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恋はわがままヒヨコのお導き

かいとーこ / 著
しおから あげ / イラスト
ISBNコード 978486669-132-9
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/07/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《男嫌い少女がヒヨコになって恋をする!?》
突然、神鳥とかいうわがままヒヨコの巫女になり、体を交換することになった男嫌いの少女ルシル。神鳥アリスはルシルの体を使い、食べたり着飾ったりと好き放題。おまけに美形だけど根性の悪い聖職者スヴェルにベタベタ甘えまくり……。やめてー! 私の体でそんな男にベタベタしないで! 一方スヴェルは猛反発するルシル(ヒヨコ化)に手を焼きつつも、ついついその羽毛をナデナデ。無愛想な態度の奥に見え隠れする優しさに、恋を知らぬルシルも次第にときめいて――?

立ち読み

甲高い悲鳴が聞こえて、スヴェルはゆっくり起き上がった。目に入ったのは、上等な客室だった。
 朝日が柔らかく差し込み、自然に起きたのなら素晴らしく心地よい寝起きだっただろう。
「神鳥に対する事前知識がないと、本当の意味での『深窓の令嬢』でもこのように悲鳴を上げるのか」
 自分の感覚が麻痺していたのに気付いたスヴェルは反省し、続くピィピィという悲痛な鳴き声を聞きながら、手早く着替えた。
 騒がしいのも無理からぬことだ。アリスに説明できるはずがないので、スヴェルがやらなければならない。
「これが予備知識なく巫女になった時の普通の反応なのか。大人しそうな彼女がここまで騒ぐとは。猫を被っていたのか、それとも昨夜は騒げるほど体調が良くなかったのか」
 スヴェルが何とか身なりを整えた頃に、部屋の戸が激しい勢いで開いた。そこには昨夜出会った美少女が、顔を輝かせて立っていた。
 昨夜見た彼女は、疑いの目を隠しきれない捻くれた雰囲気の少女だった。だがそんな陰鬱さを隠してしまうほど、彼女は特別な姿をしていた。
 白い髪と紫がかった青い瞳。日差しを浴びていないからか、実に浮世離れした美少女だ。
 白昼夢にとらわれていると錯覚するような、美しく、儚げな、枕元でささやかれるだけで人を狂わせてしまいそうな、幽鬼のごとき美貌。
 それが今日は生き生きと瞳を輝かせて、別人のように希望に満ちた表情を浮かべていた。鍛え上げたスヴェルの鋼の精神を以ってしても一瞬言葉を忘れるほどの美少女は、突然彼の胸に飛び込んできた。
 夜の妖精のようだった彼女は、一晩で太陽の似合う天真爛漫な乙女になっていた。
 それだけで、何があったか把握できた。
「……アリス、他人様の家で、他人様の身体を使って暴れるな。せめて着替えてこい」
 寝起きでそのままやってきたため、処女雪のような、白く透けるような肢体を惜しげもなくさらしていた。そして、そんな格好でスヴェルに抱きついてきている。
 その足下に青く丸い物体を見つけて、スヴェルは背中に汗が流れ落ちるのを感じた。
「そうよ! ここ、日差しが入ってる! やめて! せめて肌を隠して!」
 青く丸い鳥は美少女の足下でぴょんぴょん飛び跳ねた。抱きつかれたのを見られて気まずく思ったスヴェルだが、当の本人にとってはそれは些細な問題だったようだ。
「大げさだねぇ、ルシル」
「大げさじゃないの! これが夢でも夢でなくても、私の肌を大切にしなさい! いや、この部屋明るい! やめて、入らないでっ」
 脳天気な美少女と、小うるさい青いヒヨコ。
「ふふん」
 アリスは儚げな美少女の顔を意地悪く歪め、わざと窓を開けて朝日を浴びた。
「ちょ、やめて、もう、私の身体返してっ!」
「むぅりぃ、きゃははっ」
