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二度目の求婚は受けつけません!

藤咲慈雨 / 著
山下ナナオ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-370-5
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/02/26
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《記憶喪失になったら一目惚れはなかったことになりますか?》
幼馴染で婚約者な二人のやり直しラブストーリー
WEBで人気の短編を大幅加筆して書籍化!
“王家の人間は、一目惚れをした相手を絶対に諦めず、一生かけて愛し続ける”そんな粘着質な血筋を引く王太子アーサーに一目惚れ即求婚され、婚約者になったルチア。以来、彼の猪突猛進・傍若無人な愛情表現に手を焼く毎日。ある日、他国で王族が婚約破棄をして別の女性と婚約し直すという不穏なスキャンダルが相次いで起きる。騒動の足音が着々とルチアたちに近づき不安な思いを抱き始めた頃、アーサーが事故で記憶喪失に! ルチアのことをすっかり忘れた彼は、命の恩人である美少女を城に連れてきて!? 二人の仲睦まじい姿を目にしたルチアは衝撃を受け、婚約破棄される覚悟を決めるが……?
「ルチアが言っていただろう? 求婚の時には花束を持った王子様が、跪いて申し込むものだって」

立ち読み

「他国で婚約破棄、ですか?」
 ルチアは孤児院への寄付用のハンカチに刺繡をしているところだった。その手を止めて、アーサーを見る。彼は手に持っていた寄付の目録をテーブルに置き、重々しく頷いた。
 アーサーからその話題を振られた時、ルチアは妙な既視感を覚えた。どこかで似たような話を聞いたような気がしたのだ。
「あぁ。そこの第二王子の婚約がなくなったらしい。別の女性と婚約を結び直したようだ」
「まぁ、王族の婚約破棄、ですか」
「婚約破棄自体はあり得ないことではないが……」
 婚約破棄、というか婚約を白紙に戻すことは珍しいといえども、まったくないということではなかった。
 婚約が白紙に至るには様々な事情が考えられるが、共通するのは双方に配慮してひっそりと行われるということだ。
 しかしどうやら、今回はずいぶんと事情が違うらしい。
 アーサーは手に持った書類を弄びながら、不機嫌そうにため息をついた。
「第二王子が公衆の面前で婚約者の悪事を断罪して、その場で一方的に破棄したようだ。下位貴族の女性と婚約する、とも言ったらしい」
「悪事、ですか」
「詳しい内容まではさすがに分からないが、そうだと伝え聞いている」
 婚約者だった女性を糾弾して、別の女性と婚約をする。そこまで考えて、ルチアは唐突に思い出した。そんな内容の歌物語が流行っていると、侍女が言っていたような……。
「それは本当にあった出来事なんですよね?」
「そうだ。グリンデール国の話だったと思う」
「グリンデール国ですか」
 グリンデール国はラージア国から見て、南西にある国だ。両国の間にはいくつかの小国と広大な砂漠が広がっている。この国からグリンデール国に行くには、船が一番安全で早いのだが、それでも半年はかかる道のりだ。
 ルチアが黙って考え込んでいると、アーサーが不思議そうに首を傾げた。
「何か気になることでもあるのか?」
「……確か、城下でそのような話が流行っていると聞いたような……」
 ルチアはそう言って背後に立つ深緑色の瞳の、黒髪をシニヨンにまとめた侍女――アンナを振り返った。
 彼女はルチアが七歳の時からルチアに仕えていて、大抵のことは目配せで理解できてしまうほど、ルチアの機微を細かく見ている優秀な人物である。
 主人の意図を正しく理解したアンナは、僭越ながら、と詳しい話を教えてくれた。
