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王妃のプライド2

市尾彩佳 / 著
氷堂れん / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2019/08/30

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内容紹介

我が妃を愛し、幸せにすると誓う。
過去にした理不尽な仕打ちを悔いあらため、ひたすら一途に愛し慈しんでくる王カーライルを受け入れた王妃ティルダ。しかし長い苦難は簡単にはティルダの心を溶かせないでいた。どれだけ許したところで、カーライルが罪と負い目を償い続けるかぎり過去の呪縛が二人の未来を阻むのだ。それでも欲望を隠そうとしない彼に求められるたび、身体はうずき甘い快楽に身をゆだねてしまう。「俺は嬉しい。そなたの身体が俺を欲しがっているとわかって」そんな時、ティルダの従兄である隣国の王太子がやってくる。虐げられていた時間を支えてくれた男の登場は、素直になれない二人の関係をますます複雑にさせて……。「今だけは、俺のことしか考えられなくさせてやる……っ」こじれた夫婦が辿り着いた結末は!?

立ち読み

1、看病の日々


 離れの館一階の広間に、機(はた)を織る規則正しい音が響く。この広間が公式の場として使われることがないため、一段高くなっている上座に機織り機が置かれ、アシュケルド王妃ティルダが毎日時間を見つけてはタペストリーを織っていた。
 縦糸の間に杼(ひ)を滑らせる、ほっそりとした白い指。椅子に座っているため、たおやかな腕にかかる垂れ袖は、優美な襞(ひだ)を作るスカートの上から床へと落ちている。ぴったりと上半身に沿うブリオーは、ティルダの豊かな胸を強調する。艶やかな亜麻(あま)色の髪は一本の三つ編みにされて左肩から垂れ下がる。アイスブルーの目はたっぷりとしたまつげに縁どられ、唇はふっくら紅く色づいている。一年前、十八歳のときは幼さの残る丸みを帯びた頬をしていたが、今は女性らしい曲線を描きながらすっきりした顔の輪郭になって、ますます母親の絵姿とそっくりになった。
 タペストリーを織るティルダの耳に、身体の芯まで震わせるような低い声が届く。
「ティルダ、近隣諸国から届いた親書はどのようにすればよい?」
 声の主は、アシュケルド王カーライルだ。その声に動揺しているのを悟られまいと、ティルダは振り向きもせず素っ気なく答えた。
「お読みになって返事をしたためられればよろしいでしょう」
 あしらわれたというのに、カーライルはまるで気にせず訊(たず)ねてくる。
「どのような返事を書けばよいのだ?」
 一国の王の言葉とは思えない。子どもじゃあるまいに、と文句を言いたいのをこらえて、ティルダは辛抱強く答えた。
「……王のよろしいように。この国のあらゆる決定権は王、貴方にあります。判断に迷うときは、族長たちに相談なさればよろしいかと」
「判断に迷うし、族長たちにどう切り出していいかわからん。そなたの意見を訊きたいのだ。親書に目を通してくれないか?」
 ティルダは我慢ならずに振り返り、大きなため息を吐いた。
 緩やかに波打つダークブロンドの髪。切れ長の目にヘーゼルの瞳。通った鼻は高く、髭(ひげ)は生やしていないが野性味のある精悍(せいかん)な顔立ちをしている。アシュケルドの民の中でも大柄なほうで、威風堂々とした彼だが、今は寝台の住人だ。この広間の入り口ほど近くに運び込まれた寝台で大きな枕を背もたれにして寝台の上に座り込んでいる。いつでも横になれるよう、生成りの生地で作られた簡素な夜着を身に着けていた。
 ローモンドで大怪我をしたカーライルは、帰国してすぐまた寝台を離れられなくなった。無理を押して長旅をしたため、傷がまた開いてしまったのだ。ローモンド兵と反乱分子に見つかるわけにはいかないという緊張が、帰ってきて緩んだせいもあると思う。帰城し寝台に横になってすぐ熱が上がり、五、六日は昼も夜も看病を必要とした。熱が引いても開いた傷が再び閉じるまでに時間を要した。
 その間も、王の務めは待ってくれない。かといって、王がいるのにティルダが代理を務めるわけにはいかない。
 ティルダは先日まで、看病の傍らカーライルに裁可を仰ぎ、横になっている彼にできないことをこなしていった。
 しっかり養生したことで、カーライルの腹の傷は塞がった。帰城して十日目、身体を起こせるようになったからには、ティルダが手助けする必要はなくなったはずだ。そのため、膝にかけた毛布の上には、書き物ができるよう低い台が置かれていた。
