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引きこもり魔法使いはお世話係を娶りたい

小桜けい / 著
SHABON / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-383-5
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/03/26
ジャンル フェアリーキスピンク

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内容紹介

最強魔法使いの残念すぎるプロポーズ!?
眉目秀麗の美青年ながら、生活能力ゼロという残念な魔法使いと頑張り屋のお世話係。結婚してから始まる胸キュンラブコメディ!
「君以上のお世話係は見つからないから」そんな身も蓋もない理由で、史上最強と言われる魔法使いヴェンツェルと結婚することになってしまった、リーリエ。淡い想いを抱きつつそばにいられるだけでも、と承諾したのだ。ところが結婚の準備を進めてデートをするうちに、彼はとても甘くて独占欲をあらわにして……「他の誰にも可愛いリーリエを渡さないよ」。そんな中、街を騒がす事件に巻き込まれ、彼の隠された出生の秘密を知ってしまい!?
「なりふり構わず結婚を申し込んでまで傍にいて欲しいのは、リーリエなんだ」

立ち読み

 ギーテが訪ねてきたのは、リーリエの退職騒動が起きた、翌日の午後だった。
「すみません。ヴェンツェルさんたちは昨日の昼過ぎから出かけたきり、まだ帰ってこないんです。ギーテ長官がいらっしゃるのは承知なので、すぐに戻ると思いますが……」
 一人で留守番をしていたリーリエは、ギーテを応接室に案内しながら、肝心のヴェンツェルの不在を告げた。
 彼は昨日、お昼のミートパイを猛烈な勢いで食べ終えると、ギーテが翌日に訪問することをリーリエに告げ、それまでには戻ると慌ただしく出かけたのだ。
 詳しくは言えないがとても大切な用事だとかで、アイスとフランもついていった。
「構わんよ。リーリエ君と二人で話したいこともあったので、ちょうどよかった」
 ギーテは言い、リーリエがお茶と手製のクッキーを出して向かいに座ると、神妙な面持ちで切り出した。
「結婚おめでとう……と、素直に言いたいところだが、ヴェンツェルから一通りの事情は聞かせてもらった」
 溜息交じりに言われ、リーリエは背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
「不謹慎だと思われましたら、申し訳ありません」
 ギーテは貴族にしては珍しく恋愛結婚を貫き、愛妻家でオシドリ夫婦として有名だ。
 そんな彼だから、日頃は柔軟な考え方をする大らかな人とはいえ、一見、両者の打算だけで決めたこの結婚を不快に思っても無理はない。
「責めるつもりは毛先ほどもない。ただ、ヴェンツェルはどうも人との関わりについて不器用なところがある。聞けば、リーリエ君は見合いをする予定だったのを、かなり強引に求婚されたようではないか」
 ギーテが一度言葉を切り、真剣な目でリーリエを見る。
「一時の勢いに流されてしまっただけならば、今のうちに求婚を拒否した方が互いのためだ。できる限り相談に乗るので、君の率直な意見を聞かせて欲しい」
 口調は穏やかだが視線は鋭く、不安定な自分の心を見透かされたようで、リーリエは一瞬言葉を詰まらせた。
 このまま一生、好きな人の傍で本当の想いを隠したまま暮らすのは辛いと、嘆く自分が心の中にいる。
 一方で、今まで彼のもとを去った数多い世話係の一人となり、いつかヴェンツェルにすっかり忘れられてしまうよりマシじゃないかと主張する自分もいる。
 相反する気持ちは、昨日から数えきれないほどリーリエの中で戦い続けているが、結局はいつも後者が勝つのだ。
「その……最初は驚きましたが、お話を受けてよかったと思います。父に勧められていた見合いは、嫁ぎ遅れだと故郷での外聞が悪いという、それこそ周りに流されて決めようとしたものですから」
「そうか……」
