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小姑さまの婿探し!

増田みりん / 著
Shabon / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-251-7
定価 1,320円(税込)
発売日 2019/11/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

旦那様との甘い新婚生活のために、お義姉さまには結婚していただきます!
借金の形に伯爵家へと嫁いだ男爵令嬢アルベルティーナ。
氷のような美貌で表情の読めない旦那様ヴィンフリートには放置されっぱなしの結婚生活で、一番の敵は超美人なのに婚期を過ぎても独身の義姉!
弟である旦那様を溺愛するあまり、顔を見れば嫌みばかりの彼女が嫁げば新婚生活も安泰と考えて婿探しを始めたところ、なんと旦那様が協力してくれることに。
そして二人で策を練るうち、あれ? だんだん旦那様が優しくなってきた……??
「アルベルティーナ、俺は……ずっときみが……す……」

立ち読み

「アルベルティーナ?」
 不意に名前を呼ばれてハッとすると、旦那様がいつもの不機嫌そうな顔で私を見つめていた。
 私は最近、旦那様といる時間が増えてよく観察し続けた結果、ほんの小さな表情の違いを見分けられるようになった。
 見分けるポイントは瞳だ。旦那様の瞳は顔よりも感情が表れやすいことに気づいたのだ。
 今の旦那様の瞳には心配そうな色が宿っている。
 ぼんやりとしていた私を心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですわ、旦那様。私はなんともありません」
「そうか。ならばいい」
 旦那様の瞳が安心したように和らいだ。
 今は夜会の真っ只中。この間のレオさまの夜会以来、旦那様はできる限り私の傍を離れないようにしてくださっている。
 きっと私がヘマをやらかさないか心配なのだろう。旦那様は私のことを子ども扱いしているのだ。
 少しは信頼してくれてもいいじゃないの、とは思うけれど、正直なところ、旦那様が傍にいてくれるのはありがたかった。
 お義姉さまは、今日は家でお留守番だ。あまり体調が優れないとかおっしゃっていたけれど……どう見てもお元気そうだったような気がするのは、たぶん私だけなのだろう。
「……」
 お義姉さまのことを考えていると、なにやら旦那様がそわそわしていることに気づく。
 旦那様、どうしたんだろう?
「旦那様? なにか気になることでもあるのですか?」
「い、いや……そういうわけでは……」
 否定しつつも、やはり旦那様の様子はおかしい。
 いったいどうしちゃったの、旦那様。
「……その……アル──」
「──こんばんは、フレンツェル伯爵」
 旦那様がなにか言いかけた時、低く甘めのトーンの声が旦那様を呼ぶ。
 旦那様が振り返り、私もそちらを見ると、そこには相変わらず色っぽいレオさまがいた。
 先ほどまでレオさまのことを考えていた私は、レオさまの姿にドキンと胸が高鳴った。
 なんて偶然なのだろう……!
 これは発破をかけるチャンスだろうか。
 ……あれ?
 そういえばさっき旦那様なにか言いかけていたけれど……なんだろう?
「……こんばんは、レオ殿。婚約者探しは順調ですか」
 心なしか、旦那様は恨みがましい視線と口調のような気がする……気のせいかな?
「ああ、ヴィリー。そんな怖い顔をして聞かないで欲しいな。どのレディも素敵すぎて、私には選べなくて困っているというのに。私の真剣な悩みなんだ」
「……相変わらずですね、レオ殿」
 そう言って、旦那様が珍しく表情を綻ばせて笑った。
 ……旦那様とレオさまは親しいのかな?
 お義姉さまとの婚約はなかったことになっても、お二人の親交は続いたのだろうか。
「今日はアリーセは……」
「姉上は体調が悪くて欠席です」
「……そうか。参ったな……私は相変わらず嫌われているみたいだ……」
 レオさまは苦笑しておっしゃった。けれど、その瞳はほんの少しだけ、切なそうに揺れていた。
 ……やっぱり、レオさまは今でもお義姉さまのことを……。
「アルベルティーナ殿も今日は来ていたのか」
「はい。ご無沙汰しております、レオさま」
「ああ。あの夜会以来かな? あの時のあなたも魅力的だったけれど、今日のあなたはもっと魅力的だ。その瞳の色に合わせたドレスも髪飾りも、あなたによく似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
 今日の私は瞳の色に合わせた緑色のドレスだ。前の時と同じように、旦那様とお揃いである。
 褒められることに慣れていない私は、レオさまの賛辞に照れてしまう。
 社交辞令だとはわかっているけれど、それでも格好良い男性に褒められるとときめいてしまうのが乙女心というものでしょう?
