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枯れた薔薇_カバー1

転生侯爵令嬢はS系教師に恋をする。1

月神サキ / 著
林マキ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-023-0
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2017/08/28
フェアリーキスピンク

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内容紹介

転生したら、憧れだった美形教師に迫られてます!? 大人気「転生魔法学園シリーズ」最新作!
王立魔法学園に入学したエステルは驚愕した。目の前にあの大好きだった小説の美形ドSキャラ、レアンドロがいる! 共学化した魔法学園の臨時教師になった彼は、氷のように冷たく、イジワルで授業も厳しく容赦がない。恋心を秘めながら熱心に彼の個人レッスンを受けるエステルだったが……「あなたは私が好き。となると、あなたは私のものだ。違いますか?」叶わない片思いだと思っていたレアンドロから、熱いまなざしとともに唇を奪われてしまう。「私を本気にさせた責任を取ってもらいます」クールな教師は、健気な侯爵令嬢を逃さない! 魔法学園で繰り広げられるラブコメファンタジー!
「あなたは私を本気にさせたのですから、その報いは受けてもらわなくては」

立ち読み

午後の授業は大変だった。レアンドロの甘い笑みを思い出しては照れる、思い出してはまた照れるの無限ループに陥ったエステルは、全く授業に身が入らないまま、放課後を迎えた。
 ルクレツィアたちと別れ、いつも通りエステルは魔法の練習をするため、練習場へと向かう。彼女たちには言っていなかったが、このところレアンドロは放課後の練習場に現れてはいない。
 話すら碌にできない状態だったのだから仕方ないのだが、一人きりでする練習は妙に寂しかった。
 本来ならそれが正しい姿であるはずなのに、いつの間にレアンドロがいることが当たり前になっていたのだろう。無自覚に甘えていた自分に気づけば苦笑いするしかなかった。
 だけど、とエステルは思う。
 もしかしたらレアンドロはずっと隠れて見守ってくれていたのかもしれない。
 ……そうはいってもエステルには終ぞ彼を見つけることは叶わなかったが。
 今日も一人で簡単に復習だけして引き上げるつもりでエステルは扉を開けた。
「ルクレツィア様たちが心配するから、早めにって――えっ?」
 エステルの独り言は酷く中途半端なところで途切れた。
 だけど仕方ない。目の前には待っていたと言わんばかりの様子のレアンドロがいたのだから。
「遅いですよ。全く」
「へ? ええ!?」
 しかも、よりによって遅いだなどと言う。エステルは驚きのあまり固まりつつ、それでも口を開いた。
「え……えと? 先生?」
「魔法の練習をするのでしょう? 見てあげますから用意をしなさい」
「あ、はい……」
「時間があまりありません。急ぎなさい」
「はいっ」
 何がどうなっているのか理解できなかったが、それでもエステルはレアンドロの指示通り荷物を置き、練習できるよう慌てて準備を整えた。そうしながらも考える。後ろでエステルを今か今かと待っているレアンドロを、気づかれないように盗み見た。
(……意味が分からない。どうして急に? 誤解が解けたから、しっかり練習に付き合ってくれるって、そういうことなのかな)
 それならそれで有り難い。一人で練習するのには限界があったし、レアンドロは教え方が上手い。何より、好きな人から個人レッスンを受けられる絶好の機会をエステルは逃したくなかった。現金だという自覚はある。
「それでは始めましょうか」
 立ち上がり、レアンドロの前に立ったエステルにレアンドロが眼鏡を押さえながら言う。エステルは真剣な顔になり、レアンドロに向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ええ、厳しく行きますよ」
「はい」
 そういうやりとりをして、二人きりの練習は幕を開けたのだが――。

