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高嶺の彼の淫らな欲望

高嶺の彼の淫らな欲望 ~エリート課長のイジワルな溺愛~

橘柚葉 / 著
上原た壱 / イラスト
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2019/01/25

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内容紹介

課長は激しいセックス好き?!
大手飲料メーカー人事部の牧瀬瑠華は、情報システム部のエリート・結城に仕事を認めてもらい幸せの絶頂だった。玉砕覚悟で結城への告白を決意するが、彼はセックスが激しくマニアックとの噂に、恋愛初心者の自分にはムリと諦める。ところが、突然ランチに誘われ『俺から逃げることは許さないよ?』と口説かれ、力強い腕に優しく押し倒され純潔を散らされる。噂とは違い優しく抱かれ、本当は無理をしているのでは、と不安になって!?高嶺の花のエリート上司との溺愛ラブ❤

立ち読み

  プロローグ

(いる……! 結城(ゆうき)さんがいる……!!)
 今日はバレンタインデー。現在、夜の七時少し前だ。
 今年のバレンタインデーは、なんと金曜日。仕事終わりに恋人たちは愛を語り合い、片思いの人たちはドキドキしながら告白するのだろうか。
 もちろん、そんなリア充の皆様たちのように私も告白しようと意気揚々と数日前まで張り切っていたのだけど……
 現在の私は、後悔と申し訳なさで涙目である。
 会社から徒歩十分の場所にある喫茶店にやってきた私は、店には近寄らずに遠目で店内を窺(うかが)う。
 すると、通りに面する席に待ち合わせの人が座っていた。その姿を見て、胸が高鳴るのと同時に罪悪感がありえないほど込みあげる。
 私は持っていたトートバッグをギュッと抱きしめた。私の鞄の中には、彼に渡そうと思って買ったチョコレートが入っている。
 当初は、このチョコレートを渡すつもりで彼を呼び出したのだけど……私が用意したチョコレートを彼が食べることはないだろう。だって、私は鞄に入れたまま逃げ去ろうとしているのだから。
 先ほどから異常なほど鼓動は速くなるし、嫌な汗が背中を伝っているのがわかる。
(よしっ……!!)
 グッと手を握りしめ気合いを入れたあと、私は店内に入った。
 目的の場所を先ほど確認しておいた私は、迷うことなく結城さんに近づいて声をかける。
「結城さん、お呼びだてしてしまってスミマセン」
「ああ。お疲れ」
 勢いよく頭を下げた私を見て小さく口元に笑みを浮かべた彼は、いつも通りとても素敵である。本来なら、ここで彼に告白をするつもりだった。だけど、今の私にはやっぱり無理だと思う不安要素が出てきてしまったのだ。
 ここはもう……とにかく謝るしかない。謝り倒すしかない。
 私はもう一度、彼に頭を下げた。
「スミマセン、結城さん。今日お時間を作っていただいたのですが、急用が出来てしまったんです」
「……」
「お呼びだてしたのは私なのに、本当に申し訳ありません!」
 ありったけの謝罪の気持ちを込めて頭を下げたあと、「失礼します!」と叫んで私は逃げるように喫茶店を出た。
(呆れたよね? もしかして怒っているかも……? 怒るよね、呼び出しておいて用事ができたからなんて言って逃げるなんて)
 私は滲(にじ)む涙を拭うこともせず、ただ足早に駅へと向かった。
 鞄に入ったままのチョコレートを渡す勇気はやっぱりなくて、小さな箱なのになんだかとても重く感じる。
 心の中で彼に謝りながら、私は必死になってその場から逃げ出した。
 結城さんが、私の背中をどんな表情で見つめていたのか、確認もせずに……


