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女公爵なんて向いてない! ダメ男と婚約破棄して引きこもりしてたら、森で王様拾いました

遊森謡子 / 著
封宝 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-324-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2020/08/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《もふもふ男子の溺愛に、こじらせ女も陥落!?》
「男はね。女に上に立たれるのが嫌なんだよ」特例で女公爵になった途端、そんな理由で男から婚約破棄を申し込まれたルナータ。キレた彼女はこっちこそお断りだととっちめ、領地に引きこもり独身生活を謳歌することに。そんな中、森の小さな城で眠る麗しき青年を発見。目覚めた彼は何と突然ルナータの唇を奪ってきて!? 実は百年前に魔法で眠らされた王だという彼の妙な距離の近さに戸惑いつつも、一緒に暮らすうちに頑なな彼女の心は和らぎ始め……

立ち読み

 再びイーニャを駆って、ゆっくりと山を下る。マルティナは魚をくわえてどこかに姿を消していたけれど、アンドリューはまだ私の肩の上だ。
 少し眠くなってしまい、ふわぁ、とあくびをする。目に滲んだ涙を指先で拭い、再び前を向いた。
「……ん?」
 景色がぼやけている。
 涙のせいかと、もう一度目をこすったけれど、それでも視界はぼやけたままだ。
「霧だわ……嫌だ、ここはどこ?」
 いつの間にか、知らない道に迷い込んでいた。
 霧に包まれた木々は捻れた不思議な形をしていて、見覚えがない。先が見通せないので、どちらが山頂でどちらが屋敷のある麓なのか、わからない。
 私はいったん、イーニャから下りた。彼女が顔をすりつけてくるので、首を叩いて落ち着かせる。
「大丈夫よ。少し、霧が晴れるまで待ってみようか。……ん?」
 霧の奥から、ナ――――オゥ……という鳴き声が聞こえる。
「マルティナ? もしかして、道を教えてくれてるとか」
 アンドリューも落ち着いている。危険はなさそうだ。
 私はイーニャの手綱を引き、鳴き声のした方に歩き始めた。
 捻れた木々は、進むにつれてだんだんと細いものになり、捻れ具合は強くなる。そしてついに、道の両脇はトゲの生えたイバラに埋め尽くされた。
「うちの領地に、こんな場所があったなんて。……マルティナ? どこ?」
 声を上げてみると、不意に前方の霧の中からマルティナが姿を現した。私のお腹にぐりぐりと頭をこすりつけてくる様子が愛らしく、ホッとすると同時にデレデレしてしまう。
「あぁもう可愛い、よーしよしよしよしよし」
 首や頭をわしゃわしゃ撫でると、彼女は向きを変えて元来た方へ数歩戻り、こちらをちらりと振り向いた。
「はいはい、ついていけばいいのね?」
 私は当然、可愛いマルティナの言いなりである。
 しばらく彼女について歩いていくと、不意に風が吹き、霧が吹き散らされた。
 視界が広がる。
「……あっ」
 私は目を見開いて、それを見上げた。
「城……!?」
 目の前に、古い城があったのだ。
 とても小さな城で、いくつもの塔の集合体のような形をしている。おそらく、一番古そうに見える四階建ての物見の塔に、後から増築していったのだろう。
 そして、その城にはイバラがびっしりと絡みついていた。
「こんな場所に、城があったなんて。オーデン王国時代のものかしら……」
 私はもう一度イーニャに乗って、城の周りをぐるりと一周してみた。
 かつて畑だったらしき場所には、雑草がぼうぼうに生えている。厩舎や納屋、ごく小さな礼拝堂も雑草に埋もれ、あるいはツタが絡みついている。
 そしてとにかく、母屋といっていいのか城本体が、イバラでガッチガチに縛り上げられているのが異様だった。窓や扉がチラチラと見えているものの、人間が入れる隙間はない。
 最上階の窓はかろうじてイバラが届いていなかったけれど、たとえそこが開いていても、外壁はとても上れる状態ではなかった。
「ちょっと、変な絡まり方をしてるわね、このイバラ。……魔法の気配がする」
 自分の領地なのに今までこの城に気づかなかったのも、魔法が関わっているせいかもしれない。
 試しに手を伸ばして、イバラに触ってみた。カチン、と爪の当たる音。
(見た目は植物なのに、硬い。金属みたい。ちぎるどころか、これじゃあ隙間さえ広げられないわ)
「……やってみようか」
 私は右手を掲げ、精霊語を唱えた。
〈トーサム・キ・ストメーロ!〉
 右手を中心にそよ風が渦を巻き、ふわぁっと広がって、城の周りを取り巻く。
 風の精霊語による呪文だ。
 グルダシアは、女性が帯剣することを禁じている。けれどその代わりに、女性たちは身を守るための精霊魔法を身につけるのが普通だった。……建前上は。
 精霊魔法を操るために必要な精霊語は、かなり難解である。ほとんどの女性たちはいくつかの丸暗記できる文章を、呪文として覚えているだけだ。せいぜい、すり傷の治りが早くなる程度の回復呪文と、暑さ寒さを緩和する程度の防御呪文、夜に眠りを促す呪文くらいのものだろうか。
 男性はそもそも、そんな『おまじない』など女のやることだと思っていて、学ばない。
 けれど、私の母、祖母、そして曾祖母は、ちょっと違った。というか、曾祖母の家庭教師だった女性が、変わり者だったらしい。
「身を守るために精霊魔法を覚えるなら、攻撃呪文こそが最大の防御に決まっております」
 という、いわば魔法過激派だったのだ。……いや、それもどうかと思うけれど。
 とにかくその、よく言えば進歩的と言えなくもない女家庭教師は、曾祖母に徹底的に精霊魔法を叩き込んだ。その知識が、曾孫の私まで連綿と受け継がれているのだ。
 父の母、つまり母にとっての義母が、『女は男の後ろに下がって控えめに生きるべし』という人だったので、母が強力な魔法を使えることは隠され、家族以外には知られていない。
 母は父と婚約する時、ようやく父に打ち明けたそうだ。そして父は、母が豪快な火魔法をぶちかますのを見て、彼女にぞっこんになったそうである。……父の好みはよくわからない。
 とにかく、母が娘の私に魔法を教えることを、父は快く受け入れた。
 母は火の精霊語と光の精霊語が得意だったけれど、私は土の精霊語が得意でそればっかり覚えたので、他の分野は苦手だ。
「私、回復魔法も、もっとちゃんと勉強しておけばよかったわ」
 母は、病床で父にそう言って苦笑した。
 廊下でそれを立ち聞きしてしまった私は、雷に打たれたように感じた。
 土魔法ばかりで遊んでいないで、水にまつわる回復魔法をちゃんと勉強していれば、母を救えたかもしれない。いや、まだ間に合うかもしれない。
 けれど、師である母でさえ回復魔法は得意ではなく、私一人で研究したところで、重い病気が母の命を食い尽くすまでに間に合うはずがなかった――