「分かりますか? あなたは力が入りすぎているんです」
「は……はい」
「ほら、もっと身体の力を抜いて。魔力は自然体で扱うのがいいんですから」
「……せ、先生。も、もう……ひゃっ」
 どうしてこうなったのかさっぱり分からない。
 今日何度目かになる自問自答を繰り返し、現実逃避をしそうになりながらもエステルはなんとか自分を保っていた。
 エステルは魔力を魔法の力に変換するのが特に苦手だ。
 だからその苦手を少しでも克服したいと思い練習を始めたのだが、何故かレアンドロは妙に至近距離でエステルに指導をし始めたのだ。具体的に言うと、後ろからまるで抱きしめるかのようにエステルの両腕を取り、正しい姿勢の説明を始めたという……エステルにとってはとても心臓に悪い体勢だった。レアンドロが淡々と言う。
「前から思っていたのです。あなたは特に腕の方に無駄な力が入っていると。ほら、分かりますか?」
「ひぃ。わ、分かります」
 噓だ。全然分からない。
 耳元で囁かれる声に、それこそ腰が砕けそうになりながらもエステルは必死で堪えた。レアンドロの息がかかってくすぐったい。後ろから両手を取られているのだから仕方ないのだが、この体勢は実に心臓に悪かった。
 背中にレアンドロの体温を感じるし、手なんて彼に触れられているところがまるで火傷を負ったかのように熱く思える。レアンドロが喋る度にぞくりと背筋が震える。
 正直、練習どころではなかった。
「せ、先生。こんなことまでしていただかなくても、口で説明していただければ十分ですから……」
 このままではエステルの精神が保たない。そう思い、なんとか離れてもらおうと試みたが、レアンドロは楽しそうに笑い、否定した。
「口でなら今までに何度も説明してきたと思いますが。それなのにあなたは直せなかった。つまり言葉では理解できないと、そういうことです。言葉で分からないのなら、身体に直接教える。当然のことでしょう?」
「と、当然って……」
 確かに今までも、レアンドロはエステルに助言を何度もくれていた。それをきちんと生かせず、結局ものにできなかったのはエステルだ。だから説明しても分からないエステルに、業を煮やしたレアンドロが直接指導するという流れは分かる。
 ……分かるのだが、これは些か密着しすぎではないだろうか。
「ひうっ……!」
 レアンドロの唇が、首に触れたような気がする。偶然だとは思うが、粘膜の触れる初めての感触にエステルは泣きそうになった。
 もちろん嫌なのではない。たまらなく恥ずかしかったのだ。
 エステルがこんなにもいっぱいいっぱいだというのに、レアンドロといえば全く気にせず指導を続けている。
「ほら、集中して下さい。無駄な力が抜けると、魔力変換もしやすいですから」
「はい……」
 熱心に指導されれば、エステルも止めてくれとは言いがたい。
 意識しているのは自分だけ。これは単なる指導でそれ以上の意味はないのだと必死に自分に言い聞かせ、エステルはレアンドロに言われた通り練習に励んだ。
「……今日はこれくらいで良いでしょう」
「あ……ありがとうございました」
 やがてレアンドロが頷き、ようやく個人指導は終了を迎えた。終始べったりとエステルの背中に張りついて指導を行っていたレアンドロは、意外にあっさりとエステルの側を離れた。
 それにホッとしつつ、少しだけ残念にも思ってしまう。
(えと……。やっぱりあれは私の自意識過剰……なのよね)
 異常に近い距離。伝わる互いの吐息と心臓の音。通常のレアンドロではあり得ない密着度合いに、エステルはかなりの疲労を感じていた。
(カルデロン先生の本気の個人レッスン……すごすぎた)
 まさに手取り足取り。エステルがそれほど落ちこぼれだということなのだろうが、やられた方はたまったものではなかった。こちらは好きだと自覚があるから、なおさら。
(ううう……先生、一体今日はどうしちゃったの。サービス精神旺盛すぎるでしょう)
 いつもなら、少し離れた場所からの指導のみだというのに。それとも、しばらくエステルを避けていた詫びのつもりだろうか。それならもういいから止めて欲しい。
 ――もしかしてと、期待をしてしまいそうになるから。
「少しはましになりましたね。やはりあなたは言葉で説明するよりも身体に直接感覚を覚え込ませた方が早い。これからはこの方法を取ることにしましょう」
「え……?」
 今後のプランを早速練り始めるレアンドロの言葉に、ぐったりしていたエステルは慌てて顔を上げた。言われた言葉の意味をしっかりと考えてみる。
(え? カルデロン先生の今のレッスン。これからも続くの!? 無理! 心臓が保たない)
 さあっと自分が青ざめていくのがエステルには分かった。こんな心臓に悪いこと続けられたら、命がいくつあっても足りない。寿命が縮みそうだ。
「あ、あの。カルデロン先生。私は今まで通り、口頭で説明していただければ十分です。先生のおっしゃること、私、理解できるように努めますから」
 だが、レアンドロは「駄目です」と却下した。
「教師である私が生徒に対し、効果的な指導方法を選ぶのは当然でしょう。私に教えを請うことを選んだのはあなたなのですから、諦めることですね」
「諦めるってそんな……」
 ある意味いつも通りのレアンドロだ。さくさくと自分の言いたいことだけを告げてくる。
