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9784866691909

万能女中コニー・ヴィレ

百七花亭 / 著
krage / イラスト
ISBNコード 978-486669-190-9
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2019/02/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《第一回フェアリーキス大賞銀賞受賞作、チートな枯れ女子の恋愛未満ストーリー待望の書籍化!》
お城に勤めるコニー・ヴィレは人並み外れた体力・膂力の持ち主で、炊事洗濯、掃除戦闘なんでもござれの万能女中。ついでに結婚願望なしの徹底地味子。そんな彼女に、女好きと有名な美形騎士・リーンハルトが近づいてきた!? コニーの母の再婚で彼女の義兄になったという彼は、義妹を実家に連れ帰ろうとあれこれ画策。けれど貴族や母親と関わりたくないコニーは大迷惑! 彼から逃れるべく奮闘するけれど、何故か義兄の追跡は妙に熱を帯び始め――?

立ち読み

 まじめで口も堅く信頼もある。そんなコニーは仕事仲間から相談をされやすい。
 本日も、ひとつ年下の後輩ハンナが頼ってきた。彼女は洗濯女中で勤務歴二年。金茶のおさげにぱっちりした緑の瞳、快活で素直なお嬢さんだ。実家は城下の鍋職人である。
 朝早い使用人食堂は人が殆どいない。隅っこの席で食事をとりながら、話を聞くことになった。
「ここ最近、誰かにじっと見られているようで、気持ちが悪いんですよぅ! 留守中、室内に生ゴミとか、鼠の死骸をばらまかれたりもしましたし!」
 同室の女中ミリアムが毎夜遅く出かけるので、余計に不安なのだと言う。
 ミリアムは色白で金髪ストレートの美人だ。コニーよりふたつ年上の十九歳。洗濯女中で勤務歴三ヶ月。胸が大きい分、脳に栄養が行かないタイプらしく、よく仕事をうっちゃっては庭の茂みや柱の陰で、警備兵といちゃこらしている。
 仕事以外で、女中が夜間に寮を出てうろつくのは禁止だ。城内敷地なのだから当然のこと。
 破った場合、罰則が発生する。ミリアムはこれまで、警備兵との夜間逢引が二度ほどバレて、女中頭から寮のトイレ掃除を二ヶ月連続で言い渡されている。
 一ヶ月×二回だ。それもさぼったり、ハンナに押しつけたりしているのだが……
 彼女、三度目はないってことを知らないのでしょうか?
 それはさておき。どう考えてもトラブルの種はハンナではなく、奔放なミリアムだと思われる。
「ゴミはどのへんにまかれてました? そのときの状況を詳しく教えて」
「一度目の生ゴミは床の中央に。二度目の鼠はミリアムさんの寝台に。あたしが真っ先に疑われちゃって! 気持ち悪いから寝台を取り替えろってすごい剣幕で言われて……仕方なく代わったんですけど……寝台が重くて動かせないから、衣装や荷物をすべて移動させたんです。ほんと大変でしたよぅ」
「それはいつ頃のこと?」
「三日前と昨日、どちらも仕事が終わって帰ってきたときです」
 ──やはり、ミリアムがトラブルの発生源。
 このままだと、ハンナが本格的に巻きこまれるは必至。コニーはそう判断した。
 そして、十中八九、ミリアムの男関係が原因だろうとも。
「ミリアムの今の相手に心当たりはある?」
「……えぇと……」
「警備兵のガイ? 門衛のマルク?」
 以前、ミリアムの逢引相手はこの二人だったが、彼女は基本的に若い男になら誰にでも愛想がいいので、新恋人がいてもおかしくはない。股掛けしていないのは意外だが。
「その……」と、言いよどむハンナ。
「知ってるなら答えて。たぶん嫌がらせは、ミリアムが付き合ってる相手の関係者だと思うから。元恋人か、二股されてる女性か。このまま放置してると巻きこまれ損になりますよ」
 すると、あわててハンナは答えた。
「彼女には内緒にって言われたのだけど……」