 ――今、私が唱えた精霊語の呪文に従って、風は城の周囲をくるくる回りながら隙間を探している。城の中に入って空気を動かし、清めようとしているのだ。この程度の風魔法なら、私も操れる。
 やがて、すうっ、と風が城の中に吹き込むのを感じた。
「あっちね」
 馬を走らせると、城の裏手に木戸があるのを見つけた。木戸にもイバラは絡みついているのだけれど、木戸に作られた鉄格子の小窓から、風は入り込んだようだ。
 イーニャから下りると、私は木戸に近づいた。アンドリューは肩に乗ったままじっとしていて、逃げない。マルティナも私に身体をぴったり寄せてついてくる。
(心強いわ)
 私は木戸にかかったイバラに触れた。やはり、ここだけはイバラが動く。
 そして、ちゃんと触ってみるとわかるけれど、やはりイバラには土の精霊魔法がかかっているのだ。かなり昔にかけられた魔法で、それなりの年月を持ちこたえられる程度には強力だったようだけれど、とうとうほころびてきている、という状態だ。
 私は思い切って、ぐっ、とイバラを両脇に除け隙間を広げた。木戸の取っ手を摑み、引っ張る。
戸はきしみながら、ゆっくりと開いた。
 木戸から入ってすぐの台に、いくつものランプがゴチャッと置かれている。
 私はランプの一つを手に取った。風を短く、鋭く横切らせて摩擦を起こし、火を点す。
 そこは使用人たちの区域のようで、狭い廊下を歩いていくと厨房や洗濯場があった。すっかり寂れていて、いかにも廃墟、という感じである。
「……もぬけのカラね。ここはいつからこうなのかしら」
 ひょっとして死体が転がっていたりして、などと考えていたけれど、その様子はない。幽霊も出ない。ネズミ一匹、出ない。
 廊下の突き当たり、半開きの扉を抜けると、城の正面ホールに出た。窓がイバラでふさがれているので、暗い。
「あ」
 私はふと、天井を振り仰いだ。
 優美なカーブを描く階段、その上の方の壁に窓が切られている。そこはイバラにふさがれておらず、外に一番古い物見の塔が見えた。何となく、その灰色の塔が気になった。
 ホールの奥に短い廊下があり、その先は壁が石積みのものに変わっている。ここからが、あの灰色の塔のようだ。
 ランプを掲げ、階段を上っていく。各階に一つずつ部屋があったけれど、鍵がかかっていた。
 最上階にたどり着くと、そこにも扉が一つ。取っ手を摑んでみると、あっさりと開く。
 中は、豪奢で美しい部屋だった。窓が大きく、家具の金の装飾や鏡が光を反射するせいか、ランプがいらないほど明るい。
 そして、城の他の場所に比べて、ここは不思議と寂れた空気がなかった。今現在、誰かが暮らしているかのような雰囲気がある。
 ぐるりと見回すと、奥の壁際に、天蓋付きのベッドがあった。垂れ下がった紗の中、盛り上がった影が見える。
(誰か、いる)
 イバラの城のベッドに横たわる人影、ときたら、お姫様が定番だ。でも、これはおとぎ話ではなく現実なのだから、そうとは限らない。
(ううん、それとも、本当にお姫様だったり……?)
 ごく、と喉を鳴らした私は、入り口脇のチェストの上にランプを置いて深呼吸した。そして、右手を前に出し、すぐに呪文を唱えられるようにしながら、ゆっくりとベッドに近づいた。
 左手で慎重に、紗を開く。
 ――ベッドに横たわっていたのは、若い男性だった。
(何だ、男か)
 正直ガッカリして、私はため息をついた。
(男と関わるのは、もうこりごりなんだけど。まぁ、綺麗なお姫様がいたところで、私に何ができるわけでもないか。こっちは王子様じゃないんだから)
 静かに、男性の左手側の枕元に近づいてみる。マルティナが彼に顔を近づけ、フンフンと匂いを嗅いだ。ヒゲが彼の頰をくすぐらないように、そっと彼女の頭を撫でて押さえながら、観察する。
