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王族アルファの花嫁候補

義月粧子 / 著
小山田あみ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-472-6
サイズ 文庫本
ページ数 264ページ
定価 836円(税込)
発売日 2022/03/18

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内容紹介

やっと見つけた、私の運命のつがい
ロックハート財団のクレイグから、双子のオメガは“繁栄を約束する象徴”としてガードナー家が選ばれ、弟の身代わりに花嫁候補になるハルト。クレイグに一目惚れしていたハルトは喜ぶが、寡黙なクレイグに戸惑う。入籍の夜、予定外に発情してしまい、理性の欠片なく獣の欲望だけとなったクレイグに、暴走するまま貪られて……。はしたない匂いを撒き散らすハルトは、クレイグを挑発することしか出来なくてーー。
イケメン王族α×控え目大学生Ωの溺愛オメガバースラブ
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

ハルト・ガードナー

双子のオメガの兄。弟より控え目で目立たない大学生。

クレイグ・ロックハート

大叔母のキャサリンが薦める双子のオメガとの婚姻を受け入れる。

立ち読み

 ハルト・ガードナーを乗せたリムジンは、なだらかな牧草地帯を抜けて橋を渡る。
 川を越えたその先は王族の所有地で、一般には開放されていない。尚も続く牧草地帯を抜けると、車はやがて深い森に入った。
「あ、電波切れた…」
 ずっとスマホに釘づけだった双子の弟のナツキが、眉をひそめる。
 ハルトはそんな彼をちらと見ただけで、視線を再び窓の外に向けた。

「お見合いだって。ウケる」
 数日前、ナツキは両親から今日のパーティの意味を聞かされたときに、そう云って笑った。
 ナツキはオメガとしての自分を満喫していて、自由奔放に生きている。中学生のころから二人は揃って名門校に通い、ナツキはそこでもアルファたちを惹きつけてやまない。
 二人の艶やかな黒髪と黒い眸は、東洋にルーツを持つ遠い祖先の血が色濃く表れている。
 双子でありながら、ハルトはナツキの陰に隠れたような存在だった。
 アルファたちと遊ぶことに忙しいナツキと、読書ばかりしているハルトとでは気が合うはずもなく、特に高校に通うようになってからは、双子であっても一緒にいる時間は殆どない。そして今年に入ってからはハルトが一足先に大学に進学して更に海外留学をしてからは、メールをたまに送るくらいの関係でしかなかった。
 そんなハルトが休暇で実家に戻っているときに、母からパーティの話が出たのだ。
「何云ってるの、お相手はロックハート家のクレイグ様よ」
「ロックハートって、ロックハート財団の?」
 興奮ぎみの母に、ハルトが聞いた。
「ええ。王族とはいえ王位継承権もない自由なお立場で経済活動されていて、社会貢献の面でも高く評価されているわね。とてもよいお話をいただいて光栄だわ」
 母はすっかり夢心地だ。
 ガードナー家はかつては王室に影響力を持つ家柄だったこともあったが、何代か前に事業に失敗してからは体裁を取り繕うのがやっとで、かつての勢いは見る影もない。
 そのガードナー家の跡取りでもある双子の父は、美貌と気品と教養を持ち合わせていたアルファだったが、生活力はなかった。
 今は図書館の館長をしているがそれは名誉職みたいなもので、報酬は四人家族が暮らしていくことすら充分ではなく、母の実家の援助を受けて何とかそれらしい体面を保っていた。しかしこのところ母の実家の家業も右肩下がりで、部屋の修繕すら間に合わないのが実情だ。
 母は最愛の夫のためにもガードナー家の復興を強く願っていて、そのためにも双子のオメガたちを有力者に嫁がせたいと思っていたのだ。
 ハルトは母から渡されたポートレートに目を落とすと、無意識に眉を寄せた。
(なんだろう、この感覚は…)
 忘れていた記憶が揺さぶられたような…。しかしその人物をハルトは初めて見るし、誰かに似ているわけでもない。
 ただ、何か引っ掛かる。引っ掛かるというか、引き寄せられる。
「へえ、イケメンじゃん」
 横から覗き込んだナツキが茶化す。興味津々という顔だった。
 ハルトははっとして、ポートレートをナツキに渡した。
「…ナツキのタイプじゃない?」
 ナツキに云われて、初めて写真の男がかなりのイケメンであることに気づく。
 整った…というだけでは不十分な、見事な造形美。プラチナに近い金髪に碧い眸、如何にも貴族然とした品格が備わっている。
「けど順番でいえば、ハルトだよね。弟が兄を差し置くわけにはいかないし」
「…そうやって面倒を僕に押し付けるな」
 ナツキは贅沢な生活に憧れているが、同時に責任も負いたくないのだ。王族との婚姻となると贅沢は手に入れることはできても、自由度は下がる。イケメン好きで贅沢好きのナツキがこの話に飛びつかないのは、それがネックになっているのだろう。
 一方、ガードナー家の復興にも贅沢な暮らしにも興味のないハルトも、この縁談には乗り気ではない。というか、どんな縁談にも興味はない…はずだった。

