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美貌の魔術士はライバルをうっかり恋に落とす

キトー / 著
凩はとば / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/08/08

内容紹介

ソラは魔術学園一の成績と美貌の高嶺の花。成績が発表されるたびソラに唯一張り合ってくるのは、万年二位の同級生で名家出身のプラド。ソラをライバル視し、対決を挑むプラドだったが――。一方、プラドを憎からず思っていたソラは、彼から対決に誘われてほくほく。だが共に過ごすうち、プラドの様子がおかしいことに気づく。ソラが見つめると、顔を赤く染めたり目を逸らしたり。――これは妙な魔術のせいに違いない! そう思い込んだソラは、プラドにかかった魔術を解術してやろうと精を出すが……? 「できる限り手を繋いでいたい(魔術研究のため)」「人の気も知らないで……っ!」噛み合わないライバル二人の学園コメディBL!

人物紹介

ソラ・メルランダ

魔術学園一の成績と美貌で、高嶺の花の存在。だが完璧に見えて生活力が皆無で……?

プラド・ハインド

世話焼き体質の名家出身魔術学園生。毎回成績でソラに負けつっかかるが、ソラの生活力のなさを目の当たりにし……?

立ち読み

【プロローグ】


 いつからだろうか。彼が自分から逃げるようになったのは――。
「プラド」
「……っ!」
 学園の中、私室に戻る際に彼と鉢合わせた時の出来事だ。
 赤毛でオールバックの彼は、自分が名を呼んだ途端に大げさに目を見開く。
「お……俺は忙しいんだっ!」
 そして今日も、真っ赤な顔をあからさまに背け、回れ右し、大股(おおまた)でもと来た道へ去ってしまった。
「……ふぅ……」
 これで何度目だろうか。思わず吐(つ)いたため息は悲しみの色が滲(にじ)む。
 己はよっぽど嫌われたのだろう。あんなに顔を赤くするほどに嫌悪感を向けられているのだから。
 しかも時折、ふと気がつけばじっと見られているのだ。目が合うとやはり顔をそらされるが、こんなにも人から睨(にら)まれるのは初めてだった。
 それでも、仕方ないのだと自分に言い聞かせる。
 嫌われているのだから仕方ない。要因は間違いなく、さんざん迷惑をかけた自分だろう。
 きっと呆(あき)れられたのだ。だから仕方ないのだ。だから彼は、目が合っただけで顔を赤くしたり、じっとこちらを見続けたり、まともに目を見て会話もしてくれないのだ。
「仕方ない……」
 嫌われてるのだから、仕方ない。
 そう己の中で納得させて、次の瞬間にはもう、魔術のことを考えているのだった。

