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イケメン御曹司は偽の恋人!?  勘違いから始まるウェディング

水島忍 / 著
御園えりい / イラスト
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2020/01/31

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内容紹介

可愛いよ、僕の奥さん。
「恥ずかしがっているのが可愛い」豪華な屋敷に暮らすおばあさんを介抱した榛花は、その息子・侑人から家政婦と間違えられてしまう。誤解が解け、お詫びにと食事に誘われ、侑人の親しみやすい人柄もあって、榛花は親からの見合いの催促に困っている事を話すと、恋人のふりをしてくれることに。偽りの恋人のはずが、本当の恋人のような毎日で幸せいっぱいになる榛花。自然と触れあう唇は深く溶け合い、押し倒され奥深くまで貪られ純潔を散らされる。裕福だが無関心な家族との生活だった榛花は、やっと自分に訪れた幸せを噛みしめるが、彼の陰の姿を知ってしまい……、それでも、熱く求めてくる優しい指先に翻弄されて……。

立ち読み

 

   第一章  偶然出会ったのは傲慢(ごうまん)な人


 白石(しらいし)榛花(はるか)は困っていた。
 自分が余計なことを言ってしまったのは判(わか)っている。しかし、自分の口から飛び出した言葉は今更どうしようもない。
 日曜の午後、榛花はぼんやりと公園のベンチに座っていた。
 実家に行った後、悩みながら歩いているうちに辿り着いたのが、この緑に囲まれた広い公園だった。遊具はあまりないが、子供達が走り回って遊んでいるから賑やかだ。
 いっそあんなふうに無邪気な子供時代に戻りたいものだ。けれども、もちろん時間は戻せない。今の自分は二十四歳で、大学も卒業し、OL生活三年目に突入している。
 大学に入学したときから一人暮らしをしている。契約は親にしてもらい、仕送りももらっていたが、社会人になってからは、仕送りも止めて、家賃を自分で払っている。世間では、これを自立していると言うのではないだろうか。
 実際、実家の両親は榛花にあまり関わってこなかった。
 榛花には六歳年上の遼太郎(りょうたろう)と三歳年上の幸次郎(こうじろう)がいた。この二人の兄は子供の頃から成績が優秀で、何をやらせても器用にこなした。遼太郎はサッカー、幸次郎はバスケをやっていて、まさに文武両道を地で行く二人だったのだ。
 両親は当然、二人の兄に夢中だった。榛花は兄達とは逆に、何をやらせても不器用で、成績も兄達には敵わず、スポーツは苦手だった。怖がりだったこともあって、思い切ってチャレンジするなんてこともできなかったのだ。
 つまり、榛花は白石一家の中でみそっかす扱いだった。虐待を受けたとかではない。けれども、両親は榛花にあまり関心がなかったし、兄達の態度もそうだった。
 いてもいなくても、どうでもいい存在。
 だから、榛花が大学入学時に一人暮らしをしたいと言ったときも、誰も反対しなかった。
 でも、私も受験を頑張って、難関大学を突破したのにな……。
 両親はそれでも榛花を褒めてはくれなかった。一応、お祝いという名の食事会へ行ったが、話題は榛花より兄達のことばかりだった。
 榛花は子供の頃からずっと親に認められたいと、そればかりを考えていたが、この食事会を機に、もう諦めていた。
 わたしはどうせこの家ではみそっかす。だったら、一人で生きていってやろうじゃないの。
 そう決心したものだ。
 父は祖父から受け継いだ会社の社長で、榛花はかなり裕福な家で育っている。親から関心を向けられなくても、実家で暮らしていれば、その恩恵は受けられていたはずだ。しかし、榛花はそれに背を向けた。
 無関心でいられるよりも、あまり豊かでなくても、一人で生きていくことを選んだのだ。
 そのほうがいいと。
 ただ……。
 社会人になって三年目の今、榛花は何故か実家の干渉を受けることになった。
 用事があるからと呼び出され、休日である今日、実家に行ったのだ。そして、改まって、父から話をされた。
 父曰く『おまえもそろそろ結婚を考えたらどうだ?』と。
 正直言って、その話を最初に聞いたとき、一瞬、自分にも関心を向けてくれたことを嬉しく思った。
