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虎の王様から求婚されました

伊郷ルウ / 著
古澤エノ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-375-0
サイズ 文庫本
ページ数 232ページ
定価 831円(税込)
発売日 2021/02/18

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内容紹介

おまえのママは世界で一番綺麗だ
獣医として野生動物の保護活動をしていた玲司は、絶滅したといわれる虎の子供を保護する。なんとか介抱するが目を離した隙にいなくなり、子虎を捜して森に入るが転んだ拍子に、虎の王国(!?)に飛ばされてしまう。人の姿に耳と尻尾をもつ虎の王から『王子の命の恩人だ』と、王宮で豪華なもてなしを受ける。さらに虎の王から、王子の母親代わりになってほしいと頼まれて!? 甘いキスと熱い愛撫に蕩かされて溺愛の日々が始まって…。優しい虎の王様×純真で一途な獣医の溺愛ラブ
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

宮崎玲司(みやざき れいじ)

野生動物の保護活動をしている獣医で大学院生。

ルシーガ

虎の王。

躯が弱い息子・ファルのことを案じている。

立ち読み

第一章 


 宮崎玲司は日本の遙か南に位置するナラタワ島で、野生動物の保護活動をしている。
 熱帯雨林の島々には数多くの野生動物が生息しているが、なぜかナラタワ島ではネコ科の動物だけが絶滅していた。
 獣医になるのが夢で獣医師の資格を取ったが、幼いころから好きだったトラへの思いが捨てきれず、動物生態学を学ぶため大学院に進んだ。
 ナラタワ島のことは、大学院で学んでいたときに偶然、知った。
 珍しい事象に驚くとともに興味を惹かれ、大学院の修了を待たずにナラタワ島にある野生動物保護センターで働き始めたのだ。
 かつては近隣の島々と同様に、トラ、ヤマネコ、ウンピョウなど数多くのネコ科の動物が生息していたというのに、ナラタワ島ではある時期を境にまったく存在が確認できなくなったという。
 特定の種のみが絶滅したというのであれば納得もできるが、ネコ科の動物のすべてが時を同じくして姿を消すなど信じ難い。
 いまも島のどこかにいるのではないか—。
 玲司はそうした思いが強くあり、現在も島で暮らしながら、生息している野生動物の保護活動をし、絶滅したと言われるネコ科の動物の形跡を辿っていた。
 日本を離れることに不安はまったくなかった。
 両親を早くに亡くし、兄弟もなく育った玲司にとって、ナラタワ島はすでに新たな故郷のようなものになっている。
 ナラタワ島での暮らしは充実していたが、着任してから一度もネコ科の動物とは遭遇していない。
 それが、ちょうど二年目を迎えた昨日、なんとも奇跡的な発見があった。
 いつものように森林区域を巡回している最中、ネコ科の動物のものと思われる足跡を見つけたのだ。
「絶対にトラとかヤマネコの足跡だと思うんだよなぁ……」
 ひとり森林区域に入った玲司は、昨日に引き続き残された足跡を注意深く追っている。
 足跡はさほど鮮明ではなかったけれど、ネコ科の特徴を持っていた。
 学生時代にトラはもとよりネコ科の動物に関しても学んできた玲司であっても、足跡だけで確信するまでには至っていない。
「このあたりに……」
 地面を凝視しつつ歩く玲司は、紺色の長袖のシャツと長ズボンにサファリハットをり、腰に大きめのウエストポーチを巻いていた。
 日本では涼しくなり始める九月下旬でも、ナラタワ島では日中の気温が極めて高く、空気は常に湿っている。
 外にいるだけで肌がじっとりとし、歩けば瞬く間に汗が噴き出すのだが、長い島暮らしで暑さにはもう慣れていた。
