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ティーンズラブ世界に転生しましたがモブに徹したいと思います メイドから見た王宮恋愛事情

鳴澤うた / 著
おの秋人 / イラスト
ISBNコード 978-486669-272-2
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2020/02/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《私はモブです! ヒーロー格の陛下とイチャコラなんてできません!》
ある日自分がティーンズラブの世界に転生したことに気づいた雑用メイド・リリィ。不自然なほど出くわす都合よすぎなラブシーン、しかも主要キャラだけはっきり顔が見えて他は全部モブ顔という仕様付き。けれどその異能(?)を女王陛下に見込まれ、王宮の恋愛事情を探るお役目を言い渡された! なので出歯亀のごとく人々のイチャコラぶりを観察していたら、なぜか自分にも恋愛イベント到来!? それも実は女性のフリをしていた〝女王陛下〟からの溺愛で――?

立ち読み

「フレデリカ様、大変よ! 洗濯物が飛ばされて、樹に引っかかってしまったの」
(来ましたね! TL小説フラグ!)
 メイド達が慌てた様子でフレデリカと呼んだ若い女性のもとへ駆け寄ってきました。
 フレデリカ様は、
「大丈夫! 私に任せて!」
 なんてニッコリと微笑むと「どこに引っかかったの? 案内して」と行ってしまいました。
 私はその後ろ姿を見送り、心の中でにんまりと笑います。
(ふふふ……来ると思いました! 『フレデリカ様』! モブキャラにしては名前が立派すぎですもの!)
「ごめんなさい! 急に腹痛が……あたたたた」
 私はさっそく前世の経験を生かし、スキル・仮病を使いました。
 前世の私は体が弱くて、よく寝込んでいたのです。成長するに従って丈夫になっていきましたが、この演技、なかなかリアルなようです。
 思い出しながら再現すれば、皆から「体が弱くて可哀想」と同情されるほどです。
「早くご不浄に行ってきなさいよ、間に合わなかったら大変よ」
「あ、ありがとう……落ち着いたら戻ってきますね……」
 声をかけてくれた同僚に辛そうな顔を見せつつ、走っていく私。
 目指すはフレデリカ様と〝ヒーロー〟の初めての出会いの場面!
 これはまさしく『侍女をしてる〝ヒロイン〟が王宮の最高位の騎士とか有能秘書官とか、王太子の〝ヒーロー〟に見初められて戸惑いながらも押し倒されてアンアンしちゃう!』のフラグでしょう! これぞTL、すなわちティーンズラブの王道!
 あ、でも秘書官についてはこの間、地方貴族の幼なじみ令嬢ヒロインと結ばれたばかりだから、これはありませんね。
 メイドとして王宮にやってきたヒロインはずっと想いを寄せていた彼と再会するのですが、彼はヒロインにやたらと冷たく接するんです。ヒロインは涙ながらに彼を諦めようとしたときに今度は優しくして、そしてまた冷たくしてと彼女の感情を振り回すんですよ~。見ているこっちもイライラしましたね。まぁ、実はそれは訳あってヒロインを大事に想うからこそ冷たくあたるという王道展開で、見ている側としては美味しかったのは確かです。
 ――それはさておき、だとしたら白騎士隊長のマーディアス様か黒騎士隊長のレオナルド様。もしくは騎士長のブラッド様か王太子のユクレス様でしょうか?
 フレデリカ様は、子沢山地方領主の長女。ハーブの生産地だけど生活レベルは質素ながらも楽しい我が家という子爵家。ハーブの知識を買われ、女王陛下の専属侍女になった方。
 こんな風に、周囲の私達にいつのまにか経歴がハッキリわかってしまうのは、TL小説の〝ヒロイン〟ならではなのです。
 あ、考え事をしていたらフレデリカ様を見失ってしまいます、あとを追わねば!

