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9784866693040

竜守りの妻

momo / 著
夢咲ミル / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-304-0
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2020/06/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

美女と野獣の訳あり夫婦は、竜たちに見守られて愛を育む。
不思議な縁で結ばれた夫婦の胸キュンラブストーリー。
「小説家になろう」で大人気作品、書き下ろしを収録してついに書籍化!
貧しい村に生まれ、身売り同然で竜守りのナウザーに嫁いだファミア。貴族出身で元は華やかな竜騎士だった彼は、戦で負傷したのを機に森深くに住み竜を飼い慣らす竜守りになったという。髭面で粗雑なナウザーと、健気に尽くす美しいファミア。人里離れた森で突然始まった、一見、不釣り合いな二人の夫婦生活は、温かくて愉快な竜たちに見守られて、次第に愛情を深め合っていく。しかしある時、ナウザーの元婚約者だという貴族令嬢が現れて……!?
「俺はお前を失うのが何よりも怖いんだ。嫌だと言っても誰にも渡さん。だからどうか、俺と生涯を誓ってくれないか」

立ち読み

 定期の物資配達が終わると、ファミアは隠れていた寝室から顔を出す。今回の配達人はいつもやってくる若い竜騎士。最初はソウドが配達に来てくれたが、彼も責任のある立場のせいでなかなか予定が合わない。それでも酒を片手に時々ふらっとやってくる。その時はファミアも隠れずソウドを出迎えた。
 彼の竜はソウドを降ろすとすぐに森へ消えてしまうし、見送りは夜遅くなので風邪をひかせてしまうからと、ナウザーだけが外に出てファミアは玄関先から手を振った。春以降はどんな理由にするか不安なところである。
 竜が飛び立ったので寝室から出ようとしたファミアを、ぬっと現れた巨体がもといた寝室に押し込めようとする。焦ったファミアは両足で踏ん張って抵抗した。
 ナウザーは時々こうやって日が高いうちから、時には朝っぱらから盛りがつくことがある。最初の頃は訳が分からずされるがままのファミアだったが、今この時間に寝台に沈められては、その後は何もできなくなってしまうと学んだのでなるべくなら避けたかった。
 竜の血のおかげなのか回復は早いが、それでもいたした直後は動けない。なるべくなら夫の要望に応えたいが、今は届いた荷物の整理に加えて主婦の仕事もたくさんあるのだ。昼日向、優先すべきは夫ではなく主婦業である。
「別に適当でいいだろ」
「いいえ、片付けが先です。ご飯の支度もお風呂の準備もありますし」
「風呂に入らなくたって死にはしない」
 問答しながら押し戻され寝台はすぐそこだ。隻腕でも巨体を相手にファミアなど赤子同然。
 冬は日が沈むのが早いので何とかしなければ。ファミアは寝台に押し倒されたところでナウザーの頰を両手で包み込み、髭だらけのそこに一つだけキスを落とした。
 いつも押すのはナウザーでファミアは受け入れるばかり。キスだってファミアからしたことなど一度もなかった。そんな妻の意外な行動にナウザーの動きが一瞬で止まる。
「続きは夜にしましょう。ね?」
「あ……ああ」
 にっこりと微笑んで首を傾けると、ナウザーは妻の可愛らしい仕草に動きを完全に止めてしまった。返事も上手くできない。ファミアはその隙にナウザーの下からするりと抜け出してしまう。
「それじゃあ、また夜に」
 妻を啞然と見送ったナウザーは何度も瞬きを繰り返してから、口づけられた頰に大きな手をそっと当てた。掌にあるのは分厚い髭の感触。
「おい、何だおい?」
 ――キスだ。ファミアから率先してキスをされたうえに夜にまで誘われた。
 いつもは遠慮がちで夜の生活を恥ずかしがっているのに、今日に限っては彼女から誘われてしまった。これは大事件、一大イベントではなかろうか。
 ああ、なんて幸せなんだ。やっぱりファミアは見た目なんて関係なく、むさ苦しい熊男でも好きで愛してくれているのだ。俺の嫁さん最高だ、日頃の行いがよかったせいか――と、有頂天になりかけて。
 掌に感じるのは顔を覆い尽くす、こんもりとした硬い髭の感触だけだ。
「なんで髭なんて伸ばしてんだよっ!」
 自分で自分に悪態をついた。
 伸ばし続けた剛毛、顔全体を覆う真っ黒い髭。そんなものがあるせいで、愛しい妻からの初めてのキスを肌に直接感じることができなかったではないか。
 ナウザーは己の不甲斐なさを嘆き、あまりのショックに項垂れ寝台に巨体を沈める。こんなご褒美が待っているなら、さっさと髭など剃ってしまえばよかった。
 変な意地を張らず、ソウドに言われた時に素直に剃り落としておけば、きっと今頃あの柔らかい唇を自らの頰に感じていたに違いない。何たる不覚。戻らない初めてのキス。体は何度も重ねたが、ファミアからの意思を持った接触はこれが初めてである。
「なのに……なのに俺はなんて大馬鹿なんだっ!」
 くそう、邪魔な髭め。今夜絶対に剃り落としてやるからな!
 と、ナウザーは固く拳を握りしめ、揺るぎない決断を下した。
 一方ファミアはナウザーがそんな馬鹿げた一人問答に興じているなど露知らず、配達された食料や品物を手際よく整理していた。
 整理整頓に関してナウザーは手伝わない。ナウザーが片付けや掃除を手伝うと、決まって余計に手がかかってしまうからだ。ファミアはナウザーの失敗に文句を言わないが、手伝う度にファミアの仕事が増えるのを目の当たりにしたナウザーが、自ら手を出すのをやめたのだ。
 荷物の整理を進めていると、窓の向こうで人影が動いた。
 一瞬竜騎士と勘違いしたが違った。平民と見られる男たちが数人、たくさんの荷物を抱えてやってくる。竜騎士の配達でないとしたら婆だろうかと考えたところで、男が四人がかりで抱える輿に乗る貴婦人が目に入った。
 ファミアは花につられる蝶のように小屋を出てしまう。初めて目にする煌びやかな女性の姿に惹きつけられ、ナウザーに知らせることをすっかり忘れてしまっていた。

