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ループももう17回目なので恋心を捨てて狼を愛でてスローライフを送りたい

箱根ハコ / 著
秋久テオ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/09/12

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内容紹介

陰キャの魔術師・ルカスは、想いを寄せる憧れのレオンの幸せを祈り、レオンとその恋人の結婚を成就させる。しかし、気づくと時間が2年前に戻っていて――実はルカスにとってこれは、17回目のループだったのだ! 自分の人生への未練がループの原因なのではと思ったルカスは、今度こそ最善を尽くしたはずだったのに…。レオンには何度もフラれているし、両思いになることなんてありえない。それならば、恋心なんて捨てて、自分の幸せ=大好きな動物を愛でながらスローライフを送ろうと決意するルカス。そんな時、一匹の狼と出会ったルカスは、彼と心を通わせていくが…。果たして、このループを終わらせることは出来るのか!?

人物紹介

ルカス

内向的な魔術師。ループを終わらせるため、レオンへの恋心を断ち切り、新しい幸せを叶えようとするが…。

レオン

剣士。ルカスと同じ魔術学園に通う、クラスでも一目置かれた存在。ルカスとはほとんど接点がなかったはずが、17回目のループでは急接近!?

立ち読み

 第一部

 教会の鐘が鳴り響いている。
 扉から出てきた二人の男女に参列者からの花びらのシャワーが降り注いでいた。空は晴天。抜けるような青空に白いタキシードとウェディングドレスが映えている。
 紛うことなき最良のハッピーエンドだ。
「よぉ、ルカス」
 二人を見ていると、後ろから声をかけられた。
「フィリップ君」
 先程までパートナーの女性と一緒にいた彼は、相変わらずの親しみやすさで僕に話しかけてきてくれた。
 彼の名前はフィリップ・マイヤー。僕と一緒に怪物シュタインを倒した旅の仲間である。ポジションは体力、魔力ともに癒やしてくれるヒーラー。エメラルドのような鮮やかな緑の髪を耳のあたりまで伸ばし、金色の目を嬉しそうに細めている。
「お前なぁ。今日くらいもっと楽しそうにしろよ」
 笑いながらフィリップ君はドンドンと僕の背中を叩いてきた。
 またも表情に出ていなかったのだろうかと慌てて口角を上げる。するとフィリップ君は堪えきれないというように吹き出した。
「ごめん、ごめん。冗談だって。今日のお前は本当に嬉しそうな顔をしているよ」
「……そうですか」
 ホッと胸を撫で下ろす。フィリップ君はいたずらっぽい顔で僕を覗(のぞ)き込んできた。
「たった一年だったけど、一緒に旅をしてお前の表情くらい見分けられるようになったからな。最初は感情ないのかと思っていたけど」
 どうやら僕は自分で思っているほどには感情が表に出ないタイプらしく、よく鉄仮面だとか人形だとか揶(や)揄(ゆ)されていた。けれど、フィリップ君を始めとする旅の仲間は次第に僕の扱い方や表情の変化がわかるようになっていったようで、今は以心伝心が出来る良い仲間になっていると思っている。
 フィリップ君は新郎新婦に視線を移す。
 相変わらず幸せそうな笑みを浮かべ、二人は友人や親戚に取り囲まれていた。
 花婿の名前はレオン・シュナイダー。剣で魔物を切り倒すアタッカーである。短く整えられた黒髪に漆黒の瞳が喜びで細められている。程よく日に焼けた肌には多くの傷跡があったが、今日はそれらを真っ白な花婿衣装が隠していた。
 花嫁の名前はエミリア・ミュラー。遠隔攻撃魔法により遠くから敵を仕留める魔術師だ。艶やかな黒髪は腰まで届き、紫色の瞳は見るもの全てを引き付ける。褐色の肌を包む純白のドレスは彼女の美しさを一層引き立て、普段から彼女に接している僕でも息を呑むほどだった。
「まさかあそこがくっつくとは思わなかったよなぁ」
 フィリップ君はしみじみと呟(つぶや)く。
「僕はお似合いの二人だと思っていましたよ」
 心の底から感じていることを口に出した。レオン君に恋をしていた身としては胸が少し痛むが、昔ほどの狂おしい嫉妬は感じていない。
「お前、何かとエミリアにレオンのいいところを吹き込んでいたもんな」
 唇を尖(とが)らせるフィリップ君に、バレていたのか、と苦笑を漏らす。
 レオン君のことが好きだった。けれど、何度告白しても僕の恋心は成就しなかった。
 だから、レオン君の幸せを願い、そのために行動することにしたのだった。
「二人とも、来てくれてありがとう!」
 エミリアさんが話しかけてくる。いつもは化粧っ気のない彼女だったが、今日ばかりは華やかな化粧が施されている。ドレスに映えて、美しかった。
「おう! おめでとう! すごく綺麗じゃねぇか!」
 フィリップ君は二人に近寄るとエミリアさんの正面に立った。僕もおずおずとフィリップ君の後ろから覗き込む。
「俺、実は昔お前のこと好きだったんだよな。でも、レオンを選んだのは英断だったよ。レオンは世界一いい男だからな」
「えっ!?」
 エミリアさんの頬(ほお)が赤くなる。フィリップ君はレオン君に向き直った。
「エミリアを幸せにしてくれよな。もし何かあったら俺が殴りに行くから」
「……ああ」
 普段は滅多に笑わないレオン君だったが、今日は嬉しそうに口角を上げている。二人は学生時代から仲が良かった。寡黙なレオン君とお喋りなフィリップ君は名コンビとしてクラスのカースト上位にいて、一目置かれた存在だった。
「ルカスも来てくれてありがとう」
 目を細めたままレオン君は僕に視線を移す。耳が熱くなり、視界が滲(にじ)むのを感じた。頬が緩む。
「おめでとうございます。心の底から嬉しいです。……僕、君たちの幸せを本当に願っていました」
 フィリップ君とレオン君は目を見張り、エミリアさんは瞳に涙を溢(あふ)れさせた。どうしたのだろう、と思っていると、フィリップ君が僕の肩に手を置いた。
「お前、そんな風(ふう)に笑えるんだな。可愛いじゃん」
「……そうですか?」
 自分としては普通に笑ったつもりだったが、彼らからしたら珍しいことだったらしい。逆に僕は今までどれだけ鉄仮面だったのだろうと口を尖らせた。
「ありがとう。ルカスにそう言ってもらえて嬉しい」
 レオン君が微笑み返してくれた。慈愛の籠もった笑顔に、頑張って良かったと心から思った。
 愛した人と、愛した人の愛した女性の結婚式。悔いはない。やりきったと断言出来る。
 だってこれは、僕が十六回もループしてようやくたどり着いた幸せなのだから。