 写真を見たときの、記憶を揺さぶられるような感覚、あれは何だったんだろう。
 窓の外の景色を見ながら、再度思い起こす。
「あ……」
 森を抜けた先は広い芝生が広がっていて、遠くに馬が駆け抜けていくのが見えた。
 クレイグ・ロックハート…。
 顔もろくに見えなかったのに、やけに確信的にそう思えた。
 なんだ、この感じは…。
「どした?」
 ナツキがスマホを持ったまま問いかける。
「馬が…」
「馬? あ、接続戻った」
 電波が再び圏内に入ったらしく、ナツキの注意は既にスマホに戻っていた。
 道は馬とは反対方向に進み、すぐに見えなくなってしまった。
 やがて二人を乗せたベントレーは頑丈な門を通り過ぎて、屋敷の前に停まった。
 大きな扉が開いて、執事然とした老紳士が二人を歓迎する。
「お待ち申し上げておりました。どうぞ中へ」
 ハルトは車を降りると、ジャケットのボタンを留めた。
「本日はお招きありがとうございます」
 緊張しながら挨拶をすると、ちらりと弟を見る。
 今日は両親は招待されていない。母は問題児のナツキのことを心配していたが、ハルトは彼の外面が素晴らしくいいことを知っていた。
 案の定、ナツキが特上の微笑みを浮かべて優雅に挨拶をしただけで、冷静沈着なはずの執事が僅かに動揺している。
「…お待ち申し上げておりました。どうぞこちらに」
「ありがとうございます。このお屋敷はチューダー様式なのですね」
「左様でございます。十六世紀のものと聞いております」
「お庭は国立植物センターの教授が保存に関与されているとか」
 それらは、出かける前にハルトがナツキに教えたことだが、ろくに知らないことでも話題にして場を持たせることができるナツキの度胸に、ハルトはいつも感心してしまう。屋敷の豪華さにすっかり気後れしている自分と違って、堂々としたものだ。
 着慣れないスーツに居心地の悪さを感じているハルトに対して、ナツキは女性デザイナーの手掛けたどこか中性的なデザインを自然に着こなしていた。
 広い中庭に案内されると、着飾った紳士淑女が飲み物を片手にあちこちで談笑している。
 その一角では室内楽サロンが催されていて、女主人がパトロネスとなっている演奏家たちがシベリウスを奏でている。
「奥さま、お客様をご案内いたしました」
 友人たちとお喋りを楽しんでいる女主人に、執事がそっと告げる。
 彼女こそが、前国王の妹を母に持つレディ・キャサリンだ。クレイグ・ロックハートの大叔母にあたる。
 同席しているセレブリティたちの目が、一斉に双子に向いた。
 ハルトはさっき以上の緊張で、思わず生唾を呑み込んだ。
「ま、可愛い方」
 女主人の目はハルトを通り越して、ナツキに注がれている。
「ほ、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
 つっかえながら、それでもハルトは何とか挨拶をしてぎこちなく一礼した。すぐさま、ナツキがそれに続く。彼の優雅な振る舞いに、女主人も彼女の友人たちからもほうっと溜め息が漏れる。
 貴族的な立ち振る舞いは、おそらく予習がわりにと先週見ていた王宮ロマン映画の模倣だろうが、付け焼刃を感じさせない程度にはうまく演じていた。
 ナツキの美貌はアルファ男性に強い引きを持つが、アルファ女性の庇護欲もそそる。たとえていうなら、とびきり愛らしい仔猫に会ったときのような。
 そこにいるアルファ女性たちはナツキを取り囲んで、楽しくお喋りに花を咲かせている。