 輿から降りた女性は周囲を見渡し、ファミアに気づくと驚いたように茶色の瞳を見開いた。
 瞳と同じ茶色の髪を綺麗に結い上げ濃い化粧をしている。毛皮で作られた真っ黒で暖かそうな外套の下には深紅のドレス。すらりと背の高い貴婦人は堂々とした佇まいで、見下すような視線をファミアに向けていた。外套の開いた合わせから覗く胸は、とても豊かで存在を主張している。
 ファミアは大きな胸を持つ貴婦人と、元夫と共にいなくなった未亡人を重ねた。村の外からやってきたからなのか、彼女もパシェド村の女ではあり得ないほど胸が大きかった。
 外から嫁いだのに夫に先立たれ、疎外感を味わっていただろう彼女は、ファミアの夫と共に村を去ったのだ。
「いつから下女を雇ってよくなったの?」
 貴婦人が棘のある物言いで目を細める。明らかに値踏みする目でファミアの頭からつま先までをなぞると、不快そうに顔をしかめた。
「ナウザーはどこなの。お前、マデリーンが来たと言ってナウザーを呼んできなさい」
 告げられた名にファミアははっとする。ソウドとナウザーが声を潜めて会話している際に漏れ聞こえた女性の名だ。
 どういった関係だろう。女の兄弟がいるとは聞いていないので妹や姉でもない。兄弟の嫁か、それとも――。
 ファミアが棒立ちのまま動けずにいると、マデリーンはドレスの中で癇癪でも起こしたかのように足を踏むが、細く高い踵は地面に埋まるだけで音は鳴らない。
「何をぼうっとしているの。婚約者のマデリーンが来たとナウザーに伝えなさい!」
 ファミアは頭を殴られたような衝撃を受ける。
 婚約者とはいったい何だ。ナウザーは自分と結婚しているのにいったいどういうことなのか。突然の出来事に反応できない。
 混乱するファミアの後ろで人の気配がして、のそりとナウザーが姿を現した。マデリーンのきつく吊り上げられた視線がナウザーに向かい、咄嗟に隠したいとの思いが湧き上がったが、ファミアの小さな体では熊のように大きなナウザーを背後に隠しきれるものではない。
「驚いた、下女だけでなく下男までいるのね。決まりを変えるなら十年前にやっておいて欲しかったわ。ほらお前、ぼうっと立ってないでさっさとナウザーを呼んできなさい」
 マデリーンの言葉にファミアは驚いてナウザーを仰ぎ見る。
 するとナウザーは太い指を一本口元へと持っていった。何も言うなということだ。
 ファミアが黙って動かないでいると、目の前の貴婦人は命令を無視され怒りを増幅させる。側では荷物持ちでついてきた男たちが怯えていたが、マデリーンの態度にではなく、周囲の様子を窺ってびくびくしていた。
「なんなのこの女、耳と口が使い物にならないのかしら。もういいわ、お前なんて首にしてやる」
 怒り続けるマデリーンは「そこのお前」と、ナウザーを指差した。
「マデリーンが来たとナウザーを呼んできなさい。今すぐによ!」
 命令されたナウザーはここでようやく左袖を揺らしながらファミアの前に出る。
「森への侵入を許した覚えはないが?」
「わたくしは竜守りの婚約者です、許しなど必要ないわ。いいからナウザーを呼びなさい!」
 どうやらマデリーンはナウザーの髭面にばかり目がいっているようで、揺れる左袖に気づかない。
 ファミアは様子を窺いながら胸をざわつかせる。彼女が十年前、森を前にしてナウザーを見捨てた婚約者なのだと分かったからだ。
「なぁマデリーン、俺はそんなに様変わりしたか?」
「何を――」
 ナウザーの言葉に、汚いものでも見るように細められていたマデリーンの瞳がみるみる見開かれた。
「まさかお前……あなたナウザーなの!?」
 ナウザーの揺れる左袖と顔を、マデリーンの茶色い瞳が何度も往復した。確認を繰り返し、信じられないと呟いて啞然としていたが、やがてその瞳が穏やかに色づくと眉を寄せ、茶色の瞳にうっすらと涙の膜が張る。
「会いたかったわナウザー、ずっとあなたが恋しくて胸を痛めていたの。愚かなわたくしを許してくれるわよね?」
 言うなり両腕を広げナウザーめがけて飛び込んだ。必然的にナウザーは飛び込んできたマデリーンを受け止める羽目になる。欲情をそそる豊満な肉体がナウザーに押しつけられ、ファミアの全身から血の気が引いた。
「許すも何も、俺はお前を恨んでなんかいない。あの時のお前の判断は正しかったよ」
 噓でも嫌みでもなく本心からそう思っているとナウザーが告げる。
「なぁマデリーン、俺はお前に誠実ではなかったし、お前だってそうだ。俺たちは婚約を家の取り決めた関係と軽んじていた。それにお前は竜騎士の妻という地位が欲しかったに過ぎない」
「いいえ、違うわ。あの時のわたくしは正常な判断ができなかったの。だってそうでしょ、腕を失ったあなたをどう支えていけばいいのか分からなくて。でも離れてようやく気づいたの。あなたを愛しているわ。あなたなしでは生きていけないって気づいたのよ」
「マデリーン……」
 首を横に振ったナウザーは抱きつくマデリーンを片腕だけで容赦なく引き離した。マデリーンの瞳が驚きに満ちる。
「俺は結婚したんだ。そしてお前ではなく妻を愛している。ソウドから聞いているぞ、お前も自分らの将来をちゃんと考えろ」
 自分らとの言葉にはっとしたファミアの前で、マデリーンは執拗にナウザーに向かって腕を伸ばそうとする。その度に拒まれ、マデリーンは悔しそうに顔を歪めファミアを睨みつけた。