 癖のある茶色の髪は、ところどころ金色の筋が入っていて変わった色あいだ。目は閉じられ、長いまつげが影を落としていた。白いシャツに乗馬用のズボンとブーツを身につけている。
(魔法がかかってる……)
 私には、彼をシャボン玉のように包む魔法がうっすらと見えた。深く眠っている上に、彼の過ごす時間は極端にゆっくりしたものになっている。『時間』と『眠り』にまつわる魔法だろう。
 つまり、彼は生きていた。胸も、ごく緩やかに上下している。
 鼻筋は通り、薄い唇はうっすらと開かれて、まるで神様の彫像のように美しい。二十歳前後くらいかなと思うけれど、眠っているせいかその表情は無防備で、少年のようにも見える。
 ……ものっすごく、怪しい。
(どうしてこんなところで一人、ぐーすか寝てるのよ。まさか罪人? だって城は出入りできなかったものね、閉じこめられてたわけよね。怪しい。ひたすら怪しい)
 おとぎ話の眠り姫に、王子はよくキスできたな、と思う。大罪人だったり、私みたいな怪しい魔法使い(自分で言うのも何だけれど)だったりしたらどうするのか。それとも、姫自身が自分にキスするように魔法をかけていたとか?
 とにかくこの男性、見なかったことにしたいけれど、そういうわけにもいかない。
(屋敷に戻って、誰か呼んできた方がいいかしら……)
 そう思いながらも、この男性についての手がかりが他にないかと、私はあたりを見渡した。
 ベッドのヘッドボードは物を置けるようになっており、そこに数冊の本がある。私は上半身を乗り出し、本に手を伸ばした。
 その時、うっかり、垂れ下がった紗を右足が踏んだ。よろめき、片手を男性の頭のすぐ脇につく。
 ぱちん。
 魔法のシャボンが、はじけた。
(しまった)
 ハッとして見下ろすと――
 ――ふっ、と、男性の目が開いた。
 金色の瞳が、私を見る。ゆっくりと、瞬く。
「…………」
 黙ったままの彼は、私から視線を離さない。
「…………」
 私にも、特に言うことはない。
(って、それじゃダメよね。ええっと……。何か、この場にふさわしい言葉は)
 私はとっさに、思いついた言葉を言った。
「……お、おはよう」
 ――沈黙が流れた。
(だって、眠っていた人が起きた時にかける、王道の言葉でしょうよ!)
 だいぶ間抜けだけれど、これ以外の言葉が見つからなかったんだから仕方がない。
「…………」
 彼は、瞼を半分落としたまま、視線を動かした。小さく「クァ」と声を上げたアンドリューと、ゴロゴロと喉を鳴らすマルティナを見つめ、また私に視線を戻す。
 そして、微笑んだのだ。
(……?)
 眠っているだけでも美しかった顔が、目覚めて、動いて微笑む。なかなかの破壊力である。
 目を離すことができずに見つめていると、彼は左の肘をついてゆるゆると身体を起こし――
 右手を伸ばして、私の頭を引き寄せた。
 彼の顔が近づく。
 唇に、しっとりとした感触が当たった。
 キスされたのだ。
 彼は、丁寧に私の唇を堪能し、そしてそっと顔を離すと、また微笑んだ。とても、幸せそうに。
 私は、微笑みを返した。
 そして、右手を高く掲げ――
 腹の底から声を出した。
〈サブ・イラム、フォルブ・ヤーロッ!〉
 土の精霊語の呪文によって、木製のベッドが生き物のようにバイーンと跳ね上がった。
「うわ!?」
 ポーンと宙を飛んだ男性は、落ちてきたところで角度のついたベッドに勢いよくはじかれる。壁にべしゃっと激突した彼は、「んぎっ」とかいう変な声を上げてずるずる滑り落ち、床でのびてしまった。
 私は軽く手を振ってベッドを元に戻しながら、言い捨てた。
「どうぞごゆっくり、二度寝を楽しんでちょうだい」