「それともあなたは、私に教えられたくないと、そう言うつもりですか?」
 最後に付け加えられた言葉で、エステルは全面降伏した。項垂れながらも口を開く。
「と、とんでもない。カルデロン先生にはいつも感謝しています」
「それなら。私の指定する方法で構いませんね」
「はい……」
 頷く以外の道がなかった。こうなったら早く今の指導方法に慣れるしかないなと、おそらく不可能なことを考えつつ顔を上げると、レアンドロは非常に満足そうな表情をしていた。
「先生?」
 何か良いことでもあったのだろうか。不思議に思いながらも声をかけるとレアンドロはさっと表情を引き締めた。
「いいえ、なんでもありません。さて、ラヴィアータ嬢。さっさと帰り支度をしましょうか。寮まで送っていきますよ」
「へ?」
 なんか空耳が聞こえた気がする。
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったエステルに、レアンドロは更に言う。
「おや? 聞こえませんでしたか? 寮まで送っていくと言ったのです。前回、そのせいで要らぬ誤解をしてしまったようですし、その点については私も反省したのです。いくら明るいとはいえ、他国の貴族令嬢であるあなたを一人で帰すなど、決してしてはいけないことでした」
「そ、そんな」
 レアンドロに謝罪され、エステルはとんでもないと否定した。
 だってレアンドロは送ろうかと言ってくれた。それをいらないと断ったのはエステルだ。責められるのなら彼女であるべきだ。
「先生は悪くありません。それにあの……寮までは本当に近いですし、一人で大丈夫です」
 練習場から寮までは、それこそ十分とかからず着く。しかも学園の敷地内を通るのだ。危険などあるはずがないし、今までもそうだった。送ってもらう必要などない。だけどレアンドロは強固に否定する。
「最近では日の沈む時間も早くなりましたからね。まだ明るいからと油断してはいけません。それに私が送っていけば、あなたが妙な輩に絡まれる危険も、私が変な誤解をする機会もないでしょう。互いにメリットがあります」
「メリット……ですか」
 レアンドロに誤解されて困るのはエステルであって、レアンドロではないと思うのだが。
 それでもそれ以上は言えず、結局レアンドロに送ってもらう羽目になったエステルだったが、帰り道でもレアンドロは軽々とエステルの想像を超えてきた。
「手を」
「へ?」
 練習場の外へ出たエステルに向かい、レアンドロは当然のように手を差し出してきたのだ。
 その手をポカンと見つめ、ああ、こういうこと前にもあったなと思ったエステルは、レアンドロの焦れた声に我に返った。
「相変わらず鈍いですね。エスコートに決まっているでしょう」
「エスコート!? いいえ、とんでもない。ただ、寮に帰るだけなのですから」
 ぎょっとした。
 貴族社会で男性が女性をエスコートするのは当然だが、ここは学園内だ。そして休日ならともかく、学園内で教師が生徒をエスコートするのはどう考えてもおかしい。
 しかもエステルとレアンドロは恋人でも婚約者でもない。エスコートされる意味が分からなかった。
 慌てふためきながらも必死で断ると、レアンドロはあっさりと手を引っ込めた。肩をすくめる。
「さすがに冗談ですよ。まあ、あなたがどうしてもして欲しいと言うのならやぶさかではありませんが」
「ど、どうしてもって……」
 エステルが望むのなら構わないと軽く告げるレアンドロを、目を丸くして見上げた。
 本当に今日のレアンドロはどうしてしまったのだろう。何か悪いものでも食べたのだろうか。
「あなたは座学の方もサボらずに頑張っているとテオから聞いています。そのご褒美のようなものですよ」
「……」
 レアンドロの口から紡がれたご褒美という言葉を何度も頭の中で繰り返す。
 ご褒美。
 なんとレアンドロに似合わない言葉だ。どちらかというと、お仕置きと同じ意味に聞こえてしまう。そんなエステルの考えは顔に出ていたのだろう。突然むにっと頰を摘ままれた。
「ひっ!?」
「今、碌でもないことを考えていたでしょう。あなたは考えがすぐに顔に出るので分かります。全く、あなたは私のことをなんだと……」
「せ、先生……ほ、ほっぺた……放し……」
 むにむにと頰を引っ張られ、エステルは恥ずかしさのあまりきゅうっと目を瞑った。だけどレアンドロは止めてくれない。何が面白いのか、何度も頰を引っ張ってくる。
「ぷにぷにしていて、なかなかの感触ですよ。ふむ、栄養状態は良いようですね。目の下に隈もないし、睡眠にも問題はない。健康的で結構なことです」
「そ、そうですか」
 ようやく満足したレアンドロが手を離してくれた時には、すっかりエステルは疲れ果てていた。ただでさえ、後ろから抱きしめられて青息吐息だったというのにとどめでも刺された気分だ。
(ううう。カルデロン先生が近いよう……)
 こんなことばかりされれば、レアンドロが好きなエステルは胸が高鳴りすぎて困ってしまう。
 叶わない恋だから、いつか諦めようと思っているのに、これでは逆に想いが募ってしまうではないか。忘れられなくなったらどうしてくれるのだ。
「ほら、行きますよ」
「は……はい」
 レアンドロの呼びかけにエステルは慌てて返事をする。
 そして二人で、そう長くもない学生寮までの道を、雑談を交わしながらゆっくりと歩いていった。


