと思いつつもついついムッとして強い口調で尋ね返してしまう。
 不安の頂点に達していたというのもきっと原因だと思う。
 そんな私の態度に、タジーク様は一気に不機嫌さを増幅させ、バンッ! と机を叩いて立ち上がった。
「なら聞いてやる。昨日、君はフールビン殿以外に人と会っていただろう!?」
「っ!」
 突然大きな音を出され、怒鳴られ、反射的に体がビクッと萎縮した。
 その様子を見て、タジーク様は私が図星をつかれて驚いたのだと思ったのだろう。
「ほら見た事か」とでも言いたげに腕を組んで冷たい目で見下ろしてくる。
「お兄様以外で会った……人?」
 両親やお兄様達含め、男性にここまで強い態度に出られた事がない私は、ビクビクと怯えながらも止まりそうになる思考を無理やり動かして誰の事を指しているのか考える。
 そしてやっと答えに辿り着いた。
「もしかして、カルミア様の事ですか?」
「他に誰がいると言うんだ! 昨日は俺も第六騎士団の仕事で王城に行っていたんだ。その時に俺は確かにこの目で見た。君とあの女が楽しそうに話しているところをな!!」
 ムッとした様子で、再び勢い良く腰を下ろすタジーク様。
 その時不意に、彼女が言っていた言葉を思い出す。
 そういえば、タジーク様とカルミア様は何か行き違いがあって仲違いをしたと仰ってた。
 という事はあれか?
 喧嘩した相手と仲良さそうにしていた私に対して、裏切られたような気がして怒っていると、つまりはそういう事なのかな?
「タ、タジーク様、誤解です。カルミア様は仲違いしたままになっているタジーク様の事を心配されて、たまたまお兄様とタジーク様の話をしていた私の話を聞き、最近の様子を聞きたいと話し掛けて下さって……」
「誰がそんな言い訳を信じるというんだい?」
 何とか誤解を解こうと思って必死で状況を説明するけれど、タジーク様は聞く耳を持って下さらない。
「ですから、タジーク様は何か思い違いをなさって……」
「俺は思い違いなどしていない。君はあの女と会っていた。俺はあの女と俺のいない所で会っていた君を信じられなくなった。ただそれだけだ」
 私の言葉を遮るように告げられた、冷たく拒絶的な言葉。
「何故だ!」と怒ってくれた方がまだ救われた。
 怒りであれ何であれ、感情を向けてもらえるだけ、対話の可能性が見出せただろうから。
 しかし、今の彼にあるのは単純な拒絶。
 真実なんてどうでも良くて、彼女と話したこと自体が悪で、それをした私をまるで切り捨てるかのような言葉をぶつけてくる。
「タジーク様……」
 縋るように名前を呼んだけれど、その先の言葉が出てこない。
 そんな私に対して、彼は立ち上がり背を向けた。
「もう茶番は終わりにしよう。さっさと帰ってくれ。帰って……二度とここには来ないでくれ」
 彼から告げられた明確な別れと拒否の言葉。
 今まで彼が私に告げていた「帰れ」という言葉とは重さが全然違う。
 完璧なる拒絶。
 胸が握り潰されたかのように激しい痛みを訴える。
「嫌です! 嫌です、嫌です、嫌です!!」
 涙をボロボロと流し、恥も外聞も投げ捨てて、部屋を出て行こうとする彼に追い縋るように叫んだ。
 けれど、彼は一切振り返ってはくれない。
 いつもだったら私が泣いたり落ち込んだりすれば、困ったような顔をして少しだけ態度を軟化させてくれたのに、今はまるで鉄の扉をぴっちり閉めてしまったかのように彼の心はほんの少しも揺れてくれない。
「タジーク様! タジーク様!!」



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