 視線をめぐらし近くの席に人がいないのを確認して、ハンナはテーブルの上に身を乗り出す。
 向かいに座るコニーも同じように近づくと、ハンナは声をひそめて言った。
「ダグラー様です」
 コニーは目を瞬き、彼女の愛らしい丸い瞳を見つめ返す。耳が詰まったのかも知れない。
「今なんて言いました?」
「……騎士副団長の、ダグラー様だと……聞いてます……」
 危うく驚嘆の声を上げそうになった。
 彼が、母の七度目の再婚相手の息子だと知ったのは、昨日のことだ。
 過去のトラウマを引き起こされたせいで、つい全力で逃げてしまったが、今なら冷静に対処することも考えられる。といっても、やはり最善策は、母とダグラー公爵家に一切関わらないことなのだが。
 今回相談された件は、事態が深刻化する前に手を打つ必要があるので、彼と接触する可能性があるかもしれない。
 ──そのときは、極力、絡まれないように慎重に行動しましょう。
 そういえばと思い出す。ダグラー副団長が恋人に選ぶのは貴族令嬢ばかりだったはず。
 ……いえ、たしかミリアムは没落した男爵家の娘でしたね。
 ミリアムは高慢ちきな性格のため同性受けは悪いが、魅惑的ボディの持ち主なので、彼のおめがねに適ったのかも知れない。しかし、付き合うなら別の女との関係ぐらい清算しておけばよいものを。コニーは眉をひそめた。
 ──他人を巻きこむ恋愛脳は嫌いだ。
 目の前で、不安げに瞳をゆらすハンナに視線を合わせた。
「大丈夫ですよ、ハンナ。大事になる前に策を立てればよいのだから」
 とりあえず、ミリアムにも話を通したほうがいいだろう。それはコニーが引き受けた。
 鼠の乗った寝台を押しつけるなんて──今後も自分に向かうだろう害意を、隣人にひっかぶせるつもりの確信犯ですからね。

 まず洗濯場に向かう。洗濯女中たちが忙しく働く中、ミリアムの姿は見えない。
 朝っぱらからさぼりのようだ。手が回らないのであろう山積みの洗濯物を次々と手際よく干し、背後から「助かりましたぁ!」という声を聞きながら、コニーは城の裏手にある小聖殿へと向かう。
 コニーの仕事は、人手の足りないところを重点的に補うことだ。厨房での皿洗いや調理補助、庭掃きや木々の剪定、城や迎賓館の清掃、洗濯、城下への買い出しなど。
 ミリアムのさぼり分は、必然的にコニーの仕事になってしまっている。
 以前は文句を言いながらも七割ぐらいは洗濯をしていたはずのミリアムだが、ここ二日ほど、まったく手付かずが続いている。コニーにとっては大した量ではないとはいえ、それで給料をもらうのはいかがなものか。
 彼女の処遇については、女中頭マーガレットとの相談が必要のようだ。
 壮麗な小聖殿に着いた。ここには、ハルビオン国に貢献した歴代聖人の御霊が祀られている。
 近々、隣国の使者を招いた式典があるので、「ふだん手の届かないところまで磨いておきたいわね」と、先日、マーガレットが言っていた。
 ここの屋根の上からだと軍施設がよく見えるので、掃除ついでにちょっと覗いてみようと思う。
 梯子を使って、天井や照明具にかぶるホコリとクモの巣を箒で落とす。広々とした床をはき清め、植物由来の洗浄剤をまいてモップで磨き、新しい雑巾で祭壇を磨き、椅子を磨いて、高窓に登ってステンドグラスを磨く。入口から入ってきた参拝者が、「ぬおぅっ、まぶしい!?」と叫んでいる。
 そのあと高窓から外に出て屋根にのぼり、小さな森をはさんで位置する軍施設を見下ろした。
 懐から細い金属筒をとり出す。小型の望遠鏡だ。女中の給料で買えるものではない。これは借り物なので、壊したりすると弁償しなくてはならず、いつもビロゥドの布に包んでエプロン胸当ての裏ポケットにしまっている。
 コニーの本職は女中だが、貯蓄のためアルバイトもしていた。人生いつ何が起こるか分からない──それに備えて手堅く生きるのは、まじめな彼女の性分だ。
 アルバイトの内容は城内の噂を集めること。範囲は下働き層が中心、なのでとても簡単。女中の仕事をこなしつつ、常に耳を大きくしていればいい。
