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気高き氷の令嬢は策士な王子に溶かされる

水城のあ / 著
みずきたつ / イラスト
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2020/06/26

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内容紹介

俺の元から逃げられると思うな
「大人しく俺の婚約者になれ」気まぐれにフロレンティーナが困っているところを助け、強引に結婚を迫ってきたのはブルーデンス王国第一王子のレオナルトだった。完璧なまでに品行方正、目を惹く美貌、隙のない冷ややかな印象のせいで〝氷の令嬢〟と敬遠され、他に貰い手がなかった侯爵令嬢のフロレンティーナは、彼の横暴な要求に乗るしかない。社交界での態度から、レオナルトにうとまれているのは明らかなのになぜ? 嫌がらせならやめてほしいと頼み込むフロレンティーナだが…。「俺が欲しくてたまらないと懇願するぐらい感じさせてやる」国一番の男に迫られ、淫らな妃教育を施される王宮寵愛ラブロマンス!

立ち読み

1 氷の侯爵令嬢

「フロレンティーナ様、あれをご覧になって!」
 カーン伯爵令嬢ヘレネが、手にしていた扇の陰でフロレンティーナの耳に唇を寄せた。
 ヘレネの視線の先には今年社交界にデビューしたばかりの令嬢ふたりの姿があって、園遊会の場だというのに、夜会のような肩を剥(む)き出しにしたドレスで紳士たちに囲まれている。
 フロレンティーナが生まれ育ったブルーデンス王国では、茶会や園遊会のような昼の集まりでは肩や二の腕を覆ったドレスを身に着けるか、レースのショールなどで肌を隠すのがマナーだ。
 ましてや王家主催の園遊会となれば、服装にも細心の注意を払わなければならない。彼女たちは自分とさして変わらない年齢の若い娘なのだから、両親からそのような注意を受けていてしかるべきだった。
 このままでは年配の口うるさい婦人たちの格好の餌(え)食(じき)だ。フロレンティーナとしては気遣う気持ちで眉を寄せたのだが、人形のように整った顔立ちと落ち着いた気質のため、端(はた)から見ればふたりの様子が不快で眉を寄せているように見えた。
 するとヘレネと反対側に立っていたヴォルフ男爵令嬢カトリナが、フロレンティーナの疑問に答えるように言った。
「フロレンティーナ様が不快に思われるのも当然ですわ。あの者たちの親は商人で、元は平民だと聞いております。先の戦争で危険もいとわず戦地に物資を届けたとかいうことで陛下が男爵位を授けたそうですが、やはりお里が知れますわね」
 フロレンティーナも父からそのときの商人たちの、献身的な働きのことは耳にしている。
 結果的に爵位を賜(たまわ)っただけで、彼らは別に悪いことはしてない。ただ、新たに足を踏み入れた社交界の決まり事を知らないだけだ。
 勉強と同じで、誰もが初めて学ぶことは知らなくて当然なのだから、知っている者が導いてやればいいだけの話だった。
 自分たちがたまたま侯爵家に生まれただけで、貴族も平民も同じ人であることは変わらない。亡き兄はいつもそう言って、妹のフロレンティーナも庭師の娘も同じように平等に扱ったので、自然とフロレンティーナ自身もそういう考えを持つようになっていた。
「やはり新貴族は王宮の集まりに招くべきではないですわ。私の父はあの人たちを絶対に晩餐(ばんさん)に招いたりしませんもの」
 カトリナの言葉にヘレネも同意する。
「当然です。きっと食事のマナーもご存じありませんわ。それにしてもあのような者たちをちやほやする殿方もどうかと思います。フロレンティーナ様もそう思われますでしょう?」
 その言葉には頷(うなず)かず、フロレンティーナは男性に囲まれて嬉(うれ)しそうに笑っている少女たちを見つめた。
