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FK文庫-妖精王のもとで2*

妖精王のもとでおとぎ話のヒロインにされそうです2

かいとーこ / 著
ICA / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-014-8
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2017/07/27
フェアリーキスピュア

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内容紹介

《人外プロデュース(?)で〝完全無欠〟のハッピーエンド!!》
妖精王の企みで『黄金の林檎を守る絶世の美女』に仕立てられた小国の王女イーズ。彼女の騎士である乙女趣味の皇子・タリスとは仲良く暮らしているけど、なぜか距離感があって……。一方のタリスも彼女の奥手さゆえにもう一歩踏み出せず。おまけに絵本作家兼魔術師と名乗る軽そうな男がイーズに近づいてくるから、イライラも最高潮! だけど彼や妖精達のちょっかいで二人の関係はようやく進展……と思いきや何故かそれが国を巻き込む大騒動に発展してしまい!?

立ち読み

「だからタリス様は遠慮なさらないで、帝都に遊びに行ってください。私は妖精達がいるので大丈夫です。あ、いつもお土産に買ってきてくださる本や雑誌、楽しみなんです」
 相談をするもよし、友人と遊ぶもよし、羽を伸ばすもよし。それで彼の悩みが解決するなら、イーズはいくらでも待つ。
 しかしタリスは苦笑して首を横に振った。
「気を遣わせてしまって悪かったな。別に悩んでなんかいないさ」
「で、でも……」
 明らかに悩んでいる。気のせいとは思えない。
 しかし誤魔化そうとしているのにしつこく追及したら、へそを曲げてしまうかもしれない。そんな彼は今まで見たことはないが、人間なのでそういうことがあってもおかしくない。イーズの兄など簡単にへそを曲げてしまう人だった。
「一人で遊びになど行かないよ。遊びに行くならイーズと一緒がいいな」
「私と、ですか?」
「そうさ。君と並んで歩いて、君の荷物持ちをしたいんだ」
 楽しく、胸の躍る光景が脳裏に浮かんだ。
 タリスに手を引かれて、笑い合い、店先に並ぶ可愛らしい商品をああでもないこうでもないと吟味する。勝手についてきた小妖精達が、袖の下に隠れて指示を出す。
 憧れがないわけではない、素敵な光景だ。
 しかしそんな楽しい夢想も長くは続かない。タリスの連れである林檎姫であることが周りに知られ、「あの程度の顔か」と後ろ指を指されたところで冷や水を浴びせられるように終わってしまった。
「わ、私は、引きこもっていた方が林檎や世界平和のためになりますし」
 想像するだけで落ち込んでしまう。実際に彼と並んで人前に出たら、また以前のように胃痛に悩まされるだろう。
「つれないな。一人の買い物も、男同士の買い物も空しいんだぞ?」
 それはそうだと、納得してしまう。彼の目指す生き方は『高潔な騎士』だが、趣味は乙女的だ。
 イーズのためにという大義名分があるから、可愛らしい小物もある程度は買ってこれるが、それにも限界はある。
「妹さんを連れていかれるとか」
「妹は勘弁してくれ。買い物に行くと奴らは悪魔になる」
 タリスはうんざり気味に首を横に振った。
「今は難しいだろうが、林檎が安定したら一緒に行きたい。それができないのが、今の最大の悩みだな」
 彼はカップを置いてため息をついた。
 林檎が安定。つまりイーズの心配の種がなくなってから。
「買い物もいいが、遠乗りしたり、ガローニに遊びに行ったり。ああ、いつか山羊でも飼ってチーズとか作ってみたいから、牧場も行ってみたい。今まで縁がなかったからなぁ」
 ガローニはともかく、それ以外は楽しそうだ。
「そ、それなら、喜んで。妖精達も喜びそう」