 そして、噂の真偽を確認するためにこの望遠鏡で──
「あ、いましたね……」
 ほんと期待を裏切らない人だと呆れる。
 レンズの先には、自分と同じ青灰色のワンピースに白いエプロンをつけた、金髪ストレートの美女ミリアムがいる。しかも、茂みの陰からこっそり鍛錬場をうかがっているようだ。
 きんきらに目立つ金髪が緑の隙間から見えたのだろう。剣稽古に出てきた兵士らが注意をしている。追い払おうとしたのだろうが、ミリアムは腰に両手をあて、憤然と何か言い返している。
 しばらく言い合いをしていたが、そこへ翡翠色のマントをつけた青年が現れた。
 件の色男、ダグラー副団長だ。ミリアムの肩を抱いて鍛錬場の外へと促している。そのまま追い出すのかと思ったら、建物の陰で足を止め、体中をなで回し始める。どう見てもいちゃいちゃしているようにしか見えないのだが……
 ──十分経過。
 いちゃつきながらも何か話しこんでるようだ。ミリアムの方が何か一方的に言い募っている感じ。
 ……アタクシを本命にして! とか言ってたりして。玉の輿狙いの婚活女子は大変ですね。
 ミリアムの家が没落したのは数年前。貴族の生活が忘れられず、裕福な男性をゲットしたいと思うのは自然なことだろう。だが、相手は百戦錬磨の女たらし。
 すがるだけ時間のムダだと思いますけどね。
 ふと、二人から死角の位置に女がいることに気づいた。大きな木のうしろだ。
 ひっそりと佇み、ぴくりとも動かない。おそらくは会話を盗み聞きしている。レンズをもっと拡大してみた。
 あの赤葡萄色のお仕着せは、王妃様付の侍女では……?
 軍施設内に許可なく女性は入れない。あんなところに隠れるように潜んでいるとなると、彼の元恋人か二股の相手。女中部屋のイヤガラセ犯かもしれない。
 侍女が木陰から顔をのぞかせる動きをとったので、レンズの先を二人に移す。ミリアムの方から抱きつき、熱烈なキスを仕掛けているところだった。再びレンズの先を戻すと、侍女の顔がすごいことになっている。嫉妬でゆがみ、ミリアムを射殺さんばかりの視線。
 副団長、据え膳のキスに夢中で気づかないのか。それとも気づいていて面の皮が厚いのか。

 ミリアムを回収すべく小聖殿を出て軍施設の入口に向かうと、ちょうど彼女が出てきた。
 なんとダグラー副団長までくっついていた。面倒なことになりそうだと、内心で舌打ちする。
 すぐ目の前を通り過ぎようとしたので、わざとらしく咳払いをした。
「ミリアム、仕事をさぼってどちらへ?」
 ぎょっとしたように二人がふりむく。たった今、気づいたと言わんばかりのその反応。
 ──わたしが地味過ぎて空気だとでも言いたいの?
 声をかけたのがコニーだと知ると、ミリアムは小馬鹿にしたように唇の端をつりあげた。
「あたくし、先ほどから気分が悪くってぇ。早退しますわね。女中頭に伝言をお願いしますわ」
 ゆるやかな白金髪を束ねた白皙美貌の騎士の腕につかまり、しなだれかかる。
 コニーは彼に向けて、事務的に告げた。
「うちの後輩がご迷惑をおかけして申し訳ありません。速やかに引き取らせていただきますので、どうぞ騎士様はお勤めに戻ってください」
 彼は片眉をはね上げた。そして。
「まるで初対面のような口ぶりだね」
 そこに婚活女子がいますからね。親の再婚をバラさないでください。嫉妬されます。
「何かお気に障りましたか?」
「──手紙は読んだのかい?」
 空気読まないんですね。今その話をするんですか。ミリアムに呪い殺されそうな目で睨まれてるんですけど。
 しかし、わざわざ公爵子息がメッセンジャーになってまで届けに来たのだ。答えないわけにもいくまい。
「読みました。返信は直接、母に送ります」
 その顔を見上げる。彼は百八十三センチと長身だ。
「いや、その必要はないよ。明日、迎えをよこすから。荷物をまとめて、今日中に〈里帰り申請〉を出しておいてくれないか」
 公爵家に行く気はないと言ったはずですが。こちらの意向は、まるっと無視なんですね?