 お父さんはわたしのこと忘れたわけじゃなかったのかって……。
 しかし、違っていた。
 父が勧めていたのは、いわば政略結婚だった。
 今時、そんな結婚があるとは思わなかった。だが、父は祖父から受け継いだ会社の拡大を目論んでいた。合併する会社社長の御曹司と自分の子供を結婚させたら、親戚関係となり、繋がりが強固になる。そのために、我が家にも娘がいることを父は思い出し、それを利用することを思いついたのだった。
 なんだか……信じられない。
 父は言った。
『どうせ恋人の一人もいないんだろう?』
 何故判ったと言いたいが、確かに榛花には恋人がいなかった。好きな人がいなかったわけではない。いいなあと憧れを抱いても、自分から積極的に動くタイプではなかったし、かといって、残念ながら向こうから来てもらえるようなタイプでもなかった。
 容姿はそれなりだと思うのだが、真面目なせいか、友人達によると、どうも気軽に声をかけると拒絶されそうな雰囲気があるらしい。
 わたしからすると、嘘でしょって感じなんだけど。
 とはいえ、もしデートに誘われたら、考え込んでしまうかもしれない。何しろ、実家は裕福だ。自分でなく、お金目当てだったらどうしようとか、余計なことで悩んでしまったかもしれない。
 結局、自分に自信がないからだろう。どんなに頑張っても、親にも認めてもらえない。それなのに、男性に自分という人間を好きになってもらうことなんてあるわけがないと思ってしまう。
 なんにしても、実際にはまだ誰からも声をかけられてないから、男性のことで悩む以前の問題だ。
 しかし、父親に『どうせ恋人の一人もいないんだろう』と決めつけられたことに、榛花は傷ついた。
 今は男性と縁はないが、これからどうなるか判らない。突然、モテ期が来ないとも限らないではないか。
 とにかく政略結婚など嫌だと伝えた。それに、まだ年齢も若いのだから、結婚は後でもいいと。
 すると、父は言った。
『おまえなんか自分じゃ結婚相手も探せないだろう?』
 思わずカッとなった榛花は言い返していた。
『わたしにだって、結婚を考えてる人がいるわ!』
 もちろん嘘だ。
 嘘だと見抜かれたのかどうか判らないが、それなら連れてこいと言われた。
 そのときは、相手が忙しいから、少し待ってほしいと言っておいたのだが、そんな言い訳がいつまでも通用するはずがない。
 でも、嘘だって言いたくないし……。
 思いっきり馬鹿にされるに違いない。それだけでなく、政略結婚だかなんだか知らないが、勝手にお見合いをセッティングされかねない。
 わたしはまだ二十四歳なのよ!
 そんなよく判らない人と結婚なんて絶対にしたくない。
 実家を後にした榛花は、悩みながらこの公園に辿り着き、今はこうしてベンチで深く溜息をついている。
 空は青く、天気はとてもいい。こんな素晴らしい日曜日なのに、どうしてこんな暗い気持ちでいなくてはならないのだろう。
 自分のついた嘘がどうにかして現実にならないだろうか。
 榛花は本当に真剣に悩んでいた。
 そのとき、榛花の耳に、女の子の心配そうな声が聞こえてきた。
「ねえ、おばあちゃん……大丈夫?」
 はっとして、そちらを見ると、隣のベンチで腰を下ろしている六十歳くらいの痩せた女性と五歳くらいの女の子がいた。女性は見るからに気分が悪そうだ。
 榛花は慌てて立ち上がり、二人のほうへ駆け寄った。
「大丈夫ですか? 救急車、呼びますか?」
 女性は頭を横に振った。
「ただの貧血なの……。救急車なんて大げさだわ。あの、すみませんけど……タクシーを呼んでくれないかしら」
 榛花はこの近くのタクシーを検索して、電話をかけた。
「十分くらいで来るそうです。横になりますか?」
「いいえ。そんな……」
 恥ずかしがる元気があるなら大丈夫だろう。
「それなら、頭を下げていると楽になりますよ」
「すみません。お世話をかけてしまって……」
「困ったときはお互い様ですから」
 榛花は横で不安そうな顔をしている女の子にも声をかけた。
「おばあちゃん、大丈夫だからね。タクシー来るから、おうちに帰ろうね」
 女の子はこくんと頷きながらも心細そうにしている。榛花は女の子の前にしゃがんで、小さな手を握った。
「お名前はなんていうの?」
「まきむらゆりあ」
「可愛いお名前ね。お姉ちゃんは白石榛花っていうのよ」
「はるかおねえちゃん……?」
