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万能女中コニー・ヴィレ3

百七花亭 / 著
krage / イラスト
ISBNコード 978-486669-351-4
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2020/11/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《任務協力にかこつけて口説こうったって、そうはいきません!》
主である第二王子の王位継承には裏切り者の排除が必要――というわけで、諜報部隊のアルバイトとして調査に乗り出す万能すぎなコニー・ヴィレ。変装しての潜入捜査、王宮に入り込んだ人外をねじ伏せ、最近ますます距離を詰めてくる義兄をどうにかかわし――と駆け回る中、敵対する第一王子の母、王妃が暗殺!? 王位継承の試験に隠された闇をコニーは暴けるのか? そして可愛い義妹を懸命に助けつつも空振り続きのリーンハルトの恋の行方は――?

立ち読み

翌日、コニーは女中業務に戻っていた。
 ハルビオン城の西側にある豪華な客室のいくつかを掃除する。ハイスピードで磨き上げてゆく。
 天井から床、壁も窓も調度も隅々にまで艶が宿り、空気は清浄化されてキラキラと輝く。
 やはり、思いっきり体を動かすのは楽しいですね!
 隠密行動中は、狭い場所に潜って息をひそめたり、身を低くして隠れつつ移動するので、けっこうストレスが溜まっていた。女中の仕事は逆にリフレッシュ出来る。義兄邸では、やりすぎて引き留められても困るので、膂力をかなりセーブしていた。
 部屋全体を見回しその仕上がりに満足すると、さてと、とバケツや箒を手に廊下へ出ようとして――ふいに前方が壁に塞がれる。顔を上げると、そこには白金髪の麗しい騎士。にこやかな笑顔でこちらを見下ろしていた。
「やぁ、コニー。久しぶりだね」
「えぇ、はい。リーンハルト様、お久しぶり……です?」
 あまりの近さに思わず三歩下がると、彼はすっと室内に入り、後ろ手で扉を閉めた。コニーはぶあつい丸メガネの下、枯れ草色の瞳をまるくする。
「あの、部屋を出たいのですが……」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「二日前、貴族街にある私の邸に新しい使用人が入ったのだけど、一日で辞めてしまったんだ。何故だと思う?」
 ……また、遠回しなカマかけですね。
「さぁ、分かりません」
 あのとき遠目だったし、背中しか見えてなかったはず。どの辺で確信を持って言っているのか。
 さらに追及してくるかと思いきや、彼はあっさりと頷いた。
「まぁ、そう答えるしかないよね。別にいいけど」
 ――別にいいのに呼び止めたのですか?
「私は主君に対し疾しいことは何もないから」
 青色調査されたと気づいたのですね。……でも、何故わたしが調査したと思うのです? 〈黒蝶〉は他にもいますよ!
 しかし、ここでそれを尋ねるわけにもいかない。自分の行いを暴露するにも等しい。だが、看破されたのなら由々しき問題である。何か手がかりを残すようなミスをしただろうか? ……いや、していない。これは断言できる。あのとき、彼は迷いなく追いかけてきた……ということは、もしや後ろ姿で自分だと気づいた? お仕着せも違うし黒髪だったのに?
「コニー、少しの間、それは下に置いてくれるかな?」
 手にしたバケツに視線を向けられ、ハッとする。
 変に沈黙しては肯定ととられる。会話を切り上げなくては――
「次の仕事場に行きたいのですが」
「大事な話だよ」
 若干の苛立ちと怒りのような波動を感じ、コニーはしぶしぶバケツと箒を壁際に置く。
「知っているかな? 奇妙な噂が立っているんだ」
「噂、ですか?」
「そう、私が肉食系女子に飽きて、清楚で慎ましい女性を求めているってね。――おかげで叔母には見合いを強引に勧められるし、毎日、自薦他薦の〈清楚な乙女〉が押しかけてきて、とても困っている」
 コニーは表情を無にして、それを聞いていた。
 実は、その噂を流したのはコニーである。理由は義兄の関心を自分から逸らすためだ。これは私邸潜入バレより、マズイ気がする。
「――リーンハルト様。いずれは公爵家跡取りとして、嫁とりは必須でしょう。トラウマ克服のよい機会ではないですか」
 彼はとてもショックを受けたような顔をした。そして、抗議しつつ詰め寄ってくる。
「私の気持ちを知ってて、他の女をあてがうなんて……酷くないかな? とても悲しいよ!」
 なんだ、その台詞。自分の方が悪者みたいではないか。コニーは後退しつつも言い返した。
「その気持ちはトラウマ故の副産物に過ぎませんよ。いい加減、気づいたらどうです、心理的視野狭窄に陥っているだけだと!」
 そう、肉食系女子でなければ、彼は誰とでも付き合えるはずなのだ。
 あなたの恋のお相手が、わたしである必要性はないのですよ!