【第一章】


 ソラ・メルランダは今日も長い髪をなびかせ歩く。
 ここは王都の中心にある学園。広大な敷地に建つ校舎は歴史ある建造物だ。
 その広い石造りの廊下を、魔術科学生の証(あかし)であるローブを身に着けたソラは歩いていた。四年制の高等部から入学したソラは、現在三年生である。
 天に溶け込むような青空色の髪は一つに結ばれ、揺れるたびに太陽の光できらめいた。
 瞳も同じ空色で、その瞳を囲むまつ毛は影を落とすほど長い。
 白い肌に整った中性的な顔は、窓際にたたずめば一枚の神秘的な絵画のようだった。そんな美しい彼を、周りの人間は森の泉の妖精のようだと口にし、感嘆のため息をもらす。
 しかし当の本人は己の容姿に無頓着だった。
 そのせいで度々大事件が起こる。その一つに「森の泉の妖精断髪事件」がある。
 以前ソラは、伸びた髪をうっとうしく思い、結んだ束を鷲(わし)掴(づか)んでナイフでバサリと切り落としたことがあったのだ。
 その際、親の死に目を見るような周りの顔に、ソラは何となく駄目なことなのだと悟る。以降、散髪をプロに任せるようになったとか。
 しかし何度「できるだけ短く」と頼んでも、散髪師が美しい髪を切り落とすのを惜しみ、毛先を整えることしかしてもらえないのが最近の悩みらしい。
「お、おはようございますメルランダさん!」
「あぁ、おはよう」
 勇気を出してソラに声をかけたのだろう後輩は、返事をもらえると嬉しそうに頬を染めて去っていく。
「めっ、メルランダさん……っ!」
「あぁ、おはよう」
 次に緊張した面持ちで声をかけてきたのは、黒髪を刈り上げて短髪にした男子生徒だった。
 ワイシャツを腕まくりし、これみよがしに筋肉質な太い二の腕を晒(さら)す青年は剣術科の生徒である。魔術科ではあまり見ないタイプだ。
 ちなみに何度も声をかけられているが、ソラは未だに名前を知らなかった。
「め、め、メルランダさん……っ」
「なんだろうか」
 青年はソラの前ではよく口ごもる。見た目に反して緊張しやすい繊細な性格なのだろうとソラは思っていた。
 そんな彼は、顔を真っ赤にしながらも懸命にソラと向き合おうとする。しかしやはり視線は泳いでいた。
「お、俺が、剣術科でトップテンになった暁には、俺と……っ」
「……ふむ?」
「……あのっ、そ、それじゃ……! 失礼しました!」
 大きな体でモジモジしながら何かを伝えようとするのだが、やはり今日も肝心な用事が分からずじまいで去ってしまった。
 よくあることなのでソラは特に気にはしなかった。

 ソラを慕う者は多い。それは彼の美しすぎる外見も関係するが、ソラの魅力は外見だけではないのだ。
 魔術科不動のトップ成績という事実も彼の魅力を際立たせ、しかしその実力を鼻にかけることなどせず、ただ淡々と研究に打ち込む。アドバイスを求められれば的確に指示し、問題が起こる前に先回りして解決させてしまう。
 優れた才能と穏やかな性格、美しい姿も相まって、今日も彼を崇拝する者は増えていく。それは先程の青年のように剣術科の生徒すら魅了する。
 ただ、惜しむらくは表情である。
 ソラはほとんど笑わない。そうかといって怒りもしない。感情がないわけではないが、どうにも表情筋が動きにくいのだ。
 そのため、感情の読めない彼には近寄りがたい雰囲気がつきまとう。しかしそれもまた彼の魅力だと、周りは密かに孤高のソラへ熱い視線を送るのだった。