◇◇◇◇◇

 昼前になって、セティスがやってきた。
「ルナータ様。王都から、宰相様の使いの方が」
「手紙の返事ね、待っていたわ。……ん?」
 私は顔を上げる。
「手紙じゃなくて、使いの方が直接いらしてるの?」
「ええ」
 珍しく、セティスは困惑した様子だ。
「その……いらしてるのは、コベック様なんです」
「げっ!?」
 私は一瞬、固まった。
 三年前、婚約者だったコベックに王都で別れを告げられたことや、彼に土魔法をぶちかましてしまった時のことが、鮮やかに脳裏によみがえる。
「な……何であの人が」
「とにかく、応接室でお待ちです。……いかがいたしましょうか」
 私は口元に手をやり、ぶつぶつとつぶやく。
〈アルフェイグには謝らなきゃいけないし、コベックも相手にしなくちゃいけない。ああもう、今日はどうしてこう、こんがらかるようなことばかり……でもどちらも自業自得と言えばそうなのよ……ちゃんと向き合わなきゃ〉
「ルナータ様……精霊語が」
 セティスの呆れ声に我に返ると、花瓶の花の茎がうねうねと伸びてこんがらかり、私の目の前で花がひらひらしていた。『こんがらかる』と『向き合う』に反応してしまったらしい。
 私は手を下ろし、一つ、深呼吸する。
「……すぐに行くわ」

 応接室に入っていくと、野性的な男性が紅茶のカップをテーブルに置き、ソファからゆっくりと立ち上がった。
 チーネット侯爵令息、コベックだ。
「オーデン公、お久しぶりです。ご機嫌麗しく」
 大げさなほど丁寧に、彼は頭を下げる。
「ルナータで結構よ。どうぞ、お座りになって」
 顔が強ばるのを感じながらも、私はコベックをまっすぐ見ながら、先に座った。もちろん今日も、女公爵らしいドレスを身につけている。
 彼もすぐに腰を下ろし、前と変わらない不遜な表情と口調で言う。
「ではルナータ。宰相閣下からの手紙を持ってきた」
「あなたがおいでになるなんて、驚いたわ」
「これも仕事だ。領地の方は父も兄もいるので、王宮で陛下をお助けできればと思ってね。政に関わることを色々とこなしているよ」
「ずっと王都にいらっしゃるの?」
「あちこち視察に行くこともあるが、だいたいは。あれ以来、結婚話もないし、身軽な立場なのでね」
 口を歪めるようにして、コベックは笑う。
 これは、イヤミなのだろう。公衆の面前で私にぶっとばされ無様な姿をさらして以来、貴族たちは娘を彼の妻にしたがらないと聞いている。
 ……正直、あの時は、やりすぎた。彼が結婚できないほどやりこめるつもりなどなかったのに。
 一抹の後悔を苦く嚙みしめていると、彼は言った。
「ルナータもまだ一人なんだな。王都に出てくれば出会いもあるのにと、皆、心配してるよ」
(あ、そういうこと言う? こちらの後悔とは別問題だわ)
 私は笑ってみせる。
「結婚する必要を感じませんの」
「そう。まぁ、前置きはともかくとして」
 コベックは、ふん、と鼻を鳴らして話を逸らし、上着の胸元から手紙を取り出してテーブルに置いた。
「旧オーデン王国の王族の件について、宰相閣下から預かった」
 私は黙って手紙を手に取り、開く。
(宰相からだわ。……これまでの経緯をさらに詳しく報告するように、ということと、旧オーデンの王族はグルダシア国王に謁見して恭順の意を示すべし、と……)
 国としては、アルフェイグに勝手に独立運動など起こされては困る。当然の指示だ。
 つまりアルフェイグは、少なくとも一度は王都に行くことになる。そしてその後も、何かしらの監視がつくのだろう。
 そんなことを私が考えている間、コベックは部屋をじろじろと見回している。
「この部屋、絵を置きすぎじゃないか? 僕の美意識には合わないな」
「アルフェイグ殿――オーデンのお方がいた森の城にあったものよ。貴重なものを城に置きっぱなしにしておくと盗まれるから、こちらに運んであるの」
「ふーん。……ああ、この女性の絵はいいな。淑やかそうで実に美しい」
 アルフェイグの婚約者の絵を、コベックは好き放題に品評している。
(はいはい。男性ならやっぱり、淑やかで男性を立ててくれる女性がいいのでしょ)
 私は手紙をたたみながら、咳払いをした。
「ご指示、承りました。アルフェイグ殿は今、町を視察に行っているの。後ほど紹介します」
 すると、コベックは私に向き直って口角を上げる。
「わかった。じゃあそれまでの間、その森の城に案内してくれ」
「えっ、城に?」
「ああ。旧オーデン王族がいたというその場所を確かめてくるよう、宰相閣下に指示されているんだ」
 私は一瞬、判断に迷う。
「そう。……ああ、じゃあこれからオーデンの警備隊を呼ぶから、警備隊の者に案内――」
 言いかけたところへ、コベックがさらりと言った。
「行って戻ってくるだけだし、君が案内してくれ」
「私!?」
(げっ、まさか二人で行こうって? いーやーだー!)
 内心で叫ぶ。
 コベックはわざとらしいほどの驚きの表情を作り、両手を軽く広げた。
「おお……これは失礼。私めなどが、オーデン公に案内させようとは、無礼が過ぎました」
(……なるほどね。身分が上の私に案内させて、自尊心を少しでも満足させたいわけ。相変わらずの人!)
 そもそも、手紙を渡すだけならともかく、約束もないのにこちらに時間を取らせること自体、かなり失礼だ。
 呆れたけれど、「お前のせいで結婚できない(意訳)」からのこんな話の流れでは、断るわけにもいかない。
 私はしぶしぶ、立ち上がった。
「無礼なんてこと、ないわ。行きましょう」
 セティスを呼び、外出することを告げると、彼女はかすかに眉を顰めた。
 私はうなずいてみせ、コベックにも聞こえるように言う。
「昼食までに戻るから、用意しておいて」
「かしこまりました。午後の予定がございますので、お早いお戻りを」
 本当は予定など特にないのだけれど、セティスも私がコベックと長い時間一緒に過ごさずに済むようにと、気を使ってくれている。
(そう。さっさと案内して、さっさと戻ってくればいい)
 私は自分に言い聞かせた。
 厩にはすでに、イーニャが戻されている。モスターがいないので自分で鞍を運び、用意をしていると、庭師のヴァルナが駆けつけて手伝ってくれた。
「ルナータ様、くれぐれも、お気をつけ下さいね」
 作業しながらささやくヴァルナに、私は憂鬱な気持ちを隠してささやき返す。
「大丈夫。何かあったらまた、精霊魔法でぶっ飛ばすだけよ。お医者様を呼んでおいた方がいいかもね」
「ルナータ様ったら」
 ヴァルナは苦笑した。

