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転生モブ召使いだったのに、ご主人様に求婚されるなんて聞いてません

葵居ゆゆ / 著
篁ふみ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-760-4
サイズ 文庫本
ページ数 272ページ
定価 836円(税込)
発売日 2025/04/18

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内容紹介

おまえと身も心も愛しあいたい。
紀里斗は気づくと、モブの召使いとして物語の世界に転生していた。主人は屈強かつ気難しい性格ゆえに恐れられている魔術師・ディートフリート。彼は作中、親友である王子への恋心をこじらせ、悲劇を招く悪役だった。ディートフリートの境遇に胸を痛め、彼の秘めた恋を応援すると決意。あれこれ世話を焼く紀里斗だが――「おまえの献身に報いたい」お返しとばかりに丁寧に身体をひらかれ、ゆっくりと深く甘い快楽に堕とされ……。孤高の魔術師×健気な尽くし系モブの、癒しの主従ラブ!
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

古田紀里斗(ふるたきりと)

転生しディートフリートに仕える。転生先がモブなのが自分らしいなと思う。

ディートフリート

貴族魔術師。物語では、王子への恋心をこじらせ、悲劇を招く悪役だったが…?

立ち読み

「おい、そこの!」
 不機嫌な声が飛んできて、古田紀里斗ははっと我に返った。
(あれ? 僕、なにしてたんだっけ)
 後頭部が痛くて、触るとたんこぶができていた。たしか会社で、古い資料が必要になったと言われて倉庫で探していたはずなのだが、周囲の景色は倉庫とはまるで違っていた。外国の美術館のような大きな柱に、カーブを描く天井。大理石の床に敷かれた赤い絨毯。白い壁の片側には細かな彫刻をほどこした木製のドアが、反対側には上がアーチ型になった窓がいくつも並んでいた。豪華な建物の内部ということはわかるが、建物の美しさにそぐわず、なんだかがらんとしている。
 まったく見覚えのない眺めに首をかしげると、再び声が響いた。
「いつまでぼーっとしているんだ! 貯蔵庫から薬草を取ってこいと言っただろう」
 慌てて振り返って、紀里斗はぽかんと口を開けた。
 芸術品のような男性だ。歳は紀里斗よりも上、三十代になるかならないかの年齢に見えた。背が高く、堂々とした佇まいには自信とプライドが溢れている。すぎるほど美しい顔貌に、長い金髪と透き通るようなブルーグリーンの瞳で、白を基調とした袖や裾の長い服装は、古い時代の王族か身分の高い神職のように煌びやかだった。それがまた、よく似合う。
 まったく知らない人なのに、妙に既視感がある。俳優さんかな、と紀里斗はぼんやり思った。気がつかないうちに撮影現場にでも入ってしまったのだろうか。
 無言の紀里斗に、彼はきりきりと眉をつり上げた。
「この私に三度も同じ命令をさせる気か? くびにしてもかまわないんだぞ」
 怒った表情も、低い声も美しかったが、紀里斗は慌てて頭を下げた。
「すみません! 僕、紛れ込んでしまったみたいで――」
 すぐ出て行きます、と言おうとして、自分の靴やズボンが目に入る。はき古してぼろぼろの革靴に、同じくらい古びた茶色のズボン。手首より長い袖も、黄ばんだような生成色で、どれもがレトロなかたちだった。それこそ、古い時代か異世界の服装みたいだ。
(なにこれ……どうなってるの?)