「城下にいた吟遊詩人が歌物語として語っていたと思います。とある国の王子が、意地悪の限りを尽くしていた婚約者のご令嬢の悪事を暴き、虐げられていた女性の純真な心に触れて、彼女と恋に落ちる、とかなんとか……」
「妙に具体的で、肝心な部分があやふやだな」
「城下の人々に、このお話は人気のようです。あちこちで噂を聞きました」
 単純明快な勧善懲悪の物語なので、感情移入しやすいからだろう。特に女性はロマンスへの憧れから、こういった話を好む傾向がある。
 それにしても、吟遊詩人が語っている内容と、グリンデール国の内容がずいぶんと酷似しているようだ。
「グリンデール国の話、と言われればそのような気もしますね」
「まぁ、吟遊詩人たちはあちこちの国を回り、そこで見聞きしたことを語るからな。グリンデール国の話を仕入れていても不思議ではない」
「それは、そうですが……」
 それにしては、情報が早すぎる気がする。船で半年もかかる遠い異国の話だ。城下で話題になることなど、そうそうないはずなのだが。
 しかし所詮は接点のない異国のこと。気にしても、仕方がないだろう。
 ルチアはそう思って、このことは日々の生活に追われて、忘れていった。
 しかしすぐにまた、思い出すことになる。
 グリンデール国の婚約破棄の話題が出てから一週間後。また婚約破棄騒動が起こったと聞いたのだ。
「それはグリンデール国のことではないのですか?」
「俺もそう思ったんだが、違うらしい。シルナ国で起こったことだと聞いた」
「シルナ国ですか……」
 アーサーの言葉に、ルチアは目を瞠った。
 シルナ国はラージア国の西に位置し、山脈と運河を挟んだ土地にある国だ。運河を利用した航路があるため、ラージア国とは貿易を密に行っている国でもある。最初に婚約破棄騒動があったグリンデール国よりも、ラージア国に近い位置にある。
「今回も王族の方が婚約者を断罪したんですか?」
「いや。円満に婚約解消したと聞いている。第三王子と侯爵令嬢の婚約が解消されたようだ」
「難しい顔をしていますね。気になることがあるんですか?」
「……婚約解消後、王子の強い希望で男爵家の令嬢と婚約を結び直したらしい。グリンデール国といい、シルナ国といい、約束や規定がころころ変わる状態だと、国としての信頼性が揺らぎかねない」
 アーサーは憮然とした様子で、深いため息をついた。
 珍しい、とルチアは思った。そして不思議な偶然もあるものだ、とも思った。
 一方的な婚約破棄をしたグリンデール国とは違い、シルナ国は円満に婚約を解消したようだが、どちらの国も最初の婚約者よりも身分の低い令嬢と婚約を結び直している。それも王族からの強い要望で。
 貴族や王族の結婚で、あまりにも家格の違う家同士が結婚するのはまれなことだった。
 階級がある以上、価値観や常識はそれぞれで異なってくる。家格の差がそのまま、両者の認識や考えの違いに繫がることがあるので、身分差のある結婚はどこの国でも珍しいものだ。
 とはいっても、まったくないということでもない。今回も、下位とはいえ貴族のご令嬢なので、周囲も納得して婚約破棄と婚約者変更を受け入れているのだろう。
「偶然だといいのですが……」
「そうだな。ここまでそっくりだと、少し不気味だが……」
「また、あるかもしれませんよ?」
「ん?」
「別の国で婚約破棄騒動が」
「さすがにそんなに頻繁に起こらないさ。一応、醜聞だからね」
 アーサーが肩をすくめて、紅茶を手に取る。それを聞いて、ルチアも納得した。
 婚約破棄ははっきり言って、その後の人生を揺るがす大きな醜聞だ。破棄する方も破棄される方も、無傷ではいられない。だからこそ、そう頻繁に起こるわけはないだろう。
 アーサーもルチアもそう思っていた。



 ――その考えは甘かったと、認識を改める事態となった。