  1

 暦の上では立春とはいえ、まだまだ身体の芯まで凍えてしまいそうな北風が吹き荒れる二月初旬。北風のせいで身体は冷えてしまっているけど、恋愛脳になっている私は心がポカポカだ。
 こんなに浮かれていると両思いにでもなったのかと思われるかもしれないが、残念ながら片思いだ。
 それでも彼の顔を見ただけで心が幸せでフワフワと飛んでしまいそうになるのだから、恋は侮れない。恋というのは、どうしてこうも人の気持ちを浮かれさせてしまうのだろうか。
 とはいえ、気持ちの浮き沈みが激しいのも恋の特徴なのかもしれない。
 特に、私みたいな恋愛にまったく免疫がなく、片思いで浮かれている典型的な恋愛初心者には顕著に表れるものだ。
 そんな日常の一コマによくある出来事。だけど、本当は奇跡に近い出来事だって薄々気づき始めた。
 周りを見回したって、恋や愛に溢れている。だけど、こんなにたくさんの男と女が世界中にいて、たった一人と巡り会う奇跡。よくよく考えれば、すごいことなんじゃないかなぁと。
 そんな奇跡を手にした私は、幸せだなぁとしみじみ思う。もちろん、何度も言うけど両思いではなく、片思いだけど。
 マフラーを巻き直し、私はみぞれ交じりの風にも負けじと足を進める。
 オフィスビルを出て駅前へと向かうと、そこはバレンタインデー一色の景色になっていた。
 ピンクや赤、ハートなど、愛に満ちた光景を見るのは心躍るし、ワクワクもする。
 私は、店先に並べられたチョコレートの箱を眺めながら、どんなチョコを買おうかと真剣に悩み始めた。