 イーズ個人を誘ってくれている。一緒に暮らしているのだから当たり前のことだが、今まで断っていたにもかかわらず、改めて誘われると嬉しくて仕方がない。断っているのはイーズ自身なのに、身勝手なものだ。そういえば、身勝手になるのが女心というものらしいと、タリスが買ってきてくれた雑誌に書いてあった。
「ああ、本当はやっぱり外に行きたかったのか」
「え、私、変な顔をしてました?」
 嬉しくてだらしなく頰が緩んでいたかもしれない。
「変な顔だなど。可愛らしい顔をしていたよ」
 変な顔をしていたのだろう。
「イーズは本当に可愛ら……」
 優しく笑っていたタリスは突然顔をこわばらせて口を閉ざし、机に立てかけていた剣に手を伸ばした。その行動を見て、イーズはぎょっとして振り返った。
「そんなに警戒すんなよ」
 と、手を振ったのはレムだ。知らない人間の男性の肩の上で。
 その男性は若く、洒落た──吟遊詩人のような派手な出で立ちだった。黄色い花の飾りを挿した帽子で顔はよく見えない。肩にかけた鞄は本でも入っているのか、ずっしりと重そうだった。
「サライ、ここがイーズとタリスの家だ」
「これはなかなか雰囲気のいい」
 男は帽子のつばを持ち上げた。灰色の髪の、甘い顔立ちの美男子だった。派手な整った顔立ちと、垂れ目をした──
「レム、そんな軽そうな男をどこから拾ってきた!?」
 いわゆる軟派男のような見た目の男性だったのだ。
「タリス殿下、そこは〝怪しそうな〟男ではないのですか?」
 軽そうと言われた当人は、気にしたそぶりも見せずに笑った。
「タリスは失礼な奴だな! せっかくグレイルに頼まれて連れてきてやったのに!」
 レムが男の肩の上で飛び跳ねた。
「兄上に?」
「そうだぞ」
 楽器でも抱えているのが似合いそうな人物だと思ったが、帝国の宮廷に出入りしている人物だとしたら、それも納得のいく風貌だった。林檎姫の物語を作り上げたのは妖精王だが、吟遊詩人などを使って広めてくれているのはグレイルの配下なのだ。彼は人気吟遊詩人なのかもしれない。
 彼は脱いだ帽子を被り直した。黄色い花を挿してあると思ったのだが、よく見れば黄みがかった双葉のような葉と黄色い実のついた宿り木の枝だった。
 宿り木を帽子に挿すのは初めて見たが、魔除けなどにも使われる聖なる木だから、違和感はなかった。
「こいつはな、有名な林檎姫の絵本を出してる出版社の経営者だぞ!」
「え!?」
 イーズとタリスは声を上げた。レムは胸を張っている。
「絵本は祖父が描いた物で、色々あって私が権利を引き継いだのです」
 彼は穏やかな調子で、見たことのある絵本を見せた。イーズも知っている、一番有名な林檎姫の絵本だ。
 その笑顔に軽薄そうな雰囲気を感じてしまうのは、顔つきのせいだろうか。タリスは信じられないとばかりに男を見ている。
 だが、彼が怪しい怪しくないというのは、些(さ)末(まつ)な問題だ。
「しゅ、出版……絵本……」
 林檎姫はイーズの先祖。そしてイーズもそれにあやかって、林檎の姫と呼ばれ人々の注目を集めている。少なくとも、帝都ではかなりの知名度のはずだ。
「はい。お目にかかれて光栄です、イーズ姫」
 彼はイーズの前で、貴公子然とした物腰で帽子を脱いで跪(ひざまず)いた。
 林檎姫と同様、イーズの話もいつか本になるのは想定済みだ。つまり、彼は取材に来たのだ。
 そして見られてしまった。イーズの真実の姿を。化粧もしていない、ありのままの姿を。人間離れしているという噂とはかけ離れた、平凡なこの姿を。
「突然の訪問にさぞ驚かれたことで」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあっ」
 イーズは頭を抱えて叫ぶ。タリスは驚いた顔でイーズを見た。
「イーズっ!?」
 取材に来た。そんな人物にありのままの自分を見られた。化粧で誤魔化してもいない姿を、完全に真っ正面から見られた。
「どうした、イーズ」
 レムがイーズの目の前に飛んできた。そんな彼を無意識に片手で捕まえて、立ち上がる。
「ぎゃあ、タリス、助けっ」
 騒ぐレムを握って黙らせ、イーズはテラスから飛び出した。
 タリスが呼び止める声が聞こえたが、イーズは足を止められなかった。◇◇◇◇◇