 そうして、私は不本意ながらもコベックと馬を並べ、森へと出発した。
「こんなふうに馬を並べるのも、久しぶりだな」
 馬を寄せてくるコベックに、私は微妙に距離を置きながら答える。
「そうかしら。並べた覚えはあまりないわ。あなたは私のペースなんてお構いなしに馬を走らせていたでしょ」
 待ってー、なんて言いながら追いかけた記憶――いつも彼に合わせようと必死だった。男性ってこういうものだと思っていたから、文句を言ったことなどないけれど。
 彼は笑う。
「ははは、そうだったな。君は乗馬が下手だから」
(私のせいか)
 内心ゲンナリしながら馬を進めていると、不意に羽音がして、肩にアンドリューが下りてきた。
「うわっ、何だ」
 コベックは驚いて、少し馬を離す。
 私はこっそりとアンドリューにささやいた。
「ありがとう。……一緒に来てくれるの?」
 クッ、と、アンドリューが短く鳴く。
「心強いわ。本当は、この人と二人きりなんて、嫌でたまらなかったから。何だか、嫌な予感がして。……なんてね、我慢しなくちゃダメよね」
 すると――
 急に、アンドリューは飛び立っていってしまった。
(ええっ、もう行っちゃうの!? いつもはもっといてくれるのに! このところグチっぽいから、嫌になったのかしら。あーあ……)
 肩を落とす私だった。