 混乱した紀里斗に、美しい男性は小馬鹿にするように息を漏らした。
「久しぶりの屋敷で迷った、という言い訳か? 貯蔵庫は庭だ、さっさと行け」
 相手にできない、とばかりに去っていく後ろ姿に、紀里斗は違うんですと訴えようとして、いつものようにやめた。あんなに怒っていたら、なにを言っても取りあってくれなさそうだ。
 視線の先で彼はドアを開けて部屋に入っていった。とりあえず言われたものを取ってきて、それから事情を話してみようと、紀里斗はもう一度周囲を見渡した。
 ずいぶん広いが、ドアが並んでいるということは廊下だろう。男性が入った部屋は建物の奥側だとあたりをつけて、反対の方向に進む。ほどなく廊下は直角に折れ、さらに進むと大きな空間に出た。ダンスパーティでもひらけそうな広さで、廊下と同じく、がらんとしていた。誰もいないのか、ひどく静かだ。高さがゆうに三メートルありそうな扉を開けてみると、外には噴水のある庭園が広がっていた。
 庭にも人の姿はなく、どことなく寂れて感じられた。立派なのにあまり手入れは行き届いていないようだ。貯蔵庫らしい建物が見当たらず、紀里斗はおそるおそる、ポーチから庭へと続く階段を降りた。噴水まで行って建物を振り返る。
「すごい……お城みたい」
 建物は灰色がかった白の石造りで、中央部分が高い塔になっていた。庭は公園のように広く、建物の周囲を囲んでいるようだ。白砂を敷いた道を辿って裏へ回ると、ようやく人がいた。
 赤毛の、四十代くらいの男性が手押し車で土を運んでいる。彼は紀里斗に気づくと、足をとめて汗を拭った。
「どうした、なにか用か?」
「ええと……その、ご主人様に、貯蔵庫から薬草を取ってこいと言われて」
「ああ、怒鳴られてたな。窓のすぐ下を通ってたときだったから、よく聞こえた。急いで行ってこいよ、また怒られるぞ」
「そうしたいんですが、貯蔵庫ってどこかわかりますか?」
 再び手押し車を押そうとしていた男性は、呆れ顔で紀里斗を見た。
「貯蔵庫はあそこだろう。寝ぼけてるのか?」
「寝ぼけてるというか――その、事情がまったくわかってないんです」
 紀里斗は不安になってきた。さっきの芸術品みたいな人も、この赤毛の男性も、紛れ込んだはずの紀里斗がいて当然のような態度だ。ずっと前から紀里斗を知っているみたいに。
 夢でも見てるのかな、と空を見上げると、よく晴れた青空を綺麗な赤い鳥が横ぎっていった。そよ風はあたたかく、土や草のにおいがする。こんなリアルな夢は見たことがない。
(僕、会社の倉庫にいたはずなんだ。加茂さんに資料データ探してこいって言われて、脚立に上がって、そしたらそれがぐらぐらして……)
 脚立ごと倒れて、これじゃ頭を打つ、と思いながら、抱えたものを離せなかったのだ。古いハードディスクを落としたら壊れてしまう、と思って。
 不審なものを見る目で、赤毛の男性はじろじろと紀里斗を眺めた。
「前からぼーっとしてると思ってたが、重症だな。頭でも打ったんじゃないか?」
「……そうかもしれないです。たんこぶできてて。ここ、どこですか?」
「ちゃんと冷やしておけよ。ここはモンサラーシュにある領主のお屋敷だ」
 男性はやや同情する顔つきになって、手押し車から手を離して紀里斗に向き直った。
「今の領主はディートフリート様だ。ディートフリート・ファン・デア・モンサラーシュ」
「あ……」
 その名前には覚えがあって、紀里斗はびっくりしてしまった。読んでいたネット小説に出てくるキャラクターのひとりだ。作品は人気でコミカライズもされており、連載のときから好きだった紀里斗は、漫画も買って読んだ。
 物語の舞台はノルスリアとネザーランという二つの国で、主人公はネザーランのお姫様、リリアーナだ。彼女は隣の大国ノルスリアの貴族のもとに嫁ぐことになり、五人の婚約者候補と出会う。ディートフリートは婚約者候補のひとりで、ノルスリアの貴族であり、幼少のころから才能を発揮してきた優秀な白魔術師、という設定だった。
 絵の彼を実在の人間にしたらこんな感じ、という容姿だったから、既視感があったのだろう。
「…………ていうことは、まさか僕、転生したの?」
 思わず呟くと、赤毛の男性が訝しそうにした。
「なにぶつぶつ言ってるんだ? テンセイ?」
「いえ……だって、信じられなくて」
「なにをだよ。忘れたことがあるなら教えてやるから、ディートフリート様には知られないようにしろよ。あの方は気難しいんだ、おまえのことだって使えないと思ったらくびにしかねないからな」
 今いなくなられるのは困るよ、と男性はぼやいた。
「使用人が少なすぎて、仕事が回らないんだ。おまえはぼーっとしてるし、なに考えてるかよくわからないときもあるけど、ディートフリート様にお仕えして長いんだから、辞められたらおれだって続けられんよ」
「僕、長年お仕えしてるんですか?」