「レオ殿……」
「ヴィリー、そんな顔をしないでくれ。君の奥方を取って食べてしまおうとは、さすがの私も思わないさ」
「……だといいのですが」
 疑わしそうに旦那様は言う。
 そんなに疑わなくても、私のような平凡な娘を、レオさまのような美丈夫が欲しがるわけがないのに……。
 ……ああ、そうか。私の方を心配しているのか。レオさまはこの通りの格好良い方だから、旦那様という夫がいる身でレオさまに憧れてしまうのはまずいものね。
「安心なさってください、旦那様!」
「は……? 突然なんだ?」
 旦那様は目を見開き、旦那様の腕をぎゅっと摑んだ私を見つめた。
「私、旦那様の方が好みですから!」
「な……!?」
 旦那様は目を限界まで見開いて、私を凝視する。
 その頰は、ほんのりと赤く染まっていた。
「き、きみはいったいなにを……」
「旦那様はいつも不機嫌そうで近寄り難い方ですが、お顔はレオさまよりも好きです」
「……『顔は』なのか……」
 がっくりと、あからさまに旦那様は肩を落とした。
 旦那様がそんな反応をするのは珍しい。
「どうしました?」と尋ねれば、旦那様は力なく首を横に振り、「気にしないでくれ」と答えた。
 なんだろう……私、なにか変なこと言った?
「良かったじゃないか、顔だけでも好きだと言ってもらえて。おめでとう、ヴィリー」
「レオ殿……」
 レオさまは笑いを堪えるような顔をして旦那様におっしゃり、そんなレオさまを旦那様はギロリと睨んだ。
 私が言ったこと、レオさまに聞こえていた……!? 私、レオさまに対してとんでもなく失礼なことをしてしまったのでは……?
 私が内心で焦っていると、旦那様のお知り合いらしき人物が旦那様を呼んだ。
 旦那様はそちらを向き、ほんの少しだけ顔を顰め、どうしたものかと悩むように私とレオさまを見比べた。
「君の奥方は私に任せて、行ってくると良い。私が責任を持って預かろう」
「……むしろ、レオ殿に預ける方が心配なのですが……」
「心外だな。私はそんなに信用ないか?」
 レオさまの言葉に、旦那様は少し悩んだあと、頷いた。
「……わかりました。アルベルティーナを頼みます」
「任せてくれ」
「アルベルティーナ。俺が帰って来るまでレオ殿の傍から離れないように」
「わかっていますわ。いってらっしゃいませ、旦那様」
 しっかりと頷いたのに、旦那様はそれでも心配そうに私を見て、渋々といった様子で呼ばれた方へ歩いて行った。
 それをレオさまと私で見送る。
 先ほどの私の失礼な発言を、レオさまはまったく気にされていないようだけれど、気まずい。
 ご本人は気にしていないかもしれないけれど、私は気まずい。謝って楽になろう!
「あの、レオさま……先ほどは失礼なことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「ん? 失礼なこと……?」
 レオさまは考え込むような仕草をしたあと、「ああ……」と呟いた。
「先ほどの『顔は旦那様の方が好き』のことかな? あれなら私はまったく気にしていないから、君も気にしなくて良い。それに、あれはヴィリーのことを思って言ったことだとわかっていたからね」
「ありがとうございます」
 快く許してくださったレオさまに感謝しつつ、私ははた、と気づいた。
 ……あれ。もしかして今、発破をかける大チャンス!?
「それに……あんなヴィリーの姿を見られたことだし。なかなか興味深い。むしろ、私がお礼を言いたいくらいだ」
「……あんな、ですか……? 旦那様はいつもあのような感じですし、あまり表情は変わらないと思うのですけれど……」
「確かにあまり表情は変わっていないが……まあ、これ以上は私の口から言うのは野暮というものだろう」
「はあ……」
 レオさまのおっしゃっている意味がよくわからない。どういうことだろう?
 ……まあ、わからなくてもいいか。それよりも、お義姉さまのことだ!