 ゴォーン、ゴォーン……。
 朝を告げる鐘の音に目が覚める。
 そして、どんどん冷えていく背筋を感じながら、周囲を見回した。
「うわぁあああっ」
 見慣れてしまった室内に思わず叫ぶ。
 石造りの壁、木製の柱、薄暗い室内。僕が何年も見てきた学園の寮の一室だった。
 慌てて鏡の前に走っていって服をたくし上げる。前回、十六回目の旅の途中についた腹の傷はなくなっており、生白い皮膚があるだけだった。薄灰色の髪にカーマインの瞳は散々見慣れた僕のもの。今は顔全体が血の気を失い青白く、目が見開かれていた。
「……嘘」
 信じたくないが、信じざるを得ない。僕が着ているローブは間違いなくここ、アルティア王国国立魔術学園の六年生のローブなのだから。
 フラフラと足を動かしベッドに戻って倒れ込む。
 何故だ。何故またループしてしまったのだろう。
 申し分ない最良のエンディングだったじゃないか。一緒に旅をしていたレオン君もエミリアさんもフィリップ君も僕も生存していた。愛し合うレオン君とエミリアさんが結婚し、フィリップ君も体に傷を負ったけれど治療薬で回復し、旅の途中で出会った女性と恋に落ちた。今回のループでは死なずにすんだ僕は報奨金で森に家を買ってのんびり暮らしていた。だが引っ越して二週間後、明日も穏やかな日になるだろうと信じて疑わずに眠ったらまた学生時代に飛ばされていたのだ。
「なんでだ……」
 思わず頭を抱える。
 僕は、僕自身の力でループを引き起こしているのだと思っていた。
 この世界には勉強して身につく魔術や体術とは別に、生まれ持った『才能』から来る魔法の力がある。たとえば、レオン君の場合は怪力が才能だったし、エミリアさんは並外れた集中力によりどんなに遠く離れていても魔法を的中させられる射的の能力があった。フィリップ君も治癒の才能によりヒーラーとして皆を癒やしてくれていた。
 僕はといえば、『無効化』という、全ての魔術による状態変化を無効にしてしまうという能力を持っていた。ただし、この力が使えるのは自分に対してのみで、正直、ハズレ能力もいいところだと思っている。だからこそ、地道に努力をして魔術を習得してきた。
 その無効化の能力が死ぬ間際に火事場の馬鹿力で暴走し、望まない結果を『無効化』した。そうして過去に戻り、やり直す機会を与えてくれていた。
 ここ数回のループではそう思っていた。
 けれどまた時間が巻き戻ってしまった。僕が望んだ結果になっていたにもかかわらず、だ。
 フードのついた黒いローブを眺める。裾や襟に深緑色がアクセントとして使われていた。深緑色は最高学年を表す。
 このことから、また十七歳に戻ってしまったのだろうと推測した。僕たちの通っている魔術学園は十二歳で入学し、十八歳で卒業する。現在の気温からして季節は秋か春だろうが、僕は今の季節は秋、それも九月一日だと直感していた。
 戻る日は毎回九月一日、学年が切り替わる初日だからだ。
 窓の外から生徒の笑い声がする。近づくと、恐る恐る窓を開けた。
 僕の部屋は二階にある。目の前の小道をエミリアさんとフィリップ君が足取り軽く通り過ぎて行くところだった。
「今日からついに最高学年ね」
 エミリアさんが嬉しそうに笑っている。フィリップ君が頷(うなず)いた。
「そうだな。やっとうるさい先輩たちが皆いなくなった」
「アンタ、卒業式で泣いていたくせに」
 フィリップ君の言葉にエミリアさんが楽しそうに返す。レオン君は毎回何故かここにはいなかった。
 もう十六回見た光景で十七回目に聞く会話だった。ひぇ、と慌てて窓を閉める。
 やっぱりだ。今日は十七歳の九月一日。十七回目のこの日を迎えてしまったのだ。
 ベッドにうつ伏せになり、僕はこれまでのことを思い返す。
 一回目の人生で、卒業間近の五月に怪物シュタインが現れた。三メートル近くある巨体は人間の上半身に山羊の下半身、蛇の尻尾にコウモリの翼を持った合成獣(キメラ)だった。彼が現れるとほぼ同時に世界各国で見たことのない怪物が現れ、魔術学園の卒業生や現役の兵団で討伐隊が組まれた。後に聞いた話だと、様々な怪物はシュタインによって生み出されていたというのだ。僕はサポート系の魔術がクラスでトップの成績だったからフィリップ君に誘われて、卒業と同時にパーティを組み、討伐の旅に出た。