『止まり木の城』は、静かに森の中にたたずんでいた。イバラもなく、霧もかかっていないと、細部がよく見える。
「これは、物見の砦に増築を重ねたのか? 節操のない城だな。王族の末裔が暮らしていたというから、もっと洗練された城かと思えば」
 馬を下りたコベックが評するのを聞いて、私はついカチンときてしまう。
(そういうところも含めて歴史、文化でしょうが。全部グルダシアを基準にしないでほしいわ)
 黙っている私の方へ、コベックは振り向いた。
「アルフェイグ殿がオーデン公爵邸に移ってから、ここには誰もいないんだろう?」
「そうよ」
「そうか、二人だけか。……こんなに小さな城なら、すぐに見て回れそうだ。中に入ろう」
「どうぞ」
 仕方なく、私はコベックを案内して正面扉から中に入る。
 屋内で彼と二人きりになるのは嫌だったけれど、何かあれば魔法でぶっ飛ばされるってことは、彼も身に染みてわかっているはずだ。
「ふーん、中も寂しいものだ。装飾が少ないな」
 ホールを通り抜けながら、コベックはあちこちを見回した。私はため息をつく。
「言ったでしょ、貴重なものは運び出してあるって」
 オーデン王国の王宮だった場所も、きちんと管理されていなかった時期に盗賊が入り込み、あれこれ盗まれてしまった。父が公爵になってからは警備がつき、私の代でもそれを引き継いでいるけれど。
『止まり木の城』は、せっかく百年前のままだったので、往時の貴重な品々を荒らされる前に保管しておきたかったのだ。
「アルフェイグ殿が寝起きしていたのは、この部屋か」
 塔の上まで上ったコベックは、寝室を見回した。私が吹っ飛ばしたベッドは、警備隊の手によって一応ベッドメイクされている。
「ベッドが少し傾いでいるな。脚が欠けているのか。古いから仕方ないが」
「そ、そうね」
 思い当たる節が大ありの私は、それだけ答えた。コベックは顔を上げる。
「ベッド以外はまあ、それなりに美しくないこともない。僕の趣味ではないが。……さて、一通り見たし、戻るか」
「ええ」
 私はホッとした。
(やっと屋敷に帰れるわ。そうしたら今度こそ、用事があると言って彼を追い返そう)
 一応、私を尊重してか、コベックは私に先に階段を下りるよう促した。
 私は会釈して、下り始める。
 その瞬間。
 ひゅっ、と、後ろから布のようなものが私の顔に回された。
「!?」
 布は猿ぐつわのように私の口にかかる。最初から輪にしてあったのか、それは寝室側に引き上げられながらギュッと絞られた。
(しまった。口を塞がれたら、呪文が……!)
 布を緩めようとした手が、すぐにがっちりと後ろから摑まれる。
 コベックは、力だけは強い。そのまま抱き込まれるようにして引きずられた。ベッドに投げ出され、とっさに起き上がろうとしたところへ、彼がのしかかってくる。彼の右手が、私の頭上で両手首をひとまとめに押さえ込んだ。
「ルナータ。僕は、申し訳ないと思っているんだよ。君との婚約を解消する羽目になったことをさ」
 コベックはぎらつく目つきで笑う。
「だってそうだろう、あれから何年も経つのに、君は独り身だ。君を望む男がいなかったってことだろう? それとも、僕を忘れられなかったのか?」
(気持ち悪っ! 全部自分に都合のいいように考えて……っ!)
 がむしゃらにもがいたけれど、コベックの力は緩まない。
「賢い君ならわかるだろ、やり直してやろうと言ってるんだ。ノストナ家の跡継ぎ、僕がルナータに産ませてやるよ。僕たちは結ばれる運命だったんだ」
 首筋から胸元を指でなぞられて、ぞっ、と鳥肌が立った。
(やり直して〝やろう〟って何!? あなたが決めることじゃないでしょ、何様のつもりなの!? 私を支配しようとしないで!)
 何とか足をばたつかせようとしたけれど、腿に乗られているので動けない。
「ほら、わかったらおとなしくするんだ。午後に予定があるんだろ? さっさと済ませよう」
 耳にコベックの荒い息がかかる。
(嫌、誰か!)
 目をギュッと閉じ、心の中で叫んだ時――

 ドスッ、という鈍い音がした。

「うわあっ!?」
 ――いきなり、のしかかっていた重みが消えた。
 私はガバッと起き上がり、必死で猿ぐつわを緩めて引き下ろす。
 グルゥゥゥ、という唸り声。茶色の毛皮に黒い斑点。しっかりと床を踏みしめる四つ足。
 マルティナだ! マルティナが塔の階段を上がって、寝室の扉から飛び込んできたのだ。
 そして。
「ルナータ!」
 その背から、アルフェイグが厳しい顔つきで飛び下りた。
「っ、誰だ! 無粋な真似を……!」
 マルティナに体当たりされて、ベッドから転がり落ちたらしいコベックが、素早く立ち上がる。けれど、アルフェイグは彼を一瞥しただけで、私に短く聞いた。
「ルナータ。その男は誰」
 その声も、視線も、見たことがないくらい鋭い。
「この、ひとは、あ……」
 私は答えようとしたけれど、唇が震えて声がかすれた。かぶせるように、コベックが怒鳴る。
「僕はチーネット侯爵家のコベック、ルナータの夫となる男だ。お前こそ誰だ!」
「ルナータ、本当?」
 アルフェイグはあくまでも、私にしか聞かない。
(違う、違うわ!)
 私は必死で、首を横に振った。
 すると、アルフェイグはマルティナをすぐ脇に従えたまま、大股で近づいてきた。ベッドを挟んで、コベックと対峙する。
「ルナータは違うと言ってる」
「な、何を……」
「下がってくれないかな」
 アルフェイグは素早くベッドに片膝をつくと、私をかき抱くように引き寄せた。あっ、と思っているうちに、一気に立ち上がらされる。
 アルフェイグは私をしっかりと抱き支えながら、コベックを睨んだ。
「僕はアルフェイグ・バルデン・オーデン。旧オーデン王国の最後の王だ。僕の恩人であるルナータに害をなす者は、僕の敵でもある。……ああ、そういえば」
 彼は、微笑んだ。その微笑みは、まるで威嚇するかのように獰猛だ。
「ルナータと婚約していながら、あまりに頼りなくて見限られた男って、君か」
「何だと!?」