「無理に故郷で見合い結婚をするよりも、私はここでの生活を続ける方が幸せになれそうです。ヴェンツェルさんもそれを望んでくれたのなら、利害の一致というものですね」
 ニコリと微笑んで話を締めくくると、ギーテの表情が和らいだ。
「リーリエ君もそう言うのならば、俺がこれ以上口を挟むことはあるまい。……改めて、婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
「ところで、謁見についてヴェンツェルから聞いているかな? 陛下にお話したところ、早速だが、謁見は二日後の午前中にと決まった」
「はい……」
 ギクリと、リーリエは緊張に身を強張らせた。
 ヴェンツェルから昨日、どうも国王陛下に婚約報告の謁見をしなくてはいけないらしいと聞き、卒倒しそうになった。
 王宮魔法士団の定例会議が毎月あるので、この三年間で王宮にもだいぶ慣れた。
 でも、まさか自分みたいな庶民娘が、『婚約しました』なんて物凄く個人的な用件で、国王陛下に謁見する日が来るとは思いもしなかった。
 しかも、二日後とはまた早急である。
「そう緊張しなくてもいい。陛下にお会いしたことくらいあるだろう」
 リーリエの引き攣った顔を見て、ギーテが噴き出した。
「そ、そうですけど……式典の時に遠目に拝見するくらいで……」
「詳細はヴェンツェルが戻ってから説明するが、簡単に言えば、陛下にお辞儀をして祝福のお言葉をいただくだけの、短い謁見だ。リーリエ君も、ここに来てから基本的な作法は身につけたのだから、問題なくこなせるはずだ」
 朗らかな笑顔で説明されると、そこまで身構えなくてもいいかと思えてくる。
 それに、故郷では正装ドレスなんて縁のない生活をしていたけれど、ヴェンツェルと王宮を訪れる機会もあるのだからと、ギーテに基本の立ち居振る舞いを一通り教えてもらっておいて助かった。
「はい。失礼のないよう気をつけます」
 随分と気が楽になって微笑むと、ギーテが満足そうに頷いた。
「それから謁見用の正装ドレスだが、時間もないので候補をこちらでいくつか見繕っておいた。当日、朝早くに王宮で身支度を整えるよう手配しておく」
「いつも、ありがとうございます」
 リーリエは感謝を込めて深々と頭を下げた。
 王宮魔法士団の定例会議なら、無駄に着飾る必要もない。王宮を歩くのに見苦しい服装でなければよく、こざっぱりしたワンピースなどで十分だ。
 ただ、式典などの場に同行する時はそうもいかない。
 一応は世話係という使用人なのだから、侍女服でヴェンツェルの後ろに控えれば十分だと思うが、リーリエを従えているみたいで嫌だと彼に拒否された。
 しかし、ドレスも宝飾品も好きなだけ用意すると言われたところで、複雑な衣装の着つけや髪結いは、他人の手を借りなければとてもできない。宝飾品もこまめに磨く必要があり、洗濯も保管も手間がかかる。
 困ってギーテに相談したところ、ドレスや装飾品は普段から王宮で保管して、必要な時に着替えられるように手配してくれたのだ。
「いや、こちらこそ礼を言わなくては。リーリエ君のおかげで、ヴェンツェルは見違えるように生き生きとして、幸せそうに暮らしているんだからな」
 そう言って目を細めたギーテは、とても嬉しそうに見えた。
 彼は、静かな場所で暮らしたいというヴェンツェルの望みを却下し、王都に留まるよう命じていることに、かなり引け目を感じているようだ。
 自分はヴェンツェルを道具のように利用しているから、嫌われても仕方ないのだと、何かの折に寂しそうに零した時がある。
 でもリーリエが見る限り、ギーテは精一杯ヴェンツェルへ愛情を込めて接しているし、ヴェンツェルの方もなんだかんだ反抗しつつ彼を慕っているはずだ。
 そんなことを思った時、玄関の方からドタバタと賑やかな音が響いた。
「遅くなってごめん! 買い物に手間取った!」
 応接室に駆け込んできたヴェンツェルは、家を出た時のまま、旅装用のマントを身につけ頑丈なブーツを履いていた。
「どこに買い物に行ってきたんだ? まるで戦場か危険地帯にでも行ってきたような格好だぞ」
 ギーテが怪訝そうに首を傾げ、リーリエも疑問に思っていた点を尋ねる。