 昔からの古い家柄の貴族と区別をするために彼らを〝新貴族〟と呼ぶ人もいるが、フロレンティーナは古い体制に新しい風を吹き込んでくれるのではないかとも考えていた。もちろん衣装のことなど多少は慣例に倣(なら)って欲しい部分もあるが、すべてを否定するのは違う気がする。
 しかし実際には自分はこの中でも特に古い家柄の侯爵令嬢で、そんなことを言えばみんな奇怪な生き物でも見るようにフロレンティーナを見るだろう。
 保守的で古い体制の貴族社会では、目立ちすぎると変わり者のように扱われてしまうのだ。
 そのとき、視線の先で一際(ひときわ)高い笑い声があがった。
「あらあら、扇で顔も隠さずあんなに大きな口を開けて笑っているわ」
「まあ、なんてはしたないのかしら」
 紳士に冗談を言われたのだろう。令嬢のひとりが口許(くちもと)を隠すことなく、子どものように笑っている。
 さすがに淑女(しゅくじょ)として目に余るところもあるようだ。誰か年長者が諭(さと)してやらなければいけないが、すぐそばに付き添いのような人の姿は見えない。
 するとカトリナがフロレンティーナの腕に触れて囁(ささや)いた。
「ほら、殿方たちが離れましたわ。フロレンティーナ様、是非とも今のうちに注意をしてくださいませ」
「わ、わたくしが?」
「そうですわ。やはり古い家柄、伝統を重んじなければいけないとお教えしませんと。それには侯爵令嬢のフロレンティーナ様が一番です」
「フロレンティーナ様はここにいるどの貴族令嬢よりも品行方正で、非の打ち所などございませんもの」
「……え、ええ」
 なんとなく押しつけられたような気もするけれど、頼まれると断れない質(たち)のフロレンティーナは仕方なくふたりの言葉に頷いた。
 他の人の前で助言して恥をかかせてしまうよりはいい。フロレンティーナは楽しげに顔を寄せ合うふたりの令嬢に近付いた。
「ごきげんよう」
 フロレンティーナはふたりに向かって声をかけると、開いていた扇をゆっくりと閉じた。
 親しげに声をかけたつもりだが、あまり感情が表に出ないせいで、挨拶が冷たく聞こえてしまうことに本人は気付かない。
 パチンと扇が閉じる音を耳にして、ふたりの令嬢の顔に緊張が走った。
 一目で自分たちよりもはるかに身分が高いとわかる美しい令嬢に、冷ややかな表情で声をかけられ、戸惑わない娘はいない。
 蜂蜜のように輝く金髪に緑柱玉のような深い緑の瞳はとても魅惑的で、透き通るような白い肌によく映える。長い睫(まつ)毛(げ)が二(ふた)重(え)の周りを愛らしく縁取り、薔薇(ばら)の花びらを思わせる優美な形の唇は笑みさえ浮かんでいたら蠱(こ)惑(わく)的に見えただろう。
 しかし実際には人見知りのため、強(こわ)張(ば)った表情が冷淡に見え、自然と冷たい印象になってしまっていることを本人は知らない。
 ただでさえ何事かと固まっているふたりにヘレナが高飛車に声をかける。
「あなたがた、こちらはエクハルト侯爵のご令嬢、フロレンティーナ様よ。ご挨拶なさい」
「ご、ごきげんよう」
「は、はじめまして……」
 なんとも威圧的な態度に、先ほどまで楽しげに笑っていたふたりの顔はすっかり強張り、今にも泣き出しそうな表情になる。
 これではまるでこちらがふたりを虐(いじ)めているみたいだ。フロレンティーナは雰囲気の悪さを感じながら再び口を開いた。
「おふたりとも、園遊会は初めて?」
「……はい」
 もしかしたら親も新貴族と呼ばれる人たちなのだから、マナーを教えたり注意をする人がいなかったのかもしれない。
 おどおどと答えるふたりを見つめながらそう見当をつける。やはり大きな集まりで恥をかかないように教えてあげた方がいいようだ。
「では少し助言させていただくわね。昼の集まりであなたがたが今お召しのドレスははしたなく見えてしまいます。ほら、他の皆様をご覧になって。こういった集まりでは肩や腕を隠すものなのよ。そのような格好では男性に隙を見せているようなもので、自分の価値を下げてしまいます。それにあなた」
