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孤独を知る魔法使いは怜悧な黒騎士に溺愛される

火崎 勇 / 著
稲荷家房之介 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-678-2
サイズ 文庫本
ページ数 272ページ
定価 836円(税込)
発売日 2024/06/18

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内容紹介

本当は君を壊れるほど抱き締めたい
類を見ない程の魔力量を持ち、麗しい美貌ながらも天涯孤独のエリューンは、家族のように接してくれる護衛騎士のトージュに惹かれるが、彼が側にいるのは王太子オーガスから命令されただけと知ってしまう。心に鎧を纏い魔術の研究に没頭するも、魔力枯渇を起こしたエリューンに、トージュは魔力供給を理由に覆い被さってきて!? 「可愛すぎて困る」興奮する躰への愛撫で絶頂へ追い上げられて、エリューンはその腕に縋るしかなくて……。クールな護衛騎士×希代の魔法使いの溺愛
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

エリューン

美貌の魔法使い。類を見ない程の魔力量を持ち、王太子専属の魔法使いになる。

トージュ

王太子オーガスの護衛騎士。膨大な魔力を持つエリューンの護衛を行う。

立ち読み

 その日まで、私は幸福だった。
 ルスワルド伯爵家の長男として生まれ、優しい両親と五歳年下の可愛い弟、親身になってくれる召し使い達に囲まれて穏やかな日々を過ごしていた。
 ルスワルド家は魔力に長けた家で、父も魔法が使えた。
 なので私も五歳の時に魔力測定を受け、魔法使いの資質ありと判定されていた。しかも保有魔力が多いので、是非魔術の塔に来るようにと誘われた。
 けれど父は子供のうちは手元で育てたいからと、私を家に置いてくれていた。
 魔術の塔とは、王城に隣接する有能な魔法使い達の集まる場所で、王都から離れた領地で暮らす私にとって遠くて恐ろしい場所のように思えた。
 だから手放さずにいてくれた父に感謝していた。
 弟のロイアンスが生まれた時は、この世の中にこんなに可愛い存在があるのかと喜んだ。
 私や父と同じ銀色のふわふわな髪、瞳の色は紫色の私や父と違い、母に似て緑だけれど真ん丸でキラキラして。歩けるようになるとどこへでも私の後を付いてきた。
 喋れるようになると、私のことを『エルにーたま』と呼んだ。
 まだ舌が短くて『エリューン』を『エルーン』と言ってしまうからだ。
 それがまた可愛くて、ちゃんと喋れるようになっても『エル兄様』と呼ばせていた。
 私を『エル』と呼んだのは、後にも先にもロイアンスだけだ。
 私は、ロイアンスを『ロイ』と呼んでいた。これは両親も一緒だ。
 私が十歳になった時、魔術の塔から先生が派遣されてきた。
 魔力は誰にでもあるもの。けれどその量は個人によって違う。
 人間の身体を樽に譬えると、そこに入っている水が魔力で、蓄えている水の量に個人差があるということになる。でも空っぽの人はいない。底にほんの少しだけでも、魔力はあるものなのだ。
 けれど魔法を使えるのは一握りの人間だけ。
 それは魔力を放出する蛇口が樽の上の方に付いていて、水がそこまで蓄えられていないと蛇口を捻っても水が出ないように、魔法は使えないからだ。
 そして蛇口から水が出せるようになったら、適量を取り出す方法を覚えなければならない。
 水を出し過ぎれば樽が空になり、死んでしまう。水は生きるのに必要だからそこにあるのだ。反対にたくさん水があるのにちょっとしか出せないのはもったいない。
 だから蛇口の開け方、締め方、つまり魔法を覚えなければならないのだ。
 魔術の塔からやってきた先生は、私の魔力量は多く希代の魔法使いになれるだろうから、早急に魔術の塔へ来るようにと言って帰っていった。
 父も、それがいいだろうと言い、私も同意し、夕食の席でそれを皆に説明しようということになった。
 執事は先に話を聞いていたので、夕食を門出の祝いの席とし、何も知らないロイアンスはいつもより豪華な食卓に喜んでいた。
 けれど……。
 父が私が王都の魔術の塔へ迎えられ、この家を離れると説明した途端、ロイアンスは癇癪を起こした。
 元々気性の激しい子だが、いつもなら可愛い我が儘と笑って済ませられたのに、その時は火が点いたように叫び続けた。
「や、なの! エル兄様はずっとここにいるの! ロイを置いていかないの!」
 母やメイド達が、お休みには戻ってくるとか、いつかロイアンスを王都に連れて行ってあげるからと執り成しても、彼の癇癪は収まらず、終に父が声を荒らげた。
「いい加減にしなさい!」
 その時だ。
 ロイアンスの身体が青く発光した。
 銀色の髪も青みがかって逆立つ。
「ロイアンス!」