〈里帰り申請〉とは、一ヶ月以上まとめて休暇をとる書類申請のことだ。
 一ヶ月も公爵家で何をしろと言うのか。おそらく、そのまま滞在をずるずると引き延ばして、女中を辞めさせる気なのだろう。
「お断りします」
「何故?」
 ムッとしたように問い返してくるので、はっきりと言い返す。
「母に会いたくないからですよ」
「それは、いったい──」
「あのぅ、あたくし、気分が……」
 痺れを切らしたミリアムが口をはさんできた。
 ナイスタイミングの割りこみと、コニーは便乗する。
「あぁ、具合が悪いのでしたね。──すみません、騎士様。これから彼女を寮に送りますので」
 第三者の存在を忘れていたのか、はっとしたように彼も肯いた。そして、余計な気遣いを提案してくる。
「それなら、この近くで休める場所へ案内するよ」
「いいえ、後輩の世話はわたしの役目。どうぞ騎士様はお勤めに戻ってください」
「君にはまだ話がある」
「わたしにはありません」
 無礼だろうが何だろうが、ここでなし崩しに縁を繫がれてはたまったものではない。
「ミッシェルが君にとても会いたがっている……と言っても?」
 ……今、ナチュラルに呼び捨てしましたね? 義母となってる人に。そこは〈さん〉か〈レディ〉でもつけるべきなのでは?
「わたしは会いたくないんです。ミリアム、帰りますよ」
 彼の腕にぶら下がっているミリアムに視線を向けると。
「あたくし、もう歩けませんわ! ふらふらしますの。近くで休める場所に行きたいですわ~」
 うっとうしい演技で反抗してくる。それを見た彼が、コニーを非難した。
「具合の悪い彼女を歩かせるなんて可哀相じゃないか!」
 ぶあついメガネの下、枯れ草色の瞳がすっと細まる。
「──可哀相?」
 コニーの唇から低い声が漏れた。
「給料泥棒が? ふざけてるの?」
 女中如きに気圧されるとは思わなかったのだろう。彼は二の句が継げず、こちらを注視した。
 コニーは瞬時に目を伏せ、うすい笑みをはりつけて、再々度告げる。
「コレは速やかに引き取らせていただきますので、どうぞ騎士様はお勤めに戻ってください」
 そこへ建物の入口から、いかつい黒髭のおっさん騎士が現れた。
 泣く子も黙る恐ろしげな面構え。第二王子騎士団の団長ジン・ボルドだ。つまり、ダグラー副団長の上官にあたる。
「リーンハルトてめぇ! またサボリかあああっ!!」
「ちょ、待ってくれ! これにはわけがっ」
 さすが騎士団長、よく分かっている。色男にきっついゲンコを落とし、言い訳は許さず引きずっていった。同時に地面に振り落とされたミリアム。
「せっかくの逢瀬おおおおおおおお!! 何ジャマしてるのよこの地味女があああああ!!」
 血走った目で吠え、コニーに摑みかかってきた。
 とても元気だ。休ませる必要などないだろう。
「だいたい、手紙って何!? 迎えをよこすって何なのよ!?」
「世の中、知らなくてよいことがあるのです」
 女中の噂は千里を駆ける。自ら火種をばらまくは愚の骨頂。
「年下のくせにえらそうに! 何様のつもりよ!?」
「あなたの先輩です」
 うるさいので当身を一発食らわせて、騎士団長に倣って回収した。
 ミリアム豊満な身長百七十五センチ、わたし中肉の百五十五センチ。さほど問題はない。荒事は慣れてますから。
◇◇◇◇◇
「君、そんな所で何やってるんだい……?」
「お構いなく。素通りしてください」
「いや、危ないから。梯子持ってこさせるから動かないで」
「結構です。勝手に下りますから」
「……本当に何やってるの?」
 コニーがのばした右腕のすこし先には、黒い仔猫がいる。生い茂る葉に隠れて下からは見えないのだろう。自力で下りられず鳴いていたそれを捕まえに来たのだが、枝が細くこれ以上進むことができない。
 あぁ、もう少しで手が届くのに……
 仔猫は警戒心から毛を逆立てて近づかないし、コニーが動揺したせいで揺れる枝に怯えている。
「騎士様こそ、何故ここに?」
 はやく何処かに行ってくれませんかね。
「休憩時間だから昼寝でもしようと思って。ここ、涼しいからね」
 あなたのテリトリーでしたか。
 舌打ちしたくなる。
「この間から君を探していたんだけど、いつも見つからないんだ。もしかして、私は避けられているのかな?」
 にこやかな笑顔を向けてくるが、とても噓くさく感じる。
 ひそかに逃げ回っているのを根に持たれたようだ。
「気のせいでしょう」
「そうか、よかった。ちょうどいいから今、話をしようか」
「わたし今それどころじゃないので」
 指先で仔猫に来い来いしてるコニー。彼には正直さっさと去って欲しい。
 さっきからミシミシと、枝の付け根がちいさく軋んでいるのが気になる。
「そうだね、そこじゃ落ち着いて話も出来ないだろうから、下りておいで。受け止めてあげるから」
 は?