「もう少し奥まで行ってみよう」
 ジャングルの奥へとさらに足を進める。
 足跡を発見後、同僚たちに確認してもらった。
 けれど、ネコ科の動物が絶滅したと信じている彼らは、偶然にできた形であって足跡ではないとの見解を示した。
 ナラタワ島で長きにわたって生息が確認できていないのだから、足跡など残るわけがないのだと言われても、存在している可能性があると考えているから簡単には納得できない。
 だから、探すだけ無駄だと同僚たちに笑われながらも、ひとり足跡の捜索を始めたのだ。
 さんざん歩き回ったこともあり、もう日が暮れようとしている。
 野生動物が暮らすジャングルに照明などあるわけもなく、日没とともに真っ暗になってしまう。
 もう戻るべき時間ではあるのだが、あと少しといった思いが強くあって足を進める。
「あっ!」
 地面に目を向けて歩いていた玲司は、新たな発見に思わず声をあげてその場にしゃがみ込んだ。
「間違いない、新しい足跡だ」
 湿った地面にくっきりと残った肉球の形に胸を弾ませ、しゃがんだままあたりを見回す。
「やっと見つけた」
 足跡はきわめて鮮明で、トラが残したものだと確信した。
 できたばかりとおぼしき足跡から、すぐ近くに身を潜めている可能性がある。
 足跡からさほど大きな個体とは考えにくいが、野生の肉食動物である以上、場合によっては身に危険が及ぶかもしれなかった。
「落ち着け、落ち着け……」
 逸る気持ちを抑えつつ、静かに立ち上がって足跡を追跡する。
 ナラタワ島で確認されているのは、サイ、カモシカ、サル、イノシシ、クマ、ゾウで、それぞれの生息区域が異なる。
 玲司が足跡を発見したジャングルはサルの縄張りになっていて、他と比べて安全な区域であることからひとりで立ち入ることが許されていた。
「無理にでも一緒に来てもらえばよかったなぁ……」
 トラの足跡だと確認できたがゆえに、ひとりで来てしまったことを後悔する。
「出直したほうがよさそうだな」
 自分だけでは危険すぎると感じ、ウエストポーチからカメラを取り出して足跡を撮影した。
 これだけはっきりとした足跡を見れば、同僚たちも捜索に協力してくれるはずだ。
「やっぱりいたんだ……」
 嬉しさに頬を緩めつつ撮影した写真を確認した玲司は、名残惜しい思いで改めてあたりを見回した。
「うん?」
 どこからともなく聞こえてきたかすかな物音に、息を殺して耳を澄ます。
 また聞こえてきた。
 葉を揺らす音だ。
「まさか……」
 足跡の主が草むらに身を隠しているのかもしれない。
 引き返すべきなのはわかっていたが、ずっと探し続けてきたネコ科の動物、それも研究対象としてきたトラがそこにいるかもしれないと思うと、背を向けることなどできなかった。 
 玲司は細心の注意を払いながら、忍び足で草むらに近づく。
「あっ……」
 小さな声をもらし、咄嗟に足を止める。
 草むらからおぼつかない足取りで、小さな四本脚の動物が出てきたのだ。
 躯全体が、特徴的な黄金と黒の縞模様に覆われている。
「いた……」
 ネコ科の動物の存在を信じてきたにもかかわらず、あまりにも急すぎて唖然としてしまう。
 玲司はその場に立ったまま、絶滅したと言われてきたトラの子供を凝視する。
「えっ?」
 目の前で急に子トラが頽れるように地面に横たわった。
 ヨロヨロとした歩き方をしていたのは、まだ幼いからだと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
 口を半開きにした子トラは、舌をだらんと出したまま荒い呼吸を繰り返している。
「どうしたの?」
 跳びはねたいくらい嬉しかったが、それどころではなくなった。
 具合が悪そうな子トラに、あたふたと駆け寄る。
 躯を横たえて頭を地面に落としている子トラは、かなり弱っているように見えた。