 父が弟の名を呼んだけれど、ロイアンスは一声叫んだだけだった。
「いやなのーっ!」
 小さな身体が燃え上がる。
 物凄い風を感じて、反射的に習ったばかりの防御結界を張った。
 母はロイアンスの小さな身体を抱き締め、父は弾き飛ばされ、召し使い達が逃げ惑い、テーブルの上の料理も、テーブル自体も舞い上がる。
 部屋の中で嵐が巻き起こったようだった。
 次の瞬間、私以外の全員がロイアンスと同じ炎に包まれ、天井が崩れてきた。
「……エ…さ…ま……」
 強い衝撃の中、微かにロイアンスの声が聞こえた気がした。
 けれど私はそれに答えることができなかった。
 結界を張ったとはいえ、まだ未熟な魔法では全てを防ぐことができなかったのか、飛ばされ、どこかに身体を打ち付けて気を失ってしまったから。
 その後は、夢の中を彷徨っているようだった。
 目を開けても続く真っ暗な闇。
 聞いたことのない人の声。
 馬車の音。
 目を開けると今度は光があったが、最初は焦点が合わず自分がどこにいるのかもわからなかった。何度か目を開ける度に目に入るのは違う風景だった気がする。映る色が違ったので。
 父と母はどうしただろう。
 ロイアンスは?
 あの光景は夢? 現実?
 身体の痛みが引き、はっきりと目が見えるようになると、視界に数人のローブを着た大人達が私を見ているのが映った。その中には王都から来ていた魔法使いの先生もいた。
 彼等は冷たい声で何が起こったのかを説明しろと詰め寄った。
 私は自分の見たものが夢か現実かもわからないと言ったのに、容赦なく質問が飛び、何度も同じことを説明させられた。
 彼等にも、何が起こったかわかっていなかったのだろう。
 尋問のような質疑が終わった後、魔力を回復させるという薬を飲まされてやっと落ち着くことができた。
 見知らぬベッドに寝かされ、上品だけれど愛想のない召し使いに世話をされ、誰も何も説明してくれないまま変わらぬ日々が過ぎてゆく。
 この頃になると、私は何となく理解してきた。
 ここがどこだかはわからないけれど、あの光景は夢ではなかったのだと。
 家族や召し使い達が生きているのか死んでしまったのかすらわからないけれど、あれは実際に起こったことだったのだ。
 ベッドから起きられるようになったけれど部屋からは出してもらえないまま数日が過ぎた後、朝から礼服に着替えさせられた。
「何があるのですか?」
 どうせ答えてはもらえないだろうと思ったのだけれど、着替えを手伝ってくれたいつもより愛想のある召し使いはあっさりと答えてくれた。
「オーガス殿下がエリューン殿のお見舞いにいらっしゃるのです」
「殿下……、第一王子のオーガス様が、ですか?」
「はい。くれぐれも粗相のないように」
「……はい」
 ドキドキした。
 私はまだ社交界に出たことはなく、王族と見えるのはこれが初めて。
 第一王子といえば、雲の上の方ではないか。その方がわざわざ私の見舞いにいらしてくださるなんて。
 緊張しながら待っていると、侍従の先触れがあって、その方は現れた。
 真っ黒な髪の、威風堂々とした青年は立ち上がって挨拶をしようとする私を手で止めた。
「座っていろ。まだ身体が本調子ではないだろう」
「……お気遣い、ありがとうございます」
 私の正面に王子が座り、彼の背後に彼と同じ歳くらいの、やはり黒髪の青年が立つ。きっと側近だろう。
 そして少し離れた椅子に屋敷を訪れた魔法使いと、彼よりも立場が上そうな老齢の、ローブを着ているから恐らく魔法使いであろう白髭の男性が座った。
「エリューン・ルスワルドで間違いないな?」
「はい」
「俺が誰だか聞いたか?」
「オーガス第一王子殿下であらせられます」
「堅苦しい言い回しはいい。わかってるならよく聞け。お前の身柄は城で預かることにした」
 殿下が言うと、魔法使い達はピクリと頬を緊張させた。けれど何も言わない。
「お前の身に何が起こったかはわかっているな?」
「……いいえ」
 私が答えると、殿下は魔法使い達を振り向いた。
「説明していないのか?」
「幼い身には憐れかと思いまして……」
「いずれ知るなら教えるべきだ。怠慢だな」
「申し訳ございません」
 視線を私に戻し、彼は青みがかった黒い瞳を私に向けた。
「お前の弟が魔力暴走を起こして、お前の屋敷は崩れ去った」
 膝に置いた手が、意図せず震える。
 やはりそうだったか。
「家族や召し使い達はどうなったのでしょう……」
「全員亡くなった。遺体の損傷が激しく、葬儀は領地で既に済ませている。よって、お前が今代のルスワルド伯爵だ」
 亡くなった……。
 屋敷も崩れた。
 葬儀も終わっている。
 あまりの出来事に言葉が出ないでいると、殿下の背後にいた青年が殿下に何事かを耳打ちした。殿下が頷き、青年が出て行く。
「マードルがお前を見に行った時、お前の魔力量の多さに驚いたそうだ。ルスワルド伯爵は魔法が『使える』という程度だったが、息子のお前は是非魔術の塔に招聘したいと思うほどだったらしい。だから、弟の魔力測定をしなかった」
