書籍詳細 一覧へ戻る

希少種オメガの憂鬱

森本あき / 著
立石 涼 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-248-7
サイズ 文庫本
定価 754円(税込)
発売日 2019/11/25

お取り扱い店

  • Amazon
  • honto
  • セブンアンドワイ
  • 楽天

電子配信書店

  • Amazon kindle
  • コミックシーモア
  • Renta
  • どこでも読書
  • booklive
  • ブックパス
  • ebookjapan
  • DMM
  • honto
  • 楽天kobo
  • どこでも読書

内容紹介

発情しないので、一生誰ともSEXできない!?
朝風カンパニーの創設者でα(アルファ)の朝風礼央から、なぜか興味を持たれたΩ(オメガ)の雪乃は、ヒート中でさえフェロモンが出ない希少種と呼ばれる特殊なオメガ。朝風に会員制『アルファクラブ』へ連れられるが、そこでも、入室禁止のはずのヒート中オメガとは気づかれず同席することに。誰にも理解されない身体を持ち、なぜオメガに生まれたのか、と疑問を抱える雪乃と、アルファでありながら自信を取り戻す為雪乃とセックスしたいという朝風。気持ちいいセックスに二人の心は変化が起き始め!?
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

雪乃永輝(ゆきの とき)

25歳、派遣社員。ヒートの症状が現れない希少種のオメガ。小動物のように可愛い。

朝風礼央(あさかぜ れお)

30歳、アルファ。朝風カンパニーの創設者。雪乃のノリの良さをを気に入り、秘書になれと口説く。

立ち読み

 オメガに生まれてよかった。
 そう思ったことはない。
 オメガに生まれたくはなかった。
 そう思ったこともない。
 だって、オメガかどうか、お医者さんでも疑問に思うほどなんだし。
 自分はいったい、なんなんだろう。
 その答えを知りたい。