「タリス、この子が林檎姫?」
 ドリゼナは首を傾げてタリスの背後に目を向ける。イーズはびくびくしながら、結局アーヴィを盾にしていた。しかしドリゼナはアーヴィの顔を一瞬確認したが、その後は確かにイーズをひたと見ていた。
 完全に林檎姫だと見抜かれたことにイーズも気づき、驚いたような顔をしていた。
「イーズ、だからアーヴィを身代わりにするのは無理があると言っただろう」
 タリスはそろそろ諦めてほしくて、イーズを諭した。外に出てもらえなくなっても困るが、毎回アーヴィを連れ歩くのは目立つだけだと理解すべきだ。
「え、身代わりのつもりだったの? なんで男を身代わりにしてるのよ。妖精って女がいないの?」
 ドリセナはアーヴィをどけて、イーズを見下ろした。全てを見破られてしまったイーズは、ドリセナを見つめたまま凍り付いたように動かなくなった。
 ドリゼナは昔から人をよく見ているし、勘も鋭いから気づいても不思議ではないが、イーズは彼女をよく知らないので、混乱していた。
「だけど、本当に素敵なお姫様だこと。なるほどねぇ。はぁ。なるほどねぇえ」
「え、え?」
 ドリセナの意地悪そうな笑い方を見て、イーズの腰はさらに引けた。
 美人だが、性格のきつさが際立つような化粧が彼女により威圧感を与えているのだ。雰囲気の柔らかい妖精に囲まれているイーズには、その威圧感はきつすぎるかもしれない。
 しかも今日は、いつにも増してドリゼナの目つきが悪かった。そして性格は見た目通りキツいのだ。そうでなくては、弟達を保護することなどできない。皆、皇帝の息子で、この国の後を継ぐ権利を持つ者達ばかりなのだから。
「あ、あの、初めまして。イーズです」
「初めまして、私はドリゼナよ。あれと母親も同じ姉」
 自己紹介しているのに異様な目で睨まれたイーズは、アーヴィから離れてじりじりと後退した。しかしドリゼナはそれについてくるように前に出る。
 その視線は、間違いなくイーズの胸部に向いていた。
「お、お姉様のことは、タリス様から、よくお話を伺っています。とてもお美しっ」
 ドリゼナが、いきなりイーズの片胸を鷲(わし)づかみにした。
「ひえっ!?」
「くっ、詰め物じゃないじゃない。林檎姫ってあれ? 林檎が二つ並んでいるようって意味?」
 イーズは悲鳴を上げ、ドリゼナは怯えるイーズに向かってとんでもないことを言い出した。
 あまりの暴挙に、タリスをはじめとして、小妖精達すら啞然としてしまった。
「グレイル兄様が未練たらたらなはずだわぁ。男ってのはこれだから。まったく。はっ。まったく!」
 ついには両手で胸を摑む。イーズは逃げようと後退するも、壁際まで追い込まれてしまった。
 未知の存在に、イーズの顔は蒼白になって、言葉も失っている。
 当たり前だ。生まれて初めてこんな目に遭ったのだから。
「あ、姉上!」
 我に返ったタリスは、慌てて後ろから姉を羽交い締めにした。
「何よぉ。ちょっと胸が腫れてるからってちやほやして」
「姉上!? 何を無茶苦茶なことを言ってるんだっ!?」
 タリスは慌ててドリゼナを反対側の壁際まで引きずった。
「姉上! 自分が恵まれていないからって、イーズを虐めないでくれ!」
「何よ。存在自体が私に対する虐めだとは思わないの?」
「なくても悩むかもしれないけどな、イーズは大きいことを気にしているんだ! マジでやめてくれ!」
 彼女が服に胸が入らなくなった時、上半身が太ったと言って無茶な食事制限を始めたのを見て以来、けっしてそこには触れないようにしてきたのだ。本人は二の腕もきつくなっているから、確実に太ったと思い込んでいた。彼女の場合は、胸に生地が引っ張られて腕も窮屈に感じただけだ。
「痩せて減ってほしくないって? むっつりスケベめ。これだから男ってのはこれだから男ってのは!」
 イーズが悩んでいるなら減っても構わないが、やはり今のままがいい、などと思っている手前、咄嗟に反論できずに小さく呻いた。