「してただろう。いくつのときだっけ? 八歳とか九歳とか、そのくらいに来てからずっと専属の雑用係で、ディートフリート様が都の学校で勉強するあいだも、仕事で行き来するときも、ずっとお供してたのはおまえひとりだった。それも全部忘れたのか?」
 忘れたというか、初めて知った。ディートフリートはいわば悪役だ。重要なキャラクターだから、ある程度バックグラウンドも書かれていたけれど、彼の使用人までは出てこなかった。
 本当に転生したのだとすれば、紀里斗は書く必要性がない程度のモブに転生した、ということになる。
(好きな作品なのに、ちょっと残念だな)
 もう少しいい役がよかった、と考えかけて、紀里斗ははっとした。役どころより、もっと重要なことがある。
「今って……いいえ、ディートフリート様が領地に帰ってきたのって、いつですか?」
「医者行ったほうがいいんじゃないか?」
 心配を通り越して気味悪そうな表情になりながらも、赤毛の彼は説明してくれた。
「昨日だよ。あのシーラっていう先代の後妻を追い出したあとは、半年くらい都とここを行ったり来たりしてて、長く過ごされるのは都でだったからな。今回も短いご滞在なんだと思ったら、しばらくこっちに腰を据えるって言い出したから、おまえと昨晩、どうしようかって相談しただろ。使用人がたった三人じゃ、とてもお仕えできない。おまえがディートフリート様に、新しく使用人を雇ってもらえないか頼んでみるって言ってたじゃないか」 
 キリトは読んだ小説の筋を思い出しながら尋ねた。
「えっと、あなたはディートフリート様がリリアーナ姫の婚約者候補になった話は聞いてますか?」
「当たり前だろ、国中のみんなが知ってるよ。三か月くらい前だったか、初めて候補者全員が揃う園遊会がネザーランでひらかれて、おまえもお供で行ったんだ。最有力はディートフリート様なんだろ? ノルスリア国王とは遠縁だし、領地はネザーランに近い。しかも姫の兄王子とは学友だったらしいじゃないか」
「オリヴィエ王子ですね」
 答えながら、半分上の空だった。園遊会は物語序盤のシーンだ。そこでディートフリートだけが、姫がひそかに思いを寄せる相手がいることに気づくのだ。
 ディートフリートは気づいていることを隠し、尊大な態度で姫に近づく。候補者の中では一番家柄がよく、名声も得ている。立候補した以上、私が選ばれなければ面目は丸潰れだし、あなたも最も条件のいい相手と結婚するべきだ、などと言うのだ。でも姫は、一生をともに過ごすなら、愛せる人がいい、と応える。
 対してディートフリートは「心から望む相手と生涯添い遂げるなど、おとぎ話のようなものだ。この世でその幸福を得られた者がどれくらいいる?」と冷笑し、どうしてもというなら、私を愛せばいい、などと言い放つのだが、その真意は彼自身が、決して報われない恋をしているからなのだった。
 叶わない恋と体面とプライドのために、リリアーナ姫と結婚しなければ、と思いつめたディートフリートは、姫が好きな男を追い払おうと、毒薬と魔術を悪用する。
(もしかして、薬草を持ってこいって、毒薬のためじゃない?)
 時期的にはちょうどぴったりだ、と考え込んでいると、使用人仲間が「隣国の王子の名前は覚えてるのかよ、おかしなやつだな」と言って踵を返した。
「具合が悪いんじゃないならもう行くぞ」
「あ、待って! あなたの名前は?」
「ゴートンだ。自分の名前はわかるか、キリト?」
「えっ……」
 転生しても同じ名前なのか、と驚いて、紀里斗はつい両手を見つめた。転生ではなくて、入れ替わりみたいなことなのだろうか。それとも――。
「自分の名前も忘れちまったんだったら、ほんとに医者に行っとけよ」
 呆れ半分、心配半分の表情で、赤毛の男性は手押し車を押して去っていく。紀里斗はとりあえず教えてもらった貯蔵庫に向かいながら、後頭部のたんこぶを撫でた。
 転生か、入れ替わりか、それとも夢か。
 真実はわからないけれど、はっきりしているのは、紀里斗は今、よく知っている物語の世界の中にいる、ということだ。小説にも漫画にも登場しなかった、モブ中のモブとして。
(……すっごく僕っぽいな)
 元の世界でも、紀里斗はモブみたいなものだった。



 紀里斗は実の両親を知らない。気づいたときには父親の親戚だという人の家で育てられていて、邪魔者として厄介がられていた。
 結局その家でも面倒を見られない、ということになって、施設へと移ったのは八歳のときだ。行きたくない、とは思わなかった。親戚の家で大切なのは、血のつながった息子や娘であって、紀里斗はいないほうがいい存在だとわかっていたからだ。
 施設にはいろんな事情の子がいて、おとなしい紀里斗は空気のように目立たなかった。養子を得たい夫婦の目にとまることなく数年が過ぎ、たまたま巡ってきたトライアルのチャンスでは「この子とはうまくやれない」という理由で戻されてしまった。紀里斗は自分の気持ちを話すのが下手で、優しくしてもらっても、どう対応していいのかわからなかった。その態度が気に入られなかったのだから、仕方ないとは思ったけれど、けっこう落ち込んだ。