 体長が四十センチほどだから、生後一、二ヶ月といったところだろうか。
 本来であればまだ母親と一緒にいるはずだが、耳を澄ませても近くにいる気配が感じられない。
「お母さんと一緒じゃないの?」
 息苦しそうな子トラが心配で、優しく声をかけながら躯をさすってやる。
 野生動物の子供が親とはぐれ、単体で行動しているのを発見するのは珍しくない。
 子トラが弱っているところをみると、何日も母親と離れていた可能性が高い。 
「とにかく保護しないと……」
 親が探しているとも考えられるが、ここまで弱っている子トラを置き去りにできるわけもなく、玲司はそっと抱き上げた。
 ぐったりとしている子トラは、ほんの少しの抵抗もしない。
 早くなんとかしなければと急いでその場を離れ、ジャングルを出たところに設けられているコテージへと向かう。
 保護センターは島の外れにあるため、遠く離れた生息区域には数日の滞在ができるよう、簡易ながらも設備が整ったコテージが建てられているのだ。
「大丈夫かな?」
 いきなり母トラが飛び出してこないともかぎらず、子トラを抱えた玲司は幾度も振り返りながらジャングルの外へと急いだ。
 一気に汗が噴き出してきたが、弱っている子トラをなんとかしなければとの思いでかまわず走った。
「ふぅ……」
 ようやくジャングルを抜け、コテージが見えたところで安堵のため息をもらし、改めて子トラに目を向ける。
「もう大丈夫だよ」
 子トラを抱いたままコテージの階段を上がってドアを開け、薄暗い部屋に足を踏み入れた。
 家具は簡素な二段ベッド、机、椅子だけ。
 とはいえ、小さなキッチンとトレイもあり、作り付けのクローゼットもあるから不自由はしない。
「ここでいいか……」
 ぐったりしている子トラを床に下ろすのが躊躇われ、整えられたベッドに横たわらせる。
 この島でトラを見るのも触れるのも初めてだが、学生時代に学んできたから知識は豊富だ。
「こんなに小さいんだから、まだお乳を飲んでる時期だな」
 子トラに「大丈夫だよ」と声をかけたものの、ミルクなどコテージに用意されているわけもない。
「とにかく水分補給をしないと……」
 玲司はキッチンにある小さめのボウルに水を入れ、子トラが横たわるベッドの端にそっと腰を下ろす。
 小さな頭を片手で支えてやってボウルを近づけると、子トラが鼻をヒクヒクと動かした。
「舐めてごらん」
 いったんボウルをベッドに下ろし、水に濡らした指先で子トラの鼻をちょんと叩く。
 子トラが反射的に長い舌で鼻先を舐めた。
 かなり弱っているようではあるけれど、これなら自分で飲むかもしれない。
 そう思った玲司は、子トラの躯をそっと起こし、顔をボウルに寄せてやった。
「さあ、お水だよ」
 改めて鼻先に水をつけてやる。
 すると子トラがボウルに自ら顔を近づけ、またしても鼻をヒクヒクと動かし、しばらく嗅いだあとに音を立てて飲み始めた。
「美味しいかい?」
 一心不乱に舌を動かして水を飲む子トラを、安堵の笑みを浮かべて見つめる。
 自発的に水を飲むだけの力は残っていた。
 すぐにでも栄養のあるミルクを与えれば、子トラも元気になるだろう。
 けれど、車での長距離移動に堪えられる保証はない。
 一晩、コテージで休ませ、夜が明けてから保護センターに連れて行くべきだ。
「もういいのかな?」
 水をたっぷり飲んだ子トラは、躯を横たえて口の周りを舐め回している。
「これだけ色が違う……」
 子トラの白いヒゲの中に、一本だけ茶色のヒゲを見つけた。
 ちょっとした発見が嬉しくて、ひとり頬を緩める。
「可愛いなぁ……」
 野生のトラではあるけれど、まだ幼いこともあって大きめの猫を見ている気分だ。
 無心にペロペロしている姿が、なんとも愛らしかった。
 発見した当初は瀕死の状態に思えた子トラも、水を飲んだだけで少し回復したところをみると、空腹よりも疲れが勝っていたのかもしれない。