 その陰に、ハルトはすっかり隠れてしまう。とはいえ、それはいつもことで、自分は目立たないようにひっそりしていることが一番だということも知っていたし、その方が気楽でいいと割り切っていた。
 社交はナツキに任せて自分は音楽を楽しんでいたが、ふと何かに呼ばれたような気がして視線を上げる。
 シックなスーツを着た長身の男性が、執事と何やら話をしている。
 どくんと、ハルトの心臓が大きく震えた。
 既に彼に気づいたご婦人たちが、先を競って挨拶する。彼は失礼にならない程度に軽くかわしながら、女主人のところまで移動する。その洗練された身のこなしに、ハルトの目は釘づけになった。にわか仕込みのナツキとはまるで違う。
「クレイグ、やっといらしたのね」
 彼は身を屈めてキャサリンにハグをした。
「すみません。着替えに手間取りました」
「乗馬は楽しめて?」
「ええ、存分に」
 あ、やっぱり…。さっき馬に乗っていたのは彼だったのだ。
 ハルトは運命的なものを感じてしまう。
「紹介しましょうね。こちら、ガードナー家の方々」
 ナツキとハルトをクレイグに紹介する。
「ああ。私の未来の花嫁ですか」
 苦笑しつつも、二人の顔を交互に見た。
「それはお互いが気に入ればの話よ」
「なるほど」
 クレイグはそう云うと、兄と紹介されたハルトに握手を求める。
「クレイグ・ロックハートです」
 ハルトはおずおずと自分の手を出した。
「ハ、ハルト・ガードナーです」
「よろしく」
 爽やかな笑みを浮かべて、差し出されたハルトの手を握った。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
 優雅とはほど遠く、おどおどとした態度で頭を下げながら返す。
「で、きみがナツキ?」
 後ろに控えるナツキに視線を移すと、うっすらと目を細めた。
「はい。よろしくお願いします」
 二人はじっと視線を合わせて、握手をする。
 それとほぼ同時に、ハルトの心臓に何かが刺さったような痺れが走った。一瞬息ができなくなったような気がしたが、それはすぐに収まった。
 ほっとして二人を見ると、クレイグは握手をしたまま見入ったようにナツキを凝視している。ハルトの胸がざわついた。
「クレイグ?」
 キャサリンに呼ばれて、クレイグははっとしたように手を放した。
「これは失礼。双子というから、そっくりだと思っていたので…」
「…僕たちは二卵性なので」
 ハルトが小声で返す。
「ああ、そうなんだ」
 クレイグは頷きつつも、ずっとナツキから目を離さない。
「きみは…」
「あの! 僕は今日はハルトの付き添いで来ただけなので」
「…そうなの?」
 二人の視線が自分に向いて、ハルトは慌てる。
「え、あの…」
「ハルトが兄ですから。順番は大事でしょ?」
 茶目っ気たっぷりに云う。そのとき、クレイグがどこががっかりしたように見えたのは、ハルトの気のせいだろうか。
「なるほど」
 苦笑して、クレイグがハルトに向き直る。
 ハルトは不安でいっぱいになった。クレイグの反応はナツキに特別な何かを感じたように見えたからだ。もしかしたら自分が優先されることにクレイグは不満なのでは…。
 しかしそんなハルトの予想に反して、クレイグは優しくハルトの微笑みかけてくれた。
「…では、こちらが私の花嫁候補ということで?」
 悪戯っぽく云われて、ハルトの気持ちがふわっと浮き上がる。
「改めてよろしく」