 マデリーンは生まれた時より竜騎士の妻となるべく教育された。竜騎士という存在は時に政治の世界においても力を発揮する。マデリーンの父親はその後ろ盾を得るために奔走し、ナウザーと娘を婚約させることに成功したのだ。
 娘を竜騎士に嫁がせると決めていた父親のもとで育てられたマデリーンは、竜騎士がいかに特別で希少性の高い存在であるかを理解していた。そして彼女自身も夫は竜騎士でなければならないと、他の男では何の意味もないのだと思うようになったのだ。
 だからナウザーが多くの恋人を持っても、夫になるなら何の問題もなく、嫉妬するよりも自分磨きに努めるばかりでまるで気にならなかった。愛も情もない。ただ夫となる男が竜騎士であるならそれでよかった。
 父親の手腕で婚約した後も、ナウザーよりも腕が立ち、より優秀な竜騎士を得ようと率先して動いた。ナウザーが隣国との戦で腕を失って戻ってきた時には、傷の心配よりも先に怒りが湧いた。
 何故自ら栄誉を放棄するようなことを仕出かしたのだと腹が立ってならなかったのだ。竜は代えがあるが、竜騎士は年々数を少なくしている。竜よりも竜騎士の方が貴重な存在となっている今、一頭の竜など死んでしまってもよかったのに。
 馬鹿な決断をした婚約者に腹を立て失望した。けれど当時十八と貴族女性の結婚適齢期であったマデリーンに新たな竜騎士を探す時間もなく。竜騎士を引退はしたが、竜守りとしての役職を得たナウザーに妥協して結婚を決意したのだ。
 だというのに、たどり着いた場所はとても生きていけるような世界ではなかった。当時のマデリーンはあっさりナウザーを見捨てた。その時はまだ他の竜騎士の妻になれると信じて疑わなかったのだ。
 だが蓋を開けてみればマデリーンの思惑は全て外れた。父親も躍起になってマデリーンの結婚相手を探したが、竜騎士の中で応じてくれる存在はなく、それどころか結婚さえ危ぶまれる年齢になっていた。
 焦ったマデリーンは次々と多くの男と関係して既成事実を作っていく。だが割り切った関係とされ結婚までたどり着けない。やがて奔放すぎる娘に家名を傷つけられたと立腹した父親によって、幽閉同然の生活を強いられるようになった。
 マデリーンはそんなことで大人しくあきらめるような娘ではない。
 父親の目を盗んでは竜騎士を誘惑して回るが、竜騎士もナウザーを見捨てた娘のことはよく知っていたので相手にせず、気づけば二十八歳だ。嫁にも行けず肩身の狭い思いをしていたマデリーンは、切羽詰まった状態で狙いが外れ、条件の悪い男に引っかかってしまう。
 どうしようもなくなったマデリーンが最後に頼るのはナウザーだと考えたソウドは、何も知らぬまま騙されてはいけないと一足先に情報を持ってきたのだが。
 ナウザーは既に妻を迎えていた。