 だというのに、カーライルはいちいちティルダを呼んで意見を求める。
 おかげで、機織りに集中することができない。兄グリフィスに織りかけのものを壊された後、新たに縦糸をかけたが、それから三カ月が経つというのに、まだ絵柄を織り込むところまでいっていない。
 そもそも、カーライルが静養している部屋に織り機があるのがいけないのだ。ティルダが同じ部屋にいるから、カーライルも安易に相談してくるに違いない。
 ティルダはカーライルのほうへは向かわず、広間から出て行こうとした。
「どこへ行く?」
「人を呼んで織り機を二階に運ばせようと思います。わたくしがここにいるせいで、貴方の政務に支障をきたしているようですので」
 嫌み交じりに答えてみたけれど、カーライルは気にした様子なく、鷹揚(おうよう)な笑みを浮かべた。
「そんなことはないぞ。そなたのおかげでとてもはかどっている。今の俺は、そなたに逐一訊かなければ、何一つ決められぬからな」
「先ほども申し上げた通り、王の好きになさればよろしいのです」
 冷ややかに言い返したティルダに、カーライルは苦笑した。
「俺の好きなようにするためにはどのようにしたらよいのか、その方法がわからぬのだ」
 なぞなぞのような言葉に、ティルダは苛立つ。いい加減文句を言いかけたそのとき、カーライルはつらつらと語り出した。
「近隣諸国と友好的な関係を築きたい。可能であれば互いに助け合う協定を結びたい。但し、援助させられる一方という事態になるのを避けるために、その都度なんらかの見返りを得られるよう、相手国と話し合いたい。──望むことは数多くあるが、それらを実現するために必要な知恵がない。だから、そなたに是非とも知恵を貸してもらいたいのだ」
 期待に煌めく目を向けられ、ティルダは無意識に息をのんだ。
 自尊心をくすぐられて、心が疼く。
 しかし、カーライルは自身が言うほど政(まつりごと)に疎いわけではない。それどころか、驚くほど知恵が回ることをティルダは知っている。
 複雑な気持ちに囚われながら、ティルダはカーライルのそばへ引き返した。
 期待に目を輝かせるカーライルから、親書を受け取って目を通す。
 その途中で、ティルダはぽつりと訊いた。
「機織りの音がうるさくはないのですか?」
 カーライルは嬉しそうに目を細めて答えた。
「いや。そなたの機の音(ね)は心地よい。聞いていると、子守歌を聴かされる赤子のように、心が安らいでいくのだ」
 そういえば、熱が引いてからというもの寝台に縛りつけておくのが大変なカーライルだが、ティルダが機を織り出すといつの間にか眠っていたということがあった。
 カーライルは、ティルダの機の音が子守歌に聞こえるのか。
 何故か、ティルダの頬はじんわりと熱くなってくる。それをごまかすように、ティルダはつんと顎を反らして言った。
「でしたら、これからは遠慮なく織らせていただきます」
 カーライルは、はははと楽しげに笑った。
「是非ともそうしてくれ」
 それからティルダとカーライルは、親書についての意見を交換し合う。後は族長たちにも相談してからということになって、ティルダは親書を片づけ、カーライルの膝の上の机をどけた。
「休憩しましょう。横になってください」
「疲れてはおらぬ。寝ているのはもう飽き飽きだ」
 駄々っ子のように言うカーライルを横にさせようと、上掛けに手を伸ばす。すると、カーライルはその手をいきなり掴んでティルダを引き寄せた。
「きゃ……!」
 ティルダは小さな悲鳴を上げて、カーライルの上に倒れ込む。
 カーライルはティルダが身体を起こす隙を与えず、逞しい腕の中に抱き込んだ。ティルダの細い顎を持ち上げると、すっと顔を近づけてくる。
 唇が重なり、ティルダは驚きに目を見開く。信じられないほどの早業だった。しかも、唇の隙間から入り込んだ舌に口腔を甘く刺激される。
 久しぶりの口づけは刺激が強すぎる。目がちかちかして、開けていられなくなった。
 目をぎゅっと閉じた後、ティルダは首を左右に振ってキスから逃れる。
「だっ、駄目です!」
 そう言って、カーライルを押し退(の)けようとする。カーライルは再びティルダの顎を捉え、上向かせた。怒りを押し殺したヘーゼルの瞳が、ティルダを射貫くように見下ろしてくる。
「また俺を拒むのか?」
〝また〟の一言を強調され、カーライルが何を言わんとしているか察する。



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