 数々の苦難を乗り越え、魔物の兵団をなぎ倒し、僕たちはシュタインに挑んだ。
 シュタインの攻撃は多岐にわたるが、特筆すべきは時間を巻き戻す攻撃だった。
 致命傷を与えられたと思ったらその瞬間に数分巻き戻され、傷をなかったことにされてしまう。それでも何とか僕たちは食らいついて攻撃を繰り返した。
 しかし、まずはヒーラーであるフィリップ君が殺された。彼が倒れた後も戦いは続いたが、そこでレオン君とエミリアさんが大怪我を負ってしまい、僕はけして得意ではない回復魔法をかけていた。後少しで二人の傷が完治する、そんな時にシュタインによって背後から襲われ、人生を終えた。
 二回目、今回と同じように十七歳の九月一日に戻された。
 最初は信じられず、何故こんなことが起こったのかと考え、すぐに見当がついた。きっとシュタインが大ピンチに陥り、大幅に時間を巻き戻したのだろう。
 そこで僕は、神が自分に与えてくれたチャンスなのだと思い今度こそはシュタインを倒そうと決意した。まずはループしているとレオン君たちに話した。けれど、誰も信じてくれなかった。
 そういえば、前回の人生のシュタイン戦でも、時間が巻き戻ったことに気がついていたのは無効化の能力を持っていた僕だけだったと思い出す。
 ちなみに、シュタインも時間を巻き戻すとそこそこ疲弊するようで、普段は滅多に使わなかったその能力を僕たちとの戦いで初めて使ったのだろう、それ以前には時間が巻き戻る感覚を抱いたことはなかった。
 今回も前回と同様に、卒業間際にフィリップ君に勧誘され、パーティに加わった。けれど、陰キャでクラスでのカーストも下の方である僕は、彼らとなかなか打ち解けられずにいた。だから、ループの話題を出しても、苦笑され、流され、一回目と同じようにシュタインによって殺された。
 三回目から七回目も大体同じようなパターンで、八回目以降はループしていることを打ち明けるのをやめてしまった。信じてもらえなくて辛かったということもあるし、旅の内容は毎回大同小異でいつもフィリップ君が最初に殺され、その後僕もシュタインに殺される、その流れを変えられなかった。生き残ったレオン君とエミリアさんがどうなっているかはわからない。僕以外誰も記憶を持っていないからだ。
 ちなみに、この間にパーティを数十人規模で大きくしたり、武器やアイテムを大量に仕入れてみたりもしたが、結局シュタイン戦の結果は変わらなかった。
 普通なら三回目あたりで、どうせ死ぬのだからとシュタインとの戦いに挑むのをやめて逃げるものだろうが、僕には諦められない理由があった。
 一回目の人生でレオン君に恋をしてしまっていたのだ。
 僕は動物や魔獣といったふわふわの毛が生えた生き物が大好きだ。なので、放課後は治療用の器具が入ったカバンを持って学園の裏の森を散歩するのが日課となっていた。
 三年生のある日、怪我したウサギを保護しようとしたらドラゴンに襲われそうになった。
『うわぁ……!』
 灰色のドラゴンはこの地方によくいる種類で、獰(どう)猛(もう)でウサギや鳥といった小動物を主食にしている。僕はウサギを両手の中へかくまう。手当したばかりの包帯がつけられている小さな獣は腕の中でか細く震えていた。
 ドラゴンの鋭い鈎爪が僕の服を切り裂く。魔法で作った盾をあっさりと壊され、僕は地面に倒れ伏した。
 殺される。死を覚悟したその時だった。
 クキェエエエ……! とドラゴンの咆(ほう)哮(こう)が聞こえ、ぎゅうと瞑(つぶ)っていた目を開ける。
 ドラゴンは二メートルほど先で血を流して横たわっていた。その正面に赤いアクセントのついた黒いローブを着ている少年を発見する。僕と同じ三年生の制服だ。彼には見覚えがある。
『……レオン君!』
 彼は更に数度ドラゴンに剣で斬りかかる。かなわないと判断したのか、灰色のドラゴンは羽を数度羽ばたかせると空へ逃げていった。
『大丈夫か?』
 振り返った彼は太陽を背にしていたこともあり、輝いて見えた。
『……はい』
 どくん、どくんと心臓の鼓動が速くなっていく。どぷん、と甘い果実をたっぷり搾ったジュースの中に落ちていくような錯覚を抱いた。
 こうして僕は実にあっさりと、かつ鮮やかにレオン君に恋をし、以来ずっと想い続けていた。