      1

「この世にはアルファ、ベータ、オメガというものがあるのはご存じですか?」
 ご存じじゃなかったら困るよね。それ、常識だもんね。
 雪乃永輝は、心の中でそうつぶやいた。
 ぼく、生まれたばかりの子供だと思われてるのかな? その説明をしなければならないほど、幼く見える?
 まさかね。
「知ってます」
 一応、答えておく。
「あ、知ってるんですね。じゃあ、話が早いです」
 だから、知らない人はいないんだってば。
「簡単に説明しますけれど、アルファは希少種で、かつ、とても能力が高いです。全人口の一パーセントがアルファだと言われています。日本だと人口が八千万人なので八十万人ほどいる計算になりますね」
 具体的な数字になると、希少種とはいえ、結構いる。
「オメガも希少種で、アルファの十パーセントほど。つまり、八万人です」
 これは、かなり少ない。
「残りが全部ベータです。ほとんどの人がベータですね」
 当然そういうことになる。
「かなり驚くと思いますが、あなたはオメガなんですよ」
「知ってます」
 そんなの生まれたときから知ってる。両親が、かわいそうに、ってさめざめ泣いてたんだから。
 オメガは希少種とはいえ、アルファのように能力が高いわけではない。別に低いわけでもない。なのに、劣等種として扱われている。
 その一番の理由が、三ヶ月に一度起こるヒートと呼ばれる現象。男女関係なく子供を産めるオメガには発情期がある。発情期の動物の雌がフェロモンを出して雄を誘うように、オメガもフェロモンを出す。それがヒート。
 一週間ほどつづくその間は、体が産むための準備をして、セックスのことしか考えられなくなる。ほかのことは何もできない。それゆえ外出もままならず、学生ならまだしも、社会人は仕事を休むしかない。オメガがいやがられるのは、この休養期間のせいだ。三ヶ月に一度、一週間も休まれたら業務に差し障りがありすぎる。
 就職のエントリーシートには、かならず、この質問が書いてある。
『あなたはオメガですか?』
 嘘をつく人もいるが、それでオメガだとばれたら即クビにされても文句は言えない。だから、みんな、正直に答えて、エントリーシートの時点で落とされる。
 どこの企業もよけいなお荷物など背負いたくない。
 全世界的に人口が減り、出生率も低くなり、ゆるやかな絶滅に向かっている、と科学者たちが警鐘を鳴らしたのはもう何百年も昔のこと。それからしばらくして、アルファ、オメガが現れた。
 アルファは産ませる種族。
 オメガは産む種族。
 性別は関係なく、アルファは繁殖力に優れ、オメガは子供をたくさん産める。
 このときに歓迎されたのはオメガだった。
 産ませるよりも産む方が大事だと、だれもが考えたからだ。
 だけど、すぐにその考えは覆される。
 まず、ヒート以外の妊娠率が極端に低いことがわかったのだ。つまり、妊娠できるのは三ヶ月に一度のヒート期間のみ、と言ってもいい。
 相手がベータやオメガだと、そのヒート期間ですら妊娠がむずかしい。アルファが相手のときだけ、高い妊娠率になる。
 じゃあ、アルファが好んでオメガを相手にするかというと、そういうことはまったくない。アルファは生まれつき容姿がよく、アルファ特有の高貴さみたいなものもあり、とにかくモテる。妊娠率はオメガ相手のときよりも低くはなるが、ベータを妊娠させることもできる。ただし、ベータは産む種族ではないので、妊娠するのは女性にかぎられる。それはこれまでと変わらないので問題にはならない。
 アルファはヒート期間がなく、いつでも相手を妊娠させられるというのも大きい。
 たくさんの研究がされ、さまざまなことがわかっていくと、オメガよりもアルファが歓迎されるようになった。アルファが魅力的なのもあいまって、アルファの子供が欲しいという人が爆発的に増えている。
 オメガはヒート期間にセックス以外の何もできないのに、かならず妊娠するわけでもない。妊娠しない個体が増えだすと、どんどん風当たりが強くなった。
 産む種族なのに産めず、三ヶ月のうち一週間は使えない。
 オメガはお荷物。
 いつの間にか、世の中の空気はそうなった。
 アルファとオメガがどういうシステムで産まれるのか、それはいまだにわかっていない。アルファ同士、アルファとベータ、ベータ同士という女性しか子供が産めない組み合わせでも、アルファとオメガ、ベータとオメガ、まれにオメガ同士という異性、同性が関係ない組み合わせでも、アルファもオメガも産まれてくる。
 子供が産まれたら、アルファ、ベータ、オメガのどれなのか、その検査がかならずされる。ベータだとなんの問題もない。検査結果を伝えておしまい。アルファだと、おめでとうございます、あなたのお子さんには輝かしい未来が待っています、と祝福ムード。
 オメガと診断されると、病院側にも両親にも緊張が走る。
 オメガ特有のヒートが始まるのは十八歳前後。これも個人差があるので一概には言えない。
 最初のヒート期間はオメガ専用の研究センターに入院して経過を見ることになっている。ヒートはベータでも気づくぐらいの変化があるので、親がベータでも見逃さない。即座に研究センターに電話して隔離される。