 マードルとは、屋敷を訪ねてきた魔法使いの名だ。
 先生と呼ばれるほど地位のある人を呼び捨てにすることで、上下関係を印象付けている。
「お恥ずかしい限りです。ですが、ルスワルド伯爵はエリューン殿を正しく導いておいででしたので、安心しておりました。弟殿が十歳になったら、同じように測定に向かおうと……」
「目の前に逸材がいたからと浮かれたわけだ。測定だけでもしておけば悲劇を免れることができたかもしれないのに」
 殿下が、マードル先生の言葉を遮って辛辣に言い放つ。
「だが、エリューンに防御結界を教えていたことだけは褒めてやろう。どうせどこまでできるか試してみたいという好奇心からだったのだろうが、彼の命が救えた」
 そこへ先ほどの青年が戻ってきて、私に近づくとカップをテーブルに置いた。
「飲みなさい。大人ばかりで緊張するだろう。身体が温まる」
「……ありがとうございます」
 お礼を言って一口飲むと、自分で思っていた以上に喉が乾いていることに気づいた。
 渇きではない。口の中が乾いていたのだ。
 青年は私がカップに口を付けたのを見ると、再び殿下の背後へ戻った。
 どうやらさっき耳打ちしていたのはこのミルクを取りに行くために席を外す許可を取っていたらしい。
 殿下はちょっと怖いけれど、この人は優しい人なのかも。
「エリューン。お前の今後のことだが、嫡男が生きている限り、ルスワルド伯爵家はお前が継ぐことになる。だがお前はまだ十歳だ。保護者が必要だし、領地の経営は難しい。魔術の塔もお前を必要としているようだ。なので、領地を含めてお前を王家の預かりとする」
「殿下!」
 マードル先生が異論を唱えるように声を上げる。
 けれど殿下はそのまま続けた。
「魔術の塔の連中によると、お前には類を見ないほどの魔力量があるらしい。幼く、爵位と領地も持っている上、容姿も少女と見まごう美しさだ。となればよからぬ考えを持って近づく者も出てくるかもしれない。希代の魔法使いになるかもしれない者は大切にしないとな。だから正式に王家の預かりとする」
「……あなたを守るために王家が後ろ盾になる、という意味です」
 殿下の言葉を、背後から件の青年が補足してくれた。
「とはいえ、魔法の習練は積まなくてはならないだろう。なので、エリューンの住まいは城と魔術の塔の両方に置く。魔法の勉強が嫌になったら、城へ戻ってくればいい。生活にかかる費用はルスワルド領の収益から出す。」
「ありがたいほどの厚遇でございます。心より感謝いたします」
「堅苦しい挨拶はいいと言っただろう。俺には既に弟が一人いるが、これからはお前も弟のようなものだ。もっと気軽に話せ」
「それは……」
「初対面の殿下に気軽に話せるわけがないですよ」
 後ろからツッコミが入る。
 側近として長いのだろうか? 遠慮がない気がする。
「それもそうだな。ああ、言い忘れた。こいつはトージュ・ウェリード。俺の側近だ」
「初めまして、エリューン。私のことはトージュで結構です。家名で呼ばれると父と混同しますので」
 トージュと名乗った彼は、胸に手を当てて軽く礼をしてくれた。
「はい、トージュ様」
「後のことはマードルに任せよう。わからないことや困ったことがあれば俺に言え。そこらを歩いてる侍従に『会いたい』と伝えれば届くようにしておく」
「殿下では気後れするようでしたら、私を呼んでくださっても結構です」
「お前が呼べるなら俺も呼べるだろう。一緒にいるんだから」
「身分が違います」
「……王子なんて面倒だな」
「殿下」
 殿下が愚痴を零すと、すぐにトージュ様が彼を睨んだ。
 とても仲がいいんだ。
「今暫くは休養に当てろ。薬や魔法で身体は戻っても心まで簡単に戻るわけじゃないだろう。魔法使いの修行は城での生活に慣れてからだ。それでいいな、ゴスト老」
 今度はちゃんと振り向いて、今まで黙って座っていた老人に声を掛けた。
「かしこまりました。ですが、座学等はマードルを通わせましょう。何かしていた方が気が紛れますからな」
「わかった。お前に任せる。来るべき時に向けて、エリューンは貴重な人材だ。くれぐれも大切に扱え」
「心得ております」
 来るべき時って何だろう?
 その説明はしてくれないのだろうか?
「殿下、そろそろ大使との約束のお時間です」
「もうそんな時間か。しょうがないな。エリューン、また来るからな」
 殿下は立ち上がり、右手を上げるとそのまま出て行った。多分、あれは別れの挨拶のつもりだったのだろう。
 王子様ってもっと落ち着いて礼儀正しい人かと思っていたけれど、嵐のような人だったな。
 威厳はあるけれど品位がない? いいえ、品位はあった。知性もあった。ただ……、ヤンチャな若獅子みたいな感じ?
「さて、エリューン殿。それでは魔術の塔についての説明をいたしましょう」
 殿下が去った扉を見て思考を巡らせている間に、魔法使い二人は正面の席に移動していて話しかけてきた。
「これから、あなたは伯爵ではなく魔法使いになるのです」
 命令のような一言を口にして。