 フロレンティーナはひとりの令嬢に視線を向ける。宝石のような緑の瞳で見つめられた娘が、びくりと肩を震わせた。
「扇はお持ちではないの? 殿方とお話をするときは口許を扇で隠して笑うのがマナーです。扇をお忘れなら、せめて口許を手で覆った方がよろしいですわ」
 他の人に聞かれては可哀想なので、なるべく簡潔に事実だけを伝えたつもりだった。
 ところがフロレンティーナが口を閉じたとたん、娘が突然ワッと泣き出し両手に顔を埋めてしまった。
 せっかく騒ぎにならないように気を遣ったつもりなのに、その泣き声で近くにいた人たちが何事かと振り返る。
「なにかあったのか?」
「氷のフロレンティーナ嬢よ。きっと彼女になにかきついことを言われて泣き出してしまったのだわ」
「なるほど。泣いているのは新貴族の娘だ。意地悪なことを言われたんじゃないのか」
 ひそめてはいるけれどはっきりと耳に届いた言葉に、フロレンティーナは扇をギュッと握りしめた。
 確かにはっきりと注意を口にしたが、意地悪をしたつもりはない。しかし目の前で泣かれてしまったら、遠見ではこちらが虐めているように見えてしまう。
 自分の表情の硬さと口調が高圧的に聞こえてしまうことに気付かないフロレンティーナはさらに表情を硬くする。
「ご覧になって。冴(さ)え渡るような美貌のご令嬢でいらっしゃるけれど、性格も氷のように冷たい方だから」
「本当に。せっかく美人で血筋も申し分ないのに、あの性格ではなかなか良縁に恵まれないだろう」
 人前で耳を塞ぐこともできず、令嬢たちもこのまま泣き続けていては、いつまでも好奇の目に晒(さら)されてしまう。
「あなたがた、ここにいては皆様のご迷惑になります。お化粧室に行かれてはいかが?」
 彼女たちを思って提案したつもりだが、泣き声がさらに大きくなる。辛(かろ)うじて涙を堪(こら)えていた娘が泣いている娘の手を取ると、逃げるようにテラスから建物の中へと駆け込んでいった。
 これではまるでフロレンティーナが庭園から追い払ったように見えるのではないだろうか。すると、思った通りまたあちこちから密(ひそ)やかな声が聞こえてくる。
「おお怖い。とうとう追い払われてしまったわ」
「可哀想に。まだデビューしたばかりのお嬢さんでしょう」
「しかし新貴族の娘たちには、氷のフロレンティーナ嬢のような良家のご令嬢がお手本を示さないと」
「確かに非の打ち所のないご令嬢だとは思うが……」
 年輩の男性が言葉尻を濁(にご)す。
「そういえばご結婚の予定は聞かないけれど、どなたかとの縁談が進んでいらっしゃるのかしら。一族の経歴に傷ひとつありませんし、あの美貌でしょ」
「見目麗しいことは認めるが、気位が高すぎて並の男には手(て)強(ごわ)いんじゃないのか。わしなら屋敷で待っているなら、十人並みの容姿でもいいから、にこやかな妻の方が気が楽だ」
 これが普段は笑顔で話しかけてくる貴族たちの言葉なのだと思うとゾッとする。
 先ほどまでフロレンティーナの背中を押すようにそばにいたヘレネとカトリナも肩を寄せ合い、困惑したようにこの状況を見守っている。
 普段ふたりは、侯爵令嬢であるフロレンティーナの取り巻きのようにそばにいるが、悪い噂(うわさ)の恩恵には与(あずか)りたくないのだろう。
 裏表のある世界だとは知っているけれど、あからさまな態度で表されたり、聞こえるように悪口を言われるのは誰でも傷付く。この人たちはそれがわからないほど心が麻痺(まひ)してしまっているのだろうか。
 この場を無難に収めるには、こちらがなにか行動を起こさなければ、いつまでも雰囲気が悪いままだ。それではせっかくの園遊会が台無しになってしまう。
 彼女たちのように泣いてこの場を後にすれば多少は同情されるのだろうが、人前で泣くなど侯爵令嬢としての矜持(きょうじ)が許さなかった。
 フロレンティーナは挑発するように顎(あご)を高くあげ、ゆっくり周りを見まわす。