 なんらかの理由で母親とはぐれてしまったのだろうが、さほど日数は経っていないような気がしてきた。
「子トラがいたんだから、絶対に親のトラもいるはず……いったいどこに……」
 喉を潤して眠気をもよおしたのか、子トラはフゥと大きな息を吐き出すと、頭をベッドに落として目を閉じてしまった。
 人間を警戒するでもなく、気持ちよさそうに寝始めた子トラを眺めつつ、ナラタワ島では絶滅したと言われているネコ科の動物を保護した奇跡に胸を躍らせる。
 これは間違いなく大発見なのだ。
 子トラを目にした保護センターの同僚たちは、いったいどのような反応を見せるだろうか。
「お水はここに置いておくから……」
 ベッドから腰を上げてボウルを床に下ろした玲司は、ふと子トラを振り返る。
「まだベッドから飛び降りるのは無理か……」
 そのまま寝かせておいてやりたい思いがあるが、また水が飲みたくなったときのことを考えると、別に寝床を用意してやるべきだろう。
 ベッドの上の段から上掛けを引きずり下ろし、丁寧に畳んで床の隅に置く。
 その横にボウルを移動し、すっかり眠ってしまった子トラをそっと寝床に運んだ。
 これで、目が覚めてもすぐに水を飲むことができる。
「気持ちよさそう」
 横たわったまま四肢を思い切り伸ばし、それから前脚で顔を覆った子トラを見て、自然と頬が緩んだ。
 朝には歩けるくらい元気になっていてほしい。
 そんな思いを抱きながら、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターとサンドイッチを取り出す。
「はぁ……」
 安心したせいか、急に腹が減ってきた。
 コテージで一夜を明かすつもりだったから、夕飯の用意はしてある。
 硬めのパンに焼いたチキンと葉野菜を挟んだだけの、しごく簡単なサンドイッチと水だけだが、食にこだわらない玲司は腹が満たせればそれで充分だった。
「もう一泊するのは無理だからなぁ……」
 サンドイッチをかじりながら、明日のことに思いを馳せる。
 子トラがいるのだから、親のトラがいるのは間違いない。
 一刻も早く探しに行きたいところだが、コテージに滞在するだけの用意がないのだ。
 子トラを保護センターに連れて行き、改めて食料を持ってコテージに戻ってくるしかない。
「まあ、トラが生息していることがわかったんだから、そんなに急がなくても大丈夫かな」
 逸る気持ちをどうにか抑えた玲司は、スヤスヤと眠る子トラを眺めつつ、サンドイッチを食べていた。
 
 
          *****


「ん?」
 ふと目覚めて寝返りを打った玲司は、なんの気なしに床へ目を向けた。
「えっ?」
 床に用意した寝床で眠っていた子トラの姿がない。
 玲司がベッドに入る前には躯を丸めて眠っていたのに、いまはもぬけの殻になっている。
 身体を起こして部屋を見回してみるが、やはり子トラの姿はなかった。
 鬱蒼としたジャングルから離れた場所に建つコテージは、夜になっても窓から差し込む月明かりで真っ暗にはならない。
「まさか……」
 ベッドの下に隠れているのかもしれないと、身を乗り出して覗き込んでみた。
「いない……」
 コテージのドアは閉まっているし、窓ガラスも木戸もないけれど、高い位置にあるから子トラが乗り越えるのは難しい。
 けれど、子トラは外に出られるはずのないコテージから姿を消した。
 心配でしかたない玲司は、急いでベッドから下りてドアを開ける。
「なっ……」
 目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。
 巨大なトラが数メートル先を歩いている。
 それも、子トラを咥えているのだ。


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