 心の声が届いてしまったのか――ふと、彼は冷静な声でつぶやいた。
「……やっぱり、君か」
「え?」
 肩を摑まれたと思ったら、一転、視界に天井が映る。一瞬で長椅子に押し倒された。クッション性の高い座面なので痛くはなかったが、両手首をがっちり押さえこまれている。彼の整った顔がめちゃくちゃ近い!
「噂を流したの、君だよね」
「――何故、そう思うのです?」
 ダグラー副団長が宮廷の美女たちを避けている――という噂は、彼がレッドラム国の王女を袖にして以降、あちらこちらで囁かれている。だから、コニーだけがそれに便乗し尾ひれをつけていると考えるのはおかしい。
 彼女がした事は、特定の人物に対し「噂には信憑性がある」と吹きこんだだけ。もちろん、その人物とは彼の叔母である。以前、義兄との仲を疑い本人が直接探りを入れに来たので、利用させてもらった。
 すると、彼はこちらを見透かすように薄い笑みを浮かべる。
「君の危機回避力の高さはよく知っているからね。あと、噂の内容が具体的で計画性を感じる」
 なるほど、彼はこの手の心理戦が得意なのか。まったく、恋愛百戦錬磨の思考はあなどれない。
 一瞬、黙したのが悪かった。
「弁解しないなら肯定ととるよ?」
「ちょっと待って、ください!」
 耳元で囁かれて、ぞわっとする。鳥肌が立った。リーンハルトはからかうように言う。
「人の心を弄ぶコにはお仕置きが必要かな?」
 いや待て、これ、目が本気。やばい、狩りにくる目だ。

◇◇◇◇◇

 追いかけられています。誰にってよく分かりませんが、巨軀の男のようです。たぶん。
 城に向かって戻るべく駆けていたら、いつのまにか後ろから追われていた。どんな状況だと思うが、月すら雲間に隠れていて周囲は真っ暗。いかに闇に目が慣れているコニーでも、分かるのは全体の輪郭ぐらいだ。相手の背中がやけに曲がっているということだけ。
「ゴニィッヴィエェェェェ!」
 しかし、あちらは自分のことをご存じらしい。後ろから急にワッと光が差した。何かが来ると直感し、サッと頭を避けると光の塊が通過。近くの木にドーンとぶつかり、上半分を吹き飛ばした。走りながらちらっと振り返ると、男の口の辺りで光がどんどん膨らんでいる。
 えっ、今の……光を吐いた!? 攻撃魔法――!?
 ゴオッと光の砲弾が襲い掛かってきた。さっきより大きい。間一髪、横跳びに転がりその軌道を避ける。そして、駆ける速度をさらに上げる。コニーの脚は速い。野良魔獣を引き離すほどに速い。
 だが、そいつは十メートルばかり距離は開いているものの、ぴったりと追いすがってくる。
 やっぱり人じゃないですよね! 人外! 憑物士!? 一体どこから湧いたんですか!?