 舌足らずな喋(しゃべ)り方が可愛らしい。榛花はふっと微笑んだ。
「そうよ。ゆりあちゃん、幼稚園に行ってるの?」
「らいねん、小ガッコウに行くの」
「いいわねえ。ランドセル、もう買ってもらった?」
「おばあちゃんに買ってもらった」
「今日はおばあちゃんと公園に来たのね? おばあちゃん、優しいね」
「うん。おばあちゃん、やさしい」
 女の子はそこでニコッと笑った。可愛らしい女の子で、榛花は自分にもこんな子供がいたらいいと思った。
 子供どころか、結婚相手もいないのだが。
 せめて恋人くらい欲しいものだ。
 他愛のない話をしているうちに時間が経った。
「わたし、道路のほうに出て、タクシーを待ってますから。タクシーが来たら、呼びにきますね」
「本当にすみません……」
「いえいえ。どうせ暇ですから」
 何かしていれば気が紛れるということもある。悩んでいても、恋人ができるわけでもないのだ。
 公園の出入り口の辺りにいると、タクシーが来た。榛花は運転手に少し待ってもらうように言うと、ベンチへ戻った。そして、女性と女の子をタクシーまで連れていく。
 二人を乗せて、お役御免と思ったのだが、女性が一緒に来てもらえないかと言ってくる。
「お世話になったお礼もしたいので……」
「お礼なんていいですよ」
 けれども、女の子に手を握られてしまった。
「おねえちゃんも来て」
 女の子の不安そうな大きな目を見ていたら、ここで去るのも無責任な気がして、榛花も一緒に乗った。
 車では五分くらいで着いたものの、歩くときっと十五分ほどかかるだろう。具合が悪い人にはつらい距離だ。
 この辺りはいわゆる高級住宅地だ。当然のごとく、女性の自宅は立派なお屋敷だった。表札には『槇(まき)村(むら)』と書いてある。
 タクシーを降りた榛花は女性を支えながら、その屋敷の敷地へと足を踏み入れた。
「おうちの方はどなたかいらっしゃらないんですか? 家政婦の方とか……?」
「あいにく、今日はお休みなのよ。臨時の方が来てくださるはずだったけど、夕方にならないと都合がつかないらしくて」
 それなら、放っておくわけにもいかない。乗りかかった船だ、榛花は二人の面倒を見るつもりで屋敷に上がった。
 女性はそれこそお礼のために榛花をもてなすつもりだったようだが、まだ気分が悪いらしい。
「ごめんなさい。少しの間だけ休みたいの。申し訳ないけど、百合(ゆり)亜(あ)を見ていてもらえないかしら」
 女性が本当に申し訳なさそうに頼むので、榛花は承知した。見ず知らずの自分に頼むなんて、よほど具合が悪いのだろう。
「本当に病院に行かなくていいですか?」
「ええ。休めば治ると思うのよ」
 女性は弱々しく笑った。
 榛花は心配だったが、さっきより顔色は良さそうだ。
「百合亜ちゃん、お姉ちゃんに飲み物をお出ししてね」
「うん。おねえちゃん、こっち」
 百合亜に手を引かれて、キッチンへ向かう。その間に女性は二階へと向かっていた。心配だったが、慣れた家の中だからか、彼女の足取りはしっかりしていた。
 よその家のキッチンにこういう形で足を踏み入れるのは初めてだった。百合亜が野菜室を開けて、重たそうなオレンジジュースのペットボトルを取り出そうとしているので、榛花は手を貸した。
「お姉ちゃんは何もいらないんだけど、百合亜ちゃんは喉乾いたの?」
 彼女は大きく頷いた。
「おねえちゃんもいっしょがいい」
「じゃあ、一緒に飲もうか」
 使っていいグラスを百合亜に聞いて、食器棚から二つ取り出す。自分の家でもないのに、こんなことをしているのは、不思議な気分だった。
 ジュースを注いだグラスを持って、リビングに移動した。ソファに並んで座って、二人でジュースを飲む。
 この年齢の子供は何をして遊ぶのだろう。榛花は自分が幼稚園に通っていた頃の記憶を思い出そうとした。
 ふと、百合亜が口を開く。
「あのね、おばあちゃん、ニューインしたの」
「そうだったの……」
 退院して間もないのかもしれない。無理して公園に行って、体調を崩したのだろうか。
「おばあちゃん、げんきになるかなあ」
「なるわよ。少し休めばね。その間、お利口さんにしてようね」
 百合亜はまたこくんと頷いた。素直で可愛い女の子だ。榛花は思わず彼女の頭を撫でる。
「百合亜ちゃんはいつも何して遊んでいるの?」
「いろいろ。……おねえちゃん、ご本をよんで」