 勉強や運動が得意ならば、また違ったかもしれない。でも、人と比べて秀でた才能のない紀里斗のような子供は、すごく優しくて思いやりがあったり、あるいはほしいものがはっきり言えたり、甘えたり、明るい声で歌ったり、わかりやすく笑ったり怒ったり――そういうことができないと好かれないのだ。
 誰にとってもどうでもいい存在で、ひどく嫌われることがないかわり、好かれることも必要とされることもない。大好きな小説や漫画でいうなら、紀里斗はほんの数行とか、一コマしか出てこないモブのようなものだった。
 そんな紀里斗でも、高校に入ると不思議と友達ができた。読んでいる漫画やおすすめの小説、聴いている音楽の話ができるようになって、仲のいい友人と一緒に図書委員にもなった。
 日々を楽しめるようになり、よく話をするその友達を好きになるまで、時間はかからなかった。彼とは、ほかの誰ともしないような話ができたのだ。
 クラスでも明るく面倒見のよかった彼は「好きな人には告白されたいんだよね」とはにかんだり、夜にひとりでいると無性に寂しくなるのだと、打ち明けてくれたりした。彼の本音を聞くたびに惹かれた。やっぱり僕は異性より同性が好きなんだ、と思うと不安もあったけれど、好きな人がいるどきどき感は心地よかったし、彼も紀里斗を好いてくれているように感じられた。ずっと一緒にいたい、と紀里斗は初めて思った。その他大勢のひとりじゃなくて、彼の特別な存在になりたかった。
 だから、好きだと打ち明けたのだ。なにが好きでなにが嫌いか、自分の気持ちや感じることを意思表示しないと、他人とはうまくやれない――というのが、短い人生で紀里斗が学んできたことだ。彼を好きになったのだって、普段は見せない心の中を教えてもらえたからだ。
 生まれて初めて勇気を振り絞った告白を、相手は喜ばなかった。
「やっぱおまえってそっちなんだ? そうじゃないかなーって思ってたんだよな。だからみんなで賭けしてたんだ。優しくしてやったら告白してくるかどうかって」
 半笑いでそう言われて、頭が真っ白になった。呆然としていると、彼は続けて言った。
「紀里斗って親に捨てられて施設にいるんだろ? そういうやつって歪んでそうだもんな、俺は理解できるよ、おまえが同性愛者でもさ」
 くしゃくしゃ頭を撫でられて、身体が揺れた。凍りついたように動けない紀里斗を覗き込んだ彼は、意地悪な笑みを浮かべていた。
「でも恋人はないから。おまえとキスとかセックスとか、気持ち悪い」
 その日、どうやって学校から帰ったか、今でも思い出せない。翌日から、教室での彼はこれまでと変わらない態度だったけれど、二人きりで過ごすことはなくなって、かわりにほかの友達と、ときどき紀里斗のほうを見て笑ったりしていた。紀里斗は極力気にしないようにした。暴力をふるわれたわけでも、ひどいいじめを受けたわけでもない。ただの失恋だ。
 ただ、彼にとっての紀里斗が、暇つぶしの道具のようにどうでもいい存在だった、というだけ。
 何度も自分にそう言い聞かせ、けれど結局、あれから一度も恋をしたことはない。以前と同じく、自分の話を他人にすることは苦手に逆戻りしてしまった。
 たしかに、気持ちや意見を明らかにしなければ、好かれたり大切にされたりすることはないのだろう。でもそれ以前に、相手の本音が見抜けなければ、紀里斗だけ心をひらいても無駄なのだ。
 あれほど仲良しだと感じた同級生だって、本音では紀里斗を軽蔑していただけなら、他人が胸の内でどう考えているかなんて、紀里斗にはわからない。だから、奨学金で通った大学でも、会社でも、親しい人は作らなかった。
 嫌われたくはないから、よけいな口出しはせず、争いや喧嘩は極力避けた。かわりに頼まれたことは断らずに引き受けるように気をつけて、善良で他人に迷惑をかけない、「いい人」を目指してきた。そのほうが自分でも気分がいいし、誰かの役に立てれば嬉しかったからだ。
 目立たない存在でかまわない。大切な家族や恋人がいなくても、日々ささやかな楽しみはあるし、悪くないと思える瞬間だってある。ネットで楽しい小説や漫画を読んで、たまにおいしいものを食べて、散歩して可愛い犬を見て、いいな、と思えれば十分だった。
 老後までこんな感じで生きていくのだろう、とぼんやり考えていたのだが、まさか転生するなんて。
(夢を見ているだけっていう可能性が、一番高いけどね)
 紀里斗は貯蔵庫の中で、棚に並んだ瓶を眺めた。乾燥させた葉や種、液体に浸けられた根や花。鉱石や動物の毛みたいなものも、種類ごとに整然と並べられている。薬草を持ってこい、としか言われていないので、どれを持っていけばいいのか全然わからない。ふと思いついてポケットを探ると、文字らしきものが書かれた紙片が出てきたが、まったく読めなかった。