 城壁には有害な人外を弾くための結界が展開されている。なのに、どういうことだ。
 結界を生み出す魔道具はこまめにメンテナンスされるため、不具合は起こりにくい。少なくとも、コニーが城勤めを始めてから、城壁の結界に穴が空いたことは一度もない。
 とにかく、このまま城に向かってはマズイと思い方向転換をして逃げる。
「ゴニィッヴィエェェェェ! づがまえルウウゥゥゥゥ!」
 ゴッ、ゴッ、ゴッと、光の砲弾で木や石像、薪小屋を破壊しながら叫んでいる。いや、捕まえるって……言ってる事とやってる事が矛盾してる。そんなものを当てられたら死んでしまう。
 コニーの得物は〈黒蝶〉印の短剣のみ。フィア銀という特殊な鉱物が刃先に塗布されているので、悪魔憑きを捌くことも可能ではある。通常の武器では不可能と言われる、悪魔の強靱な再生力を断つことが出来るからだ。
 だが、人間でいうところの心臓とも言える〈心核〉を狙わなければ、いくら切り刻んでダメージを負わせても、死に絶えることはない。短剣での接近戦はリスクが高いのだ。
 背後から狙おうにも、向こうはこちらを狩る気満々なので隙がない。
 ――物見塔から鐘が鳴る。短い間隔で八回。それは人外侵入の警告。
 コニーは応援を求めて、呼子を吹き鳴らす。そして、時間を稼ぐために、憑物士を見通しの悪い森へと誘いこんだ。なんとか捲いて高い木の上へと身を潜める。
 息を殺して地上を見ていると、ふいに月明かりが差した。その先で、のそのそと歩くやつがいる。
 上半身が両生類ぽい……なんだろう、頭部が楕円で平たくぬめぬめ光っている……イモリ……いや、山椒魚? 斧を肩に担いでいる。おそらく三メートルは身長がありそうだが、姿勢が悪く背中が曲がっている。はちきれて破れた制服らしきものを纏っている。
 ここは奇しくも、蜂女となったゾフィを追い詰めた北東の森。わりと大きな森なので、すぐには見つからないだろう。苛立っているのか、憑物士は斧を振り回しながら茂みを刈りつつ去ってゆく。
 ……それにしても、応援が遅いですね。
 呼子を吹いて、十五分ぐらいは経っているはず。いつもなら、近場を巡回する警備兵たちが駆けつけてくるのに。
 もしや、他にも憑物士がいて、誰もこちらに気づいてない……?
「ミィ~づけダァ!」
 ハッとして下を見れば、木の根元に平べったくてばかでかい頭の憑物士がいる。ばかっと開いた口の中で、光が渦巻きながら膨らんでゆく。
「!」
 コニーはすぐに枝を蹴り、離れた木の枝に跳び移ろうとした。しかし、その動きを読んでいたのか、跳んだ瞬間に光の砲弾を軌道修正してくる。鉤付きの縄をとっさに投げて、体を別の方向に引いてかわした。ぎりぎりだった。光の砲弾は胸前を掠めて通り過ぎてゆく。
 胸元部分のマントとお仕着せが一瞬で焼失し、万が一のために着込んでいた、分厚く硬い革製のコルセットまでが熱で溶けかかっていた。回避しなければ体が半分消し飛んだだろう。
「……ふ」
 ぷちっと何かがキレた。
 逃げてばかりでは埒が明かない。応援も来ない。有害な人外を野放しには出来ない。自分でやるしかない。何度もアレの攻撃魔法は見た。十分だ。タイミングさえ摑めば反撃は可能なはず。
 ――大丈夫やれる。わたしなら出来る。攻めは最大の防御。
 コニーは木から飛び下りて、憑物士に対峙した。
「かかってきなさい、このゲス野郎」
 距離は十メートルばかり。好機とばかりに再度、ばかっと口を開ける両生類モドキ。その中でぐるぐる高熱の光が膨らむ――
「ガ?」
 一瞬で、間合いを詰めたコニー。やつのぶよぶよとした手首を短剣で、スパパンと跳ね飛ばす。
 地面に短剣を投げ突き立てると、素早く両手で巨大貝のような口の上下を摑み――ばくん! と、閉じさせた。
「×××××!?」
 もがきながら平たい頭を振りかぶる。口の中で否応なく光の砲弾が膨れ上がってゆき、次第にその口も膨れてゆく。だが、コニーががっちり押さえているせいで、その熱量は逃げ場がない。
 呑み込むわけにもいかず消滅させる術もないようで、顔中にだらだら汗を噴きながら目を白黒させている。
「自分で味わってみるといいのですよ」
 コニーはにっこりと微笑んだ。
 ボンッ!