 私、牧瀬(まきせ)瑠華(るか)。二十四歳、独身。
 大学を卒業後、国内大手飲料メーカーに就職して人事部に配属された。
 私は人事部の中でも社員教育促進課に籍を置き、社員の意識向上やキャリアアップ研修などのサポートをしている。
 入社してもうすぐで丸二年。あっという間の二年だったが、実りのある二年だったとも思う。
 まだまだ諸先輩たちに比べたら足元にも及ばないことはわかっているが、仕事は一生懸命やっているつもりだ。
 基本のんびり屋だが、〝継続は力なり〟を合い言葉に地道に仕事を覚えている真っ最中である。
 身長一五五センチと小柄な体型で、理想は出るとこは出て引っ込むところは引っ込むという完璧なプロポーションだが、食べることが大好き! でも、運動は苦手! な私には現状維持するだけで精一杯だ。
 顔は可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。
 黒目がちな目は大きくクリッとしていることもあり、下手をすると未だに学生と間違われることがある。
 もう少し見た目だけでも大人っぽくなりたいなぁとは思うのだが、なかなか道のりは険しい。
 そんなこともあり、セミロングの髪を最近カラーリングしてちょっぴり明るめにしてみた。
 そして、デジタルパーマなるものにも挑戦。人生初のウェーブだ。
 ゆるふわ感がでていて自分的には少しだけお姉さんっぽくなったんじゃないかなぁと思っている。
 しかしながら、大人っぽく見えるようになったかと問えば『うん、牧瀬ちゃんは可愛いよ』となんともお世辞っぽい返答ばかり。その上、誰も大人っぽく見えるようになったとは言ってくれない。悲しすぎる。そして、私の周りは正直者ばかりである。
 こんなふうに努力をしても子供っぽく見られがちな私は、今まで男性とお付き合いした経験はない。
 その前に、恋をしたという経験があまりなくて、恋人を作る以前の問題を抱えている。
 思い返せば、初恋も高校生の頃だったから周りに比べてかなり遅かったような気が。
 何より初恋もただ憧れを抱いて心の中でキャアキャア騒いでいただけで、なんの発展もなかった。
 その初恋も好きな男の子と私の生活環境が変わり、いつの間にか気持ちは風化してしまう始末。もちろん、付き合うなんておろか、告白することもなく儚く終わった。
 そんな淡い初恋を経験後も、とくに男性を意識する経験は皆無だ。
 しかし、今は違う。好きな男性ができたのだ。
 彼のことを思うたびに、見かけるたびに心がドキンと大きく高鳴っていく。
 身体中が真っ赤に染まってしまうんじゃないかと心配になるほど、熱くなってしまう。
 この症状を恋と言わずして、何を恋と言うのだ! そう、力こぶで力説してしまうほどだ。
 恋ってこんなに足元がフワフワして羽が生えて飛んでいきそうなほど浮かれてしまうものなのだろうか。
 とにかく浮かれている。恋って素敵。片思いバンザイ!! ……いや、両思いの方が断然いいのだけど。
 両思いなんて恐れ多いこと言わないから、せめてこの恋に少しの間だけでいいので浸らせていただきたい。
 私が、『恋だ、片思いだ』と浮かれて想いをよせている男性は、結城諒(りょう)一(いち)さんと言う。
 年齢は私より三つ年上の二十七歳だ。情報システム部所属の超エリート様である。
 まず見た目だけで言えば、格好いい、素敵、この言葉に尽きる。
 そして、右目の下にある小さな泣きぼくろ。これがまた、彼をより一層色っぽく、魅惑的に見せているのだ。
 そんな結城さんは、社内の女子社員、社外の女性……手っ取り早く言えば、結城さんを見初(みそ)めてしまった女性たちに、彼女の座、もしくは妻の座を狙われているのだ。
 とてもじゃないが、そんな競争率高い人の彼女になるなんて無理な話だ。それこそ、恐れ多いことである。特に、恋愛初心者の私には無理。絶対に無理だ。
 容姿が整いすぎている結城さんだが、彼の凄さは見た目だけではない。頭もすこぶるよいのである。
 なんでも、高校生の頃からシステムエンジニアに憧れていて、かなり勉強をしていたという話だ。
 卒業した大学は情報系では国内ナンバーワンと言われる某大学で、大学に残って教授の道へ進まないかと言われたという。だからこそ、この歳にして出世株だと言われているのだと思う。
 現に、彼が来春には主任を飛び越えて、課長に就任するのではないかという噂まで流れているほどだ。
 容姿もいい、その上仕事も完璧な結城さん。だが、ベールに包まれている部分がある。それは、プライベートだ。
 結城さんは徹底してプライベートを社内で隠している。会社関係者との交流は、極力控えているというのは有名な話だ。
 会社の呑み会や打ち上げなどはたまに参加するようなのだが、仕事絡みではない誘いはすべて断っているらしい。
 注目されている彼のプライベート、誰しもが興味があるだろう。もちろん、私もである。
 そして、皆が一番知りたいことは、結城さんに彼女がいるのか、いないのかということ。そこが一番知りたいのに、わからない状況である。