「ちょっと、近くの地底湖までね。買い物はその帰りにしたんだ。それより……」
 ヴェンツェルが、とっておきのサプライズを用意した子どもみたいに、ヘヘッと得意そうに笑った。
「アイス、フラン! 婚約記念のプレゼントを出してよ!」
 彼が床に映った自分の影に声をかける。
「婚約記念の、プレゼント……?」
 ヴェンツェルの口から出るとは到底思えない単語に耳を疑っていると、彼の影がグニャリと歪んだ。
「はーい!」
 アイスとフランが、何かまばゆく光る大きなものを抱えて影から飛び出すと、煌めく虹色の光が部屋中に散乱する。
 眩しさから反射的に目を閉じたリーリエは、ゆっくりと瞼を開けて驚愕した。
「え……それ、もしかして……」
 使い魔コンビが両腕で高々と抱え上げているのは、子どもくらいの体長がある、虹色の巨大な魚だった。
 色とりどりな半透明の鱗は、一枚一枚が分厚く硬質で、まるで全身が宝石の塊のように見える。
「七色宝石魚だよ。婚約した女性には、宝石や綺麗な服を贈ると喜ばれるって、ギーテさんが教えてくれたんだ」
 ヴェンツェルが使い魔たちから宝石魚を受け取り、リーリエに差し出した。
 ?然として、リーリエは七色のまばゆい魚を眺める。
 この魚の無傷な鱗は、同じ色をした最上級の宝石よりも希少とされるそうだ。
 ただ、警戒心が強く獰猛なので捕まえるのには困難を極め、やっとの思いで獲っても、大抵は肝心の鱗をほとんどボロボロにしてしまうとも聞いた。
 だが、目の前にある魚に目立った傷はなく、目も眩まんばかりの鱗は燦然と輝いている。そして……はっきり言って、結構生臭い。
「どんな宝石にするか悩んだけど、どうせならリーリエがあっと驚くようなものを贈りたいなと思って、これにしたんだ」
「え、ええと……」
 満面の笑みを浮かべるヴェンツェルに対し、リーリエは思い切り顔を引き攣らせた。
 驚かせる目的なら、確かに大成功だ。
 あまりの驚きに頭が混乱して、今の状況にどう言えばいいのかわからない。
 確かに、とてつもなく高価な贈り物であるのには間違いない。間違いない……のだが……。
「こら。リーリエ君にいきなりこれを丸ごと贈っても、困らせるだけだろうが。あと、生臭くてかなわんから、とりあえず冷凍保存の魔法をかけておけ」
 ギーテが横から、ヴェンツェルの頭にゴスっと手刀を入れるとともに、これ以上ない的確なツッコミを入れてくれた。
「えっ!? これ、駄目だった!?」
「宝石って、高価なほどいいのでしょう!?」
「だから言ったじゃん! やっぱり宝石魚より、食べて美味しい魚の方がよかったんだよ!」
 ギョッとしたようにヴェンツェルとアイスが目を?き、フランが口を尖らせる。
 やっと驚愕の硬直から解けたリーリエは、申し訳なく思いつつも、ゆるゆると首を横に振った。
「せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい。私には高価すぎて不釣り合いというか……」
 どれほど高価なものだろうと、リーリエにはせいぜい、保冷庫に入れて眺めるくらいしかできそうにない。おまけに、あんなに大きな魚を保冷庫に置いては、肝心の食料が入れられなくて困る。
 まさに、無用の長物である。
「困らせるつもりじゃなかったんだけど……ごめん」
 ヴェンツェルがショボンと肩を落とし、呪文を唱えた。
 彼の手からキラキラした霜が降って魚が凍りつき、カチコチになったそれを使い魔たちが、ヴェンツェルの影の中に投げ込んだ。
 普通なら床にぶつかるはずの凍った魚は、使い魔たちの手から影に触れると、するりとその中に消えていく。
「まぁ、そう落ち込むな。意気込みは十分に伝わってきたぞ」
 ギーテはヴェンツェルと使い魔たちの手に浄化魔法をかけると、励ますようにニコリと笑った。
「リーリエ君が構わなければ、信頼できる宝石職人を紹介するので、あの鱗から好みの宝飾品をいくつか作ってはどうだろうか? 手間賃は残りの鱗で支払えるし、宝飾品に加工すれば嵩張らない。普段は身につけないにしても、今後の式典出席などで使い道はあるだろう」
 素晴らしい提案に、リーリエは目を輝かせて頷いた。