 非の打ち所のない容姿に笑いかけられて、いっぺんに夢見心地になった。そして、さっきハルトの心臓に刺さったところから、痺れがじわじわと全身に広がってきた。
「…キャサリン様、彼らを遊戯室に案内してもかまいませんか?」
「まあ、もちろんよ。それがいいでしょう」
 クレイグは大叔母に一礼すると、二人を振り返る。
「きみたち、ビリヤードに興味は?」
 ハルトとナツキは同時に顔を見合わせた。
「…やったことありません」
「やってみたい」
 興味津々のナツキに、クレイグはちょっと目を細める。
「教えてあげよう」
 遊戯室は母屋のすぐ近くにある小さな平屋建てで、一階のフロアに立派な造りのビリヤードが置かれていた。いつでも使えるように、隅々まで掃除が行き届いている。
「わ、ダーツもある」
 ナツキはすっかりはしゃいでいる。
 クレイグはそんな彼らを見ながら、外に控えていた使用人に指示する。
「遊戯室にお茶を。…ああ、そうだね。では冷たい飲み物も一緒に」
 部屋に戻ってくると、上着を脱いで椅子の背にかけた。そして壁に並べられているキューの中から一本を手に取った。
 年代物の、使い込まれたキューだ。クレイグはその先端のタップにチョークをつけると、手球を突く。
 何というか、実に絵になるとハルトは思った。
 クレイグはカツカツと靴音を立てながら台の周囲を回って狙いを定めると、次々とボールを沈めていった。
「凄い」
 ナツキが感嘆の声を上げる。
「久しぶりだけど、まあまあかな」
 技のことはよくわからなかったが、ポーズがいちいちカッコよくて、ハルトは思わず見入ってしまった。
「どう? やってみる?」
「やりたい!」
 ナツキが積極的に手を挙げる。ハルトはどちらかというと見ている方がよかったが、それだとしらけさせるだろうと思って、自分も教えてもらうことにした。
 キューを支える指の形をブリッジというが、クレイグの長い指が器用にブリッジを作る。
「え、こう?」
「そうそう。悪くないよ」
 クレイグはナツキに手を添えて、少し矯正する。
「ハルト、写真、撮って!」
 催促されて仕方なくナツキのスマホを彼のポケットから取り出す。
「僕が撮ろうか。きみもやってみて?」
 微笑みかけられて、ハルトは心臓が飛び出そうだった。もごもごとお礼を云って、クレイグにスマホを渡す。
 ハルトはナツキを覗き見ながら、ブリッジを作ってみる。
「そうそう。二人とも飲み込みいいね」
 云いながらハルトの指に触れて補正してくれた。
 クレイグの息が自分の耳にかかって、ハルトは失神しそうだったが、それでもその動揺は殆ど表には現れず、周囲には淡々と対応しているように見えてしまう。
 クレイグはどちらかを贔屓することなく、二人を平等に扱った。
 ビリヤードを教えながらも、二人に他愛ないことを質問する。ナツキは無邪気に答えて、更に自分からも質問するが、ハルトは緊張してうまく答えることもできない。
 快活で表現力豊かなナツキに対して、ハルトは良いように云えば冷静沈着、悪く云えば暗くて何を考えているのかよくわからない、となる。
 それでもいつもはもう少しうまくやれているのに、今日はとにかく緊張でそれどころではなかった。
 彼と目が合うだけでどきどきしてくる。体温が上がって、多幸感が沸き起こる。これ、何なんだろうか。自分はどうしちゃったんだろう。
 クレイグは見た目も身のこなしもスマートで、会話術にも長けている。こんな素敵な人に惹かれないほうがおかしい。