「メルランダさん! また首席でしたね!」
「そうか」
 本を抱え校内を歩いていた時だった。クラスメートがソラへ嬉しそうに報告に来たのだ。
 その報告で今日は成績が発表される日なのだと知るが、そんなことより魔術の研究がしたいソラは簡単な返事だけをした。
 もちろん首席でいられるのは誇らしいとも思う。しかし、ただ己が好きで魔術を学んでいるだけであり、結果は付属品にすぎないとも考える。
「おい」
「……?」
 だが、そう思わない人物も当然いるわけである。
「今回もたいそうな成績だったみたいだな」
「プラド、それは褒めているのだろうか」
「おー、凄(すご)い凄い。褒めてやるよ」
 褒めてやる、と言いながらもプラドと呼ばれた男はソラを鼻で笑う。
 ソラの目の前で腕を組み、威圧的に睨む男の名はプラド・ハインド。ソラの同級生である。
「だがな、調子に乗っていられるのも今のうちだ。今はトップの座にあぐらをかいてチヤホヤされてるようだが、次のトップは俺だ」
「前も言っていたが?」
「うるせぇっ、今回は調子が悪かったんだよ!」
「そうか。薬は必要か?」
 体調に合わせて魔力を込めながら薬を配合するのも魔術士の仕事だ。学生ながらすでにプロと変わらぬ腕前を持つソラは、日頃から練習がてらに困っている学生へ薬を配合していた。
 なので体調不良ならば薬を配合しようかと、完全な善意でソラは言ったつもりだったのだ。
 しかしながら、当のプラドにはソラの善意など伝わらなかったようで「いらねえよっ!」と、吐き捨てられてしまった。
 バカにしやがって……と睨むプラドに、また怒らせたようだとソラは申し訳なく思う。
 しかしいかんせん表情が出ない彼は、一人怒るプラドを涼し気な態度で軽くいなしているようにしか見えない。その様子は、益々(ますます)プラドを憤慨させた。
「いいか! 次は必ず俺が勝つっ!」
 そう言い残し、プラドはドスドスと足音を立てて立ち去った。
 そんな彼を見送って、ソラは人知れずため息を吐く。
 ソラは極端にコミュニケーションが苦手だった。いわゆるコミュ障である。
 それでも今まであまり問題にならなかったのは、ソラに話しかける者が少なかったからだ。
 高(たか)嶺(ね)の花と認識されているソラに対等に対話しようとする者はほぼいない。憧れの存在を遠くから眺めるだけで満足してしまい、まともなコミュニケーションを取ろうとはしないのだ。ただ一人の男を除いて。
 しかし、そのただ一人の男は先程怒って立ち去ってしまったわけである。
 常に二位の座に鎮座する男の名はプラドという。鮮やかな赤髪をオールバックにした男は、良い家の出のようで、すこぶるプライドが高かった。
 身長はソラより拳一つ分ほど高く、仁王立ちがよく似合う男である。
 この男もまた成績優秀で教師の覚えもよかったが、この学園でトップに立ったことはない。
 生まれてこのかた家族からも周りからも褒めちぎられて育った男は、それが許せるはずもない。
 そんなわけで、まさに目の上のたんこぶと認識されてしまったソラは、幾度となくプラドから絡まれていた。
「……」
 そんなプラドをソラはとても……面白く思っていた。
 絡まれるソラに同情の目を向ける者は多い。
 しかしソラ自身は、プラドに絡まれるのは不快には思わない。もちろん初めは戸惑って珍獣を見るような目で見てしまったが……。
 遠巻きに憧れられるだけの孤高の存在。そんな日常を突然壊してきたのがプラドだった。
 それは私室でお気に入りのお茶を飲んでいたら突然やかましいカラスが窓ガラスを割って飛び込んできたような衝撃だった。
 ただ話しかけられただけなのだが、ソラにとってはそれほどの衝撃があったのだ。
 突然の珍獣に戸惑っていたソラも、幾度となく突撃されるうちに慣れてきて、今では楽しみの一つとなっていた。
「……嫌われているけれど……」
 彼となら対等な友人になれるのではないかとソラは思っていた。だから試しにファーストネームで彼を呼ぶようにしてみたが、プラドから自分がファーストネームで呼ばれることはなかった。
 それでもソラなりに歩み寄ろうとするのだが、今日も見事に怒らせたわけだ。
 ソラはいつものように反省をして、長い廊下を一人で歩く。
 憂いを帯びた横顔に、周りはまた感嘆のため息を吐いた。