 それからも国を変え、身分差の形を変え、婚約破棄騒動は起こった。
 さらに婚約を結び直す相手も多岐に亘り始めた。下位貴族に留まらず、大商会の令嬢や地方地主の娘なども新しい婚約相手に選ばれるようになったのだ。
 つまり貴族や王族と、一般庶民の身分差を越えた大恋愛である。
 この話を捨て置くはずのない吟遊詩人たちは話を仕入れては、あちこちで朗々と語った。また文筆家や詩人もこの恋愛劇を参考に、作品を生み出して世に送り出した。
 こうして庶民から貴族まで、誰もが知る美しいロマンスが誕生した。
 特に最近人気の物語が、北隣の国で起こったことをもとにしたものである。
 地方視察に出かけた王子は、悪路に馬の脚を取られて崖下へと転落したらしい。その王子を助けたのが、辺境に住む村娘だった。
 彼女は王子を村に連れ帰った。献身的な看病のおかげで、王子の怪我は回復していったが、彼は記憶をなくしていた。
 自分自身のことを全て忘れてしまった王子を、村娘は時に慰め、時に励まして支えた。王子はそんな彼女の優しさに触れ、心惹かれるようになる。
 不器用なりに家事や料理を手伝い、明るく振る舞いながらも、記憶を失って苦しむ王子を助けたいと、村娘は強く想うようになった。
 そうして二人は密かに心惹かれ合ったが、傷の癒えた彼は、自分が何者であるのか、全て思い出した。
 村娘は記憶を取り戻した彼から、身分違いを理由に離れようとしたが、王子は離そうとはしなかった。
 それどころかその場で跪いて、心からの愛を捧げて求婚したのだ。
 彼女は戸惑ったが、王子の婚約者からも「彼の気持ちを受け止めて欲しい」と言われて、結婚を承諾。二人の愛は結ばれた、らしい。
 この恋愛劇は本国だけでなく、周辺の国でも熱狂的に受け入れられた。そして隣国で婚約破棄が起こったと聞いた時、ルチアは確信した。
「ついに、私の番が来るわ」
 深刻な表情で、ルチアがポツリと呟く。それを近くで聞いていたアンナの眉が歪んだ。
 アンナは、ルチアに紅茶を用意しながら、呆れた声を出す。
「本気でそう思っていますか?」
「もちろんよ」
「この状況で、よくそう思えますね」
 ルチアは現在、城の東翼の王太子妃のために造られたティールームに軟禁中である。
 なぜかというと、三時間おきにルチアの顔を見ないと発狂する、と公言しているアーサーが、ルチアを探すために執務を投げ出して逃亡しないようにするためである。
 アーサーは博識で思慮深く、さらに剣術も一定以上の腕前だ。しかしルチアのこととなると、とんでもなく視野が狭くなる。
 今もきっちり三時間おきに顔を見に来てはルチアを愛でて可愛がり、ルチアからの「お仕事している姿、素敵ね(棒読み)」の言葉を受けて、部屋を飛び出して執務室に戻り、仕事をする、という行為を繰り返している。
 ルチアはアーサーの相手の合間に、目を通すように渡された目録を読んでいた。
 そこには結婚式に出席予定の来賓の名前や経歴が書いてある。これを結婚式までに全て覚えなくてはならないのだ。
 結婚式は来年の春。時間はいくらあっても足りないのに、渡されたリストにはざっと三百人分はありそうだった。
 終わりの見えない目録を眺めながら、ルチアは先日の夜会のことを思い出す。他国の娘がアーサーと親しくなりたそうだったのに、彼は早々に話を切り上げてルチアに引っついていた。
「……確かに殿下に関しては、一連の婚約破棄騒動のようには、ならないかもしれないわね」
「かもしれない、ではなくあり得ないです。殿下は絶対に婚約破棄なんてしませんよ」
「そうかしら……」
「言い切れます! だって殿下はラージア国の王族ですから!」
 とんでもなく、説得力のある言葉だった。思わず、ルチアの顔が軽く引きつる。
 ディエリング家は一目惚れ体質で、現在まで一目惚れをしなかった王家の男はいなかった。彼らは恋した相手をなんとしてでも手に入れる。そして持てる力の限り、愛を伝えるのだ。