 踊るようにくるくる回る美少女と、足下でぴょんぴょん跳ねる飛べない巨大なヒヨコ。
「……思ったよりもうるさいな。大人しい娘だと思っていたのに」
 スヴェルは小うるさい鳥を見て呟いた。鳥が小うるさいのはいつものことだが、うるささの種類が違う。絞められる直前の鶏のような、必死さ満載のうるささだ。朝っぱらから聞きたくはない騒がしさである。
「何が大人しいよ! 明日になれば分かるよ! 身体が入れ替わるなんて聞いてないわよ!」
 青い神鳥はぴょんぴょん跳ねながら抗議の声を上げた。今までスヴェルを振り回すか、巫女が中にいる時のすまし顔の鳥しか見たことのないスヴェルは、その必死な様を見て楽しくなった。
 冠羽が開いたり閉じたりと、彼女の困惑と怒りが露わになっているのも見物だ。
「だいたい、どうして身体が入れ替わるの!? 意味が分からないわ!」
「それは簡単な話だ。アリスは生まれて十年以上経つのにまだ雛でな。それを成鳥にするためだ」
「どこが簡単な話なの? ますます理解できなくなったんだけど!」
「神鳥というのは、成長が精神に依存する生き物だ。しかし神鳥の精神は幼い身体に引っ張られるのか、なかなか成長してくれない。つまり、子供のまま大きくなりにくい生き物なんだ」
 精神が未熟だから成長できず、身体が未熟だから精神も成長できないという、どうしようもなく面倒くさい生物がこのまん丸鳥の正体だ。
「ずいぶんと難儀な生き物ね。でもそれと私達の身体が入れ替わったのと何の関係が!?」
「成長が早い生物の中で、一番神鳥に近い知能を持つのが人間だ。その中でも成長期の若者の精神が神鳥の身体に入ることで、身体の方の成長を促すんだ」
「身体に入るって、今まで他の人も入ったのに育たなかったんでしょ!? 自分自身の身体もろくに使わなかった私にどうしろと!?」
 彼女はいちいち感情的に短い足を振り上げ床を打つ。儚げな見た目の少女が、人間の身体でもこれをするのか、脳天気な鳥の身体に引っ張られて感情的になっているだけなのか気になった。
「鳥の身体を使ったことのある人間などまずいないから問題ない。君は最終的にその身体を飛べるようにすればいいんだ。飛べるようになったら成鳥になるらしい」
「この丸っこいヒヨコの身体でどう飛べと!?」
「それでも飛べるらしい。つまり素晴らしい神の奇跡だな」
「はぁ!?」
 神の奇跡に浴しているのに、ありがたみを感じるどころか、怒ったような声を出した。
 神鳥の身体が、ぷくっと膨れあがった。今までの巫女達では見たことのない表情だった。
「これが神の奇跡なの!? こんな奇跡は嫌よ! 天は私を嫌っているじゃない! 私をこんな虚弱な身体にして、その次はこれ!? なんてひどい神様なの!? 私が何をしたっていうのよ!」
 ますます膨れあがる。坂道でなくともそのまま転がりそうなほど丸かった。
 彼女は信心深さとは縁のない人生を送ってきたようだ。
「ふむ。なかなか気が合うな。虚弱体質以外、天や神については同感だ」
「え!? あなた聖職者でしょ!?」
「私は子供の頃に、転がっていた鳥を保護しただけなのに、気付けば君と同じ痣をつけられ、この地位に立たされていた。つまり世の中には親切が仇になることもあるんだ」
 すると神鳥の膨れた身体は元に戻った。素直に同類だと認識したようだ。
「まあ、君は長くても一年だけで済むから安心しろ」
 一年間、普通の巫女よりは気持ちを理解し合える対象ができる。今までにない新鮮な感覚だった。
「い、一年!? 一年もこのままなの!?」
 動揺する神鳥姿のルシルの首根っこを摑んで持ち上げた。
「ちょっと! 何て持ち方するの!? 私は猫じゃないわっ!」
「猫には気をつけろ。あいつらは神鳥の身体が最高の玩具に見えるらしい」
「ピィっ!?」
 ルシルは翼を広げて威嚇する。
「この短時間で素晴らしく鳥らしい鳥になったな」
「鳥らしい!?」
「アリスよりも鳥らしいぞ?」