◇◇◇◇◇

「ルナータ様」
 ふと、呼び止められた。
 その声の調子に、これまでと違うものを感じて振り返る。
 パルセは、いつもの笑顔ではなかった。どこか苦しそうに眉を顰め、胸元で両手を握りしめている。
「大事なお話が、あるんです」

 私たちは、書斎に移動した。ソファに座って向き合う。
「儀式のこと? 何か、問題でもあった?」
 どうしたのだろうと、パルセの様子を窺いながら聞く。
 彼女は緊張した様子で、自分の両手を見つめながら口を開いた。
「……ルナータ様が、『止まり木の城』を見つけた時のことなのですけれど」
「ええ」
「アルフェイグ様から、その時の様子を教えていただきました。城は、イバラに囲まれていたとか。ルナータ様は、魔導師が城をイバラで包んだ理由を、どうお考えですか?」
「どうって」
 私はためらいながら答える。
「婚約者を迎えに行かなくてはならなかったから、城にいるアルフェイグを守るために……でしょう?」
「もう一つ、考えられる理由があるのです」
 一瞬ためらってから顔を上げ、パルセは言った。
「王族の血を引く者だけは、あの城に入れるようにしておきたかった。そのためのはずです」
「……どういうこと?」
 理解できない私に、パルセは続ける。
「イバラは、城全体を包んでいたわけではなかったそうですね。上の方は、空いていたと」
 確かに、最上階は窓が見えていた。
(もちろん、屋上も空いていた。そう、屋上には、あの『止まり木』が……)
「あっ」
 私は目を見開いた。
「グリフォンなら、空から入れる……?」
「はい」
 パルセはうなずく。
「自らグリフォンに変身できるのは、王族だけです。ですが、魔導具の力を借りれば、王族の血を引く者は変身することができるんです」
 彼女はふと手を上げると、首にかかっていた細い鎖を引っ張った。チャリッ、という音がして胸元から引き出されたのは、何かの爪の形をした銀色のペンダントだった。
「ダージャ家に伝わる魔導具です。一度だけ、使うことができます」
「一度だけ……」
 以前、パルセは『自ら変身することはできない』と言っていた。でもそれは、魔道具を使えば変身できる、という意味でもあったのだ。
 パルセは続ける。
「魔導師カロフは、自分にもしものことがあった時、誰かが王太子殿下をお助けするように道を残したはずです。つまり、普通の人は城に入れないけれど、婚約者は城に入って殿下を目覚めさせることができる――そういうふうにした。けれど残念なことに、秘密の城の場所は、ダージャ家に伝わりませんでした」
 彼女は悲しそうに、目を伏せた。
「知っていれば、そしてイバラに囲まれた城を目にすれば、魔導師の意図はすぐにわかったはずなのに……。使われなかったこの魔導具は、子孫に受け継がれました。彼女の願いとともに」
「……願い?」
 パルセが何を言おうとしているのか、私は不安になり始めた。無意識に、拳を握る。
 彼女は続けた。
「もしも、王太子殿下が魔法で眠っているのなら、百年も経てば効力は弱まる。ダージャ家の子孫は秘密の城を探し出し、今度こそ王太子殿下を見つけて目覚めさせ、そして」
 パルセはまっすぐに、私を見た。
「この魔導具をダージャ家の証として、王太子殿下の伴侶となり、殿下を支えるようにと」
(伴侶)
 どくん、と、心臓が大きく一つ脈打つ。
 パルセは私を見つめたまま、先を続ける。
「百年目にちょうど年頃になるはずの私は、幼い頃から、殿下にふさわしい女性になるようにと育てられてきました」
「で、でも」
 動揺しながら、私は尋ねた。
「百年前の、会ったこともない人と? パルセはそれで納得していたの?」
「貴族は、会ったことのないお方と結婚するのは普通だと、聞かされておりました。今はもう貴族ではありませんが、私もそういうものだと」
 彼女は、微笑む。
「それに、会ったことはなくとも、ずっと憧れていました。曾祖母がそんな願いを残すほどのお方……きっと、素敵な方だろうな、って」
 その微笑みが不意に崩れ、パルセはうつむいた。透明な雫が一粒、彼女の手に落ちる。
「もうすぐ百年という今、子孫たちは密かに、城を探し始めていました。そんな時、ルナータ様……あなたが、アルフェイグ様を目覚めさせた」
 私はますますうろたえる。
「偶然、だったのよ」
「ええ。でも、ああ、仕方のないことだとわかっておりますが……私が目覚めさせたかった……!」
 パルセは顔を覆う。
 私は、先を促すことしかできない。
「どういうことなの? 誰が目覚めさせるのかが重要なの?」
「……アルフェイグ様の儀式の前段階は、今日ではなく、すでに百年前に始まっていたと考えられます」
 パルセは息を整え、続ける。
「曾祖母が婚約者として、立会人に選ばれた時からです。……さっき、殿下もおっしゃっていましたが、先祖の記憶を受け継ぐために塔で眠るのですよね」