 友達が少ない僕だったが、この日以降僕の毎日は楽しいものになった。遠くからレオン君を見ているだけで幸せな気持ちになったし、密かにキスをする妄想をしては興奮で眠れなくなっていた。
 自分が男性を好きになったという事実に最初は戸惑っていたが、好きな気持ちをごまかせず、学園にいる間だけは楽しもうと大切に抱え込んでいた。
 いくら人生経験を積もうと、時間が巻き戻るたびに不思議と当時の精神状態に戻ってしまう。過去のループの記憶は本で読んだ記事のように実感を伴わなくなり、どれだけの年月を経験しても時間が巻き戻ると僕の心はレオン君への恋を主張するようになる。
 なので、前回のループの記憶から、忘れようと、諦めようとしてもレオン君を見ただけで心臓が暴れ狂ってしまい、恋の苦しみから逃れられないのだ。
 そこで、八回目のループでもういっそ告白しようと思ってしまった。
 結果は惨敗だった。
『悪いが、俺にそういう趣味はない』
 彼のしかめられた顔は未だに忘れられない。もう二度とそんなことを言うなと告げられ、ひっそりと泣いた。
 非常に残念ながら、我がアルティア王国は保守的で同性愛者に対して……、というより、「結婚して子供をもうける」ことの出来ない属性に所属する全ての人間に対して差別感情を持った人が多い。同性愛者と知られれば気持ち悪がられる。とはいえ、レオン君はその後『あのルカスがそんなことを言うなんておかしい』と、僕が精神攻撃を受けたのかもしれないと心配してくれたので、心の弱かった僕はそれにのっかって無かったことにしてしまった。
 こうして恋心が成就しないままシュタインと戦い、八回目の人生は終わった。
 この頃には『どうせループしたら僕以外の人は全て忘れるんだから』と開き直り、色んな行動に出るようになっていた。勇気を持ってレオン君にアタックし、玉砕すること五回。十三回目の九月一日が来た時、ようやく僕は受け入れた。
 そもそも僕みたいな陰キャ、どれだけループしてもレオン君から恋愛対象には見てもらえないのだ、と。
 そう気がついてしまった僕は恋心を捨てようと努力した。フィリップ君に誘われても断り、旅のパーティには加わらなかった。
 結果、通りがかりの魔獣に襲われて絶命した。
 どうやらどうあがいても僕は死ぬ運命にあるようだ、と悟り、ならば少しでもシュタインに関する情報を集め、戦いを有利に進めようと十四回目のループで決意した。
 そうして、魔術学園へ長期休暇届を出して諸国を放浪することにした。
 訪問した先で、東の魔女と呼ばれている大魔法使いミランダが、シュタインを生み出すべく材料を集めている現場に遭遇してしまった。
 自然発生的に現れたのだと思っていたシュタインは、ミランダが魔獣の骨や魔力の宿った鉱石、樹液や植物から生み出したキメラだったのだ。
 しかし、それを知った頃にはすでに手遅れで、材料は揃っており、シュタインは生み出されてしまっていた。
 彼女は古今東西の書物を集めており、その中の一冊に記されていたキメラ制作の秘術をもとにシュタインを作り、自我を持ったシュタインに一番に殺されたようだ、と無惨にも崩れ去った彼女の居城を訪れた僕は見当をつけたのだった。
 その後シュタインは彼女が残した書物を読み漁り、大量に魔獣や魔物を作り出し自分の使い魔とした。使い魔となった彼らは人間を襲って殺し、その肉を食料としてシュタインに献上していった。
 シュタインの誕生秘話を知り、更にシュタインについて調べているうちに気づけば僕は学園に戻るのをすっかり忘れてしまっていた。そうして卒業月を迎え、僕以外の級友は卒業していった。
 けれど、どうせ卒業しても一年後には死ぬのだから、と気にせずシュタインを倒す手立てを探して旅を続けていた。
 そんなある日、僕は別の同級生を一人、サポーターとしてパーティに加え、旅を続けているレオン君たち勇者御一行を偶然見かけた。僕がいた時よりも円滑にコミュニケーションがとれている様子にショックを受けつつも、つい気になってストーカーのように彼らの旅を尾行してしまう。
 そうして、これまでのループではシュタインに殺されるのは僕だったが、代わりにそのサポーターが死んだので、生きながらえた僕は彼らのその後を知った。
 遅れて到着した他の勇者パーティの助けもあり、辛勝したレオン君とエミリアさんはそのサポーターとフィリップ君の遺体を持って帰り、丁重に弔っていた。