◇◇◇◇◇

「私は子供の頃にアリスと出会って不死鳥院に連れてこられたからな。子供らしい子供だった時代は少なかったんだ」
 スヴェルはルシルの頭に手を乗せ、そっと撫でながら懐かしそうに言う。その手つきは相変わらず手慣れており、頰やくちばしなど、触れられるだけで心地よい。あまりに心地よくて、神鳥の身体だとつい受け入れてしまう。しかしたまに彼は間違えて、ルシルが身体に戻った時にも頭を撫でてくる。人間の頭を撫でるのも手慣れているらしく、それも気持ちいいので結局受け入れてしまう。
(男の人に触れられるのに慣れてしまうなんて、何てことかしら。鳥扱いだけど)
 人間扱いされたい気もするが、スヴェルが他の男達と同じようになってしまうのは嫌だ。そうなるとこの鳥扱いでいいような気がしてくるから、恐ろしい。
「スヴェルはアリスに選ばれてから、ずっと今みたいに働いているの?」
 黙っていると心地よさにおぼれて眠ってしまいそうだったから、問いかけた。子供らしい子供であるというのがどういったことなのか、ルシルにはよく分からないが、彼がどう働いていたのかは気になった。
「今のようには働いていないが、親元から離れて、ずっとアリスの側にいたな。八つかそこらのころだ。だから子供らしい遊びをやり尽くしていないんだ。一度もやったことがないルシルに比べればずっといいがな。ままごととか、お人形遊びもしたことがないのか?」
「お人形遊びはしていたわ。布で人形を作ったり、服を作ったり。すぐに飽きちゃうんだけど」
「友人は?」
「昼間はだいたい寝ていたし、あまり遊びらしいことはしなかったわ。近所のお友達は、窓から来て、少しお話だけして帰っていったの」
 スヴェルは優しくルシルの頰を撫でる。鳥の姿の時は自分で触れられない場所だから、搔いてもらえると本当に気持ちいい。
「スヴェルはアリスとどんな遊びをしたの?」
「かくれんぼはよくやったな。世話係が来た時は機会が減ったが。あの当時は、彼女達がずっと年上の大人の女に見えて、遠慮してしまった」
 想像して、ルシルでも緊張して遊ぶどころではなかっただろうと共感した。
「それでアリスが他の女のことばかり考えてと怒ったから、世話係を特別気にしないようにしてきた」
 スヴェルが人の目を気にしなくなるのには、そういったきっかけがあったらしい。そのことにルシルは感謝した。
「子供の内は良かったが、大人になってから色々とあった。君は、手はかかるが精神的には楽だ」
「色々? 私が楽なの?」
「言い寄ってきたりしないからな」
 なるほど、と頷いた。スヴェルと同じ立場なら、ルシルもきっと疲れてしまう。
「スヴェルも言い寄られるのが嫌なのね。一緒ね」
「別に言い寄られるのが嫌なわけじゃないぞ」
「え、そうなの!?」
「私も男だから、好かれて嬉しくないわけではない。だが条件の良さそうな男の一人として言い寄られるのは、とても不愉快だ。私に言い寄っていたはずなのに、弟にまで色目を使ったりもされた」
「そ……そんなひどいことを」
 スヴェルは両手でルシルを撫で始める。思い出したくないことを思い出しているため、感情のはけ口を探しているのだ。そしてアリスの可愛い身体に触れて、癒やされている。
 アリスが撫でさせてあげると言う気持ちがよく分かる。好きなだけ撫でていいのよ、と言いたくなる雰囲気だった。
「ひょっとして……その中に好きな人がいたの?」
 もし好きな人が、そんな人間だったらとても傷つくだろう。近寄ってきた目的は別にあるなんて珍しくないが、それでも一度でも信じた相手がそうだったら、悲しくて胸が痛くなる。
「いいや。好きになる間もなく他の男に目移りされるからな。私は愛想がないし、そういう女には突き放すような態度を取るから、すぐに無理だと見限られるらしい。聖職者と結婚すると贅沢はできないから、名誉のある男よりも金持ちの方がいいんだろう」
 スヴェルはとても不愉快そうだった。気持ちはとてもよく分かる。どうにか慰めたくて、ルシルはアリスがしているように彼の手に頰をすり寄せた。こうされると、小動物特有の弾力が愛おしくなり、とても心が温かくなるのだ。
「ルシルは本当に今までの世話係とは違うな。癒やされる」
「本当? アリスみたいにできている?」
「アリスとは別の鳥のようだが、仕草が可愛いな」
 撫でてくるスヴェルの指先は魔法のようだ。心地よくて、愛情を感じる。
「あれだけ突き放した態度を取ってしまったのに、君は気にもしていないんだな。ありがとう」
 わざと突き放す態度を取られていたのだと驚いた。今までの世話係にはそうしてきたのだろう。だが、こんなに優しく撫でたら意味がない。スヴェルが愛しているのはアリスだが、自分が愛されているような勘違いをしてしまう。不思議な感覚だった。
(これが愛玩動物の気持ちなのかしら?)
 愛情に愛情を返し、こっそり外に出ても戻ってきて、その腕の中に滑り込んで撫でてもらう。
他の誰かにはしたくないが、スヴェルにならそうしてもいい気がした。