 紀里斗が目覚める前の「キリト」は薬草に詳しかったのだろうか。長年仕えているとゴートンが言っていたから、助手みたいなこともしていたのかもしれない。
 メモと瓶とを見比べてなんとか思い出せないか、と頑張ってみたが、無理だった。ディートフリートに関して紀里斗が知っているのは、物語に書かれていたことだけだ。
「本当は、ネザーランの王子のオリヴィエ様のことが、好きなんだよね……」
 ディートフリートは大学時代、親友としてともに過ごしたオリヴィエを愛してしまったのだ。だがオリヴィエはいずれ王になる身で、ディートフリートも領主として、妻を迎えなければならない立場だ。愛せない女性と一生をともにすることになるくらいなら、愛する人の妹と結婚し、彼と家族になりたい、と願う。
 一方リリアーナ姫のほうは、結婚の時期を迎えて、隣国の貴族たちの中から夫を選ばなくてはならない。だが以前から好きなのは茶師の若者で、身分違いの恋をしているのだった。
 ネザーランやノルスリアは平和で、お茶の時間を大切にする文化なので、よい茶葉を選んでブレンドし、おいしく淹れることのできる茶師は尊重されているが、貴族ではない。リリアーナが恋する茶師も、二国の貴族のお茶会にひっぱりだこの人気者だけれど、平民だ。姫とは結婚を許されるはずのない身分で、普通ならば貴族が恋敵と認定する男ではない。それでもリリアーナが自分を選びそうにないと気づいたディートフリートは、毒薬を使って茶師を陥れ、記憶を奪って遠い異国へ送ろうとする。
 リリアーナ姫が企みに気づいて阻止したおかげで、ディートフリートは名声と婚約者候補の資格を失うだけでなく、オリヴィエにも失望されてしまうのだ。
(あのシーンはオリヴィエ様も可哀想なんだよね。この世で一番信頼していて、生涯親しくしていける相手だと思っていたのにって、ディートフリート様の手を握るんだ。なぜこんなことをって問いただすオリヴィエ様に、ディート様は結局自分の気持ちを打ち明けなくて……)
 読みながらもどかしい思いをしたものだ。紀里斗はせめて物語の中でくらい、みんなが幸せになってほしかった。現実ではありえないハッピーエンドも、作者が創造した世界でなら可能なはずだ。ディートフリートが出てくる物語を書いた作者は、前の作品では読後にいつまでも幸福感が続くような終わり方だったので、大好きになった人だった。
 今回の話も面白くて好きだったけれど、ディートフリートに関しては救済編があったらいいな、と思っていた。絶対ディートフリートとオリヴィエで優しいBLにしてほしい。
 お似合いのカップルだもん、と挿絵を思い出し、紀里斗ははっと気づいた。
「物語の中に転生したんだとしたら、僕がディート様とオリヴィエ様をくっつけることだって、できなくはないよね?」
 腕を組んで、棚と棚のあいだを歩きまわる。今はまだ、ディートフリートは過ちをおかす前だ。リリアーナ姫と茶師の彼がちゃんと両思いになれるよう見守るとして、その一方でディートフリートとオリヴィエをくっつけることだってできるのではないだろうか。
(勝手なことをすると物語が変わっちゃうのかな? でももうあっちでは完結してたんだし、転生したんじゃなくて夢なら、僕が好きな結末だっていいはずだ)
 もし転生したのだとしたら、あちらでの紀里斗の命は尽きた、ということだ。死んでしまったと思うと、少し残念な気がした。
「ほんとになんにもない人生だったよね……」
 二十四年生きてきて、家族も恋人も、親友もいなかった。周囲の人たちとはいつもほんのりと距離があり、紀里斗を「紀里斗だからこそ」と必要としている人はいない。死んでも本気で悲しむ人はいないだろう、と考えて、会社で最後に話した先輩の顔が脳裏に浮かんだ。
 加茂という名のその男性は熱血漢で、転勤でやってきて以来、何度も紀里斗に声をかけてくれた。それが却って紀里斗には不安で、避けるような態度を取ってしまったせいで、ぎくしゃくしていたのだ。不満や意見があるなら言えと言われても、なんでもないです、大丈夫です、と逃げるだけの紀里斗に、先輩は失望した様子だった。
 今ごろ、自分が頼んだ用事の最中に紀里斗が死んだことを知った先輩は悲しんでいるだろうか。それとも、厄介なやつだと腹を立てているだろうか。
 怒っていたら申し訳ないとは思うけれど、親しげにされても、打ち解けて仲良くなった先を想像するのが、紀里斗は怖かったのだ。高校のときの二の舞になるのでは、とどうしても身構えてしまった。理性では、たった一度の失敗で萎縮したままだなんて情けない、と考えても、結局人と関わることからは逃げた。
 でも、突然死ぬとわかっていたら、もうちょっとできることがあったかもしれない。後悔は普通取り返しがつかないけれど、幸いにも転生したのであれば、やり直すことができる。
(僕は、チャンスをもらったんだ)