◇◇◇◇◇

「つまり、あれは悪魔で間違いないか」
「間違いないでしょう。悪魔は天使のふりをすることが多いのです」
 グレイルの念押しに、ロビンが目を細めて天使を見上げ、保証する。
「すぐに見破ってしまうとは、つまらないな。これだから本物の力を持つ奴は嫌なんだ」
 クシェル――悪魔は肩をすくめた。
「だが、それで、どうするつもりだ? 奇妙な茨の干渉はあったにせよ、ここが我が領域であることに変わりはない」
 悪魔はクシェルの顔を邪悪に歪め、すっと手を前に出した。
 その瞬間、地面が揺れた。大樹の根がうごめき、伸びていることに気づいたのは、それが檻のように一同を囲った後だった。
 イーズが驚いている間に、騎士達が剣で根を取り除こうとするが、その根が触れた剣は見る見る間に錆びてしまった。
「つまり奴はクシェル様とは縁もゆかりもない悪魔であると」
「もちろんですが……」
 こんな時まで念を押すグレイルのしつこさに、ロビンは眉間にしわを寄せた。その時、
「つまり、あのクソむかつく顔面を殴ろうと問題ないということだな!」
 グレイルはぎょっとするような、しかし妙に理解できてしまうことを言った。
「あれを、殴りたいのですか?」
 サライが首を傾げた。
「殴っていいんだろう? あれを、殴っていいんだろう? 切り刻んでもいいのだろう? くふふ、あの姿で出てきてくれたことに感謝しよう」
 グレイルは笑っていた。目を爛々と輝かせ、剣を鞘ごと手にして笑っていた。
「陛下、どれだけクシェル様に安眠妨害されておられるのですか……」
 さすがのサライも、守護天使の姿をした者を殴ろうとして愉悦の笑みを浮かべる新皇帝に引いた。
「幸いにも私が腰に下げている儀式用の剣は、あの天使に作らされた本物の聖物だ。刃は研がれていないが、殴ることはできるはずだ」
「そうか。これを使えば悪魔も殴れるんですね」
 イーズは思わず杖を握りしめた。イーズの林檎の杖でも、同じことが可能だ。
「グレイル陛下はともかく、イーズ姫は殴らないでください!」
 サライがイーズの杖を持つ手を握って、必死に首を横に振った。
「え、だめですか?」
「それは王子様の役目です。ここはタリス殿下とその他大勢に任せるべきです。そうです。イーズ姫が杖を振り上げて殴る姿は、さすがに許容できません」
 どうやらここに来て、初めて彼が求めるヒロイン像から外れてしまったようだ。
「冗談ですよ。そんな危ないこと、タリス様が許してくれるはずがないじゃないですか」
「そうだな。安全ならいくらでも殴っていいと言うところだが、残念ながら悪魔が相手ではな」
 タリスも首を横に振った。
「イーズの代わりに俺が殴っておくから」
 タリスが爽やかに笑みを浮かべた。彼はさして被害を受けていないが、気持ちが分かる程度にはクシェルのことを知っている。
 イーズはくすくす笑って、悪魔を見上げた。悪魔は明らかに呆れた顔をしていた。
「自分の守護天使を殴りたいと。相も変わらず天使というのはどうしようもない」
「それでも悪魔よりはずっと親しみやすいわ。殴りたいと思うのも、親しみの証よ」
 クシェルには腹の立つこともあるが、嫌いではない。殴ってやりたい無神経な友人でも、友人は友人だ。親しみがなければ殴りたいなどという生ぬるい感情は出てこない。
「さて、それはどうだろう? 奴らは人を家畜としか思っていない。自分達の得になるなら、そなたの民を見殺しにも、皆殺しにもするだろう」
「それがどうした」
 タリスは悪魔を小馬鹿にするように言った。
「人の行いは人が解決する。クシェル様が多少迷惑な存在であろうと、理由のない虐殺がないならそれでいい。少なくとも、俺達の守護天使は悪魔とは違い、包み隠さぬまっすぐなお方だ」
 もし妖精王が呼び出した天使が、綺麗事で身を飾る立派な天使であったら、それはそれで感動的だったろう。だが、あの破壊が取り柄のダメな天使には、奇妙な親近感を持っているのだ。
「殴りたくなるが、悪気は感じないな。ただ殴りたいだけだ」
 とグレイルも認めた。
「悪魔が騙せるのは無知で欲の深い者だけだ。この場にそのような者などいない。そういうことは、兄上が耄碌した頃に言うのだな」
 タリスの言葉に、グレイルは肩をすくめた。
 悪魔はあざ笑うように言う。
「残念だ。ならばじわじわと弱って死ぬといい。その錆びた剣のように自らが腐りゆくのに耐えられればいいな」
 イーズは言われて、足下から何かにまとわりつかれる感覚に気づいた。
「ようやく気づいたか。どうだ? 腐りゆく感覚は」
 悪魔はクシェルの顔を歪めて笑った。まるで醜いヒキガエルのような、まさに悪魔の笑顔だった。