 百合亜はテーブルの上にあった絵本を指差した。
「ああ、これね」
 榛花が絵本を開いて読み始めると、百合亜はぴったりとくっついてくる。ずいぶん人懐っこい子だ。この子はいつも祖母と一緒にいるのだろうか。日曜なのに、両親はどうしたのだろう。
 もちろん日曜が休みではない人達もいるのだが、この大きな家に退院したばかりの祖母と孫娘しかいないのは、なんだかおかしいような気がしないでもない。
 もっとも、まったく初対面の自分がここで絵本を読んでいるほうが、ずっとおかしいかもしれないが。
 しばらくしたら、百合亜はウトウトし始めた。
 そして、榛花の膝枕で眠ってしまう。
 ええーと……。
 ちょっと困っちゃった。
 別に何か用事があるわけでもないけれど、初めてのお宅でこんな状況では落ち着かない。
 この家の人のこと、全然知らないし。
 しかし、膝の上に頭を置いて眠っている子がいるから、動くこともできない。そのうち、なんだか眠くなってきた。もういっそ、自分もこのまま眠ってしまおうか。
 だって、この子の祖母であるあの女性も寝ているのだろう。自分が寝入っていたところで、誰も咎めないと思うのだ。
 目を閉じると、すーっと眠りに引き込まれる。
 もちろん熟睡なんかしてはいけない。まったく知らない人の家なのだから。
 でも、ちょっとだけ……。
 この子がお昼寝している間だけ。
 榛花は心地いいソファの背もたれに身を預けて、気持ちよく寝てしまった。そのことに気づくのは、実のところ目が覚めてからのことだった。
 あれ……?
 誰かいる。
 ぼんやりした頭では、一瞬ここがどこなのか判らなかった。そして、三十歳くらいの見知らぬ男性が立っていて、榛花をじろじろと見ていた。
 はっと目を大きく見開いて、ここが公園で助けた女性と百合亜の家であることを思い出した。
 でも、この男の人は誰?
「えっ……あの……」
 言葉に詰まったが、きっと彼はこの家の住人なのだろう。ひょっとしたら、百合亜のパパかもしれない。
 日曜だというのにスーツ姿だが、そのスーツが長身の身体にフィットしていて、とても似合っている。顔立ちは整っているものの、目つきは鋭く、榛花を値踏みするような目で見ていた。
 彼はいつもこんなふうに初対面の女性を見るのかしら。
 だとしたら、ずいぶん傲慢な人だ。
 顔は格好いいし、体形もスマートだが、榛花は不快感を抱いた。だが、彼からしたら、榛花は見知らぬ人間だし、自分の娘に近づく怪しい女に見えるかもしれない。
 こういうときには自己紹介だ。
「あの、わたしは……」
「知っている」
「えっ」
 あの女性と先に会ったのだろうか。それなら話は早い。彼が帰ってきたなら、自分はもう帰ってもいいということだ。
「では、わたしはそろそろお暇を……」
 すると、彼は何故だか驚いたような顔になった。
「何を言っているんだ。まだ何もしてないじゃないか」
「え……」
「母とは会ったんだろう?」
 もちろん『母』とはあの女性のことに違いない。
「はい。それで……」
「それで、何をしてほしいかという話を聞いたはずだ。その中に百合亜の相手は含まれていたかもしれないが、君に頼みたいのはそれだけじゃない」
 この上、まだ何か頼まれるのだろうか。いくらなんでも図々しいと思った。病弱そうな女性と幼女だけなら何かしてあげたいと思う。けれども、家人である男性が帰ってきたなら、自分はもう帰ってもいいはずだ。
「申し訳ないですけど、わたしはもう充分なことをしたと思います」
「冗談じゃない。掃除もまだしていないようだし、夕飯の支度だってある。最低限、それくらいはしてもらわないと」
「そ、掃除……? 夕飯の支度?」
 一体、何を言われているのだろうと思った。そもそも彼は榛花を誰だと思っているのか。
 そのとき、百合亜がムクッと起き上がった。
「ユートおじちゃん! 来てくれたんだ?」
 百合亜が嬉しそうに彼に駆け寄り、抱きついた。男性は打って変わって優しい顔になり、百合亜を抱き上げた。
 パパじゃなくて、おじさんだったのね……。
 ともかく、榛花は立ち上がった。掃除など頼まれてもするつもりはない。
 彼は百合亜には甘い笑みを浮かべる。不覚にも素敵だと思ってしまい、慌てて自分を戒める。
 彼は優しい顔で百合亜に話しかけた。
「新しい家政婦さんに遊んでもらったのか?」
 えっ、わたし、家政婦と間違えられていたの?