「カッコいい人だったね」
 迎えの車に乗り込むと、ナツキはほうっと溜め息をつくように同意を求めた。
「…うん」
「うちのガッコも美形のアルファはけっこういるけど、格が違う感じ?」
 ナツキが他人を誉めるのは珍しい。
「ロックハート財団って、世界中に別荘持ってるんだよね。ハルトが彼と結婚したら、僕も使わせてもらえるかなあ。楽しみだな」
 気が早いナツキは、帰りの車の中ですっかりはしゃいでいる。
 しかしハルトはあんな素敵な人が自分と結婚するとか、ちょっとあり得ないのではないかと思い始めていた。
「そんなうまくいくかな…」
「いくんじゃない? なんでも、ロックハート家にとって双子のオメガってのがラッキーアイテムらしいから」
 そういえば母もそんなことを云っていた。繁栄を約束してくれる象徴、とか何とか…。
「それにしたって…」
「キャサリン様肝いりのお話ってそういうことだろ? クレイグだってそれを承知の上だと思うけど」
「…そんなこと、本気で信じてるのかな」
「少なくともキャサリン様は」
 それはそうなのだろう。
 王室には、昔から伝わる風習や儀式といったものを大事にする空気がある。
 キャサリンはロックハートに嫁ぐ前は、現国王とその兄弟の従兄弟たちと特別仲が良く、王室の行事にもよく参加していた。そのせいで、ときには非科学的と云われるような言い伝えにも抵抗がないのかもしれない。
 しかしクレイグはどうだろうか? 王族とはいえ、王室とは少し距離を置いているようにも思える。彼もそんな言い伝えを信じているとは考えにくい。
「ハルトは恋愛初心者だから、クレイグみたいな人にいろいろ教えてもらうといいよ」
 にやにや笑うナツキに、ハルトは耳が赤くなってしまう。それをナツキに指摘されて、思わず耳を覆った。
「ハルトはいつもスカしてるけど、そういうとこ可愛いよね」
「…うるさい」
 小さい声で云い返す。
「そういえば、彼、二つ目の大学院に通ってるって云ってたよね。ハルトとも気が合うんじゃないの」
 クレイグは、今はアメリカの大学で経営を学んでいるのだ。大学院で勉強しながら、ロックハート財団の仕事もこなしている。
「とりあえずうまくいくよう応援してる。金持ちの親戚がいればいろいろ有利だし」
 ナツキに揶揄われたくなくてハルトはそれを無視したが、そんなふうに云われるとクレイグとのことが少しずつ現実味を帯びてくる。
 もしまた会えるなら、大学院の話を聞かせてもらいたいな。どんな研究をしているのか聞いてみたい。
 そんなことを考えるだけで、どこか浮き立つような不思議な感覚だ。
 あのときに心臓に突き刺さったものから痺れがじわじわと広がって、いつもの景色がこれまでとは違う輝きを帯びているような。
 …妙な幸福感? なんだろう、これは。
 一人でベッドに入っても、すぐに寝付けなかった。
 クレイグの笑顔が浮かんできて、胸がきゅっと締め付けられる。
 ブリッジを教わったときに触れた指の感触が蘇って、それを意識すると体温が上がる。
 また会えるかな。また会いたいな。
 短時間で一気に会いたい気持ちが募る。気持ちが高ぶってきて、いつまでも目が冴えて眠ることができなかった。