******


 レアンドロは自らの過去の行動と発言を反省しつつ、今は細心の注意を払って、エステルの気持ちが他に向かないよう、いや、よりレアンドロを見てくれるよう行動していた。その甲斐あってか、エステルが自分を見る目は明らかに日ごと熱を帯びていっている。このまま、いずれ彼女を落とすまで、レアンドロは一切手を抜く気はなかった。
 絶対にエステルを手に入れる。そう決めていたからだ。
 過去に一度、痛い目を見ているレアンドロは、今エステルが自分を見ているからといって、安心することなどできなかった。
 どこで何があるか分からない。昨日もエステルは、そろそろ個人レッスンを終了したいと申し出てきたが、レアンドロは笑顔で断った。
 せっかく二人きりで堂々と過ごせる機会なのだ。楽しみにしている時間を、他のどうでもいい生徒を見るためになんて割きたくなかった。
「それで万が一にも失敗しないよう時間をかけている……ね。なるほど。なるほど。しかし、そうだとは思っていましたけど、レアンドロ先輩って結構、粘着系ですよね」
「粘着とは失礼ですね。欲しいものを確実に手に入れるために動いているだけです。邪魔などされたくありませんから」
「ラヴィアータさん、わりと人気あるみたいですからね。先輩に恋をしているからかな。最近、すごく綺麗になったって学生の間では評判ですよ」
「……」
「うわっ。先輩、顔怖いです」
 どうやら表情に出ていたらしい。テオが顔を引きつらせていた。ちょうどそのタイミングで学生たちが通っていく。声を潜めていたわけではないので、話している内容が聞こえてしまった。
「ラヴィアータさんって最初は単なる落ちこぼれだって思っていたけど、最近変わったよな」
 話しているのは、三人。全員レアンドロが担当している一年だった。レアンドロたちには気づかず通り過ぎていく。
「確かに。頑張る姿勢が可愛いよな。確か侯爵家の令嬢だっけ。……交際を申し込んだら受けてくれるかな」
 先の言葉に同意した一人が、少し考えるような仕草をしたのをレアンドロは見逃さなかった。
 黙って聞き耳を立てる。テオが呆れたような顔をしていたが気にしていられなかった。
「本気か? でもまあ、お前の家は伯爵位を持っているし、身分違いってわけでもないだろうけど。王女様のお供で来ているくらいだ。ラヴィアータさん、エステバン王家にかなり気に入られていると思うから、冗談で手を出すのは止めておいた方がいいぞ」
 忠告めいた言葉に、伯爵家の息子は真顔になって頷いた。
「分かっている。冗談なんかじゃない。何か俺、最近彼女のヘーゼルの瞳を見ていると、すごく心がざわつくんだ。……抱きしめたいなって本気で思ってる」
「そ、そっか。本気なら反対はしないけど――」
「……ああ。幸い今はそう忙しくもないし、近々告白してみようと思う」
「……」
 あまりにもタイミングの良すぎる話題に、レアンドロは一瞬呼吸を止めた。
 交際を申し込むだと? 誰に? ……エステルに?
「彼女に告白する? 私を差し置いて? ふふ……良い度胸です」
 自分の感情が恐ろしく冷えていくのをレアンドロは感じていた。
 これは紛れもない、怒りだ。
 ふつふつと湧き上がってくるのではなく、しんしんと積もっていくような冷たい底知れぬ怒り。それがレアンドロの全身を支配していた。
「せ、先輩……?」
 様子を窺うようなテオの言葉を無視し、レアンドロは無表情で今通り過ぎていった生徒たちに声をかけた。
「あなたたち――」
「はい。あ、カルデロン先生。クレスポ先生も、どうしたんですか?」