 魔法使いのことは少しだけ父から聞いていた。
 マードル先生がいらした時にも説明は受けていたし。
 魔力のある者は、まず魔法が使えるほどあるのかどうかを査定される。
 魔法が使えるだけの魔力を保持していると、その使い方を教えられる。
 けれど大抵の者は『魔法が使える者』と呼ばれ、『魔法使い』とは呼ばれない。
 魔法使いと呼ばれるのは、魔術を自在に扱える者だけなのだ。ほんの少し火が灯せる、風を起こせる程度では、少し走るのが早いのと大差ない。
 その程度なら魔法を使うより自分でやったり道具を使った方が早いし疲労も少ない。
 魔法使いとは、人の力では行えないようなことが出来る人間のことを言うのだ。
 魔法使いと認められたら魔法省に登録し、魔術の塔で学ぶ。
 十歳で城に引き取られた私は、城内に部屋を賜りながら魔術の塔で過ごした。
 自分で言うのも何だけれど、私はとても優秀だった。
 魔力量の多さもさることながら、魔術を学ぶことにおいても。既存の魔法を覚えるだけでなく、新しい魔法も考え出した。
 更に当代の伯爵であり、王家預かり。
 オーガス殿下とは最初のうちはあまり顔を合わせることがなかった。魔力暴走を起こした者の兄を王位継承者に近づかせることを許されなかったのだと、後に本人の口から聞かされた。
 けれど私の魔力が安定すると、第二王子のエルネスト殿下とも交流するようになり、兄弟というほどではないが、幼馴染み程度には親しくなれた。
 オーガス殿下の側近である、あのミルクをくれたトージュ様もよく声を掛けてくれた。
 王族とも親しい優秀な若き期待の魔法使い。
 皆に一目置かれる存在。
 失った過去のことは心に大きな傷を残したけれど、私はまだ子供だったので次第に新しい生活に慣れていった。
 順風満帆。
 まさに凪いだ海を進む船だ。
 十六になるまでは。
 その頃になるともう子供扱いはされず、研究室も与えられ、私は美貌を口にされる青年となっていた。
 魔力は身体に水のように存在する。魔力を多く持つ者は体液、つまり血液や唾液や精液などで他人に分け与えることができる。魔法使いは魔力を使い過ぎると魔力枯渇を起こして、酷い時には死に至ることもあるので、魔法使い同士や、魔力はあるが魔法使いにはなれなかった者が魔力供給者となることもあった。
 薬品で補うこともできるのだが、性的な行為でそれを行うこともある。
 大人と見なされるようになると、そのことでからかわれることも増えた。『私の魔力を受け取って』と。つまりは『性的な行為をして』ということだ。
 魔力量が多い私には必要のない行為ですからと突っぱねれば終わることだけれど。
 女性からの秋波だけでなく、男性からも言い寄られた時には驚いた。
 もっとも、それは女顔だった自分をからかっているだけのことだと思っていた。
 同性の恋愛があることは理解できる。でも女性っぽい男性を望むなら、女性を求めればいい。男性同士で縁を結びたいのなら、男らしい男性を求めるものだろう。だからきっと女性っぽい自分を『女のようだ』と言いたいだけなのだ。
 私は家族の思い出を残すように髪を伸ばしていた。全てがなくなってしまって、家族との絆は自分だけだったから。
 その髪が腰まで伸びて、女性のようだと言われる一因となっていたのだけれど。
 銀色の髪に触れていると家族に甘えているような気分になれた。ベッドの中、広がった長い髪に埋もれると安心して眠れた。
 ずっとずっと伸ばしておこうと思っていた。長くなり過ぎたら女性のように結い上げてしまえばいいのだからと。
『その日』、午後からオーガスがトージュを連れて魔術の塔に視察に来た。