 榛花がギョッとしていると、百合亜が笑い出した。
「カセーフさんじゃないよ。おねえちゃんだよ。コーエンでね、おばあちゃんがビョーキになって……。それで、いっしょに車で来たの」
「えっ」
 ようやく誤解が解けたらしく、男性の顔は引き攣(つ)っていた。彼はすぐに百合亜を下ろして、榛花に頭を下げた。
「申し訳ありません。失礼なことを言ってしまって……。新しい家政婦が来ると聞いていたので、てっきりそうだとばかり思い込んでしまった」
 彼は頭を下げ、自分の失敗に顔を赤らめている。素直に謝罪をされたことで、榛花の気持ちはすぐに和らいだ。
「いいんです。私こそさっさと自己紹介すべきだったのに、ぼんやりしてしまって、すみません」
 榛花も頭を下げると、彼はまた頭を下げてきた。
「いやいや、僕のほうが悪い。いきなり決めつけてしまった。どうやら、母もお世話になったようなのに」
「いえいえ、あの、お世話と言うほどじゃないんです。公園で貧血か何か起こされたみたいで、具合を悪そうにしてらしたので、タクシーを呼んだだけで……。ここまでお送りしたら、百合亜ちゃんを見ていてほしいと頼まれたから、絵本を読んであげたんですよ」
「母がそんな図々しい頼み事をするとは……。僕がいればよかったけど、急に仕事の用事が入ってしまったもので……」
「お母様は入院されていたと、百合亜ちゃんに聞きました。二階で横になってらっしゃるから、様子を見てきては? 少しよくなられているといいんですけど」
 彼ははっとして、また頭を軽く下げた。
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、少し様子を見てきます。あ、まだ帰らないでくださいね。謝り足りないから」
 彼はそう言って、にっこりと笑った。
 ドキン。
 榛花は彼に笑顔を向けられて、傲慢だという第一印象がすっかり消えてしまったことに気づいた。
 普通にしていれば単に格好いい人だが、笑うと柔らかな印象になる。とても優しそうな人で、榛花はうっとりした。彼はリビングを出て、階段のほうへと向かう。榛花はその後ろ姿を見ながら、いいものが見られて目の保養になったと思った。
 でも、あんな素敵な人、結婚しているんじゃないの?
 もしくは、恋人がいるはずよ。フリーなんてことはあり得ない。
 だが、そういうものだ。素敵な人だからこそ、女が見逃すはずがないのだ。
 榛花が思わず小さく溜息をつくと、百合亜が手を握ってきた。
「おねえちゃん、ゆりあもおばあちゃんのところ行きたい」
 つまり一緒に行ってくれと言っているのだ。しかし、知らない人の家で勝手に動きまわるわけにはいかない。それに、あの女性が眠っているのなら、百合亜を連れていくのはよくない。具合が悪いときは、静かに寝ておくのが一番だ。
 榛花は屈んで、百合亜と同じ目線になる。
「おばあちゃんはまだ寝ているから、百合亜ちゃんはこっちでお利口さんにしてようね」
「うん。……ユートおじちゃんは? すぐかえってくる?」
「おじちゃんは、おばあちゃんの病気がよくなっているかどうか見にいっただけよ。百合亜ちゃんはおじちゃんのことが好きなのね?」
「だーいすき!」
 百合亜は明るく笑った。
 本当に可愛い子!