 好きだった世界に入れるなんて、人生で一番のラッキーだ。しかも、この作品では最も好きなキャラのそばに転生できている――モブだけれど。
「よし。やれるだけのことはやってみよう」
 ぎゅっと拳を握りしめて、紀里斗はなにも取らずに貯蔵庫を出た。
 ここでの紀里斗の強みは、各キャラがどんな人生を送ってきて、どんなことを感じているかを知っていることだ。もちろん、それぞれに書かれていないこともあるだろうけれど、気持ちや考え方をわかっているから、すれ違いを極力なくすことができる。
 紀里斗自身も、現実世界のように、相手の気持ちがわからずに黙ってやり過ごす必要はないのだ。
 あの二人を両思いにするにはどういう方法がいいか――と真剣に考えながらお城のような館へと戻り、さきほどディートフリートが入っていった部屋のドアをノックする。
 不機嫌そうな「入れ」という声を聞いて中に足を踏み入れると、書斎のようで、壁一面が本で埋めつくされていた。ディートフリートは一冊の本を片手に歩き回っていて、紀里斗を見るとたちまち渋面になった。
「私は薬草を持ってこい、と命じたはずだが?」
「持ってきませんでした。僕はディート様に、魔術を悪用してほしくありませんから」
 怖いくらい美しい目を見つめて言い放つと、ディートフリートは虚をつかれたような顔をした。
「ディート、様?」
「はい。ディート様は毒薬を作って、自分がそれを盛られたふりをして、茶師のエドモンドに罪を着せ、異国へ追放するときには魔術で記憶を奪うつもりなんですよね?」
 ディートフリートの目が、今度は驚愕に見ひらかれた。
「なぜそれを――」
 小説を読んでいたからです、とは言えないので、紀里斗は彼に歩み寄った。
「ずっと見てきたからです」
 そばに行くと彼の背が高いのがよくわかる。三歩ほどの距離まで近づいて見上げるあいだ、ディートフリートはずっと硬直していた。
「魔術を悪用してもリリアーナ姫の心は射止められないし、オリヴィエ様のことも悲しませてしまいます。彼への恋が叶うどころか、二度と会えなくなるなんて、いやでしょう?」
「……オリヴィエのことも、わかっているというのか?」
 紀里斗が頷くと、苦しそうにディートフリートが顔を歪めた。
「下っ端の雑用係に見抜かれるくらい、私の気持ちは見え見えだったということか」
「い、いえ、ほかの方は気がついてないと思います」
 慌ててフォローし、紀里斗は思いきって膝をついた。
「僕、この世界ではあなたが一番好きなんです。だからディート様の気持ちにも気づけたんだと思います」
 ディートフリートの目が再び見ひらかれた。
「この世で、一番だと……?」
「はい。好きなところ、いっぱいあるんです。幼いころから才能を発揮してきたのに、誰よりも努力家なところとか、魔術で人を傷つけることは禁止されているからって、武術の鍛錬も怠らないところとか。それに、髪も綺麗だし、背も高くてかっこいいなって思ってました」
 なんとか了承してもらおうと、紀里斗も必死だった。すがるように見上げると、ディートフリートは見慣れない生き物でも見るように見つめてくる。
「好きだ、というのは偽りなく本音か?」
「もちろんです」
「……いつから?」
「ええと……ディート様が大学に通っていたときくらいから、ですね」
 オリヴィエへ寄せる恋心に感情移入して好きになったので、嘘ではない。
「オリヴィエ様と結ばれてくれたらどんなに素敵だろうって、毎回、じゃなかった、毎日思ってたくらいです」
 にこっとしてみせると、ディートフリートは呆然とした口調で呟いた。
「毎日、そばに仕えながら想っていたのか……」
「はい。だから手伝わせてもらえませんか? ディート様とオリヴィエ様が結ばれるように、頑張りたいんです」 
「手伝う? おまえが?」
「だって、オリヴィエ様のことを好きなディート様、素敵ですから」
 大きく頷くと、ディートフリートはゆっくりとまばたきをした。
「私のことが好きで、その上で私がオリヴィエを愛していてもいいと、おまえは言うのか?」
「はい!」
 今度は二回頷いてみせる。ディートフリートはしばらく黙って紀里斗を眺めていたが、やがて寂しげな顔つきになって、背を向けた。
「おまえの気持ちは嬉しい。だが、私とオリヴィエが結ばれるなどありえない」
「ありえなくはないと思うんです。だってオリヴィエ様もネザーランの国王や王妃も、最後にはリリアーナ姫の恋を認めるんですよ? いくら人気があるとはいえ、王女が平民の茶師となんてって、反対することもできるのに」
「認める? 私は聞いていないぞ?」
 驚いたように振り返られて、しまった、と焦った。
「も、もちろんまだ認められてはいませんけど、園遊会で見かけたとき、国王ご夫妻はそういう方たちかなって感じたんです。それにオリヴィエ様には大学のとき、女性同士で恋人になった友達がいたじゃないですか。身分違いや同性だからって頭ごなしに反対するとは思えません」