 仔猫から視線を彼に移せば、白い手袋をつけた両手を広げて待っている。
 ……そこに飛び下りろと? いやいや、何言ってるんですか、この人。わたし身軽なので木登りも木下りも得意です。必要ありませんから!
「さぁ、おいで」
 あれは捕獲する気満々の笑みだ。
「いやです」
「コニーは黒が好きなのかな?」
 彼は小首をかしげて尋ねてくる。天気の話でもするようにあまりに自然な口調だったので、何のことかすぐには思い当たらない。
「え?」
「黒い下着って珍しいよね」
「……っ!?」
 みしっと大きな音がする。まずいとコニーは幹を蹴り、仔猫を摑んだ。枝が折れる。
 低木の茂みに突っこむ角度で落ちたはずが────

 茂みの上に彼。彼の上にコニーは乗っかっていた。
 顔を上げようとしてメガネが外れそうになる。慌てて手で押し戻す。
「……見ました?」
「やっぱり下着なんだ? スカートの裾から黒色がちらっと見えたから、まさかと思ったけど。なんというか意外だね」
 彼は淡々と答えつつも、興味深げな視線を向けてきた。
 ──自分で墓穴掘ったああああっ!!
 別に黒が好きなわけではない。たまに女中寮に寄ってくれる王宮商人がいるのだが、人気がないという理由で大幅値引きしてくれたので買っただけだ。黒レースのドロワーズとシュミーズを。ちなみに、市井女性の下着は基本〈白〉。色付きは高価だから裕福な女性でないと身につけない。
「お礼は言いませんよ、あなたのせいで落ちたんですから!」
 勢いよく起き上がろうとするコニーの背中に、彼の両腕がガッチリ回り阻止される。
 美麗な顔でにやりと笑った。
「いいよ、その代わりこれからちょっと付き合ってもらうから」
「どちらへ?」
 コニーは半眼でにらむ。思いっきり両腕でつっぱるがびくともしない。さすが現役の騎士副団長。
 く、だてに鍛えてはないんですね! ちょっと本気出すので肋折ってもいいですか?
「ダグラー公爵領まで」
「ご遠慮申し上げます」
「遠慮しなくていい。あと力緩めてくれないかな。地味に痛い」
「そちらが離してくれればいいんですよ」
 ぐいぐいへし折る気で押していると、彼の腕に圧迫され隙間がなくなるぐらい顔をその胸に押しつけられた。
 こ、この、女たらしが──! 人の断りもなく!!