 墓前でレオン君たちは寄り添うように一緒にいて涙を流して抱きしめ合っていた。
 他の誰も入っていけない親密な空気に、なるほど、と僕はようやく腑に落ちた。
 どうやらレオン君とエミリアさんは恋人同士だったようだ。であれば、確かに好きでもない、それも同性である僕から告白をされたら気持ち悪いし、戸惑うよな、と納得する。
 最初から僕とレオン君はくっつかない運命にあったんだ。
 痛む胸を抱え、そっとレオン君たちから離れた。その帰りにやはりシュタインの生み出した魔物の残党に殺された。
 十四回目の人生での死に際、僕はこれでもうループはしないものだと思っていた。
 シュタインのせいでループが引き起こされていて、そのシュタインは死んでしまったのだ。だから、十五回目の九月一日を迎えた時、僕は大いに驚いた。
 そこでようやく、時間を巻き戻していたのはシュタインではなく、僕自身だったのでは? と考えるようになったのだ。
 先述した才能についてだが、その能力の大きさで影響を及ぼす範囲が変わってくる。
 僕の『無効化』は、その名の通り僕の身に降りかかる状態異常を無効に出来る能力だ。おかげでループの間も記憶を保っていられる。自分にしか発動しない規模の小ささから、この能力は僕自身が知らないうちにいつでも発動しており、状態異常関連の攻撃をかけられている最中でも無効化出来てしまう。
 一方で、他人に使う能力の場合は、何人に効果が及ぶかで難易度が変わってくる。たとえばフィリップ君の治癒能力だと、一人治すのであれば少し力を入れれば簡単に治せるが、三人同時となるとかなりの精神力と修行が必要になるようだった。
 つまり、一概に才能といっても、その能力の発動のしやすさには人によって差があるというわけだ。
 普段は微弱な僕の無効化の能力が、僕が死ぬ際に火事場の馬鹿力を発揮し、世界を巻き込んで時間を巻き戻したのではないか。
 それが僕が導き出した仮説だった。
 毎回僕が死ぬ原因はシュタイン、もしくは彼が生み出した魔物によってである。なので、僕はそもそもシュタインを作らせないために、ミランダを倒す、もしくは説得することを考えた。しかし、彼女は大魔法使い。倒すのはまず無理だろう。では、説得は、と考えるが自分がループしていることを信じてもらえるかわからなかったのでやめておくことにした。それでもし彼女に疎(うと)まれて殺されてしまったら元も子もない。
 また、警察や諸侯の私設兵団にミランダのことを話しても信じてもらえなかったため、僕は材料の方を狙った。
 自分にしか使えないと思っていた無効化の魔法は、実験した結果、無機物には効くとわかったので、ミランダが手に入れる素材の一つであるストッツ鉱石の魔力を無効化したのだ。
 更に同じく素材であるヒドラの逆(げき)鱗(りん)を彼女より先に奪っておくことで、シュタインの誕生を防げないかと考えた。
 結果、それでもシュタインは生まれた。けれど、弱体化していた。おかげで僕たちは全員重傷を負いながらも生きながらえ、シュタインを倒せた。
 けれど、その五日後に僕はシュタインが生み出した魔物たちの残党に殺された。今回も告白はしなかった。
 そして十六回目である。
 僕は考えた。もしかすると、僕自身が死ぬ間際に満足をしていなかったから、ループが引き起こされてしまったのではないだろうか。
 であれば、僕はどうしたら自分の人生に満足して死んでいけるのだろう。
 そこで思い浮かぶのはやっぱりレオン君のことだった。もう何回もフラれているのだ。彼と両思いになることは諦めている。
 だったら、せめて愛した人に幸せになってもらいたい。滅多に見られない笑顔を隣で眺めていたい。向ける相手が僕じゃないのはわかっている。それでも、彼の幸福に貢献出来たのだと胸を張って死んでいきたい。
 結果、レオン君とエミリアさんの恋路を全力で応援した。
 旅の間、二人きりになれるように取り計らい、エミリアさんにレオン君のいいところを吹き込んだ。こうして今度は全員でシュタインに挑み、大量に用意しておいた治療薬で怪我を負ったフィリップ君を回復させ、まともな状態でシュタインを倒し、全員生き残った。
 そして、冒頭の結婚式で僕たちの旅は大満足のうちに終わりを告げるはずだった。