「それはそうかもしれんが……」
 ディートフリートの視線が、再び怪しむように何度も紀里斗を眺め回した。
「オリヴィエは次期国王なんだ。姫が平民の男と結婚するのは許されたとしても、私が――男が王の伴侶では、ネザーランの国民が納得しないだろう」
「そこは時間をかけて、ディート様とオリヴィエ様が真摯に愛しあう姿を認めてもらうしかありません」
「真摯に愛しあったくらいで認められるなら、誰も不幸にはならん。オリヴィエは次の王を残さないとならないんだぞ」
「必ず認められるわけじゃないかもしれません」
 跪いたまま、紀里斗はにじり寄ってディートフリートを見上げた。
「でも、オリヴィエ様が女性と結婚してお世継ぎが生まれたとしても、彼の代がどうなるかは誰にもわかりません。次の王はリリアーナ姫のお子さんでもいいんですし、お二人の従兄弟にも王位継承権があるんですから、事前に決めておけば、無駄な争いだって避けられますよね。一番大事なのは、自分にできるあいだだけ、よりよい治世を敷くことじゃないでしょうか。きっと次の代も、今も、冷たい人や悪い人ばかりじゃないはずです。ディート様は、もっとこの世界の人を信じてもいいと思います」
「――」
 なにか言いかけたディートフリートは、ため息を漏らして顎に手を当てた。 
「信じろ、か。そんなふうに考えたことはなかったな。どんくさくてぼーっとした雑用係だと思っていたが、実は聡明で観察眼が鋭かったのか」
「い、いえ、それほどでも」
 力強く意見できるのは、ディートフリートやオリヴィエ、リリアーナの気持ちをよく知っているからだ。けれど、現実世界では真逆だった。
 もう一度傷つくことが怖くて黙ってばかりで、いつも人の機嫌や本音を気にしていた。傷つくくらいなら寂しいほうがましだった。本当は心のどこかで、親しい友人と気兼ねなく話したり、恋人と愛情を交わしあったりできたら幸せだろうな、と憧れていたのに、できなかった。
 だからディートフリートが好きだったのだ。募らせた恋心を伝えることができず、間違った選択しかできない不器用さが、似ている、と感じたから。
「――僕、ただディート様に幸せになってもらいたくて」
 小さな声で言った紀里斗に、ディートフリートは目つきをやわらげて微笑した。
「幸せになってほしいと言われたのは初めてだ。知らなかったぞ、おまえがそれほどまで献身的だなんて」
「す、すみません、いきなり」
「いや、かまわない。言われて目が覚めた。たしかに私はどうかしていたようだ」
 袖と裾を翻して、ディートフリートは窓際に向かった。窓の外を眺める横顔は、考え込むように憂いを帯びていた。
「リリアーナ姫と結婚すれば、オリヴィエとは義兄弟だ。それが最良の選択だと思っていた。だが、この私が魔術の悪用を考えるとは」
「きっとそれだけオリヴィエ様のことを愛していて、寂しかったんですよ。お父様も弟さんも亡くされたんですし」
「ああ……そうかもしれない」
 振り返ったディートフリートは広い部屋を見渡した。美しい庭園も建物も領主の住処に相応しいが、ここに住むのはディートフリートだけだ。彼の継母のシーラという女性が悪い魔術師と結託し、ディートフリートの父、エッカルトと弟を毒殺してしまったからだった。事実を知ったディートフリートは自らシーラを捕らえ、国の憲兵へと引き渡して領主となったが、同時に孤独になってしまった。
「普通なら、友人でいられればいいと納得するべきだったのだろう。でも、私はもっと特別な間柄になりたかった。オリヴィエは子猫のように愛らしく、天使のように美しいが、中身は凛々しくて、一国の王に相応しい。だからこそ、支えになってやりたかった。誰にも打ち明けられない苦しみを、私だけはわかちあえたらと」
 ディートフリートはそう言うとため息をついた。
「愚かな願望だ。リリアーナ姫には候補から降りると伝える」
「その前に、リリアーナ様が本当に好きな人と結ばれるように手助けして、その上でオリヴィエ様に告白してみる、というのはどうですか?」
「いや。おまえは励ましてくれたが、常識的に考えて、告白はするだけ無駄だろう。オリヴィエは私のことを、そういう相手として意識したことはないはずだ」
 紀里斗は立ち上がって、胸の前、両手で握り拳を作った。
「でも、言わずに諦めるよりいいと思うんです。心から望む相手と生涯添い遂げることが、実現不可能なおとぎ話だとは、僕は思いません」
「――おまえ、その言葉、」
「ええ、ディート様はリリアーナ様に実現不可能だって言いましたよね。だけど現実にも、愛する人と結婚して一生幸せなご夫婦はいるじゃないですか。それがディート様にできないはずがないです。告白したとしても、オリヴィエ様なら二度と会ってくれないとか、友達でいられなくなることはないと思います。彼にとっても、ディート様は唯一の親友だもの」