 静かな森に破裂音が木霊した。

 しばらくして、道の向こうからランタンの明かりが近づいてきた。
「コニー!?」
 やってきたのはアベルだった。月明かりのお陰でぼんやりとだが周囲は薄明るい。
 彼は少し先に転がる異形に気づき、ギョッとした顔になる。それは、口の端から黒煙を噴き、白目を剝いて倒れていた。
「あれは憑物士か……!?」
 コニーは手短に、城の裏庭からこの場所に来た経緯を話した。
「まだそれ生きてます。体格がよすぎて心核の位置に刃が届かなかったので、止めを刺せてないのですが……」
「無茶をする」
「呼子を吹いて応援を待ったのですが、誰も来なかったもので」
「その格好は? どこか怪我をしているのか?」
 彼は心配そうに覗きこんでくる。前面がぼろぼろになったマントを、ショールのように肩からお腹まで巻きつけていたので誤解させてしまったようだ。
「いえ、大丈夫です。被害は衣装だけなので。せっかく頂いたマントをダメにしてしまって……」
「そんなことは気にしなくていい!」
「でも、申し訳ありません」と深々とお辞儀をすると、胸のあたりが妙にひりついた。
 ……ちょっと痛みが……気のせい?
 怪我はしてないはずと、内心首を傾げつつ「アベル様はどうしてこちらに?」と尋ねる。
「警告の鐘が鳴る少し前に、城の明かりがすべて消えた。そのとき、西回廊で騒ぎがあって、ジュリアン殿下が憑物士に襲撃されたんだが……」
「えっ、ジュリアン様はご無事なんですか!?」
「無事だ。ダグラー副団長が憑物士を仕留めたからな」
 リーンハルト様、ちゃらくてもさすが副団長ですね!
 その後、中庭で警備をしていたボルド団長や〈黒蝶〉の長が、不自然な形でその場を離脱していることに気づき、皆で手分けをして探していたらしい。極度の方向音痴であるアベルだが、「不審な女中を見た」という北門番の証言から「まさか」と足取りを追い、破壊痕を辿ってコニーを見つけたのだという。
 そこへ大勢の騎士たちや警備兵たちがやってきた。伸びた憑物士は魔道具の枷を用いて魔力を封じられ、気絶したまま荷車で運ばれてゆく。
「城に戻ろう。コニー」
「はい、アベルさ……ま――」
 促されてついて行こうとするが、足下が何かふわふわする。
 あれ?
 急に息苦しさを感じ、胸がひりひりと熱くなる。踏み出すごとに体が右に左にとふらつく。
 どうしたんでしょう。ちゃんと歩かないと、変に思われ――
「コニー!?」
 慌てたように手を差し伸べるアベルが、周囲の森が、ぐにゃりと歪む。コニーの意識は暗転した。

「――っ、一刻を争うんだ!」
「待て! 場所を考えろ、彼女を辱めるつもりか!?」
「――全員後ろを向いてこの場を去れ! 君もだ!」
「お前の方こそ、彼女から離れろ!」
 ……なに、この既視感……前にも似たようなことがあったような……
 アベルと義兄だろう。またいがみ合いをしているのか。しかも、以前よりも互いの口調が激しい。どうしたんだろう。仲良くなれとは言わないが、第二王子の側近同士、もう少し穏便に――
「私が脱がせると言っているだろう! 彼女は私の家族だ!」
「お前のような女誑しが下心抜きでやるとは思えん! その手を放せ! 俺がやる!」
 ――は? ちょっと待ってください。お二人とも、一体何を争っているんですか!?
 抗議したくても瞼が重く上がらない。意識が泥沼に沈むと、騒がしさが遠のいてゆく。

◇◇◇◇◇

 場末の酒場で働くユユは、もうじき三十歳になる。
 美貌を鼻にかけて、高望みをしていたら婚期を逃してしまった。
 長いこと店の看板娘をやっていたが、それも最近入った若い娘に奪われた。
 誰もちやほやしてくれない。不平不満で腐る日々。
 あたしだってまだまだイケルはずなのに! なんて見る目のない男ども! お金さえあればもっと自分を磨けるのに! 貴族にだって求婚されるに違いないのに!