 翌日、ハルトは大学に戻るための準備をしていた。
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「試験もあるからね。また顔出すよ」
 残念そうな母にそう返すと、インターホンが来客を告げた。
「あ、僕が出ようか」
 母に代わって玄関に向かう。
 扉を開けると、キャサリンの屋敷であの執事と一緒にいた執事見習いの青年が、帽子を小脇に抱えて立っていた。
「キャサリン様からのお手紙を預かってまいりました」
 うやうやしく手紙を差し出す。
 ハルトの心臓がどきんと脈打った。
 この時代に、電話でもなく、ましてやメールでもなく、メッセンジャーサービスでもなく、使用人がじきじきに手紙を持参するなんて。つまり、きっとそれは公式な何か…。
「ご、ご苦労さまです」
 ハルトが受け取ると、署名を求められた。まるで裁判の召喚状だ。
「確かに。では失礼いたします」
 帽子を被ると、つばをくいっと下げて去っていく。
「ハルト、どなた?」
 母が後ろから声をかける。
「て、手紙を…。キャサリン様からだって」
 母に手紙を渡す。
「これって…」
 母の顔がほんのり上気している。彼女はリビングで寛ぐ夫に手紙を差し出すと、自分の部屋にいたナツキも呼んで、皆で開封を見守った。
 父はペーパーナイフで封を切ると、丁寧に手紙を取り出して目を通した。
「…ナツキとのお話を進めてほしいって」
 ハルトは喉を締め付けられたように、一瞬呼吸ができなくなった。
「なんで僕?」
 いきなり当事者になって戸惑うナツキに、母が抱きついた。
「なんて素敵!」
「ハルトじゃなくて?」
 ナツキがハルトを振り返る。
 ハルトは慌てて笑みを作ると、肩を竦めてみせた。そうするのが精一杯だ。
「きっと気に入ってもらえると思ってたわ。今夜はお祝いしなきゃ! ハルトも明日の便にしなさいよ。今なら変更できるでしょ」
 母はすっかり舞い上がっている。が、当のナツキはすっかり困惑している。
「ちょっと待ってよ。婚約とか、そういうのは…」
 他人事でいたのに当事者にされてしまって、ナツキは助けを求めるように父を見た。
「…ここにクレイグ様からの伝言がある。来週には大学に戻るので、それまでにもう一度会うのはどうだろうか。何度か会う機会を設けたい。今すぐに決める必要はないので…って」
 父が読み上げて、手紙をナツキに見せた。
「会うだけ? そのあとで僕が断ったとしても大丈夫?」
「断るなんて…」
 不満そうな母に、口を噤むよう父はそっと指を上げる。
「もちろん問題ない。婚約は二人で決めることだと、キャサリン様も最初からその上でのお話だとはっきり約束していただいている。何ならもう一度確認してもいい」
 父はきっぱりとそう云った。それでナツキも何とか納得したようだ。
 ハルトは何も口を挟めなかった。自分は蚊帳の外だったのだ。
「そっか。それなら、また会うのはいいよ。乗馬も教えてもらいたかったし」
 無邪気なナツキの言葉に、ハルトは胸が潰れそうだった。
 そうか、クレイグがもう一度会いたいのはナツキだったのだ。
 ハルトの中で、何かが崩れていくようだった。
 自分がどんなに会いたくても、向こうはそんなことひとつも思ってなかったんだ。運命的だなんて笑っちゃう。
 これまでナツキのことを羨ましいと思ったことは一度もなかったが、このときほど彼が妬ましかったことはない。自分はあんなに会いたかった彼に会えるのだ。それだけのことが、たまらなく羨ましく妬ましい。
 しかしそんなことを悟られるわけにはいかないので、強張った顔をごまかして家族の話に混じるしかない。
 心がついていかないが、そんなこと誰にも云えない。
 飛行機の予約を変更して、祝いのディナーに参加するしかなかった。
「乗馬を教えてくれるって!」
 早速クレイグとメール交換をしたナツキが嬉しそうに報告してきて、ハルトは黙ってそれを聞いて適当な相槌を打つ。
 自分以外の皆が楽しそうで、ハルトはその空気を壊さないようにときどき頷いたり、笑ったりしながら、味のしないご馳走を食べた。
 部屋に戻ると、ハルトはベッドに身体を投げ出して、大きく息を吐いた。
 涙がじわじわと溢れてくる。
 ハルトはあの遊戯室でのことを思い起こしていた。
 そりゃ、誰だってナツキを選ぶだろう。
 メイドが運んでくれたサンドイッチをナツキは上機嫌で食べていたが、ハルトは緊張しすぎて何とかお茶で流し込んだ。それは不機嫌そうに映ったかもしれない。
 クレイグは両方に質問していたものの、今から考えると明らかにナツキ寄りの質問になっていた。紳士だから平等に扱ってくれていたものの、クレイグの関心は最初からナツキに絞られていたのだ。
 運命的だって、バカみたいだ…。とんだ早とちり。というか、ただの願望。
 こんなこと、わかっていたことのはずなのに。
 社交的で自分に自信があって、誰もがナツキに魅了される。
 子どものころからナツキはキラキラした存在で、ハルトもそんな彼が大好きだった。しかし両親以外はみんなナツキだけを愛していることを知るに従って、自分の存在を殺すようになってしまった。
 目立たないように、自己表現を抑えるようになってしまったのだ。
 周囲が悪気なく「双子の可愛い方」「そうじゃない方」みたいな云い方をしているのも知っている。そんなことで傷ついたことはなかったが、いつしか自分の中に刷り込まれていった。
 わかってたのに、なんで期待してしまったのだろう。
 キャサリンやクレイグにしてみれば、双子のオメガであればいいわけで、兄か弟かなんてどうでもいいことで、それなら当然ナツキが選ばれる。なのに、ナツキが勝手に順番であれば兄から…なんて云ったのを、都合よく鵜呑みにしてしまった。
 ナツキと一緒にいたら、いつも自分は対象外なのに。本当にバカみたいだ。
 あの衝撃を運命だとか勘違いしたせいだ。
 すごく恥ずかしくて、期待しただけ落胆も激しい。
 もう忘れなきゃ。今は辛くても、きっとすぐに忘れられる。
 それでもハルトは、涙が止まらなかった。