「あの、レオさま?」
「なにかな」
「レオさまとアリーセお義姉さまは、ご婚約をされる予定だったそうですね?」
「……ヴィリーに聞いたのか。ああ、その通りだが……それがなにか?」
「その……私は当時の詳しい状況などはわかりませんし、私がこんなことを言うのはおかしいのかもしれませんけれど……どうして婚約の話をなかったことにしてしまわれたのですか? お二人の仲はとても良かったと旦那様から伺っております。幼い旦那様を放っておけなかったお義姉さまの気持ちもわかりますけれど……」
 婚約だけならば、別にすぐに家を出て行くわけでもないし、旦那様の傍に居続けることは可能だったはずだ。
 なのに、なぜ白紙になったのだろう、とずっと疑問に思っていたのだ。
「……そうだな。一言で言うならば……あの頃は若かった、だな」
「若かった、ですか……?」
「若気の至りというやつかな。アリーセが私よりもヴィリーを選んだことが、あの頃の私はどうしても許し難かった……子どもだと我ながらに思うが、どうしても許せなかったんだ」
 レオさまは髪をかきあげて、切ない笑みを浮かべた。
「さらに言うなら、婚約の話をなかったことにして欲しい、とアリーセから言われたこともショックだった。今ならばあの時、アリーセがどんな気持ちでそれを口にしたか想像がつくが、当時の私にはできなかった。そのあとにアリーセがなにか言おうとしていたのを遮って、私は逃げるようにアリーセの前から立ち去った。あの時の私は、アリーセに見捨てられたのだと本気で思い込んでいたんだ……だから、彼女が傷つけばいいと、アリーセ以外の女性と私が親しくしているところを彼女に見せつけた。……私は最低な男だ。きっと彼女のその決断は、私のことも考えてのことだっただろうに、それに気づかずに彼女を傷つけてしまった……気の強いアリーセが涙を流しているのを見るまで、彼女の気持ちに気づけなかった。気づいた時にはもう、アリーセは私に対して心を閉ざしてしまっていた」
 気づくのが遅すぎたんだ、とレオさまは自嘲した。
 当時のお二人がどんな気持ちだったのか、私は想像することしかできない。
 だけど、きっとどちらも辛くて苦しかったに違いない。
 ……いや、今でもきっと辛くて苦しいままなのだろう。
 だからお二人とも、同じように切なそうな表情を浮かべるのだ。
 私に、なにかできないだろうか。橋渡しまではいかなくても、お二人の関係を直すきっかけだけでも、作ることはできないだろうか。
「……と、こんなことをあなたに言っても困るだけだな……すまない、今の話は忘れて……」
「──この前、お義姉さまがおっしゃっておりました。『もし戻れるのなら、十五年前に戻りたい』と。十五年前といえば、ちょうどお二人の婚約話がなくなった頃ですよね?」
 私はレオさまの言葉を遮って言った。
 失礼は承知の上だ。私はどうしても、あの時のお義姉さまの言葉を、あの切なそうな表情を、レオさまに伝えたかった。
「アリーセが、そんなことを……?」
「はい。とても切なそうな顔をなさっておりました。これはあくまでも私の想像ですけれど……お義姉さまもレオさまと同じように、きちんと自分の気持ちを伝えなかったことを後悔なさっているのではないでしょうか」
「……」
「『気づくのが遅すぎた』とレオさまはおっしゃいましたけれど、私はそうは思いません。きっとお義姉さまもレオさまと気持ちは同じ……仲直りがしたい、とそう思っていらっしゃるはずです。お義姉さまは意地っ張りな性格ですから、自分から折れることはされないでしょう。ですから、レオさまがガンガンと攻めていくしかないと思うのです。レオさま、もう少し頑張ってみませんか? 私も協力いたしますから」
「……どうして、そこまでしてくれるんだ?」
 あなたはアリーセと上手くいっていないのだろう、と暗に言っているレオさまに、私はにこりと微笑んだ。
「義妹が義姉の幸せを願うのは、当たり前のことでしょう? 私、アリーセお義姉さまには幸せになっていただきたいのです」
「……あなたは……よく、お人好しと言われないか?」
 この間、旦那様に言われたばかりですが、なにか。
 ……お人好しと言われるほど、人が好いつもりはないけどなぁ。
 だって、打算も少なからず入っているし。完全な善意だけで幸せになっていただきたいと言っているわけではないのだ。
 小さく首を傾げる私に、レオさまは優しい目を向けて「ありがとう」と言った。
「もしまだチャンスがあるのなら……私は、アリーセに謝りたい」
「チャンスは作るものですわ。私も精一杯協力いたしますから、レオさまも頑張ってくださいね」
「ああ。あなたが協力してくれるのなら、こんなに心強いことはない」
「まあ、そんな……」
 レオさまのお世辞に照れていると、旦那様が戻って来た。
 旦那様は私とレオさまの顔を見比べて、顔を顰めた。
「なにやら楽しそうだが……二人は、なんの話を?」
「なに、たいした話ではないさ。お互い幸せになろうと話をしていたんだ」
「は……?」
「そうだね、アルベルティーナ殿?」
「ええ、レオさまのおっしゃる通りですわ」
「……ふーん」
 旦那様は疑わしそうに私とレオさまを見つめた。
 ……あれ、なんだか旦那様が不機嫌……。なんでだろう。疲れたのかな?