 ヒートには重い、軽いがあり、重い人だと周りすべてを巻き込むほどのフェロモンが放出されて、アルファだけではなくベータまでも引き寄せてしまう。オメガは発情しているし、アルファ、ベータもそれに誘発されて発情して、一週間、何人もの相手をして体を壊したり、ひどいときには死に至る。これはオメガ特有の現象に運悪く出会ってしまったとみなされ、加害者は罪には問われない。ただし、関わった全員が心に深い傷を負う。
 それを防ぐため、ヒートの状況を調べ、適切な処置をする。あまりにも重い場合は、抑制剤と呼ばれるヒートを鎮めるための薬を使う。それがオメガだけじゃなく、アルファもベータも守ることになるからだ。
「ここまではわかりましたか?」
 長い長い説明を終えて、医者が永輝を見た。
「はい」
 全然聞いてなかったけど。どうせ、アルファ、ベータ、オメガとは、という説明だよね。子供のころから何度も聞いてる。
「そして、信じられないでしょうが、あなたはオメガです」
 さっきも言われた。どの医者もおなじ反応をするので、もう慣れっこだ。
「知ってます」
 永輝もおなじ言葉を繰り返す。診察室に入ってから、はい、と、知ってます、しか言ってない。
「オメガにはオメガの特徴というのがありまして。わたくしたち、オメガ研究者はほぼ百パーセント、オメガを特定できるんですが」
 それも何度も聞いた。
「あなたはベータにしか見えません」
 だろうね。オメガだってばれたことがないし。
「ヒートはあるんですよね?」
「あるらしいです」
 いま、周期的にちょうどヒートです、とはさすがに言えない。これ以上、驚かれたくない。血液検査ではヒートかどうかわからない仕組みになっていてよかった。
 二十歳になってもヒートにならなくて、さすがにおかしいと思った両親が永輝を研究センターに連れていった。こんなにヒートが遅いことがあるんですか、と問いかける両親に、研究者が困惑しながら、現在ヒート中です、と答えた。両親ばかりではなく、永輝本人も驚く。
 こんなに自覚のないヒートってあるもの?
 とりあえず隔離しますね、と入院手続きがとられ、両親は永輝を置いて家に帰った。まさか入院するとは思ってなかったので、いろいろ準備をするらしい。
 永輝は隔離され、モニターをつけられて監視されたのに、なんの症状も出ない。普通に朝早く起きて、ごはんをもりもり食べて、元気に活動して、ぐっすり寝る。ヒートを表す数値が出ているのにフェロモンが出る様子はないし、永輝はいつもと変わらないまま。
 三日後、ヒートが終わってる、と告げられた。
 こういう症例はきわめてめずらしいので研究させてほしい、と頼まれたものの、隔離されている三日間で研究センターの生活に心底飽きたので、丁重に断った。
 何か気をつけることはありますか?
 そう質問したら、特にないと思います、と返される。
 そのとおり、特に何もないまま生きてきた。ヒート期間でも普通に行動できるし、フェロモンが出ていないからだれにも狙われない。自分がオメガであることをいちいち告げることもなくなった。大学も無事に卒業して、正社員になってから急にヒートの症状が出ても困るから、と派遣社員として働いている。そんな心配も無用で、二十五歳になったいまもヒートの症状は出ていない。
 一年に一度、義務づけられている健康診断のたびに、要再検査の通知がきて、血液検査を何度もやり直して、診察室に呼ばれ、医者からこう告げられる。
 信じられないでしょうが、あなたはオメガです。
 永輝の答えもいつもおなじ。
 知ってます。
 とても不毛な会話だと思う。
「定期的に健康診断に来ていただけませんか?」
 はい、出た。めずらしいオメガを研究したい口実の、定期的な健康診断。だれが、そんなめんどくさいことをするか。
「ぼくは健康なんですよね?」
「はい、健康ですよ。ただ…」
 オメガとしては欠陥がある。ここまでオメガの特徴が出ていないのは、何か深刻な病気が隠れているのかもしれない。ヒート期間に突然フェロモンが出だしたら危険だから、それを防ぐように協力したい。
 さあ、どんな理由が出てくる?
「わたくしがあなたに興味があります」
 これまでで一番素直な理由。ちょっと好感を抱いたから、具合が悪くなったら、この病院に来よう。
「健康ならいいんです。お世話になりました」
 今年の、オメガとは、の説明会と、あなたはオメガなんです! と驚かれる定例行事はおしまい。
 来年までさようなら。
 診察室を出ると、どっと疲れが出た。
 病院は苦手。早く出よう。
 何かおいしいものを食べよう。傷ついた心を癒やせるのは、いつだって食べ物だ。
「あーあ」
 自然にため息がこぼれた。
 いつになっても、やっぱり傷つく。
 オメガなのに、オメガらしくないことに。
 かといって、ほかの何かになれるわけでもないことに。
 どうして、自分はオメガとして産まれてきたんだろう。
 劣等種と呼ばれるオメガ。そのオメガとしての役割すら果たせない自分が、この世で一番役立たずな気がして、心底いやになる。
 だから、病院はきらいだ。
 健康診断なんてなくなってしまえばいいのに。