 早朝の便で大学の寮に戻って、ハルトはほっとした。
 これでクレイグの話を聞かずに済む。関係のない世界にいれば、そのうちにきっと忘れることができるだろう。
 冷静になってみれば、クレイグのような人と自分に接点なんかない。自分はナツキとは違うんだから。これまでだって、好きになった人なんていないし、べつにそういう相手がいなくても困ったことはない。
 発情期なんて自分に合った薬さえあれば悩むことではなくなっている。上昇志向の強いオメガは、発情期を上手に利用する術を知っている。ひと昔前のように発情期に振り回されることはない。
 だから、大丈夫。自分はこれまでと何も変わらない生活を送るだけだ。そう思っていた。
 しかし、そううまくはいかなかった。
 ナツキからたびたび、デートの報告のメールが届くせいだ。
 これまでデートの報告なんかしたこともなかったというのに、クレイグとのことを軽々しく友達に話すなと両親から釘を刺されたらしく、誰かに聞いてほしいナツキは仕方なくハルトにメールを寄越すようになったのだ。
 一緒に撮った写真が送られてきたときには、ハルトは妬ましく胸が潰れそうだった。
 それでも返事をしないわけにもいかず、不審がられないように自分らしい感想を考えて送ることは、もはや苦痛でしかない。
 ナツキもクレイグとしょっちゅう会えるわけではなく、それでも月に一度か二度のデートを嬉々として報告してくる。
 やっと忘れかけてきたときに、再び思い起こされる。
 少しだけ傷が癒えかけたときに、更に傷口を抉られるような仕打ちに、ハルトの心の一部が壊れいくようだった。
 しかし、やめてほしいと云うこともできない。自分のクレイグに対する思いを知られたら、皆が自分に気を使うことになる。それだけは避けなければならない。
 何も知りたくないのに、無理矢理に知らされてしまう。
 ナツキからのメールに返事を書くたびに、暫く何も手に付かなくなる。そういうことを続けていくと、感覚が麻痺していく。
 二人の婚約を知らされたときは、一日寮の部屋から出ずに茫然と過ごしたが、それでも次の日は普通にやってくる。
 自分の気持ちとは違う感想を返すたびに心が壊死していって、これまで楽しいと思ってた気持ちがどんなだったのかわからなくなってしまう。
 心臓に刺さった何かはいつまでたってもとれないし、会いたい気持ちや恋しく思う気持ちは少しも小さくならない。
 これはさすがに辛い。身内が自分の好きな人と付き合うということは、こういうことなのだと悟った。
 それでも勉強に集中しているときだけ忘れていられた。
 幸い、留学生仲間は皆勉強熱心で、学位を取るための時間を少しでも短縮するために一日中勉強している学生も少なくない。
 ハルトもそれに倣って、寝る間も削って勉強した。
 ハルトは留学する前から自分の人生設計を考えていて、大学を卒業したら官僚になりたいと思っていた。
 自分の国が、自由で安全で豊かであるよう尽力したいと。そのために法律を学び、同時に経済や統計も学んでいる。学べば学ぶほどに奥が深く、時間はいくらあっても足りない。
 ナツキへの返事もおざなりになっていったが、婚約を機にナツキからのメールは減っていた。おそらく友人たちに隠しておく必要がなくなったからだろう。
 クレイグの話を聞く機会は減って、ハルトはようやくクレイグのことで思い悩むことはなくなりつつあった。
 それでもナツキがクレイグと結婚することになったら、クレイグとはホントの意味で親戚になってしまう。それを考えると気が重い。彼の義理の兄になるというのはやはり複雑だ。
 それでもそんなことを思い悩んでいても仕方ない。
 たとえば父の妹は外国人と結婚して住まいも海外だ。そうなると父も自分たちももう何年も彼女とは会っていない。所詮兄弟とはそんなものだ。
 きっとクレイグのこともそうなるだろう。そう願っていた。


 卒業に必要な単位も揃って、ハルトが論文執筆に集中していたときのことだった。
 母からすぐに帰国してほしいと連絡を受けて、ハルトは急遽帰国することになった。


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