 ✶ ✶ ✶

 プラド・ハインドは肩で風を切り歩く。その後を、二人の男子生徒が付き添う。
「プラドさん! 今日の魔術学の解説さすがでした!」
「あまりの完璧な解説に講師も苦笑いを浮かべてましたよ」
「ふん、あの程度たいしたことじゃない」
「「さすがプラドさん!」」
 見事に揃ったヨイショの声に、プラドは益々胸を張る。もちろん口では「たいしたことじゃない」と言いながら。
 プラドの取り巻きである二人は、今日もプラドの機嫌を取るために褒めちぎる。
 もちろん良い家の出であるプラドに擦(す)り寄るのが目的ではあるが、褒める二人の言葉に嘘はない。
 なぜならプラドはそれなりに優秀だったからだ。
 幼い頃から環境に恵まれ、優秀な家庭教師に恵まれ、彼自身もそれなりに才能があったため、成績は常にトップだった。それに顔も、まぁそれなりに良い。
 そんな彼の周りには甘やかし褒めちぎる家族と、ハインド家に擦り寄りたいために褒めちぎる取り巻き。つまり彼を褒めちぎる者しかいない。
 そうして出来上がったのがこの男だ。
「やはりプラドさんに敵(かな)う生徒なんていませんね」
「なんたってパーフェクト男だしな!」
「ふん……」
 人の上に立つのが当たり前。すべてにおいて優れた男。己に勝てる者など誰もいない。
 プラドはずっとそう信じて生きてきた。
 そう、この学園に入学するまでは……。
「僕は足元にも及びませんよー。この前の成績だって――」
「おいっ」
「え? あ……」
「……」
 先程までの穏やかな空気が、ジワリと冷え込んだ。
 廊下を歩く三人の横には、奇(く)しくも先日発表されたばかりの成績板があった。
 その成績板のトップから二番目に、プラドの名前があったのだ。
 そしてプラド・ハインドの名があるべきはずの場所には、別の名が示されている。
 ソラ・メルランダ。百年に一人の逸材と呼ばれる天才魔術士。
「あ、いや、あのですね」
「ぷ、プラドさんの優秀さは成績なんかじゃ表せられないと言いますか……」
「……」
 最悪な場所で口を滑らせた青年を相方が肘でど突く。二人してしどろもどろになりながらもなんとか弁解しようとするが、プラドが振り返ったことで途端に直立不動となる。
「ふ……余計な気を使うな。俺は別に気にしちゃいない」
「プラドさん……」
 やらかした、もうダメだ……と絶望した二人だったが、思いもよらないプラドの言葉にしばし呆(ほう)ける。
 そんな二人を見てプラドはまた笑い、前を向いて歩き出した。
「成績がなんだ。あんな数字にいちいち惑わされていられるか」
「で、ですよね!」
「さすがプラドさんです!」
 いつもと変わらぬ余裕ある背中に、二人は安(あん)堵(ど)の息を吐いてプラドに並んだ。
「それにだな、俺とヤツの誤差は僅かだ。古代語は三点差、算術は二点差、薬術と歴史は共に一点差、魔術学ではなんと同点だったんだからな」
「で、ですよね……」
「さすが、プラドさんです……」
 めちゃくちゃ数字気にしてんじゃねーか。とは思うが二人は決して口には出さない。顔には出ているかもしれないが。
 もちろん、プラドはたいそう気にしている。
 それはもう、高等部に進学して初めて成績が出た三年前は、三歩歩けば柱にぶつかるほどに気にした。
 しばらくは現実が受け入れられず、朝起きるたびに成績表を確認した。しかし何度確認しても幻覚や夢にはなってくれなかった。
 現実を受け入れざるを得なくなると、今度は発熱を繰り返した。
 授業で簡単な傷薬を作るはずがどう間違ったのか惚れ薬ができてしまった。これまたうっかり落として学園に住み着いたピクシーが飲んでしまい大変なことになった。
 などなど、様々な伝説を残したプラドであるが、ある程度騒いだ後はきっちり気持ちを切り替えた。
 どうせ偶然だ、と。
 どうせ今回だけだ。ヤツの運が良かっただけだ。次回も同じような運に恵まれるハズがない。そう、己に言い聞かせたわけだが……。
「なぜだ……っ」
 どれだけ努力しようが時が経(た)とうが、ソラに勝てる日は一向に訪れなかった。
 天才と呼ばれたソラ・メルランダ。その称号は己のものだったはずなのに。
 こんなの間違ってる! と、何度そう思っても、思い描く理想の未来に正す方法は分からない。なんせ何をやっても勝てないのだから。
 完璧なはずだった人生を狂わせた男を、プラドは憎んだ。
 いつしか姿を見つけては嫌味を言うようになり、なんとか蹴落とそうと目(もく)論(ろ)むようになった。
 結果は、ご覧の通りである。