 オリヴィエは家族思いで、心を許した数少ない友人のことも、家族のように大切にしている。魔術を悪用してしまったディートフリートを責めることなく、ただ悲しむのだ。大事な妹の心を傷つけられそうになったにもかかわらず。
「オリヴィエ様がディート様のことを嫌いになることは絶対ないと思います」
 言い切ると、ディートフリートはたじろいだように顎を引いた。
「おまえやっぱり、予言の才能があるんじゃないのか?」
「い、いえ、これも観察をしていた結果というか、ディート様が好きだからというか……」
 笑ってごまかした紀里斗を、ディートフリートは眩しいものを見るような目つきで見つめた。
「残った使用人が雑用係と料理人、それにがさつな庭師だけで落胆していたが、見直したぞ。――おまえがいてよかった」
 よく響く艶のある声で言い、ディートフリートは思い出したように首をかしげた。
「そういえば、おまえは名前はなんという?」
 知らなかったのか、と苦笑しそうになった。長年そばにいても、名前を呼ぶ必要もなかったモブなんだな、と改めて実感しつつ、笑って答える。
「キリトです」
「キリトか。いい名前だ」
 重々しく褒めてくれたディートフリートは、紀里斗を手招いて長椅子へと座らせた。自分は向かいの、ひとり掛けの大きな椅子に腰を下ろす。
「それで、私とオリヴィエのこと、具体的にはどうするのがいいと思う?」
「はい。ディート様はもともと、姫とオリヴィエ様を招いて、都でお茶会をされる予定でしたよね。茶師のエドモンドにお茶を淹れてほしい、と言って」
「まだ話していない計画も、おまえは見抜いていた、というわけだな」
 再度感心したように唸ったディートフリートに愛想笑いし、「それをちょっとアレンジするんです」と紀里斗は言った。
「このお屋敷に三人を招いてお茶会にしましょう。その席でリリアーナ姫の恋を後押しして、最後にディート様とオリヴィエ様で庭を散歩して、気持ちを伝える、というのはどうですか? シンプルな方法のほうが、真剣さが通じると思うので」
「エドモンドを陥れるのではなく、応援してやる、ということか。まあ、それくらいはしてやってもいいだろう。園遊会のときは意地の悪いことをしてしまったから、その詫びだ」
 意外とあっさり頷いたディートフリートは、「ただ問題は」と言いながら、窓の外を指した。
「これからの時期ならば庭での茶会にすべきだが、今の状態ではとても客は呼べない。かといって室内もこの有様だ」
「そういえば、なんだかがらんとしてますよね」
 紀里斗も部屋を見回した。窓枠や桟など彫刻が見事だが、家具、装飾品はほとんどない。
「あの毒婦の仕業だ。私が当主になって自分の身が危ないと知ると、美術品や宝石、家具を盗み出した上、捕まったあとも獄中から人を雇って食器まで盗ませた」
 天涯孤独になっただけでなく、財産まで奪われたということだ。ひどすぎる、と紀里斗は顔をしかめた。
「そういうのって、窃盗で捕まったりしないんですか?」
「もう捕らえられているからな。罪は上乗せになるが、売り払われたものが戻ってくることはないだろう。私ひとりならこれでも困らないんだが」
 たしかに、隣国の王子や姫を招くには相応しくないだろう。よく見れば、部屋のあちこちに埃がたまっている。
「まずは掃除しましょう。時間がかかるかもしれないけど、やるしかないです。家具も揃えて――こういう場合、家具職人とか、商人とかに頼めばいいんですか?」
 お茶会をひらけるのは数か月は先になりそうだ、と思いながら質問すると、ディートフリートがおかしそうに笑った。
「キリトはしっかり者なのに、そんなことも知らないのか?」
「だって、貴族の方の家具事情なんて、知る機会ないじゃないですか」
 小説にはそんなこと書いてなかった。赤くなると、ディートフリートは紀里斗を促して部屋を出た。
「都から腕のいい職人を招こう。たしかにこれでは、母上も悲しみそうだ。――そんなことにも気が回っていなかったな」
 なにも飾られていない壁を見つめる横顔は優しく見えて、紀里斗はどきっとして胸を押さえた。表情がほんのりあたたかみを帯びると、本当に綺麗な人だ。好きなキャラクターが目の前にいるなんて、と改めて感激してしまい、そそくさと踵を返した。
「じ、じゃあ、僕は掃除してきますね!」
 ゴートンに掃除道具の場所を訊くために庭に向かいながら、赤くなりかけた頬を押さえる。
(やっぱり、すごくラッキーかも)
 転生(仮)先が大好きなキャラのそば、というのはかなり贅沢だ。普通の人間だし、国中から嫌われている罪人とかじゃないし、赤ちゃんでもない。せっかくだから楽しく過ごそう、と思うと、うきうきしてきた。
(ディート様には、絶対絶対幸せになってもらおう)


この続きは「転生モブ召使いだったのに、ご主人様に求婚されるなんて聞いてません」でお楽しみください♪