 結城さんの同期であり、私が所属している人事部の先輩である石井(いしい)さんなら知っているのだろうけど……私は聞けずじまいだ。
 結城さんのことをあれこれ聞くということは、イコール私が結城さんのことに興味を持っていると暴露するようなものである。
 絶対にできない。誰にも、私のこの片思いについては知られたくないのだ。
 もし、結城さんの耳に入ったりしたら……仕事がこの上なくやりにくくなってしまう。
 仕事に支障はきたさないようにする。これ、社会人の常識だ。そこは、キッチリと守っていきたい。
 どうして、そこまで仕事のことを危惧しているのかと言うと、私は結城さんとよく仕事をご一緒するからである。
 人事部と情報システム部。端から見れば、なんの繋がりもなさそうに思えるだろう。
 しかし、私は人事部と言っても社員教育促進課に所属している関係で、社員教育研修のアシスタントを務めている。場所の確保、社員への通達、書類の作成、当日の研修室の管理などを一手に引き受けているのだ。
 我が社は、社長の方針により『よい仕事をするために必要なのは知識だ』ということで、あらゆる知識を社員に吸収させるために色々な研修会を行っているのである。
 そこで、社員教育促進課は数年前に新設され、社員教育の充実を図るべく仕事をしているという訳だ。その末端に私がいるのである。
 一方の結城さんは、会社のシステム関連の仕事をする合間に、その聡明な頭脳を買われてインターネット関連やソフトウェア関連、ハードウェア関連などのパソコン知識を社員に教える講師も兼任している。
 だが、彼は本業がかなり忙しい。そこで、忙しい結城さんの手助けをするために私が補佐を務めているというわけだ。
 私は結城さんと顔を合わせることがひと月に何度かあるし、内線で話すこともある。
 それなのに、私が結城さんに想いを寄せていることがバレてしまったら……仕事に支障がでてしまうだろう。
 だからこそ、忍ぶ恋を貫いているのである。まぁ、告白して玉砕する勇気が私にないだけと言われれば、それまでなのだが。
 こんなふうに、今でこそ結城さんに想いを寄せている私だが、彼と仕事をし始めた頃は彼のことが苦手だった。
 彼はとにかくデキる人だ。もちろん頭はいいし、仕事だって完璧だ。
 研修中、講師として社員の前に立っている彼は大学の教授だと言っても誰も疑わないほどである。
 結城さんは誰にも文句を言わせないほど完璧すぎて、近寄りがたいオーラを常に出していた。
 近寄るとピリリと刺激が走るような、そんな空気を醸(かも)し出している。
 それに……最初の頃は、私に対して苛立ちを見せるときもあった。
 本人は必死に隠している様子だったが、私には伝わっていた。それが申し訳なくて、だけど仕事をうまくこなせなくて……辛かった。
 まだまだ半人前。先輩の助言や上司の指導がなければ動けない私は、彼にとって厄介者以外の何ものでもなかったのだろう。
 だからこそ、せめて私は結城さんの足を引っ張ることだけはしたくない、と必死になって仕事に取り組んできたつもりである。
 必死に食らいつきながら、結城さんのアシスタントをするようになって半年を過ぎた頃から鋭い視線で見られることは少しずつなくなっていき、近寄りがたい空気を感じることが少なくなってきたように思う。
 少しは彼に「使えるようになったな」と思われているのだろうか。だったらいいなぁ。
 そんなふうに考えるようになった頃、ある事件が起きた。
 先輩たちからは『要注意人物だからね。牧瀬ちゃん、とにかく気をつけなさい』と言われている庶務のセクハラ係長が、結城さんが講師を務める研修にやってきたときだ。
 すべて講習が終わり、私一人で部屋の後片付けをしているときに事件が起きた。
 誰もいなくなった部屋に忘れ物はないかチェックをしていると、扉が開く音が聞こえる。
 研修を受けた社員が忘れ物でも取りにきたのかもしれない。屈めていた腰を起こそうとしたときだ。背中に誰かの手が触れた。
 え、と驚いて固まっていると、その手は厭(いや)らしく動き出したのだ。
 一体、誰が私の背中に触れているのだろう。気持ち悪くて逃げ出したいのに動けない。声も出せない。
(怖い……!! 誰か、助けて!!)
 研修室は奥まった場所にあるため、この部屋に用事がなければ誰もここに立ち寄らない。
 もし、私が叫んだとしても、誰にも気づかれない可能性が高いのだ。怖くて震える私に、背後から鼻息荒い呼吸が聞こえてくる。
「研修の最中さ。君、ずっと僕のこと見ていただろう?」
「っ!?」
「こんなに若い子が僕に気があるのかい? フフフ、嬉しいねぇ」
 私の背中を厭らしく触っている人物は、すぐに思い当たった。
 要注意人物だから気をつけろと再三言われた人物、庶務課の係長だ。
「やぁっ!」
 やっと声が出たが、怖くてそれ以上大きな声は出せない。うまく躱(かわ)せばいいのに、逃げることができないなんて。
 頭の中ではわかっているのに、なぜか行動に移せずにただ震えるだけ。
 そんなことをしていれば、相手の思うツボだ。わかっている、わかっているのだけど金縛りに遭ったように動くことができないのだ。