 始業式と今日の授業を終え、学園の裏の森にある水車小屋でうんうんと唸(うな)る。
 ここは僕が四年生の夏に見つけた秘密基地だ。薄暗く、人体に毒となる植物が数種類生息しているこの森に入る人間は少なく、この水車小屋に生徒はほとんど訪れない。静かな環境を好み、森に生息する動物の観察が趣味である僕からすると理想の隠れ家だった。
「もしかしてループを起こしているのは僕じゃない、とか……」
 卒業生が持ち込んだらしき埃(ほこり)っぽいソファに腰掛け、腕を組み考え続ける。ちなみに、過去にこういう場所を好む卒業生がいたようで、彼ら彼女らによってソファとローテーブルが持ち込まれており、ランプも用意されていた。
「でも、じゃあなんで僕に記憶があるんだ?」
 首を傾(かし)げ、顎を撫でる。もしも自分がループに関わっていないのであれば、記憶も無くしていてもおかしくはない。実際、僕以外は誰も記憶を持っていない。だからてっきり自分がループを引き起こしているのだと思っていた。
「……やっぱり、レオン君と両思いになれなければ無意識で何度もループを引き起こしてしまうんだろうか」
 絶望にも近い気持ちで呟く。正直、前回のループの際に百パーセント満足をしていたかと言うとそうでもない。心の三パーセントくらいは報われなかった恋心に傷ついていた。
 ついに僕の人生の経験年数は五十年になろうとしているのに、今回も精神状態は十七歳に戻ってしまっている。始業式ではレオン君を探してキョロキョロと周囲を見回していた。
 滅多に表情を変えない彼は普段何を考えているかはわからない。けれど、戦場では別だ。敵に向かって真っ先に切りかかっていく姿は迷いがない。怪我をしても自分の治療は最後でいいとエミリアさんや僕を優先的に治すように言ってくれていた。そんな度胸と優しさに、僕は毎回恋をし、そして玉砕してきた。
 彼と両思いになることなんて天と地がひっくり返ってもありえない。
 ではどうしよう。
 僕が人生に満足をしていないからループが引き起こされるのだと仮定し、どうすれば満足がいくかを考える。レオン君への片思いが成就するとは思えない。ふと、ループを繰り返すうちに生まれた新たな願いが思い出された。
 のんびりと動物を愛でながらスローライフを送りたい。心が乱されることも、落ち込むこともない平穏な生活を営みたい。
 思い浮かべた生活は今の僕にはキラキラと輝いているように感じられた。そうだ。ペットと一緒のハッピースローライフ。それを目標に頑張るのだ。
 そのためにはレオン君への恋心はきれいさっぱり捨ててしまった方が良い。彼のことを好きだから、こうしていつまで経っても辛いままなのだ。
 僕が決意を固めた瞬間、小屋の外で鳩たちが一斉に飛び立つ音がした。ぎゃうぎゃうとうるさい鳴き声から大型の獣が来たのだと察せられる。慌てて僕は外へ飛び出した。可愛い獣ならお近づきになりたいと思ったからだ。
 そして僕にとって獣は皆等しく可愛い。
「魔獣はどこだい!?」
 持ってきていた治療セットを手に周囲を見回す。すっかり日は西に傾いており、本来ならばそろそろ帰らなければならない時刻だった。
 僕はすぐに目の前の小道に横たわっている獣に気がついた。
 黒い毛むくじゃらの体は僕と同じくらいの体長だ。足から血を流し、ゼェゼェと息をきらせて横たわっている。
 狼だ。
 そっと獣に近寄る。狼はグルル、と威(い)嚇(かく)してきた。足を止め、狼を観察する。
 この近辺の狼の毛は今の時期だと灰色なので、黒いこの狼は外来種だとわかる。このアルティア王国よりも更に北の地域に生息する種族だろう。
「警戒しないで。君に危害を加えるつもりはないんだ」
 僕はカバンから干し肉を取り出す。獣と仲良くなりたくて常備していた。倒れている獣の口元に持っていくが、狼は数度匂いをかぎ、そっぽを向いた。
「あれ? 君、干し肉は嫌いかい? 前に僕も食べてみたけど、美味しいよ?」
 更に狼に干し肉を近づける。なおも毛を逆立て威嚇してきた。
「わかった、わかったよ。君を手懐けようとするのは諦める。でも、せめて手当だけでもさせてほしいんだ。森には他にも狼がいるし、ドラゴンも出る。グリフォンだってうろついている。この傷じゃ、もしそういう危険生物に出くわしても逃げられないだろう?」
 敵意が無いことを伝えるべく、両手をあげて狼に近づく。人間の言葉がわかるはずはないが、狼は怪(け)訝(げん)そうに僕を見て、それから自分の足へと視線を移した。
 皮膚がえぐれて肉が飛び出している。傷跡から見てグリフォンの鉤爪だろう。背中もところどころ血が出ていた。