 塔。彼のいた寝室も、塔の上だった。
「そして、立会人が殿下を目覚めさせる。そこで特別な結びつきが生まれます。殿下はその時に、立会人こそ伴侶と心を定めるのです」
 一瞬、聞き間違いかと思った。
「え? それって」
「そんな立会人に、殿下は初めての変身した姿を見せる。そうして儀式は終わり、二人は手を取り合ってオーデン王国を繁栄に導――」
「待って」
 私は思わず、割って入った。
「つまり……つまり、眠りから覚めて最初に見た人を、アルフェイグは好きになる?」
「私の家には、そう伝わっています。グリフォンは半分、鳥ですから」
 パルセの説明は少々ザックリしていたけれど、私はそれどころではなかった。
『刷り込み』があるんじゃないかと、ちらりと疑ったことがあったからだ。
(あ……。文献にあった、あの一文)
 ――目覚めたグリフォンは、愛を約束する――
(あれは、刷り込みのことだった……? そうよ、そう考えると全て納得が行くじゃないの。アルフェイグが私を、出会ってすぐに好きになったりしたのも)
 顔から血の気が引くのが、はっきりとわかる。
 アルフェイグとキスしたあの夜が、辛い記憶となって私の心の中で重みを増した。
(私だから好きになったんじゃ、なかった。そう、刷り込まれたからだった……?)
「ルナータ様。お願いがあります」
 涙を目にいっぱい溜めたパルセは、私の方に少し身を乗り出した。
「どうか、立会人の役目を、私にやらせて下さいませんか?」
「えっ」
 目を見開くと、パルセは目元を赤くしてうつむく。
「可能性にすがるような真似をして、はしたないと思われるかもしれません。もう、アルフェイグ様はルナータ様のことを愛してらっしゃるのに」
「そんなこと」
「いいえ、見ていればわかります。だから、言えなくて……諦めようと思いました。でも、本当なら私が目覚めさせ、私が伴侶になるはずだったのを、何もしないままでは……一族にも曾祖母にも、顔向けができません。私にも、機会を下さい」
 つまり――
 パルセは、アルフェイグにまだ刷り込みが起こっていない、もしくは、儀式の正しい流れの中で正しい刷り込みが起こる可能性に、賭けているのだ。自分を好きになってもらえるかもしれない、と。
 こぼれる涙もそのままに、パルセは声を震わせる。
「ルナータ様は、唯一の婚約者として立会人になるわけではないのですよね?」
 その通りだった。
 私はただの、代役だ。
「どうか、どうか、お願いします……!」
 パルセが、頭を下げる。
 自分のやってしまった行いに、めまいがした。
(私は、勝手に王族の城に踏み込んで、本来その役目をするはずだった女性を差し置いて、彼を目覚めさせてしまった)
 そして、私を好きにさせてしまった。
 私なんかを。
『君はどうしてこう、自己評価が低いんだろう』
 アルフェイグの呆れた声を思い出す。
(彼から、たくさん励ましてもらったわ。でも、違ったのかもしれない。刷り込みのせいで、私のことがよく見えただけかも。本当の気持ちでは、なかったのかも)
 涙がこみ上げそうになり、ぐっ、と奥歯を嚙む。
 もしアルフェイグがここにいたら、きっと否定してくれただろうと思う。でも、本心は証明できない。
(カロフ……アルフェイグと強い信頼関係で結ばれていた彼女も、空から本物の立会人が城に入ることを望んでいたのに)
 それでも私がやる、などと、言えるわけがない。
 苦しくて、逃げ出したかった。
「そう……私は、婚約者ではないわ。私に、儀式についてあれこれ決める権利なんて、ない」
「では」
 真っ赤になった目に、かすかな期待を点し、パルセが顔を上げる。
 私はうつむいたまま、静かにうなずいた。
「……本来の形で、儀式を行って。形式も大事だとアルフェイグは言っていたし、それが一番いい。立会人は、あなただわ」
「ああ……ありがとうございます……!」
 パルセはもう一度、頭を下げた。

 一人で書斎を出ると、セティスが待っていた。
 私の顔を見るなり、彼女は軽く目を見張る。
「お話が終わったらお茶をと……あの……何かございましたか?」
「あ、ええ……その……参ってしまうわ」
 セティスに話さないわけにもいかず、私は曖昧に笑った。
「私、立会人になる資格がなかったのよ。それが今、わかったの」
「は?」
 驚くセティスに、私はやや早口で続ける。
「でも、パルセが代わりにやってくれるから、儀式はこのまま続けることができる。よかったわ、本当に。明日の夜明けにコベックが来たら、パルセとコベックに城に行ってもらいます」
 セティスはキリリと、眉を吊り上げる。
「そんな。どうしてルナータ様ではいけないのですか!?」
「正しくないからよ。元々、代役だもの」


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