 傍から見ればラブシーン。しかし、片方は殺意が芽生えている。
「私の義妹になるのはそんなに嫌かな?」
「いやですね。ものすごく!」
「可愛がってあげるのに」
 恋人にでも囁くような甘い声が耳元をかすめる。しかし、コニーはなんとか顔を上げると、呆れたような冷ややかな眼差しを向けた。
「ちゃらい義兄とかお断りなので!」
 彼の笑顔が固まった。
「──ミッシェルも待ってる」
「あなた、本当にうちの母大好きなんですね」
「もちろんだよ。彼女を嫌う者なんていないだろう?」
 図星を指されてもすんなり肯定する。
 まだ末期じゃないけど、危ないですね。すごく危険ですその思考。人妻ですよ? あなたの父親の。そのうち「ミッシェル」という単語しか口にしなくなるんじゃないですかね? アイツみたいに──
 嫌なことを思い出して、体が芯から震える。手足の先が冷たくなり、自然と顔がうつむく。
「……コニー? 顔色が悪いみたいだけど、どこか具合でも──」
 彼の腕が緩んだのを感じた。心配そうな声が遠く聞こえる。
 脳裏に赤い記憶がちぎれた花びらのように舞う。自分の心音だけがどんどん大きく鳴る。
 はやく、逃げなければ──また、紅い未来がやってくる。巻きこまれるのは二度とごめんだ。
 エプロンの胸当てが、もこもこと動く。
 なんだと彼がそちらに注目すると、ぴょこんと黒い仔猫が顔を出した。
「にゃ~ん」
「それ……まさか木に登っていたのって」
 彼と目が合った。先の一瞬で取り出した小さな銀棒をくわえ、思いきり吹き鳴らす。
 青空を突き抜けて、甲高い音が鳴り響いた。
「呼子? なんだってそんなもの……?」
 コニーは、さっとそれをスカートに隠す。
 すぐに数人の警備兵がやってきた。その先頭に黒髭のおっさん騎士。
「おい、リーンハルト! このへんで不審者を見なかったか!? 警笛が鳴ったろう!」
「不審者……?」
 オウム返しに呟く彼を、コニーは指差した。
「この人です、わたしの下着を覗きました」
「リーンハルトてめぇ! 昼間っから婦女子に何してやがんだああああ!!」
「待ってくれ! 見たのはちらっとだけだ!」
 彼はボルド団長に叱責されながら、引きずられていった。

◇◇◇◇◇

「ジュリアン様から聞いてないなら、何も話すことはありません。あなた、もう少し自覚したらどうですか? ご自分の主君から信頼されてないということを」
 キリッと、尤もらしいことを言い捨て去ろうとすると、左手首をがしっと摑まれた。
「今の、ものすごく心にザックリ来たんだけど」
「だから、わたしから話すことは──」
「いいよ、それはジュリアン殿下に直接聞く。それより、怪我はしてない?」
 てっきり事情説明をしろと言われると思っていたから、心配されたことに驚いた。
「……してません、離してください」
「この前はごめんね、あれ噓だから」
「──何のことでしょう?」
「ドミニク殿下の関心を君に向けたくなくて……とっさに酷い言葉を言った」
「とっさに出る言葉こそ本心なのでは?」
 まぁ、美人ではないし淑女的な教養もありませんけどね。がさつはいただけません。わたしはマメな女中です。
 不快感もあらわに睨むと、「えぇと、やっぱり怒ってるよね?」と彼は困ったように見つめてくる。
「別に怒ってません。でも離さないと刺しますよ?」
 怒気を向けると、彼はパッと手を離した。かと思うと、コニーの短剣を持つ右手を素早く摑み封じてくる。コニーが外そうと力をこめると、向こうもがっちり押さえこんでくる。
「騎士様、一体なんのつもりですか?」
 投げ飛ばすかあそこを蹴るか、返答しだいではただではおかない、そう思って睨む。
「最近、気づいたのだけど……私はけっこう、君のことが好きみたいだ」
 ──一瞬、何を言われたのか分からず。目をまるくし、ぽかんとした顔で彼を見上げた。
「その表情とか、可愛い」
 熱を含む深い青の双眸に鳥肌が立った。
 ど……どうしたんですか、いきなり!? あなたの好みは胸の大きな美人のご令嬢ですよね? 庶民の地味子は眼中にないはずですよね? タラシのリップサービスにしては過剰ですよ! 何企んでるんですか!?
 その顔から考えを読みとろうにも、からかいの色すら見えない。そこでハッとする。
「……騎士様、もしや今ごろ流行風邪に……? 頭をやられたのですか? そうなんですね!?」
「あれ? 私の気持ちをなかったことにしようとしてる?」
「こじらせると長引きますから、いますぐ薬師局に行くことをお勧めします!」
「ちょっと待って、私の体は丈夫だから」
「そう言ってたアベル様も倒れたんです! 風邪を甘く見てはだめですよ!」
「心配してくれるのは嬉しいけど、そうじゃないから! ……アベルって……経理室長? いつのまに名前で呼ぶ仲になったの?」
「あのぉ~」
 遠慮がちな声が割りこんできた。
「そこにある死骸の検分したいんで、よろしければ状況説明をお願いします……」
 いつのまに来たのか、三名の警備兵が呆れたような視線を送っていた。

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