「くそ……っ」
 面白くない思い出を振り返りながら、プラドは頭を巡らせる。なぜこうも勝てないのかと。
 せめて一度だけでも、ヤツを打ち負かしたい。
 何か一つ、ヤツよりすぐれていることを周りに証明したい。何か一つだけでも……。
「そういえばそろそろアレの季節ですねー」
 不意に、取り巻きの一人が背後で呟(つぶや)いた。
「そういやそろそろアレか。めんどくさいなー」
「でも成績にも響くから適当にはできないしな……」
 心底めんどくさそうに話す二人のその会話で、プラドも毎年恒例の行事を思い出す。
「……」
 もうそんな季節かと思った、その時だった。プラドのそこそこ優秀な頭がそこそこしょうもないことを考えだしたのは――。
「やっぱり今年もどっかのグループに参加させてもらおうかなー」
「それが無難だよな。個人ですると評価も高くなるけど失敗も多いし……」
 背後で盛り上がる会話には参加せず、プラドは歩きながら思考を巡らせる。
 これからの流れ、予測される展開、必要な準備。そして最後に想像したのは、晴れやかに笑う己の姿だ。
「トリー、マーキ。準備をするぞ!」
「へ?」
「準備って、何のです?」
 突然名を呼ばれた二人は、プラドがたった今考えついた計画など知りもしない。
 二人して首を傾(かし)げれば、プラドは振り返りお得意の仁王立ちで二人を見下ろした。
「もちろん、アレの準備に決まっているだろう」
「え……も、もしかして今年はプラドさんが一緒にしてくださるんですか!?」
「いつも一人でやったほうが効率的だからって誰からの誘いも断ってたプラドさんが!?」
「すげぇっ! 大船に乗った気分ですよ!」
 プラドからの突然の提案だったが、二人は素直に喜ぶ。
 完璧主義のプラドならば完成度の高い物が出来上がるだろう。それに関わったとなれば自分達の評価も上がるはずだ。
 ついていくのは大変であるが、理不尽すぎることは言わないのがプラドである。学園への報告も三人の名で提出してくれるだろう。
「これは当日が楽しみですね!」
「どこまでもついていきますよプラドさん!」
「ふん、せいぜい励めよ」
 三人の楽しげな会話が晴天の青空に響く。
「何をするんですか?」と尋ねる二人にプラドは得意げに計画を話しだした。
 頭の中では当然、計画がすべて上手くいった輝かしい未来を思い描きながら。