 腐りゆく感覚と聞いて、イーズは思わず足下を蹴るようにそれを振り払う。
「言われてみればこの中に入ってから微妙に疲れるな。まあ、どうせ長居するつもりはないから、この程度のことどうでもいい」
 グレイルは落ち着いた調子で言い、サライを見た。
「それで、サライ。どうすればあれを殴れるんだ?」
「それは敬愛する守護天使に化けた悪魔に対する怒りとでも解釈しましょうか」
 サライはこれから書くのであろう何らかのお話を、登場人物にふさわしい綺麗事にするために言葉を模索しつつ、周囲を見回す。それを悪魔はじっと観察していた。
「サライさん、どうしてあの悪魔は何もしないんでしょう?」
「何もしないとは?」
 イーズの問いに、サライは笑いながら首を傾げた。
「絵の外には妖精王にウィドさん、仮にも天使様がいます。だったら、普通は早く済ませようと私達に攻撃を仕掛けるんじゃないでしょうか」
「イーズ姫はよく気づかれましたね。そういう意味でしたら、しないのではなくできないのですよ」
 サライは金枝の杖を振って答えた。
「できない? どういうことですか?」
「理由としてまず一つ目が、茨。姫の林檎が奴の性質と微妙に似た性質を持っているせいか、相殺し合ってかなり力を消耗したようです。だから本当は腐りゆく感覚とやらも、もう少し実感できるはずだったのに当てが外れ、この根の檻も私達を串刺しにして力を吸い尽くすつもりで動かしたのに半端になったのです。あれはそういう悪魔ですから」
 サライはあれがどんな悪魔なのか既に分かっているようだ。しかしそれを教えてはくれないだろう。悪魔の知識など、必要ない。知りたければ自分で調べればいいからだ。そして対策を周りに教えればいい。
「もう一つの理由として、ここは絵の中。イーズ姫がおっしゃったように、絵の外に人がいるということです」
「ひょっとしてウィドが何かしているのか?」
 タリスが問うと、サライは頷く。
「ご名答。未熟といえどもあれだけの杖に選ばれているので、応用力はあるようです。さすがに大ざっぱな力の使い方が得意な妖精王では無理でしょう」
 つまりウィドが干渉しているおかげで、無事でいられるようだ。
「さて、どうすれば殴れるかという質問への答えですが、イーズ姫、タリス殿下の剣に力を注いでください」
「イーズが? おまえが何かするんじゃないのか?」
「私が何かしては台無しではありませんか。この場合は殿下と相性のよいイーズ姫の方が効果的です。あ、相性と言っても悪い意味ではなくて、いい意味ですよ」
「そんなことは言われなくても分かる」
 タリスはサライを睨み付けた。
「そういう訳ですので、イーズ姫はお菓子を作る時の感覚で、力を注いでください」
「お菓子? お菓子でいいの?」
「ええ。イーズ姫の場合は、それで問題ありません。攻撃的な力の込め方でなければいいんです」
 タリスはそれで納得して、剣を前に出した。
「剣は別に俺が持ったままでもいいんだよな。でも、怪我をしないように気をつけて」
 相変わらず過保護だなと思いながら、イーズは剣に触れる。そしてお菓子作りを思い出し、杖の時と同じように力を注いだ。
「……特に変わらないんですが」
 イーズははっきりとした手応えがないのに不安を覚え、サライに問う。
「魔術に派手で無駄な演出を持たせるのは、私は魔術を使いましたよ、と見せつけるためですからね。目に見えないと信じない無能な権力者に見せるために。あえて効果をつけない限り、魔術というのはかけても見た目は変わらないんです。よくできていますよイーズ姫」
「ああ、感じる」
 タリスが珍しく魔術のことで頷いた。
「イーズの優しい感じがする」
 そう言うと、タリスは愛おしげに刀身に唇を落とした。イーズはまるで自分自身にキスされたかのような、剣に嫉妬したくなるような、複雑な気持ちになった。
「タリス様は剣ばかり大切にして、妬けてしまいそうです」
「えっ!?」
 思わず本音を漏らすと、タリスは裏返った声を上げた。そして剣を見て、唇を引き結んでイーズを見る。タリスは小さく息を吐くとゆっくりと剣を地面に突き刺し、イーズの肩に手を置いて、ぎこちない笑みを浮かべた。
「もちろん剣よりもイーズを愛しているよ」
 タリスは身をかがめ、息を呑むイーズにキスをした。
 ほんの一瞬でよく分からなかったが、確かに唇に触れた感触がした。思わず杖を取り落とす。
「俺の愛しい林檎姫。幸運のキスをありがとう。すぐに終わらせるからここで待っていてくれ」

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