 毎日、そんな妄想が止まらない。しかし、それも仕方のないことだ。何せユユはこの国で一番美しく貴い女性にそっくりなのだ。
 ただ、こっちは酔っ払いの給仕と皿洗いに明け暮れて、着ているものはぼろだし、自慢の金髪もくすんで手もアカギレで荒れている。草臥れ感がまさに場末の女。あっちは贅沢三昧で、美味しいものを毎日たらふく食べて着飾っている。ユユより一回りは年上なのに、未だ輝かんばかりの美貌だと噂に聞く。世の不公平さを呪いたくもなるというものだ。
 ある時、転機は訪れた。見知らぬ紳士に声をかけられたのだ。
 しきりにユユの容貌を褒めそやしてくる。
「ある貴婦人の代わりに歌劇を観てくれないか」
 そう頼んできた。報酬はそのときに身に着けるドレスと宝飾品。
 ただし、このことは口外無用。話せば大変な事になるだろうと脅された。命の危険が頭をかすめる。しかし、見せられた大きな宝石の首飾りに、十年は働かなくてすむと思った。
 これは天の与えたチャンスだ! 二つ返事で引き受けた。
 酒場の二階に住み込みで働いていたユユは、少ない私物と最後の給金を貰うためにも一度戻った。
「そんな旨い話があるわけないって! 騙されてるんだよ!」
 去りぎわに、妬んで引き留める若い看板娘を鼻で嘲笑ってやった。

 二月二十四日、午後六時四十分。地方都市ハッセン――とある歌劇場にて。
 二階にある個室の鑑賞席からは舞台がよく見える。そこでビロゥド張りの椅子に腰掛け、観劇する一人の貴婦人がいた。濃いめの化粧を施し豪奢なドレスに身を包んだユユだ。
 この日のために、半月前からあの紳士の邸で世話になり、女中たちによって体を磨かれた。
 良い薬でだいぶマシになった手には、絹の手袋をつけている。羽根の扇子を広げ、手元の懐中時計に何度も視線を落とした。
 舞台演目は巷で人気の恋物語。そろそろクライマックスの見せ場――
 ユユはパチンと扇子を閉じて、指示通りの時間に席を立った。
 壁際にいた七名の護衛らも動き出す。彼女のために扉を開けて供をする。廊下には誰もいない。
 舞台からの軽快な音楽だけが漏れ聞こえてくる。
「ぐぅっ」
「がっ!?」
 背後からの奇妙な声に、ユユは振り向いて息を呑む。
 四人の護衛が倒れていた。先導の護衛が異変に気付き、ユユを背後に庇う。刹那、その背中から刃の先端が飛び出した。どさり、彼も崩れ落ちた。残ったのは昏い目をした二人の男。
 どちらも赤い雫の垂れる長剣を握っている。一人がそれを投げ捨て、短剣を取り出した。
「な、何故……約束が、ちが……ッ!?」
 逃げようと駆け出すも腕を摑まれ、あっけなく引き戻された。
 やけに若い茶髪の男の顔が迫る。ニィと嗤った。
 ドンと衝撃がきて――胸に紅い華が咲いた。

1 消去法による答え

二月二十五日

 二日間、たっぷり食事と睡眠を取らせていただきました。お陰様で力も漲っています。何でも来いです!