 レアンドロとその後ろにいるテオを見て、生徒たちは笑顔になる。
 最初はレアンドロのことを恐れていた生徒たちも最近では何故か笑顔を見せるようになった。
 シェラやテオあたりは、生徒たちがレアンドロを認めているからだ、などと言うが、そんなものレアンドロは求めていない。教師としての評価など彼にとってはどうでもいいのだ。ただ、王太子夫妻に頼まれたから。だから完璧主義のレアンドロは、きっちり仕事をこなしているだけなのだ。
 三人の側に行き、レアンドロは冷たく告げた。
「色恋沙汰にうつつを抜かすのも結構ですが、そのような暇があなたたちにあるとでも思っているのですか? 次の試験も近づいてきました。もちろん、余裕あるあなた方なら当然準備は万全なのでしょうね。残念ながら、次の試験はいつもほど甘くはありませんよ」
「えっ……」
 レアンドロの言葉に、生徒たちはピシリと固まった。
 レアンドロの試験は、決して生易しいものではない。生徒たちは皆、いつも必死で準備をして、それでもギリギリなのだ。
 それなのに、『甘くない』という言葉を聞き、彼らの顔色は紙よりも白くなっていった。
 レアンドロはくっと口の端をつり上げた。
「進級に関わる大きな試験ですからね。私も気合いを入れて作らないと。あなたたちは、さぞ優秀な成績を収めてくれるのでしょうね。楽しみにしています」
「し、失礼しますっ!」
 顔を引きつらせ、生徒たちはレアンドロの前から逃げ出していった。「まずい、このままじゃ成績が……進級が」という悲痛な叫びも共に聞こえてくる。
「……先輩。ちょっと可哀想すぎるんじゃないですか?」
 口出しすることはせず、ただ見ていたテオが苦笑しながら側に寄ってきた。
「別に。何も噓は言っていません。次の試験を用意するのは私ですし、今まで随分と手加減していたので、それを止めようと思っただけの話です」
 眼鏡を押さえ、素知らぬ顔で告げると、テオは肩をすくめた。
「そうですね。確かに噓ではないんでしょう。でも、きっかけはラヴィアータさんに手を出されそうになったから。結局、牽制しただけなんでしょう?」
 テオの指摘に、レアンドロは薄く笑みを浮かべながら肯定した。
「そうですが、それが何か?」
 今更だ。どうせテオには知られている。
 あっさり認めるとは思わなかったのだろう。テオはまじまじとレアンドロを見つめ、それから大きく息を吐いた。
「……先輩。僕、なんだか急にラヴィアータさんが可哀想に思えてきましたよ。……お勧めして、彼女には申し訳なかったかなあ」
「何を今更」
 言ったところで何も変わらない。レアンドロはすでにエステルに対する気持ちを認めてしまったし、手に入れると決めた。
 他の男につけいる隙は一切与えない。このまま彼女は、レアンドロが囲い込む。
 呆れ返るテオに、レアンドロは思い出したように言った。
「テオ、今度シェラハザード妃殿下にお会いしたら、ぜひ伝えておいて下さい。協力、して下さるんでしょう? 上手く彼女を捕まえた暁には、よろしくお願いします、と」
「……了解でーす。あの時は興味がないなんて言っていたくせに、よく覚えているんですから。きっと今の話を聞いたら、シェラも頭を抱えるんだろうなー。でも、ま……面白いからいっか」
「面白がるあなたも大概だと思いますけどね。では、頼みましたよ」
 ――そろそろもう一段階進めてみよう。少しずつ、彼女の時間と心を独占していくのだ。
 エステルの顔を思い浮かべながら、レアンドロはそう思った。

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