書籍詳細

希少オメガの孤独と恋と
ISBNコード | 978-4-86669-809-0 |
---|---|
サイズ | 文庫本 |
定価 | 836円(税込) |
発売日 | 2025/10/20 |
お取り扱い店
内容紹介
人物紹介

綾川遥斗(あやかわ はると)
19歳。発情期がまだこない、天涯孤独の希少な男性オメガ。

槇木雄士(まき ゆうじ)
一条家から遥斗の警護を任されている。
立ち読み
卒業式を終えた綾川遥斗は、後輩たちとの記念写真に応じている華やかな集団の横を通り過ぎようとして、その中心にいる一人から声をかけられた。
「遥斗、もう帰んの? こっち交ざれよ」
「本高くん…」
彼はいつもこんなふうに気さくに話しかけてくれて、遥斗がクラスの中で孤立しないように気遣ってくれる。しかし、一緒にいた後輩の女子生徒たちの顔が一瞬曇ったことに遥斗は気づいていた。なんでこんな冴えない人と一緒に写真なんか…という顔だ。
無理もない。派手な容姿で長身の本高は女子生徒受けするタイプで、所謂典型的なアルファだ。小柄で地味な容姿の遥斗とは対照的だ。
遥斗は断ろうと思ったが、本高の方は屈託ない笑みを浮かべて強引に遥斗と肩を組んだ。
「はい、笑ってー」
遠慮なくスマホを向ける。
「あ、あの……」
困った顔の遥斗を無視して連写する。
「遥斗、大学決まった?」
そっと耳打ちしてくる。
「そろそろ教えてくれても……」
云いかけた本高の視線が、校門のあたりに佇む人物に向いた。
スマホに目を落として誰かを待っているらしい黒サングラスにダークスーツの男性。目立つほどの長身といかつく見える容姿のせいで、威圧感は半端ない。
「あれ、あの人……」
その言葉に、遥斗も本高の視線の先を見た。
「あ…」
遥斗の顔に一瞬色が差す。慌てて本高から離れると、ぺこりと一礼した。
「あ、あの、本高くん、これまでいろいろありがとう」
そう云い残すと、ばたばたと駆け出す。
「遥斗! またラインするな」
遥斗は振り返ると、再度頭を下げた。
「あーあ、行っちゃったあ」
「本高、また振られたー」
本高の悪友たちがそう云って揶揄う。
「こいつさ、綾川のこと小動物みたいで可愛いとか云ってんの。ひでえだろ?」
「えー、本高先輩、小動物好きなんだあ」
「小動物って? リスとかネズミとか?」
そんな声を背に、遥斗は校門まで急ぐ。
遥斗に気づいた槇木雄士は、サングラスを外して軽く片手を挙げた。
「槇木さん」
小さく会釈をしながら近寄る。
「卒業おめでとう」
微笑むと、さっきまでのいかつい雰囲気が霧散する。それをたまたま通りかかった女子生徒たちが見ていて、何ごとか囁き合っている。
『え、ちょっとカッコよくない?』
『背、たかーい。足ながっ』
『イケメンじゃん。めちゃくちゃスタイルいい』
それは遥斗の耳にも届いていて、ということは槇木にも当然聞こえているはずだが、まったく気にも留めていないようだ。
『一緒にいるの、誰?』
『見かけたことあるような。B組の…誰だっけ?』
無理もない、と遥斗は思う。本高以上に上背のある槇木と一緒にいると骨格から違っていて、遥斗は自分が更に貧相に見えるんだろうという自覚があった。
「お待たせしました」
「この先のパーキングに駐めてるんだ。このあたりは送迎禁止らしいから…」
槇木はスマホを内ポケットにしまうと、両手に提げた遥斗の紙袋を持ってやる。
「貴路さんからお祝い預かってるよ」
「あ、…ありがとうございます」
遥斗は俯きがちに返す。
貴路の名前が出ると、遥斗はいつも緊張してしまう。槇木はそのことにとっくに気づいていて、それでも気づかない振りをしてくれる。
ふと、遥斗のスマホから着信音が響いた。慌てて確認すると、本高から撮ったばかりの写真が送られてきていた。遥斗が振り返ると、本高が大きく手を振っている。それを見て、遥斗も反射的に振り返す。
「なに?」