 ✡ ✡ ✡

 ソラは今日も一人で歩く。
 授業を終えた後は書房に籠もるか実験室に籠もるのがソラの日課だ。
「おいメルランダ」
 今日は完成した魔法陣を試したいので実験室へ向かう途中だったが、そこで珍しくソラを引き止める声があった。
 とはいえ、ソラを引き止める者など限られている。
「プラド」
 振り返れば、予想通りの人物が仁王立ちでソラを見ていた。
 彼はなぜいつも仁王立ちなのだろう、という疑問はとうの昔に消え去っている。ソラももう慣れてしまったからだ。
 ソラが立ち止まると、プラドはソラに歩み寄る。そんなプラドにソラは内心で身構えた。
 話しかけてもらえるのは嬉しいが、だいたい彼は怒っている。
 今日は何を怒らせてしまったのだろうかとそばに来たプラドを水色の瞳で見上げれば、プラドは珍しくソラに笑いかけた。
「もうすぐ学園祭の季節だな」
「あぁ」
 しかもプラドの口から世間話のような話題が出てきた。今まで「調子に乗るな」「次は勝つ」「バカにするなよ」としか言われたことのないソラは驚いたが、特に表情は変わらなかった。
「お前は学園祭の催し物は決まっているのか?」
「いいや」
 怒っていないプラドと会話をできているのが奇跡に思えて浮かれていたが、続く話題にまた心はしぼんだ。
 学園祭では必ず全生徒が催し物をしなければならない。それは総合成績にも関係してくるため、手を抜くこともできないのだ。
 個人で企画してもいいが、ほとんどはグループを作り企画をねる。
 飲食店や劇、ダンスパーティーなどなど種目は自由。とにかく来賓を楽しませて学園祭を盛り上げればいいわけである。
 以前は校庭に巨大迷路を作った生徒達もいたらしい。
 しかしソラは、グループに属したことがなかった。
 一度だけ誘ってもらったこともあるが、劇の主役を頼まれたために泣く泣く断った。裏方であれば大喜びで承諾しただろう。
 その一度を除き、ソラを誘う者はいなかった。ソラ自身も自分からグループに入れてもらおうとはしなかった。
 なんせ親しい友人がいないので、どのグループにも声がかけづらい。そもそも親しくもない人物からの誘いなど迷惑がられるかもしれない。
 そんな事情もあり、ソラはいつも一人で企画していたのだ。
 見栄えのよい魔術を作って披露するのがお決まりになっていたが、皆でワイワイ騒いで一つの目標を達成してみたいのがソラの本音だ。
 とはいえもう、諦めているが。
「じゃあ、今年は俺と組まないか」
「……」
 だからだろう。プラドの想定外すぎた誘いに、ソラは反応できなかった。
 学園祭の企画を共にしないか、と誘われたのは分かる。分かるが、ソラには現実味がなさすぎたのだ。
 ソラは表情を変えずにプラドを見つめる。
 そんなソラの姿はプラドから見れば「やれやれコイツは何をバカげたことを……」と呆れているように見えたかもしれない。
 プラドは少し苛(いら)立(だ)った様子で「なんとか言え」とわりと分かりやすく怒ったから間違っていないだろう。
「あぁ、私はかまわない」
「そうかそうか!」
 プラドの声でソラは我に返る。そして承諾したのだが、途端に顔を輝かせたプラドにソラは慌てて付け足した。
「もう企画を考えているのか?」
 承諾したはいいが、まだ何の催し物をするのか聞いていない。
 もしこれが己には困難を極めるものであれば断らざるを得ないだろう。せっかく誘ってもらったのに申し訳なくは思うが、また劇の主役をやれなどと言われれば無理なものは無理なのだから。
 しかし返ってきた答えは、これまたソラには予想外のものだった。
「料理対決、というのはどうだ」
「料理対決?」
 聞き慣れぬ言葉に首を傾げる。
 するとプラドは腕を組んで胸を張り、企画の考えを話しだした。
 プラドいわく、ただ飲食店を出すのではつまらない。
 だから料理対決という名で人を集め、作った料理をその場で食べてもらうのだと言う。
「これなら周りにいる者達も楽しめるだろう。ただ飲食店を出すだけより人も集まるし祭も盛り上がる」
「……なるほど」
 面白そうだな、とソラは素直に思う。
 格闘技の試合を催し物にした例は知っているが、料理で試合とは新しい。これならば老若男女問わず楽しめる企画になるのではないだろうか。
「分かった、私は何をすればいい」
「当日に料理を作ればいいだけだ。簡単だろう? 詳しいスケジュールは追って伝える」
「準備は?」
「主に俺達がする。自分で使う材料だけ準備してくれ。他に必要なことがあれば連絡しよう」
「承知した」
 ソラがうなずくと、プラドは満足したのか上機嫌で去っていった。
 そしてソラも、見た目には分かりにくいが上機嫌になった。
 なんせ初めて、クラスメートとグループを組めたのだ。これが上機嫌にならずしてどうするのか。
 幸い料理は定期的にしている。こだわりの素材を集めるなど、早速下準備に取り掛かろう。
「……楽しみだ」
 ポツリと呟いた心情は誰に聞かれることもなく消える。
 それでもソラの喜びが表情以外に滲み出ていたのか、その日は益々周りを魅了した。
 その様子を名もない生徒が語る。花の精霊が周りに花を咲かせているようだった、と。


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