 私の考案した結界の魔法を見たいからと。
 今までは魔法使いが結界を張り続けなければならなかったけれど、魔力を蓄積できる石を支柱として石と石の間に結界を張るというものだ。そうすると、魔法を継続させる力は石から得ることができるので、魔力を多く溜め込める石を礎にすれば結界を長く張ることができるし、石を多く並べればさほど大きくない結界でも数を揃えて広範囲を守ることができる。
 オーガスはその魔法に夢中になった。
 彼は悪意なき横暴さを発揮して、私に何度も魔法を使わせた。
 彼が望んだこともあり、子供の頃より年齢差を感じなくなったのと、彼の尊大さがただの傍若無人だとわかってから、私は彼をオーガスと呼び捨てにしていた。
 嫌なことを嫌だと言うようにもなっていた。
 けれどこの時は、目を輝かせてのめり込むように頼んできたから、ついつい彼に応えてあげてしまった。
 石に魔力を注いだり、何度も結界を張ったり。
 トージュが制止してくれなければいつまでやらされていたか……。
 なのでその日はさすがに私でも疲労を感じ、早々に城の自室へ戻ろうとしていたところ、背後から声を掛けられた。
「エリューン」
 魔術の塔と城を繋ぐ渡り廊下、聞き慣れた声に振り向くと速足で近づいてくるマードル先生の姿があった。
「どうかなさいましたか?」
 早く横になりたいと思っていたので、失礼ながら足を止めずに彼を見る。
「今日の殿下は随分と無理を言っただろう?」
「そうですね。あの方はどこか子供なところがおありですから。私の魔法に興味を持ってくださったのは嬉しいのですが」
 先生は私の隣に並んだ。
「あれは素晴らしい魔法だ。今のところ自在に使えるのは君だけだろうが」
「そんなことはないでしょう。先生もお使いになれるのでは?」
「私では一面か二面張る程度だろうな」
「ご謙遜を」
「本当さ。あの小さな子供がここまで立派になって。殿下のお覚えもよいようだし」
「覚え? ああ、エルネスト殿下を構えない分、私にちょっかいをかけてくることですか? けれど最近はエルネスト殿下とも親しくなさっているようですので、私はお役御免でしょう」
「お二人が仲がよいのは国にとってもよいことだ。そう思うだろう?」
「ええ」
 取り留めのない話。
 魔法を褒められるのは嬉しいけれど、他愛のない話題ならば早く解放して欲しい。
 魔力が不足して、全力疾走を繰り返したように身体が重いのだ。
「いつもより足取りが重いようだね?」
 渡り廊下を過ぎ去り、城内に入ると先生にそれを指摘された。
「さすがの君も、魔力が不足しているのでは?」
「ええ、少し」
「もう魔法は使えない?」
「戻ってまた魔法を披露しろと? 申し訳ありませんが、本日はもう無理です」
「そうか。魔力枯渇を起こしかけているのではないか?」
「いいえ、それほどではないと思います」
 わかっているならこの社交辞令的な会話から早く解放してくれればいいのに。
「いや、君は慣れていないからわからないのかもしれないが、魔力枯渇は急に身体にくるものだ。注意しないと」
「ご忠告ありがとうございます。部屋へ戻って休むつもりですので」
「休むなら私の部屋へ来ないかね?」
「いいえ、早く休みたいので」
「だから、私の部屋で休むといい」
 ふいに肩を掴まれる。
 途端にぞわりと嫌な感じがした。
「私が魔力を供給してあげよう」
「……何をおっしゃってるんです?」
 慌てて身体を振ってその手から逃れる。
「私が君に魔力を与えようと言ってるんだ。エリューンはまだ魔力供給を受けたことがないのだろう? 私が色々と教えてあげよう」
 私を見る先生の目に好色そうな光を見て、寒気がした。