◇◇◇◇◇
 ルシルが目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。クッションに顔を突っ込んでいるのかと思い顔を上げようとしたが、身動きが取れなかった。何かに拘束されているのに気付いて、じたばたする。
「ピィ、ピィピィィィッ!?」
 もがいた結果、ルシルは身体の自由を取り戻した。同時にどこかからすっぽ抜けた反動で、宙に飛んでいた。知らない部屋の天井が見える。積んだ本、そして──。
「危ない」
 ぽすんと、誰かの手の平で受け止められた。
 スヴェルだった。部屋着姿でベッドから身を起こしたスヴェルが、眠たげに目をこすって、あくびをかみ殺している。
「アリスの奴、部屋に戻らなかったのか……」
 スヴェルの呟きを聞き、ルシルはアリスが部屋に戻る前に眠ってしまったのを思い出した。
「ぴぃぃ……」
 ゆったりとして肌の出ている格好をしたスヴェルは、いつもと違う人のように見えて、ルシルは翼で目を覆った。
 先ほど動けなかったのも、彼に抱き枕のようにされていたからだと気付いて、ルシルはますます恥ずかしくなった。
「悪いな。女性の前でこんな格好を。すまないが、自力で部屋まで戻ってくれ」
 スヴェルはいつものように首根っこを摑んでルシルをドアの前まで運んだ。アリスの部屋と同じように、ドアには小さなドアがついていた。
「あ、ありがとう……」
 ルシルはスヴェルに礼を言った。そして恐る恐る、彼を見る。
「あの……」
「なんだ?」
 寝起きで髪もぼさぼさで、警戒心が薄いが、それ以外に彼の様子に変わりはない。
「アリスは、スヴェルに変なこと言っていない?」
 スヴェルの身体がびくりと震えた。目が覚めたのか、ぼーっとした顔が引き締まった。
「……おそらく、君が想像しているようなことを」
「ピィっ!?」
 肯定されるとは夢にも思わず、奇妙な声が喉から漏れた。
「い、嫌だったか? その、迷惑なら二度と言わないようにアリスに言い聞かせるが」
「め、迷惑だなんて……」
 ルシルは首を横に振った。
「わ、私、どうしていいか分からなくて」
「そう、だろうな。私もだ」
 ルシルにとっては、男性との距離が縮まって怖いと思わないのは初めてのことだ。スヴェルにとっても、初めてのことなのかもしれない。
「私、アリスの様子を見てくる」
「ああ。私からも用事があると伝えてくれ」
「分かったわ」
 ルシルは神鳥用のドアから外に出た。小さなドアが閉まると、振り返って大きなドアを見上げる。
「やっぱり、恥ずかしいわ」
 翼で頰を押さえる。
「ダメダメ! アリスにつられて、他のことに夢中になっていたら、ちっとも成長しないわ! 今日も頑張らなくちゃ!」
 ルシルは気合いを入れ直し、翼を使って短距離を飛びながら部屋に戻った。
「ちょっとアリス! あら、アリス?」
 部屋に戻ると、いつもなら寝ているアリスの姿がなかった。
「アリス、アリスっ!?」
「ここよ」
 ルシルの姿をしたアリスが、奥の衣装部屋から出てきた。そこにはアリスがいつも使っている秘密の抜け道があるはずだ。
「どこに行っていたの?」
「あのままつい寝ちゃったから、ルシルがびっくりする前にスヴェルの部屋に迎えに行こうとしたら、もういなかったから戻ってきたの」
 彼女はそのまま寝てしまったことは反省しているようだ。
「もう、びっくりしたわ! 起きたらスヴェルの抱き枕にされていたわ!」
「わたしは抱き心地がいいから仕方ないわ」
 アリスはそのまま鏡台に向かい、髪をとき始めた。髪もとかずに出ていったということは、本当に起きてすぐに迎えに行こうとしてくれたのだ。だから許すことにした。
「今日は何をつけようかな」
 アリスは今日も楽しそうだ。

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