 こちらを見つめている貴族たちに向かって〝聞こえていた〟とわかるようにわざと黙礼をすると、淡いブルーのドレスの裾を翻(ひるがえ)し、ゆっくりとテラスへと歩いていった。
 しばらく後を追うような視線を感じたけれど、泣きも笑いもしないフロレンティーナに面白みを感じないのか、貴族たちは誰からともなく何事もなかったかのように会話を再開した。
 フロレンティーナはテラスの空いた席に腰を下ろすと、忙しく動き回る女官のひとりを呼び止めた。
「忙しいところ悪いのだけれど、化粧室で休んでいる男爵のご令嬢とそのお友達に肩掛けと扇を届けてくださる?」
「かしこまりました」
 女官はぺこりと頭を下げると、足早に建物の中へと入っていく。フロレンティーナがホッとしてその後ろ姿を見送っていたときだった。
「なにをしていたんだ」
 すぐそばで響いた深いバリトンボイスにフロレンティーナは一瞬身体(からだ)を硬くする。
「……レオナルト殿下」
 フロレンティーナはサッと椅子から立ち上がり、先日ブルーデンス王国次期国王として正式に指名されたばかりの第一王子に向かって、深く膝を折った。
「なにをしていたのかと聞いたんだが。質問に答えろ」
 糾弾するような言葉に、フロレンティーナは内心怯(おび)えながら微(かす)かに視線をあげた。すると手が差し伸べられ、その場に立ち上がらされる。
 切れ長の琥(こ)珀(はく)色の瞳で射貫(いぬ)くように見つめられ、フロレンティーナは小さく息を詰めた。
 スッと伸びた貴族的な鼻筋、薄い唇の口角は嘲(あざけ)るようにつり上がっている。現在はブルーデンス王国軍の最高責任者である彼は、幼い頃から馬術剣術に長(た)けており、首から肩にかけての線はフロレンティーナの倍はありそうな屈強な身体つきだ。
 そこにいるだけで周りを圧倒してしまう空気をまとっていて、唯一明るい栗(くり)色の髪がほんの少しだけ彼の高圧的な態度を和らげていた。
 令嬢たちの中にはその傲慢にも見える権高な立ち居振る舞いがいいと騒ぐ者もいるが、幼い頃からレオナルトに王族としての畏怖を感じていたフロレンティーナは萎縮してしまう。
「……園遊会で寒そうにしているご令嬢がいらしたので、女官に肩掛けを届けるように頼みました」
「ああ。先ほどのベック男爵令嬢のことか」
「……左様でございます」
 フロレンティーナは、はしたなくも舌打ちしたくなるような気持ちで頷いた。
 先ほどのやりとりもすべて見ていて、わざと尋ねたのだ。知っていてこちらが慌てるのを楽しんでいるのだろう。
「なにやら賑(にぎ)やかだったが、また君が話題の中心だったようだな」
「……お騒がせして申し訳ございません」
 フロレンティーナは深々と頭を下げた。
 まさか、園遊会で騒ぎを起こしたことを糾弾しようと言うのだろうか。
 思わず上目遣いでレオナルトの表情を窺(うかが)うと、彼はフッと唇を緩めて、嘲笑(ちょうしょう)するような笑みを浮かべた。
「さすがは氷のフロレンティーナ嬢だ」
「……っ」
 公然と囁かれているが、本人は聞こえないふりをしている通り名をわざわざ口にするところが嫌みたらしい。
 すぐにカッとしてしまう性格なら、ここで言い返すか傷付いた顔ができたかもしれない。しかし侯爵令嬢としての自分の立場が身体に染みついているフロレンティーナはただ静かに目を伏せた。
「否定しないということは、君はその愛称を気に入っているということか。ではせいぜい貴族令嬢たちの手本として頑張ってくれ。侯爵令嬢ならカリスマ性もあり、俺の言葉もより貴族たちに届くだろう」
 レオナルトはそれだけ言うと、フロレンティーナの返事も待たず、身を翻してその場から姿を消した。
 彼が一方的になにかを言って去っていくのはいつものことだ。どうも自分はレオナルトに嫌われているらしい。
 フロレンティーナは溜息(ためいき)をひとつついて、再びテラスの椅子に腰を下ろした。
 

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