「大丈夫かい? かわいそうに……。痛かっただろう?」
 そっと狼の毛に触れる。どうやらもう唸る力も残されていないのか、獣は抵抗をしなかった。
 僕は治癒魔法が得意ではないし、時間が巻き戻る時に能力も戻ってしまうので過去のループでせっかく覚えた魔術は使えなくなっている。それでも、今出来ることを精一杯しようと狼を抱きかかえて水車小屋へ運んだ。
 ちなみに運ぶ時の感触で性別がわかった。雄だった。
 室内は薄暗かったので、ランプに火を灯し、外へ水を汲(く)みに行く。近くに川があるのですぐに桶(おけ)を満たして戻ってこられた。持ってきた布でローテーブルを拭き、アルコールで消毒をする。
 獣の治療は初めてではない。以前別の動物に施した処置を思い出しながら、狼の傷口を水で洗い流してからテーブルの上に持ち上げて横たわらせた。見たところ、太ももから膝関節にかけて大きく裂けており、今も血が止まらず、溢れ続けている。
 清潔な布を取り出し、血を吸わせ、包帯できつく縛った。その上から両手を置き、呪文を唱えながら魔力を送り込む。
 フィリップ君なら一瞬で治してしまえるであろう傷だったが、僕は何時間もかかってしまう。
 額に汗を流しながらも必死で狼の傷を癒やし続けた。
 対象相手の怪我が治ると、一度放出した魔力が跳ね返るような感触がする。
 僕が魔力の反発を感じたのはそれから二時間後だった。
 とうに日は沈みきり、安全のために水車小屋の扉を閉め鍵をかけていた。
「よし、これで治療は終わりだよ」
 包帯をほどき、狼の怪我を確認する。裂けてしまった毛は元に戻らなかったが、皮膚は蘇っており血は流れていなかった。
 周囲についた汚れを拭き取り、狼の毛を撫でる。
「ごめんね。僕に治癒の才能があれば、もっと早く、完璧に治してあげられるんだけど」
 狼は僕を静かな瞳で見つめていた。かわいいな、と口元が緩み、彼の頭を撫でる。黙ってされるがままになっていた。気を許してくれたようで嬉しい。
「君、僕の好きな人にそっくりだね」
 ふいに思ったことが口から出てしまった。
 黒い毛並みにオニキスのような瞳は僕が何度も恋に落ちたレオン君のものにそっくりだったのだ。狼は不思議そうに見上げる。まるで言葉を理解しているかのようだった。
「僕の好きな人もね、君みたいな綺麗な黒の瞳をしているんだ」
 つい、レオン君のことを思い出し目を細める。そんな僕の手から抜け出し、狼は机から下りて扉の方へと歩いていった。
「あ、待って! 今晩は泊まっていきなよ」
 慌てて彼の体を掴(つか)んで引き止める。狼は振り返ったが、体を振って払いのけようとした。
「夜の間は魔獣の動きが活発になる。それに、僕の治癒魔法は生物本来が持っている自然治癒力をサポートする形式の初級魔法なんだ。だから、今の君は多分すごく疲れていると思う。一晩この小屋でゆっくり休んで明日の朝出ていけばいい」
 狼はふん、と鼻を鳴らす。まるでそのくらい自分ならば大丈夫だと言わんばかりだった。
 逆に僕はものすごく消耗してしまっている。立ち上がったものの、足に力が入らずその場に倒れてしまった。
「うわっ!」
 ドシン、と尻もちをつく。頭もくらくらする。
「あ……、あはは、僕もあまり力が出ないみたい」
 苦笑をすると、彼は呆(あき)れたような瞳で見てきた。いたたまれなくなり、鍵を外し、扉を開ける。
「どうしても外に出たいというなら、出てもいいよ。君は自由だ。……出来ればここにいてほしいけど」
 外には星が瞬いていた。月明かりで周囲は明るい。これならばきっと外に出ても彼は大丈夫だろう。
 狼は外と僕を交互に見てから、扉を閉じた。
「え?」
 そして、僕に鍵をかけさせ、頭で僕の体を押してソファへと近づける。
「ここにいてくれるの?」
 まじまじと狼を見る。彼は頭を僕の膝にすりつけてきてくれた。嬉しくてつい抱きつく。
「ありがとう!」
 狼は一瞬固まったが、逃げないでいてくれた。硬い毛が頬に当たる。僕は喉や背中をワシワシと撫でた。
 ソファは一人と一匹で眠るには小さい。彼は僕がソファに座ったのを確認すると、足元で丸くなった。
「ふふ、君は本当に可愛くておりこうさんだなぁ」
 何度も彼の背中を撫でる。十分に狼の毛を堪能し、その日は眠りについた。
 朝、目を開けると彼はいなくなっていた。
 まだ床が温かかったので、太陽が上ってから外に出たのだろう。
 鍵を外して扉を開けるなんて、やっぱりあの子は賢い狼なんだな、と思いながら僕も治療セットを片付けて寮へ戻った。