 朝早く、コニーは女中のお仕着せに着替えた。〈黒蝶〉でいる時には、極力目立たずその場になじむのが鉄則。というわけで、城の敷地内ではこの格好が都合がいいのだ。外気が冷たいのでオリーブ色のショールを羽織り、魔法士団本部へと向かう。揚羽に次の仕事をもらうためだ。
 しかし、東塔の五階にいる彼を訪ねた所――
「もう一日、しっかり休んで」
 あれ、ここは歓迎されるところでは? と、コニーは首を傾げる。
「人手不足ですよね? わたしなら、もう大丈夫ですので」
「いくらアナタが常人より回復が早くても、異次元を一週間も飲まず食わずで彷徨ったんだから、大事を取れということよ。これは、ジュリアン殿下からの命令よ」
 ――すぐ復帰してくるのを見越されていたのか。
 そうは言われても、絶好のコンディションだというのに。いきなり暇になってしまった。
〈黒蝶〉の仕事優先のためにも、女中業と経理業は、潜入捜査開始の二月九日から三月半ばまで、長期のお休みをもらっている。
 事情を知らない女中頭マーガレットには、派閥争いに巻きこまれたことを話しておいた。
 グロウ団長に誘拐されたり、王妃の護衛に執拗に追われたこと。職場にも迷惑をかけたので、休むことを承諾してもらったのだ。
『そんな大変な目に遭っていたなんて……そうよね、ダグラー副団長の義妹なら、派閥争いにがっつり巻き込まれる危険もあったんだわ。どこかに身を隠すの?』
『とりあえず、警備の厳重な官僚宿舎に籠っておきます』
『分かったわ。あなたの抜けた穴埋めは、臨時の女中を募集するから。身の危険がないと思ったら、いつでも出てきてちょうだい』
 マーガレットの気遣いには感謝しかない。十年もの長い付き合いだが、彼女はコニーが〈黒蝶〉であることを知らない。知れば互いがリスクを背負うことになるからだ。それでも、出来る限り、彼女には真実に近い理由を話している。
 経理の方は、アベルに「〈黒蝶〉の仕事を優先したい」とありのままに告げた。
 すでにバレてる感が否めないし、異次元から脱出後の窮地に加勢もしてもらっている。シラを切り通すのは、あまりに不義理と思ったからだ。
 彼はあっさり了承してくれた。気になったので、どのへんで〈黒蝶〉だと知ったのかを尋ねると、意外にも軍薬師に蹴りを入れた時だという。それは十二月上旬頃だったはず。
『キレのある美しい蹴りに、高度な戦闘訓練を受けているのだと思った。ジュリアン殿下からも、君とは知り合いだと聞いていたから、もしやと――』
 もしやと思いながら、これまでにもいろいろと助けてくれたそうで。本当に良い上官だ。
 ――とまぁ、少々話は逸れたが、以上の理由でどちらの仕事にも出るわけにはいかない。
「ここは、自発的に〈黒蝶〉の仕事をすべきですね!」
 そう、王位継承試験は残り二十日しかない。いくら主の命令でも、時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
 ……昔から、ジュリアン様はわたしに対して、ちょっと過保護なところがありますからね。そこは聞かないぐらいでちょうどよいのです。
 裁定者イバラの出した試練は、まだ終わっていない。
 これまで取りこぼしのないようにと、〈忠義なき青〉の対象人物を広く見積もっていたが……はたして、彼はそこまで無駄な労力を求めるだろうか。そんな離れた有象無象の中にいるのではない――彼が言いたかったのは、〈獅子身中の虫〉なのでは?
 主のごく身近に危険人物がいる。そう考えれば、〈側近〉と〈黒蝶〉に絞られる。青色持ちのお世話係である侍従等は、すでに役職を解いて主に近づけないようにしている。だが、前者に関してはそうはいかないからだ。
 ジュリアン様のことです。もう大方の目星はついていることでしょう。揚羽隊長がそれについては「まだ」だと皆に濁しているのも、あまりに近すぎる人物のため……その動向に目を光らせているからではないでしょうか。逆に言えば――裏切者もまた然り。
 主と揚羽隊長の動きに注目しているはず。両者ともに動きがとれにくい状態かも知れない。
 側近の青の該当者は、コニーが調べた四名のみ。第二王子騎士団団長のジン・ボルド、副団長のリーンハルト・ウィル・ダグラー、経理室長のアベル・セス・クロッツェ、人事室長のシルヴァン・チェス・アイゼン。彼らは間違いなくシロだ。
 となると、残るは〈黒蝶〉にいる青の該当者二名。チコリとネモフィラ。片方が白なら、残りは限りなく黒に近い灰色と見ていいだろう。