 榛花は百合亜の頭を撫でて、微笑んだ。
 そうこうするうちに、男性が戻ってきた。彼はまた少し恥ずかしそうにしながら笑いかけてくる。
「先ほどは本当に失礼しました。僕は槇村侑人(ゆうと)と言います」
「あ……わたしは白石榛花です」
 改めて自己紹介をして、頭を下げる。
「僕は長男で、別に住んでいますが、今日は母が一人で姪の面倒を見ていると聞いて、様子を見にきたんです。母は退院したばかりだし、いつもの家政婦は休みだし……。でも、まさか僕を待たずに百合亜を公園に連れていくとは思わなかった」
 侑人はとても礼儀正しいようだ。最初はきっと、家政婦が仕事もせずに姪と一緒に昼寝をしていると思って、不愉快に感じたのだろうが、事情を知ると、ちゃんと頭も下げてくれる。
 傲慢な人ってわけじゃないみたい。
「お母様の具合はどうでしたか?」
「少し休んでずいぶん楽になったそうです。あなたに謝っておいてほしいと。それから、お礼を……」
「お礼なんていいんです。あの、それじゃ、わたしはそろそろ……」
 榛花は持ってきたバッグを手に取った。
「待ってください! ケーキを多めに買ってきたんです。よかったら、一緒にいかがですか?」
 百合亜がケーキと聞いて、手を叩いて喜んでいる。
「やったー! ケーキだ! ねえ、おねえちゃん、いっしょに食べよう」
 嬉しそうにはしゃいでいる百合亜を見ると、ケーキを食べるくらい付き合ってもいいと思った。それに、ケーキがお礼ということにすれば、きっと侑人やその母も納得してくれるかもしれない。
「判りました。じゃあ、一緒にいただきます」
 彼は榛花の返事にほっとしたようだった。
「向こうで用意してきますから……」
「あ、お手伝いします」
 思わずそう言っていた。客として誰かが何かしてくれるのをじっと待っているより、自分が動いたほうが気が楽なのだ。
「いいんです。百合亜の相手をしてやってください。紅茶とコーヒー、どちらがいいですか?」
「あ……あの、コーヒーをお願いします」
「了解。……実は僕もコーヒーが飲みたいと思っていたんだ」
 そう言ってにっこり笑うと、彼はキッチンのほうへ向かった。
 彼が用意をしてくれるのかと思うと申し訳なさを感じたが、よく考えると自分がよそのお宅のキッチンで用意するのも変だ。それこそ家政婦でもないのに。
 百合亜がまた別の絵本を持ってきたので、それを読んでやっていると、ほどなくして、彼がトレイにケーキの皿を載せてやってきた。スーツの上着は脱いでいて、ネクタイも外しているから、なんとなくウェイターのようだと思った。もっとも、ウェイターにしては威厳がありすぎだが。
「ゆりあ、いちごのケーキがいい!」
「ダメダメ。お客様にどれがいいのか先に選んでもらうんだよ」
 彼は姪を可愛がっているが、甘いわけではないようだった。
「はーい。おねえちゃん、どれがいい?」
 侑人がケーキの皿を榛花に見せた。百合亜が食べたいケーキは聞いていたので、それ以外を選べばいいだけだ。
 侑人は榛花が選んだケーキを目の前のローテーブルの上に置いてくれた。百合亜はもちろんいちごのケーキをもらって嬉しそうな顔になり、ソファから下りた。そして、クッションを床に置くと、その上に座布団のように座る。
 百合亜がここで食べたり飲んだりするときには、いつもこうしてクッションの上に座っているのだろう。確かにそうしなければ、まだ小さい彼女は零してしまいそうだった。
「百合亜ちゃんはジュースだね?」
「うん。りんごジュース!」
 彼はキッチンに戻って、今度は飲み物を持ってきてテーブルの上に置く。彼はソファでなく、一人掛けの椅子に腰を下ろした。
「食べていい?」
 百合亜がニコニコしながら侑人に尋ねた。
「いいよ」
「いただきまーす!」
 百合亜は両手を合わせて大きな声で挨拶をしてから、食べ始める。あまりにも可愛らしいその姿に、榛花は微笑んでしまう。
「おいしい?」
 声をかけると、満面の笑みでこちらを振り向いた。
「うん!」
 ふと見ると、侑人も微笑んで百合亜を見つめている。姪をとても可愛がっているようだった。彼は視線に気づいて、こちらを見る。目が合ってしまい、榛花は頬が熱くなるのを感じた。


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