「いらっしゃいませ!」
 大きな声が聞こえて、永輝は、びくっ、とした。ヒート期間に何かあるとするならば、音に過敏になることぐらい。普段よりも耳がよくなる。
 なんの役にも立たないけどね。
「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ!」
 どこかのおえらいさんだろうか。すごい歓迎されてる。
 声がした方に目をやると『アルファクラブ』の看板。
 ああ、ここがかの有名な。
『アルファクラブ』はアルファの社交場だ。全国どころか全世界からアルファが集まってくる。
 理由はただひとつ。
 アルファのみ、入場料も中での飲食もタダになるからだ。
 テレビで紹介されていたのをたまたま見て、それで経営が成り立つのかと疑問に思っていたら、きちんとからくりがあった。
 アルファと出会いたい。いや、ただ見てるだけでもいい。
 そう思う人達はこの世にたくさんいる。『アルファクラブ』はそういった人たちをターゲットにしているのだ。
 アルファ以外がお店に入るには、かなり高額な入場料を払わなければならない。
 ベータは入場料が一万円でワンドリンク制。そのドリンクも一番安いので二千円とかなりのぼったくりだ。最低で一万二千円はかかる。それでも、アルファ以外の入場列には、ずらり、と人が並んでいた。『アルファクラブ』ほどたくさんのアルファに会える場所はないから、それも当然かもしれない。
 オメガになると、入場料が跳ねあがる。十万円とワンドリンク、ワンフード。フードは最低でも五千円からなので、十万七千円かかることになる。
 ヒートを繰り返し、劣等種と蔑まれるオメガが、そこから抜け出す方法がただひとつだけある。
 それがアルファとつがいになること。
 アルファとつがいになれば、ヒートのときにフェロモンが出なくなり、ヒート特有の症状も薄れ、日常生活を送れるようになる。アルファに選ばれた、というのも、かなりのステータスなので、これまでの境遇から一転して、周りから尊重される。『愛されるオメガ』というエッセイを出して、爆発的に売れた人もいるぐらいだ。
 つがいになるとは、いわゆる結婚のようなものだが、それよりもっと重い。
 つがいになってしまうと、その相手としかセックスできなくなる。
 二人は末永く幸せに暮らしました、というのがおとぎ話であるように、一生愛し合う夫婦なんて、ごくわずか。それも、何もしなくてもモテまくるアルファが、浮気すらできない状況に自ら進んでなることは考えにくい。
 アルファが全員浮気性ではないにしても、産ませる種族として何人もの相手とセックスをするのが当たり前だったのに、これから先、たった一人としかセックスしないことを選ぶなんて、普通なら考えられない。
 つがいになる理由はふたつ。
 お金か愛だ。
 優等種であるアルファ全員がお金持ちではない。能力があるからトップに立つアルファが多いだけで、ごくごく普通の生活を送ってるアルファも当然存在する。
 それとおなじように、劣等種のオメガでもお金を持ってる人はいる。いい仕事につけなくても、実家が大金持ちだったり、起業が成功したり。
 貧乏なアルファとお金持ちのオメガが契約としてつがいになるのは、よくある話だ。政略結婚と似たようなもの。おたがいに納得しているので、もめごともほとんどない。
 愛となると、そうはいかない。
 アルファとオメガが出会って恋に落ちることは、もちろんあって。つがいになりたいとも、もちろん思う。
 ただ、その愛が一時的なものだったとしても、つがいを取り消すことはできない。愛のないまま、おたがいの体だけをむさぼる。
 もし、別に愛する人ができたとしてもどうしようもない。
 離婚して関係を解消する。
 それができないのだ。
 その結果、つがいになった相手をうとましく思うあまり、亡きものにしてしまう。アルファがオメガを手にかける方が圧倒的に多いが、逆ももちろんある。そういう事件がつづいて、愛しているだけでつがいになるのはリスクが高すぎるとみんなが及び腰になっていた。
 もちろん、愛し合ったまま、幸せなつがい生活を送ってる人達もたくさんいる。しばらく、ただの恋人として過ごして、相手がいろんな相手とセックスするのも我慢して、そののち、やっぱりおたがいしかいない、と確信できたら、ようやくつがいになるのもひとつの手だ。