 ――調べるなら本人に直接会うのが早いですね。
 早速、コニーは〈黒蝶〉の寮にやって来た。ここは城敷地の東の森にある。条件付きの結界に覆われ、寮を使用する者以外には見えないし入れない――隠れ家のような場所だ。
「……なんで、ここにいるんだよ?」
「わたしも〈黒蝶〉の一員ですから」
 問われてそう返す。コニーも幼い頃、ごく短期間だがここに住んでいたことがあるのだ。
 廊下でばったり出くわしたのは、件のチコリ。無造作に伸ばした薄青の髪の青年。二十一歳。
 シャツの上に毛織の上着、膝下までのダボッとしたズボンといった庶民的な装い。人見知りで視線を合わせたくないのか、いつも厚めの前髪で目元を覆い隠している。
「ところで、あなたは今一人なのですか?」
 青の該当者には必ず監視役がつくはずだが――
「監視のこと言ってんだろうけど、姿を見せないだけでその辺にいるから」
 正面にいるコニーにではなく、廊下の壁を向いて答える。
「――って、まさか藁色までわざわざオレを探りに来たわけ!? いい加減にしろよ! どいつもこいつも!」
 文句があるならこっち向けばいいのに。彼は憤慨したように壁に怒鳴った。
「何を神経質になってるのですか。少し落ち着いて――」
「一日中監視されてるんだぞ! 寝室や風呂、トイレの中まで覗かれる! ネモフィラなんか、女ってだけでプライペート部分は免除されてるのに!」
 ずっと監視されているので、ストレスが溜まっているらしい。
 現在、〈黒蝶〉は隊長含めて十名。コニーとネモフィラ以外は男しかいない。その上での配慮だろうが……しかし、トイレまで覗く必要があるのか甚だ疑問ではある。
「それに皆、口には出さないけど――オレのこと裏切者だと思ってる! コーンですら……」
 次第に彼はトーンダウンし、壁にすがりつくように俯いてめそめそし始めた。情緒不安定なのか。コーンとは彼と仲の良い仲間のことだ。
「たまたま国外に出て敵に襲われたからって、ネモフィラは疑われないんだ! そんなの狡いじゃないか! どう考えてもあの女の方がヤバイのに――!」
「それはどういう意味ですか?」
 彼はハッとしたように固まり、「いや、別に……」と口ごもる。
 ――何です、気になるじゃないですか。
 そこに、玄関口から、ひよこのような黄色の髪を無造作に逆立てた青年が現れた。
「あれ、めっずらしー、藁色じゃん! こんなとこで何してんの?」
 背が高くて調子のいい、ややマッチョな兄さんといった感じのコーン、十九歳。
 彼もまた庶民的にラフな装いで、厚手のチュニックとズボンによれっとした外套。興味津々な様子で、コニーに声をかけてくる。先に反応したのは、どよんと澱んだ空気をまとうチコリだった。
「オレより先に声をかけるのか……そうか、アイツの中でオレはもういない存在なのか……」
 コニーが手前にいるから見えにくいだけだろうに。コニーは近づいてきた彼に尋ねた。
「ネモフィラがヤバイ人だと聞いたのですが、心当たりはありますか?」
「えー? なんの冗談だよ~?」
 コニーがチコリに視線を向けると、彼はこれ見よがしにため息をついた。
「チコリィ。最近イライラしてるからって、ネモに当たるなよ? 可哀相じゃん」
 自分が疑われているからこその、イラつきだと思うが……
「……あなたは彼の友人ではなかったのですか?」
「ダチだけどな? それとこれは別。昔ばーちゃんにか弱い美女には手を差し伸べろって、口酸っぱくして言われたし~! だから今、おれっちはネモの味方!」
 ……たぶん、そのおばあさんは「か弱い女性」と言ったのではないだろうか。なんだろう、この軽いノリと、人の言葉を都合よくはき違える思考回路……どこかの駄犬を思い出す。
「やっぱりそうかよ! オレのピンチよりあの売女の方が大事なのか!」
「オイ、ネモに失礼だろ!」
「女に鼻の下伸ばしやがって! 何がダチだ!? オレを裏切者だと思ってるくせに!」
「んなこと思ってねえよ!」
「白々しい! ずっとオレのこと監視してるじゃないか!」
「しょうがねえだろ、青だし! 大体、いつも陰気くせぇから疑われるんだよ!」
 友情のヒビ割れる音を聞いた。チコリは堪りかねたように爆発した。
「コーンの馬鹿野郎! このお気楽能天気! 陰気臭いのはあの女の方だ! 何も知らないくせに! アイツは主そっくりの人形を持ってるんだぞ! 気味悪いしヤバイし頭おかしいだろが――!」
 !?