 十一年間、ルチアの侍女を務めるアンナは、飽きるほどアーサーの奇行を目にしている。そんな彼女が自信満々に主張するのも当然だった。
 ルチアは目録を置いて紅茶を一口飲み、物憂げなため息をこぼした。
「だんだん婚約破棄の騒動が近づいてきているのが、気になるわ」
「あぁ……ついに隣国ですもんね。最初の頃は、遠い異国のお話だったのに」
「そうなのよね」
 先日ついに、広大な森を挟んだ北の隣国で例の騒動が起こったと聞いてから、胸の奥に重い塊がつかえるような、言い知れぬ不安が渦巻いている。
 ルチアは思わず口ごもる。不安そうな空気を察したのか、アンナも真剣な顔で考え込んだ。
「うーん。殿下がお嬢様に婚約破棄を宣言するんですよね? ……やっぱりまったく想像できません」
「想像できない?」
「あり得ないですから。婚約破棄されそうになって、泣いてすがる殿下の姿なら想像できるんですけどねぇ」
 アンナの言葉に、部屋の中で控えている他の侍女たちが、うんうん、と大きく頷いた。
「それに絶対に王族が婚約破棄する、って決まっているわけではないようですし。もしかしたら、別のカップルが婚約解消になるのかもしれませんよ」
「それはそれで、あまり嬉しくはないのだけど」
 自分が婚約破棄されなかったら、誰がされてもいいというわけではない。願わくは、ラージア国ではこんな変な騒動が起こらないで欲しいと思う。
 それでも、アンナがルチアを慰めようとして言ってくれたことは分かるので、ルチアは微笑んでお礼を言った。
 その時、部屋の扉が勢いよく開く。
 振り向くとそこには、やつれたアーサーの姿。柱時計を確認すれば、前回アーサーが訪問してからきっちり三時間が経っていた。
「お疲れ様です。今、飲み物を用意しますね」
 ルチアはアンナにお茶をお願いしようとしたところ、アーサーに手を取られた。
 彼はふらふらとルチアの隣に座り、その身体をぎゅっと抱き締める。肩に顔を埋め、深く息を吸った。
 まるで戦場でも駆け抜けてきたのか、というような疲れようである。
 アーサーはルチアと離れて執務や訓練を行うと、三時間後にはなぜかボロボロになって帰ってくる。本人曰く、ルチア欠乏症という病を発症しているらしい。
 引き剝がすのも面倒になったルチアは、気が済むまでアーサーの好きにさせていた。抵抗しても無駄なので諦めたともいう。
 アーサーは心ゆくまでルチアを堪能した後、ようやく肩から顔を上げた。ちなみに抱き締めた腕はそのままである。
「ルチアが足りなかった。ルチアを補充しないと」
 彼はいたって真面目である。真剣にルチアの存在を、全身で感じていた。離れていた寂しさを慰め、ルチアの温もりに甘える。
 いつもより疲れている様子のアーサーを見て、ルチアは不思議に思った。なんだかボロボロにヨレヨレがつけ足されるくらいに疲れているように感じた。
「何かありましたか?」
「うん?」
「お疲れのような気がします」
 心配になってアーサーの顔を覗き込めば、なぜかアーサーは目を輝かせた。
 その顔を見て間違えた、と思ったがもう遅い。ルチアは再び、力の限りぎゅうぎゅうに抱き締められる。
「ルチア! 心配してくれるんだね!」
「それはまぁ……。でも気のせいのようですね」
「いや、疲れてるよ! 癒やしが必要だよ!」
 全力で疲れたアピールをするアーサーは、ルチアの許可なく、自分の頭をルチアの膝に乗せて寝転んだ。いわゆる膝枕状態である。
 下から顔を覗き込まれ、ルチアは思わず顔を背ける。
 無邪気な顔でこちらを見上げないで欲しい。普段、アーサーを見下ろすことなどないので、妙にドキドキしてしまった。
「どうやら父上の体調がよくないらしい」
 アーサーがポツリと言った。その言葉に驚いたルチアは再び彼に目を向ける。
「陛下が? 何かあったんですか?」