 つがいになるのは簡単。アルファがオメガの首を噛むだけ。その跡は一生消えず、オメガもそれが見えるような服装をするので、つがいがいるオメガはすぐわかる。アルファにはなんの痕跡も残らないので、そういう点でもアルファの方が優位に立っている。
『アルファクラブ』に集まるオメガは、お金でつがいを探そうとする人がほとんど。大金を、ぽん、と出せるオメガに貧乏なアルファがすり寄る、普段とは逆の光景が見られるのも楽しいらしい。
 つがいがほしくて、なけなしのお金をつぎ込むオメガももちろんいて、そこを見極めるのもなかなかに大変だという。つがいになって初めてオメガも貧乏だとわかったり、つがいの印だけをつけさせて行方不明になったり(ヒートがなくなればいい、繁殖もしたくない、自分の人生を楽しく生きたい、という理由でつがいの印を望むオメガが増えているらしい。そういう人は噛まれたらすぐに行方をくらませて、別の人間として生きることを選ぶという)、いろいろな問題も起こっている。
 そういうのも含めて、すべて楽しむのが『アルファクラブ』。
 永輝はもちろん、中に入るつもりはない。そんな大金を出すなんて、バカみたいだ。ヒート中のオメガは出入り禁止というルールもあるので、どうせ入れない。
 っていうかさ、アルファ、ベータ、オメガをどうやって見分けるんだろう。自己申告? オメガがベータを装うのって、別にそんなにむずかしくないよね。専門家なら確実に見分けられる、ってぐらいで。
『アルファクラブ』から離れようと歩き出した瞬間、朝風さま! という声が聞こえた。
 朝風? うちの会社の名前だ。あまりないよね、この名字。
 ちらりと見ると、そこには社長が立っている。
 うん、やっぱり。
 朝風礼央は朝風カンパニーの創設者で、アルファであることを公言している。三十歳と若い身ながら、高額納税者の常連。アルファだけあって、スーツを着て立っていると、ぱっと目を引く。
 まず、背が高い。百八十後半はある。そして、ガタイがいい。肩幅が広くて、胸板も厚く、手足が長い。日本人離れしたスタイルだ。顔は彫が深く、一見、外国人に見える。太い眉、黒い目、高い鼻、少し薄めの唇。髪は無造作に伸ばして、あちこち跳ねているが、それがスタイリングなのか、それとも寝癖なのか、よくわからない。どっちにしろ、かっこよく見えるのはアルファだからだろう。黒髪で黒い目なのに東洋人っぽくない。似ているものはライオンです、と本人が自己紹介のときに言った瞬間、全員で、ああ、と声を出してうなずいた。
 たしかに、ライオンっぽい。
 肉食獣的な強さと、選ばれた王のような風格と、あと単純に見かけ。
 顔がいいとメディアへの露出も多くなり、話がおもしろいので社長そのものも人気が出て、朝風カンパニーは注目を集めている。
 朝風カンパニーの業務内容には、楽しいことをする、としか書いていない。実際に何をしているかというと、社員のアイディアを聞いて、社長が、それ、おもしろそうだな、と思ったものを実行に移すのだ。
 その勘がすごいのか、まず外れない。特定の部署はなく、新しい企画のためにふさわしい人が集められる。
 永輝は派遣として事務仕事を請け負っているだけなので、それ以上、詳しいことはよくわからない。ほかと比べて給料が高いから、景気はいいんだと思う。
 お金を持ってるのに『アルファクラブ』に来るのか。社交場でもあるから、そっちかな。
 朝風の視線がこっちに向いた気がして、ぺこりと頭を下げた。それから、会社じゃないんだからあいさつされてもわかるわけがない、と気づく。
 社員数はそこまで多くないし、派遣も社員とおなじぐらいの人数だけど、社員ならともかく派遣のことまでは覚えてないだろう。
 気恥ずかしくなって、永輝は即座にその場を去ろうとした。
「おーい!」
 朝風の声だ。
「そこのうちの派遣!」
 …え? まさか、ぼく?
 そろそろと振り返ると、朝風が永輝を手招いている。永輝が自分を指さすと、満面の笑顔でうなずいた。
「一緒に飲もう! 暇だろ?」
 …いや、意味がよくわからない。どうして、一介の派遣が社長と飲むわけ?
「名前は…えーっと…雪乃! 雪乃、来い!」
 どうして、名前を知ってるの!
 さすがにここまでされたら無視するわけにはいかない。永輝を呼んでるんだから。
 相手は社長。呼ばれたら行くしかない。
 永輝は朝風の方に向かって足を進める。
 これが、朝風との出会い。
 永輝の運命が変わった瞬間。


この続きは「希少種オメガの憂鬱」でお楽しみください♪