 結局、その日は無断外泊をしてしまったから、寮監に反省文の提出を命じられ、朝食を食いっぱぐれてしまった。
 ぐぅ、と鳴るお腹を抱え、昼食を取るべく食堂へ向かう。
 この学園の食事はチケット制で、学期の始めに必要な分のチケットが全員に配られる仕組みになっている。チケット一枚につき定食が一膳提供され、そこから更に食事を増やしたかったら別途お金を払って新たにチケットを購入し、肉や魚などの惣菜や焼き菓子などの甘味を手に入れられるのだ。
 動物の治療セットを買っていてお小遣いが少ない僕は、定食だけにして食堂の隅の方に座った。
 定食だけとはいっても、パンにスープ、サラダに魚の香草焼きという生徒の健康に気を配ったメニューは普段であれば十分に腹が膨れるものだった。
 けれど今日は朝食を抜かれている上に、治療疲れが残っておりまだ食べ足りなかった。
 空になったトレイを見ながらどうしようかと考えていると、目の前のテーブルにチケットが二枚置かれる。
 無骨な手に導かれるように視線を上げると、レオン君の姿があった。
 どくんと心臓が跳ねる。頭が真っ白になり、急に呼吸が困難になった。
「これ、よかったらもらってくれ」
 ニコリともせず彼が告げる。じ、と僕を見ているから相手は自分で合っているはずだ。
 僕は眉尻を下げ、ぶんぶんと首を横に振った。
「……も、もらう理由がありません」
 この時期、僕とレオン君はそこまで仲が良くない。彼は剣士で僕は魔術師。武力コースと魔術コースでクラスも分けられてしまっている。フィリップ君とは同じクラスなのでまだ話す機会があるが、レオン君とエミリアさんは別のクラスだ。レオン君とは以前一度助けてもらった時以来話していない。
 その上僕は超がつくほど内向的なド陰キャなのだ。どれだけループしてもレオン君のようなカースト上位の生徒と話す時には緊張するし、顔もまともに見られなかった。
「……もらってほしい」
「なんで……」
 ぐぅ。空気を読まない僕の腹の虫が鳴る。耳まで熱くなった。
 レオン君がいるものだから周囲の視線が集まる。眉目秀麗な彼はいつだって人目を引き付ける。そんな彼が僕みたいな陰キャに絡んでいるから物珍しいのだろう。
 羞恥心に耐えきれなくなって、思わず立ち上がる。
「気を使っていただかなくて結構です……!」
 ぺこりとお辞儀をし、トレイを持って小走りにその場を去った。
 くれるというのだから、笑顔でありがとうと言えばいいのに。こういう態度だからレオン君に好かれないのだ、と食堂を出てから頭を抱え、その場に座り込んでしまった。


この続きは「ループももう17回目なので恋心を捨てて狼を愛でてスローライフを送りたい」でお楽しみください♪