「あ、さっき一緒に撮った写真を…」
槇木はそれを覗き込むと、遥斗が手を振っていた先に視線を移した。
「ああ…。本高のとこの…」
途中から転入した遥斗のことを、人気者でクラスの中心的存在であった少年に、周囲の大人たちがそれとなく気にかけてやるよう仕向けたことで、遥斗は穏やかな学校生活を送ることができたのだ。そしてそれはただの幸運ではなく、槇木が手を回していたことも既に聞かされていた。
槇木はそういうことも隠さずに話してくれた。遥斗が自分の立場を誤解しないように。またオメガである遥斗がどう生きるのか自問自答するために。
希少と云われるオメガの中で、更に希少な男のオメガだ。
昔と違って薬で発情がコントロールできるようになった今の時代、オメガの存在は認識されにくくなっている。それもあって、男性オメガは超レアだと云われるようになった。
遥斗がオメガであることを知っているのは、槇木を含めてごく僅かだ。
「先に乗ってて」
駐車場に辿り着くと、槇木は黒塗りのSUVのドアロックを解除して、自分は精算機に向かう。
遥斗は自分の荷物を槇木から受け取って、後部座席のドアを開けた。
「わ…」
座席はごちゃごちゃと槇木の荷物が積み重なっていて、遥斗が座る場所がない。勝手に片づけてもいいものかと悩んでいると、背後に槇木が立っていた。
「あー、後ろ、片づける時間なかったから。前乗って」
「…はい」
遥斗は少し緊張しつつ、助手席のドアを開ける。いつも槇木の車に乗るときは、自分は後部座席に座ることになっている。それが遥斗と槇木の関係を物語っていた。
いつもは一緒の車に乗っていても槇木の後ろ姿しか見えないのだが、すぐ隣に槇木がいると思うとどうにも落ち着かず、運転席に顔が向けられない。
どこに視線を向ければいいかわからず、目を伏せると、ふとシフトレバーを握る槇木の大きな手が飛び込んできた。男性っぽい節のある長い指に視線が釘付けになってしまう。
「メシまだだろ? 予約入れてるから」
「え……」
槇木との食事は久しぶりだ。
「田端さんには云ってある」
田端家は遥斗がお世話になっている家だ。
「…ありがとうございます」
「遥斗はいつも礼儀正しいな」
槇木はサングラスをかけると、車を発進させた。
「それにしても、医大とは頑張ったなあ」
遥斗の通っていた高校は有名私立大学の付属高校で、クラスの三分の二は内部試験で大学進学できる。なので大学受験のための勉強をする生徒は少数だったが、その中でも医大を志望する生徒は片手で余るほどしかいない。
「先生も驚いてただろ?」
「…はい」
「俺も驚いたもんなあ。学校の成績、操作してた?」
「ちょっとだけ…。目立たないようにって云われてましたから…」
成績はそこそこ上位でありながら、目立って優秀というほどではない。そのくらいの位置をキープしてきた。なので外部のしかも医大を受験するための書類を申請したときに、担任はさすがに止めた。腕試し、浪人覚悟だと説明して、しぶしぶ納得してもらったのだ。
それでも現役合格は難しいだろうと自分でも思っていたので、もしかしたら一番驚いているのは遥斗自身かもしれない。
「予備校にも通ってなかったもんなあ」
感心したように云うと、槇木は信号待ちで車を止めた。
「で、奨学金も申請してるって?」
「…はい」
「貴路さんが学費の心配はしなくていいって。大学の寮に入るつもりなら、適当なマンション探してやれって、俺に」
「それは…」
「反対されると思ったんだろ?」
遥斗は返答に窮した。が、それは肯定しているも同然だ。
「べつに反対はしてないみたいよ。相談されなかったのが残念なだけで。けどその理由もわからなくはないって」
信号が変わったので、槇木は静かに車を発進させた。
「まずは結果を出してから説得するつもりだったんだろ?」
「…はい」
「長いメールがきたって貴路さん笑ってた。俺に、遥斗はおまえに相談したのかって聞かれたよ」