 係長の手がどんどん下がっていく。彼の手がお尻に向かっていることがわかり、ますます恐怖心が込みあげてきて動けなくなる。
 それでも、ここは勇気を振り絞って助けを呼ぶべきだ。それに、止めてほしいと係長に意思表示するべきである。
「た、助けて……! 誰か!」
「なに言っているの。僕はただ、スキンシップを取りたいだけなのに。大げさだなぁ」
 ヒヒヒと係長は厭らしく笑う。
 研修が終わってすでに十五分は経つ。この部屋に忘れ物でもない限り、誰も戻ってはこない。
 ギュッと唇を噛みしめたあと、私は立ち上がって庶務係長を睨みつける。
「どうしたんだい? 牧瀬さん。そんな怖い顔をして」
 ニヤニヤと笑う庶務係長を批難しようと口を開きかけたときだった。
「庶務係長、何をしているのですか?」
「っ!」
 勢いよくバンッと音を立ててドアが開いた。そこには、息を切らし髪を乱した結城さんが立っていたのだ。
 驚きのあまり何も言えずに彼を見つめていると、一瞬視線が合った気がする。安堵と怒り、そんなものが入り交じった視線を感じて、胸がドクンと大きく高鳴った。
 結城さんから目が離せないでいる私に対して、庶務係長は目を泳がせている。
 何も答えない庶務係長を睨みつけながら、結城さんは研修室へと入ってきた。
 カツカツと革靴の音を響かせながらこちらに近づいてくると、私と庶務係長との距離を離すように間へと彼が入り込む。
 そして、結城さんは私を自分の背後に押しやると、庶務係長に真っ向から立ち向かう。
 彼の広い背中に守られている気がして、私の胸は異常なほどに高鳴り、ドキドキとしてうるさいぐらいだ。
 彼の背中越しから庶務係長を見ると、悪びれもせずに笑っている。その様子を見て、嫌悪感で気持ち悪くなり私は顔を顰(しか)めた。
 庶務係長は、こういう場面に慣れているのか。堂々としたものだ。
「何って。牧瀬さんが床に書類をぶちまけてしまったから、拾うのを手伝っていただけ。結城君、何をそんなに怖い顔しているんだよ」
「なっ!」
 庶務係長は声をなくした私をチラリと見たあと、わざとらしく肩を竦(すく)めた。
 係長はなんとかして、この不埒(ふらち)な行為を正当化させるつもりだ。
 違います、と反論したのだが、この部屋にいたのは私と庶務係長二人きりだった。目撃者がいない状況では、庶務係長が嘘をついていると実証ができない。
 悔しくて唇を噛みしめていると、結城さんは冷たい声で庶務係長に忠告する。
「では、今から情報システム課に参りましょうか」
「は……?」
「貴方はご存じないようですが、この研修室には監視カメラがありますよ」
「な……」
 サッと顔色が変わる庶務係長に、鋭い声で結城さんは続ける。
「さあ、情報システム課に行きましょう。ここの監視カメラを確認するためには、部長の許可を得なければなりませんので」
 さぁ、と再び促すと、係長は青ざめた顔をして研修室から飛び出していった。
 逃げ足の速さを見て開いた口が塞がらないでいると、結城さんが振り返り私を見つめてくる。
「大丈夫だったか?」
「は、はい。ちょっと背中を触られただけなので」
 結城さんがこの場に来るのがもう少し遅かったら、お尻まで触られていただろう。
 背中だけでも気持ちが悪いのに、お尻まで触られるなんて想像しただけで鳥肌が立ってしまう。
 私の顔が青ざめていたのかもしれない。結城さんは心配した様子で私を見下ろしてくる。
「本当か?」
「は、はい。大丈夫です」
 何度も頷くと、ようやく結城さんの表情が和らいだ。
 そのことにホッと胸を撫で下ろす。イケメンが固い表情をしていると、より怖さを感じてしまうものだと知った。
 それにしても、どうして結城さんはこの場に駆けつけてくれたのだろうか。
 研修はかなり前に終わったのだから、結城さんは通常の仕事に戻ったはずだ。普通に考えれば、結城さんはすでに情報システム課のオフィスに戻っているはずである。
 そのことを不思議に思っている私を見て、彼は眉間に皺(しわ)を寄せた。
「石井に会った」
「石井さんですか?」
 石井真理(まり)恵(え)さんは、私が所属する人事部の先輩だ。
 ショートカットの髪がとても似合う美人さんで、プロポーションも抜群にいい。常にパンツスーツを着ている彼女は、格好よくて本当に素敵なのだ。そんな彼女は、結城さんと同期の間柄でもある。
 しかし、どうしてそこで石井さんの名前が挙がってきたのだろうか。
 首を傾げると、結城さんは大きく息を吐き出した。
「今日の研修に要注意人物がいたけど、大丈夫だったかと聞かれた」
「あ……」
「俺はその要注意人物が誰のことなのか知らなかったんだが、石井から名前を聞いて慌てた」
「え?」
「俺が石井と顔を合わせる前、すれ違った人物がいた。それが、さっきの男だ。それで胸騒ぎがしたから戻ったら、この有様だ」
 それで結城さんは研修室に戻ってきてくれたようだ。
 嬉しくて涙腺が緩くなっていくのがわかったが、先ほどの結城さんの発言を聞いて不思議に思い聞いてみることにした。