 この人は……、こんな目をしていただろうか。
 出会った時から私の魔力を褒め称え、憧れるような、羨むような視線を向けられていたことは気づいていた。
 でも今彼が私を見る目はそれとは違う。
「さあ、エリューン」
 もう一度私を捕らえようと伸びてきた手を避ける。
「結構です。供給が必要なほど疲弊はしていません」
「もう魔法も使えないくらい疲れたと言っていたではないか」
「大きな魔法は、という意味です。少し休めば戻ります」
「意地を張らなくていいんだよ。君に魔法を教えたのは私が最初だった。魔力供給だって、私が教えてあげる。当然のことだ」
「お断りします」
 はっきりと拒絶を口にすると、彼の顔が歪んだ。
「殿下を望むというのか? 分不相応だぞ」
「何をおっしゃってるんです。私と殿下はそのような仲ではありません」
「ならば私でいいだろう」
「相手がどなたでも、そういうことは必要ないと言っているんです」
 私は彼に背を向けて城の奥へと急いだ。
 魔術の塔と城との廊下は、城からの呼び出しがない限り使う者は殆どいない。平素使用しているのは私ぐらいなものなので、人の気配はない。
 けれど城内の中には衛兵がいるはずだ。
 そう思って背を向けたのだけれど、それが不味かった。
「待ちなさい!」
 彼の手が後ろに靡く私の長い髪を鷲掴みにし、グイッと引っ張る。
「痛っ!」
 バランスを崩して仰向けに倒れそうになり、慌てて壁に寄りかかると覆いかぶさるように彼が身を寄せてきた。
「逃げなくてもいいだろう」
「おかしなことをおっしゃるからです。放してください」
「おかしなこと? これは教育の一環だよ? 君の知らないことを私が教える。ただそれだけのことだ」
「必要ありません」
「君が殿下のお手付きかと心配していたがそうではないようだし、今は抗う力もない。嫌がりながらも防御も攻撃もできないくらい魔力が低下している。それとも、口先だけで嫌がっていて、本当は望んでいるのかな?」
 掴んだ私の髪に唇を寄せてにやっと笑った顔は、もう私の知っている先生ではなかった。
 気持ちが悪い。
「ああ、いい香りだ。エリューンの匂いだ」
 髪に顔を埋めて大きく息を吸った後、彼は魔法を口にした。
「『拘束』」
「『反転』!」
 咄嗟に抵抗の魔法を放ち拘束されることは免れたが、反転して彼を拘束するまでには至らなかった。
 一瞬彼の動きは止まったが、すぐにまたにやりと笑った。
「やはり魔力が落ちているね。肉体の力なら私の方が上だ」
 強い力でそのまま廊下に押し倒される。
「魔力の相性がいいと、これ以上ないほどの快感だそうだ。きっと、私達は相性がいい」
「止めてくださいっ!」
「大丈夫、こんなところではしないさ。部屋へ戻ってゆっくりとしよう」
 興奮したまま魔法を使えば、魔力暴走を起こしかねない。そうなっても今の魔力残量なら弟のようにはならないだろうが、確実に私自身は魔力枯渇を起こして動けなくなってしまうだろう。
 その時この男が無事であれば、いいようにされてしまうかもしれない。
 迷っているうちに、顔が近づく。
「ああ、エリューン。怯えないで。怯えた顔も可愛いけれどね」
 下卑た顔が近づいた瞬間、私の中で何かが切れた。
 もうどうなってもいい。こんな男に穢されるくらいならば、巻き込んで消し炭になった方がマシだ。
 火炎を放つために残っていた魔力を掌に集めようとした時、私とマードルの間に抜き身の剣が差し込まれた。
「そこまでにしていただこう」

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