 式典でドレスアップする機会もあるとはいえ、自分では宝石を買ったこともないから、オーダーするという発想は思いつかなかった。
「はい! お手間をかけますが、紹介してください」
 あの魚を丸ごと渡されても困るのは確かだが、ヴェンツェルはリーリエを喜ばせようと懸命に考えてくれたのだ。
 その事実が何よりも嬉しくて、胸が高鳴ってしまう。
(それに、婚約の贈り物を熱心に探してくれたなんて……本当に恋愛結婚みたい)
 必要だと言われたのを言葉通りに受け取らず、愛されているかもしれないと勝手に期待して、また惨敗するのは嫌だ。
 だから、もう勘違いしないようにと決めたはずなのに、早速心が揺れ動き出す。
 たとえギーテが婚約者に贈り物をと入れ知恵しても、ヴェンツェルは自分がそうしたいと思わなければ、あっさり『必要ないよ』で済ますだろうに。
 真剣に贈り物を考えるなんて、それほど大事に思ってくれているのかと、期待したくなる。
「ヴェンツェルさん、ありがとう。本物の七色宝石魚を見たのは初めてで、凄く驚いたわ。それで、今さらだけれど、ギーテ長官が勧めてくださったように、身につけられる品に加工していいかしら?」
 ドキドキしながら尋ねると、ヴェンツェルが安堵したように口元を綻ばせた。
「もちろん。リーリエにあげたくて獲ってきたんだからね」
 その時、アイスがくいくいとヴェンツェルのマントを引っ張った。
「ヴェンツェル、こっちも早く渡しましょうよ」
「これは大丈夫だと思うよ」
 見れば傍らにいるフランが、今度は金色のリボンをかけた平べったい紙の大箱を持っている。
 ヴェンツェルが頭を?き、気まずそうに箱を受け取ってリーリエに差し出す。
「帰るのが遅れたのは、こっちの買い物に手間取ったからなんだ。どれがリーリエに似合いそうか、悩んじゃって……でも、気に入らなかったらまた別のものを探すから、ハッキリ言って欲しい」
「ええ……まずは、開けさせてもらうわね」
 受け取った紙箱の表面を見れば、富裕層に人気だと有名なドレスメーカーのものだった。
 嵩張るドレスが入っていそうな箱ではないが、さっきの魚の件があるから、どんな度肝を抜くものが出てくるかわからない。
 ヴェンツェルと使い魔コンビ、それにギーテが見守る中、緊張しながらリーリエはリボンを解いて箱を開いた。
「……素敵」
 箱の中に入っていた夏物のワンピースを広げ、リーリエは思わず感嘆の溜息を零した。
 リーリエの瞳と同じ空色の生地で仕立てられ、襟元には繊細な花模様のレースがあしらわれている。短い袖は控えめなパフスリーブで、全体的に上品ながら気取りすぎた感じはしない。
 お洒落な外出着といった雰囲気で、デザインも細部に至るまでリーリエの好みにピッタリ。
 これをショーウィンドウで見かけていたら、きっと目が釘づけになっていただろう。
 しかも聞き間違えでなければ、ヴェンツェルはリーリエに似合いそうな服を、苦労して探し回ってくれたとか……。
「ええと……気に入ってくれたってことかな?」
 ぼぅっとワンピースを眺めていると、ヴェンツェルに声をかけられてハッとした。
「ええ! 嬉しすぎて、夢でも見ているみたい。なんてお礼を言っていいか……」
「うむ。これはリーリエ君に似合いそうだな」
 ギーテも感心したように頷き、アイスとフランは嬉しそうにハイタッチしている。
「リーリエを喜ばせたかったんだから、僕にはその反応が一番のお礼だね」
 ヴェンツェルが、まるで愛おしい相手を見つめるように目を細めて微笑む。
 でも、きっと彼にとっては、ただの親愛の情だけだ。
 勘違いするなと自分に言い聞かせようとするも、いっそうリーリエの心臓は鼓動を激しくしていく。
(もし……ヴェンツェルさんを異性として好きだって、ちゃんと告げたら……)
 彼は、今までと変わらぬ関係でいいと言ったけれど、リーリエがきちんと気持ちを告げたら、無下にしないでくれるかもしれない。
 ヴェンツェルを見上げてドキドキとそんな空想に耽っていると、不意に彼が「あっ」と声を上げ、ギーテに振り向いた。


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