 旦那様が不機嫌になるタイミングは未だに謎だ。
 表情はわかるようになったのに、まだまだ旦那様についてはわからないことだらけだ。



 それからレオさまが去って、私と旦那様は二人きりになった。
 私が旦那様に先ほどのレオさまとの会話を話すと、旦那様の機嫌はいつの間にか直った。
 旦那様のご機嫌スイッチはいったいどこにあるのだろう……謎だ。
「……なるほど。レオ殿と姉上を仲直りさせる、と」
「はい。もう長い間拗れた関係ですから、簡単にいくとは思っていません。けれど、お二人が仲直りできるきっかけだけでも作れたら、と思ったのです」
「そうだな……俺も、二人が前のような関係に戻ってくれたら嬉しい」
「はい! 私、頑張ります!」
「ああ。俺もできる限り協力しよう」
「まあ! 旦那様が協力してくだされば、すぐにお義姉さまとレオさまは仲直りできますわ!」
 だって、お義姉さまは旦那様大好きだもの。だから旦那様が協力してくだされば百人力だ。
「そんなに簡単なものではないと思うが……」
 いえいえ。お義姉さまの旦那様への愛は折り紙付きですから。
 ……不思議なものだなあ。少し前まで、旦那様とこんなふうに朗らかに会話ができるなんて、想像すらしていなかったのに、今はこうして話をしている。それもあのお義姉さまがきっかけで。
「アルベルティーナ? どうした?」
「あ……いえ。旦那様のお仕事が落ち着かれる前までは、こんなふうに旦那様とお話しできることもなかったものですから、なんだか不思議に思って……こうして旦那様とお話しできるようになったきっかけがお義姉さまだと思うと、余計に不思議で」
「……その……すまなかった。きみをほったらかしにしてしまって……きみは嫁いできたばかりで不安だろうに、傍にいることもできず……」
「あ……いえ! お仕事が忙しいのは重々承知しておりますから! 別に私は、旦那様を責めたくて言ったわけではなくて……!」
 言い方を間違えた、と私は慌てて旦那様をフォローするべく言葉を重ねる。
 しかし、どう言えばいいのかわからなくて、途方に暮れてしまう。
「いや、きみは俺を責めて良いんだ。仕事が忙しかったからなんて、きみに不安な思いをさせた言い訳にならない。本当に申し訳なかった」
 そう言って旦那様は深々と私に頭を下げた。
 旦那様に頭を下げさせるなんて、とんでもないことだ。しかも、今は夜会の最中である。旦那様はなにかと目立つ方だから、そんな行動をしたら悪目立ちしてしまう。
 私は別になんて言われようと構わないけれど、旦那様が悪く言われたら嫌だ。
「だ、旦那様……顔をあげてください……! 私、本当に平気ですから! 旦那様や伯爵家の皆さまに大切に思われているのは、伝わっております。ですから、旦那様がそんなふうに謝る必要はありません」
「アルベルティーナ……」
 咄嗟に旦那様の手を摑んだ私を、旦那様はじっと見つめる。
 綺麗な青い瞳に私の姿が映っていた。
 そのことがなんだか恥ずかしく思えて、けれどその瞳から目を逸らすこともできなくて、私たちはしばらく見つめ合う形になった。
 ああ……なんでだろう……すごくどきどきする……。
 心臓の音がやけに大きく聞こえて、周りの音が遠く感じる。
 まるで、世界には私と旦那様だけしかいないかのような……そんな錯覚すら覚えた。
 その時、軽やかな音楽が突然響く。どうやら、ダンスの曲がちょうど変わったらしい。
 それが合図となって、私は現実世界に戻った。遠く感じていた賑やかな話し声も、今は通常通りに聞こえる。
 な、なんだったんだろう……さっきの感じは……。
 若干のどきどきがまだ残っている。
 胸に手を当てて、どきどきが治まるようにと呪文のように唱えていると、「ごほん」と突然旦那様が咳払いをした。
 ……旦那様、風邪ですか?
「……そ、そのだな……」
「はい……?」
「その……」
 旦那様、さっきから「その」しかおっしゃっておりませんけれど。
 旦那様の語彙はそんなに少なかっただろうか。そんなことはないはずだけど。
 なかなか「その」から先を言えない旦那様を、私は辛抱強く待った。
 本音を言えば、早く言って、というのが私の心境だけど、ここはぐっと我慢だ。
「……その……お、俺と……」
「はい」
 旦那様、頑張れ!
 私は心の中で旦那様にエールを送る。頑張って最後まで言って!


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