「風邪をこじらせていたみたいなんだが、今日の昼過ぎに執務室で倒れた」
「まぁ! そこでご容態は?」
「すぐに医師が診察した。命に別状はないが過労という診断も出て、絶対安静を命じられたらしい。それで急遽、今日中に決裁が必要だったものが、俺の方に回ってきたんだ」
 おかげで目が回るほどの忙しさだったよ、と愚痴をこぼす。アーサーは本当に疲れているようで、ルチアの膝の上で重いため息をついた。
 今日は朝からずっと王城で過ごしていたが、陛下が倒れた、という話は聞かなかった。
 もちろん、国王が倒れたことは最重要機密事項だったはずだ。どこで誰が聞いているか分からないので、話が漏れないように、厳重に箝口令が敷かれたのだろう。
 それでも滅多に起こることのない事態に、城内は少し浮ついたり、ざわついたりするものだ。
 それがまったくなかったのは、ひとえに王太子であるアーサーの手腕によるものだろう。浮足立つ城内をしっかりと統率し、必要な手配を済ませ、完璧に仕事をしたはずだ。
 アーサーはルチアが絡むと明後日の方向に暴走しがちだが、それ以外では優秀な執政者である。
 いつだったか、教師たちがすでに賢君の片鱗が窺える、と話しているのを聞いた。
 きっとアーサーは文句を言いながらも、頑張って仕事をしたのだ。
 そのことに関しては、ルチアは自信があった。それに誇らしくも思っていた。
「お仕事、お疲れ様です」
 労る気持ちを込めて、膝の上のアーサーの頭を優しく撫でた。
 サラサラの金髪は見た目通りの指触りで、少し癖になりそうだ。
 心地よい滑らかさに、ルチアの頰が緩む。微笑みながら、アーサーの頭を何度も撫でた。
 それを見上げたアーサーは呆然と固まり――滂沱のごとく涙を流した。
 突然のことにルチアはぎょっとした。アーサーは涙を流しながら、小刻みに震えている。
「殿下、申し訳ございません。何か不快なことでもありましたか?」
 慌ててアーサーの顔を覗き込めば、彼は顔を真っ赤にして、恍惚とした表情を浮かべていた。
「女神……!!!」
 アーサーは感動のあまり泣いていたのだ。
 驚きで、ルチアが手を止めると、アーサーはもっと撫でて! とお願いしてくる。子どものように甘える姿に苦笑しつつも、ルチアは再びアーサーの頭を撫でた。
「いいな、これ。毎日仕事終わりのご褒美に欲しいなぁ」
「今日は特別です。お仕事を頑張ったようなので」
「いつも頑張っている!」
「では三時間以上、私のもとに顔を見せないでお仕事ができたら考えますね」
「それは無理だな。干からびる自信がある」
 きっぱりと言い切るアーサーに、ルチアは思わず声を上げて笑った。
 そんなことあるはずない、と伝えたが、アーサーはある! と断言する。ちなみにアーサーの発言を聞いて、部屋の中にいる全員が大きく頷いていた。
「では特別な日のご褒美ですね」
「ご褒美か。それは甘美な響きだ」
 毎日だって得られる努力をしなくては。そう言ってアーサーは頭を撫でるルチアの手を取り、甲に軽くキスを贈った。
 ルチアは少し恥ずかしくなったが、アーサーにとってはルーティンのようなものなので、反応しないように努める。
 やがてアーサーは満足したのか、起き上がってソファに座り直す。片方の手はルチアの手を握ったまま、冷たいフレッシュジュースを口に含んだ。
「陛下の容体は安定しているんですよね?」
「あぁ。よく休めば、体調は戻ると言っていた」
「そうですか。お見舞いに行きたいのですが、ご迷惑でしょうか」
「ルチアを迷惑に思うものか!」
 そんなことを言ったら、父親といえども剣を交えるしかないな。そんな物騒な声がアーサーから聞こえてくる。
 ルチアは笑ってごまかし、扉近くに控える侍従に、お見舞いが可能か確認してもらうことにした。



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