「あの、結城さん。この研修室に防犯カメラを設置しているんですか?」
「ああ、そのことか。あれは、嘘だ」
「う、嘘?」
 目を丸くさせると、結城さんはフッと意地悪く笑う。その笑い方がとてもセクシーで胸がドクンと高鳴ってしまった。
 動揺しまくっている私とは対照的に、結城さんは相変わらずクールな様子で言う。
「この部屋に、監視カメラなんてついていない」
「は、はぁ……え!?」
 あんぐりと口を開いてまぬけ面をさらしている私に、結城さんは小さく息を吐いた。
「嘘も方便、というヤツだ」
「は、はぁ」
 呆気に取られていると、彼は悔しそうに顔を歪める。
「だから、セクハラの証拠がない。悪い」
「え?」
「だが、俺は現場に遭遇しているから上に報告することはできる。今後、こんなことがないようにするから、君は心配しなくていい」
 彼の声には慈悲が溢れている。優しい声色に、胸の鼓動は速まるばかりだった。
 この事件以降、私と結城さんの関係は変わっていく。
 研修中にも、私に仕事を振ってくれるようにもなったし、仕事内容によっては私にすべて任せてくれることもあり、それが、本当に嬉しかった。
 結城さんに認められたい。それを目標としていたので、天にも昇る気持ちだ。
 その上、仕事の合間にも話をするような機会が増えた。幸せの絶頂だった。
 でも残念ながら、すべて仕事関係の話ばかりだ。当たり前と言われれば、当たり前なんだけど……ちょっぴり寂しい気持ちにもなる。
 あの事件があったとき、私は確かに自分の気持ちが結城さんに向いていると気がついたのだ。
 恋してる……、そう気がついた瞬間でもあった。
 だからと言って、彼に告白をして恋人にしてもらいたいとお願いなんてできる訳もない。
 残念ながら私にはそんな勇気はどこを探してもない。相手はどんなに美人でも、才女でもバッサバッサ切り捨てている御人である。平凡を絵に描いたような私になんて、見向きもしてくれないことだろう。
 下手に告白なんてしてしまったら……今では私のことを友好的な仕事仲間として結城さんが認識してくれているのに、その関係が壊れてしまう。そんなのは想像もしたくないし、絶対にイヤだ。
 私は、今の関係でいい。こうして結城さんの近くにいることができて、尚且つ仕事も一緒にできる。なんて素晴らしいのだろう。
 仕事をしていれば声が聞けるし、顔を見ることもできるのだ。
 こんなに幸せで、ドキドキすることはない。それ以上は望んではいけない。
 そんなふうに思っていたのだが、バレンタインデーが近づいてくると気持ちが揺れ始めた。
 無理だといっても、そこはやっぱりチョコレートだけでも渡したいと思ってしまったのだ。
 義理チョコだと言えば受け取ってくれるかもしれない。そんな期待を胸に用意したチョコレート。言わずもがな本命チョコでもある。だけど、そこはやっぱり本音を隠してチョコレートを結城さんに渡そうと思っていた。
 だが、その後。結城さんは毎年義理チョコも丁重に断ると聞いてかなりショックだった。
 ほんの少しだけでも私の気持ちを忍ばせたいと思っていたのだが、それが出来そうにもない。
 ガックリ項(うな)垂(だ)れている私に、もっとショックなことが舞い込んだ。
「次回から俺の後輩が研修講師をすることになった」
「え?」
 結城さんがいつも通りのポーカーフェイスで、とんでもないことを言い出したのだ。
 急なことで頭がついていかなかった私は、目を瞬(またた)かせる。そんな私に、結城さんは相変わらずクールな様子で話を続ける。
「急に決まったことで、君に伝えるのが遅くなって申し訳ない」
 そう言って謝ってくれた結城さんだったが、私はショックを隠せなかった。
 結城さんの話だと彼が研修の講師をするのは今日までで、次回からは結城さんの後輩が務めることになるという。
 なんでも、結城さんの上司である情報システム部の課長が退職することになり、急遽結城さんがそのポストに就任することが決まったらしい。昇進は来年度に入ってかららしいのだが、すぐに引き継ぎに移り、次回の研修講師は違う人が行うことが決定したという。
 足元から崩れていく感覚に陥った。
 結城さんと仕事を一緒にしていたからこそ、この恋心は打ち明けなくてもいいと思っていた。
 忍ぶ恋をしていよう。そう思っていたのだ。
 だけど、結城さんとタッグを組んで仕事をすることは今後なくなってしまう。
 その現実を突きつけられたとき、それなら玉砕覚悟で告白してしまうのもいいのかなと思った。
 今までは告白をすることによって関係がギクシャクしたものになるのを恐れていた。
 だけど、もう彼と一緒に仕事をすることはなくなる。この広いオフィスビルでは、結城さんと顔を合わせることはほとんどなくなるはずだ。
 それなら、多少気まずい思いをしたとしても、勇気を振り絞るべきじゃないだろうか。
 女は度胸。こういうことは、タイミングも大事だ。なるようになれ! だ。
 ギュッと両手を握りしめたあと、私は結城さんを見上げた。

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