「はぁ? 女が人形持ってるぐらいで、何がおかしいんだ? ムキんなるなって――おわっ!?」
 鼻で嗤うコーンを押しのけ、コニーはチコリの前髪に隠れた顔を見つめた。
「どんな人形なんです?」
 興奮して自棄になっているのか、彼は口早に言った。
「磁器製のものすごく精巧な作りで、貴族子女が持っているような高価なやつだよ!」
「いつ、どこでそれを見たのですか? 詳しく教えて」
 そこでようやく我に返ったのか、とたんに彼は口ごもる。詳しく言えない何かがあるのか。
「〈黒蝶〉の青である、あなたとネモフィラ。けれど、彼女の方が不審点が多いのです。その裏付けを取るためにも、気になることがあれば話してください」
 そう言って促すと、ようやく彼は覚悟を決めたように、再度、口を開いた。
「――二年前、城下で調査中の人物を尾行してた時に、路地裏で捲かれてしまって……慌てて探していたら、建物の角から出てきたネモフィラとぶつかったんだ。あいつの持っていた大きな鞄の蓋が開いて、中から人形が飛び出した。六十センチぐらいの大きさで……主にそっくりな上、着ているものも同じ。着替えの衣装もたくさん路上に散乱してた。あとで調べたら、その路地裏に人形師の工房があったから。おそらく、注文したものを受け取りに行った帰りだったんだと思う」
「もしかして、彼女に口止めされていました?」
 チコリは小さく頷いた。
「衣装を拾うのを手伝おうとしたら、ものすごい形相で触るなって言われて……周囲に人はいなかったし、その場で口封じに殺られるんじゃないかってぐらい殺気立ってて――実際、誰かにしゃべったら殺すって脅されたし……オレ、あの女より順位が下だから」
〈黒蝶〉では戦闘能力においての順位付けがある。それは、仕事上での配置や、複数人で組む時にバランスを考慮するためだ。毎年、それは身体能力テスト等で更新されている。
 コニーはアルバイト扱いになった十歳の時から除外されている為――一部からは〈無能〉のレッテルを貼られていたりする。ネモフィラの成績は真ん中ぐらいだったと記憶している。命の危険を感じて他言しなかったのだろうと納得。
 コーンは呆れたように肩をすくめて見せた。
「おまえら何深刻になってるわけ? コロスなんて、いい歳して人形持ってるのが恥ずかしくて言っただけだろ。確かに趣味としては金掛け過ぎてて、ちょっとヤバイかもしんないけどさぁ。それぐらい主が好きってことだし」
 コニーは半眼でコーンを見た。
「衣装が大量にあるということは、頻繁に着せ替えをするということですよ。この世のどこに自身を辱め貶める行為に寛容な主がいると思います?」
「主だって美人に慕われて嬉しくないわけないって!」
 この駄犬……!
 コニーは眉間の皺を指先で押さえながら、淡々と言う。
「あなたのそれは下種の勘繰り。主への不敬。ネモフィラは一部下に過ぎません。美人なら何をしても許されるわけではありませんよ。それに、チコリに対しての脅しも異常です。他にも、主に対して何か疾しいことを隠している可能性が――」
 しかし、コーンはへらっと笑い勘違いなことを口にした。
「藁色~、自分が地味だからってシットすんなよ! 見苦しいぞ?」
 コニーはすっと表情を消す。駄犬に人の言葉は通じない。右脚が唸る。駄犬は豪速で一直線に飛んだ。久方ぶりの回し蹴り。ドゴンと突き当たりの壁に激突。ふわりと焦げ茶のスカートが舞い下りる。古い板壁は飛び散って大穴を開け、彼は頭から突っこんだ。
「話の論点をすり替えてドヤ顔する男こそみっともないのですよ」
「いや、おま、……ちょっとひど過ぎだろ!?」
 底なしの体力馬鹿は、穴から這い出して抗議してくる。
「黙りなさい駄犬二号が」
「駄犬って何!?」


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