「妻だなんて、まさか。あなたともあろう人が、そのみすぼらしい女を妻だなんて言うのではないでしょうね!?」
 ファミアはどこからどう誰が見てもみすぼらしくなどなく、美しさに見惚れる女性だ。
 それをマデリーンはわざと貶し、竜騎士であった男が迎えるような女じゃないとナウザーの腕に縋って、何かの間違いだとでも言うように訴える。
「ナウザー、あなたは竜と心を通わせる、貴い血を受け継いだ人よ。そんなあなたに相応しい相手を選ばなければ、竜たちにも顔向けできないのではなくて?」
「俺はもう昔の俺じゃない、生まれや育ちで妻を選んだりはしないんだ。彼女は竜も認める俺の妻だ。マデリーン、お前は彼女と違ってここへ立ち入る資格すらない」
「お願いよナウザー、わたくしを見捨てないで!」
 マデリーンは必死に訴えナウザーに縋りついたが、果敢にも二人を引き剝がす小さな存在があった。ナウザーは間に入ったファミアに驚いて思わず場所を空けてしまい、小さな背に庇われるかたちになってしまう。
 ファミアが間に入るとマデリーンの手がナウザーからあっさりと離れた。あきらめたのではない、見るからに卑しい身分の女に触れるのが嫌だったのだ。
「見捨てたのは自分のくせに、勝手なことばかり言わないでください。妻はわたしです。わたしが竜守りの妻です!!」


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