そう云うと、ちらりと遥斗を見る。
「するわけないよな。遥斗は貴路さんを差し置いて、俺に将来の大事なことを相談したりはしませんよって云っておいたけど」
「…すみません」
「謝ることはない。ともかく、貴路さんの厚意は受け取っておけ。それを断る方がややこしいことになる」
それはきっとそのとおりなのだろう。
学費は奨学金制度を利用して、居住費は公立大学の寮なら格安なので、それなら貴路の援助を受けなくても何とかなるという計算だった。父が学費として遺してくれた遺産があるので、それを資産運用すれば月々の生活費も何とかなる。そこまで考えての医大受験だったが、これまでだってさんざん世話になっている。今更といえば今更だ。
「…はい。そうさせてもらいます」
こくりと頷く遥斗の髪を、槇木がくしゃっと掴んだ。
「ああ、それがいい」
遥斗は内心どきどきしていたが、できるだけ平静を装う。
車内は暫く沈黙が流れて、ビルの地下の駐車場に降りていく。
「メシの前にちょっと買い物な」
そう云って槇木が連れて行ったのは、遥斗には敷居の高すぎるハイブランドのメンズショップだった。
「これまでは制服があったけど、こっから先はスーツが必要になる」
遥斗は小さく頷きながら、心細そうに槇木の後ろをついていく。店のスタッフも客も垢ぬけていて、明らかに場違いだったのだ。
自分でもスーツは必要だろうと少し調べてはいたが、遥斗が目星をつけておいたものとは桁がひとつ違う。
槇木がスタッフと相談して見繕ってくれるものを、云われるままに試着する。
自分のような貧弱な体型にはせっかくのスーツがもったいないと思ったが、着てみると三割増しには映えた。
「どれもよくお似合いですよ」
店員が微笑みながら槇木を見る。
「華奢な遥斗にはぴったりだな」
店員は褒めるのが仕事だろうと遥斗は思ったが、槇木も満足そうに頷いているのを見ると自然と気持ちが浮き立ってくる。
「二着目がいいな。かちっとしたものよりも、少しフランクな方が遥斗には似合う」
槇木に云われて、再度着てみる。
「ネクタイも着けてみて」
自分が選んだものを遥斗の首元にあてて、そのうちの一本を差し出した。
遥斗は鏡を見ながら着けてみるが、うまくできない。
「結び方、わからない?」
慣れない手つきでもたもたとネクタイを結ぼうとしている遥斗を見かねて、槇木は思わず声をかけた。
「制服のネクタイ、ボタンで留めてるだけなんです」
言い訳する遥斗からネクタイを受け取ると、槇木は自分の首に回して結んで再び遥斗にかけてやった。
「これでいいかな」
云いながら遥斗のネクタイをきゅっと締めると、形を直してやった。
遥斗はどぎまぎしながら、されるがままだ。
「うん、やっぱりこのデザインが一番いいね。貴路さんに写真送っておくよ」
そう云ってスマホを向ける。つまり、支払いは貴路に回すということなのだろう。とはいえ、それはいつものことだ。
槇木は緊張した表情の遥斗の写真を撮った。
「メシ食ってる間に裾直ししてもらえる」
槇木は、少し歩いた先にある店に遥斗を連れていく。
「改めて、卒業おめでとう」
槇木はそう云うと、リボンのかかった箱をテーブルに置いた。
「これは貴路さんからのお祝い。スマホ、今使ってるのかなり古いだろ? ちょうど新しいのが出たばかりだから。それと学校で使うならノートもいるだろうって。車に置いてる」
「そんなたくさん…」
遥斗は恐縮しまくる。
「一番軽いノートだけど、最大容量積んでるから動画編集も困らない」
「動画編集…」
遥斗は目を丸くする。贅沢すぎると思ったが、彼に受け取らないという選択肢は与えられていなかった。
「…ありがとうございます」
「それは貴路さんに云って」
「あ、はい。メール送ります」
槇木の目が優しくなる。
「で、こっちは俺から」
小さい箱を差し出す。
「え……」
この続きは「希少オメガの孤独と恋と」でお楽しみください♪