 そうこうしているうちに、私はただ今繁みの中でフレデリカ様を観察中。
「あともう少し……」
 私も、彼女の囁きを聞き手に汗を握ります。
(ええ、あともう少し……あともう少しですよ! フレデリカ様のもとに、ヒーローがやってくるはずです!)
 女王陛下の専属侍女であるフレデリカ・ハミン様。金茶のたっぷりの巻き髪と、質の高いエメラルドを連想させる緑の瞳はパッチリとして可愛らしさ抜群。小ぶりの鼻も口もキュートで、艶やかな唇はピンク色。
(『私なんて普通! 普通の容姿で何の長所もないのよ』なんて言ってるけど、十分に可愛いのですよ! フレデリカ様!)
 ――そう! まさしくTL小説において〝ヒロイン〟になる容姿! 『普通』だなんてどの口で言ってるんですか!
(私の目にこれだけハッキリと顔も身体も映るんだから、彼女が『モブ』ということはあり得ません!)
 ――そう、普通で一般の何の役割も与えられていない私みたいな『ぼんやり顔』こそがTL小説における脇役――すなわち『モブ』というもの! こうして自分で自分を痛めつけるのも、もう数え切れないほどなのですっかり心臓に毛が生えました! 
 そんな私は、この王宮でメイドをしておりますリリィ・レクシアといいます。
 フレデリカ様と私の違いは女王専属である『侍女』と一般の雑用『メイド』というところでして、同僚ではありますが、王侯貴族専属と雑用係では立場が違います。
 しかしながら同じ地方貴族の娘同士ですので、王宮で働いていても皆様きちんと『様』付けで呼んでいるんです。上品で優しい世界です。
(……あ、いけません。そう呟きながらも、久しぶりの自虐ツッコミに落ち込みそうです)
 メイドとして王宮にやってきて早一年。実家がある田舎とは比べものにならないほどの人の多さ、特に自分と同じ『モブキャラ』の多さに安心しきっていました。
 とはいえその方々も、まさか自分がティーンズラブ小説の世界に転生してモブキャラとして生きているなんて、誰が思うでしょう。

 ――私が「ティーンズラブ小説(以下TL小説)」の世界に転生してしまったと気づいたのは十年前――六歳の頃の話です。
 物心付いた頃から私は、白昼夢のようなものを見ていました。
 それは今いる世界とは全く違う世界。日本という国で、飛行機という大きな乗り物で空を飛び世界中を回れ、お金があれば世界中の食べ物や飲み物も好きなだけ味わえます。
 娯楽も豊富で、動く画像が出るテレビや様々な音楽を聴けるスマホなるものもあって、楽しい書物もいくらでもある。
 ――その中で特に私が、熱意をこめて読んでいたものがありました。夢の中の私は、全く知らない文字の羅列のはずなのに、どうしてかそれをすらすらと読んでいるのです。
 見目麗しいキラキラした男主人公――〝ヒーロー〟に愛される女主人公――〝ヒロイン〟の波瀾万丈な恋愛模様には、至る所でツッコミがいがありました。
「私は凡人」と言いながら、実は容姿端麗な上に(いえ、それは挿絵でわざとそう描いているからとわかりますが)、登場した途端いきなりヒーローに愛されたり、『絶対傍に誰かいて見てるだろそれ』という場所でアンアンし始めたり、突然特別な力に目覚めたりと、ご都合主義な展開にツッコんでいましたが!
 それがまた良いんです! 胸をキュンキュンさせるんです!
 美男美女ばっちこい! な二人が事件に巻き込まれ、周囲の反対を受けながらそれでも負けずに繰り広げる愛は、私にとってどんなツッコミどころがあっても許される世界でした。
 そんな楽しい白昼夢を見ながらも、その頃の私は自分の容姿に絶望していました。
「おかあさま、どうしてわたしのお顔は可愛くないんでしょうか?」
 小さな手にもあまる手鏡を覗き込みながら、私は髪を結ってくれる母に尋ねました。母は「えっ?」という驚いた顔をしたけれど、すぐにコロコロと鈴を転がしたような声で笑いながら仰います。
「リリィは可愛いわ。誰がなんと言おうと、母様には世界一可愛い娘よ。勿論、お父様だってそう思っているわ」
「そうかなぁ……」
 じっと、手鏡の中に映る自分の顔と母の顔を見比べます。
 榛色の波打つ髪をゆったりと結い上げ、そこに父のプレゼントだという髪飾りをつけている母は、贔屓目なしに可愛いと子供心にも思いました。
 光の当たり具合によって緑の濃淡が変化する瞳に、影ができるほどの長い睫毛。そして小さなお口にお鼻。
 対して娘の私は、母譲りの髪の色に父譲りの紫の瞳。そして鼻と口は小さい。これは自分がまだ小さな子供だからだ、と思いました。
 けれど、そんなことは問題ではありません。私が自分を『可愛くない』と言ったのは、自分の顔だちも色味もぼんやりとしていて、ハッキリしないからなのです。
「リリィも大きくなったら、きっと美人さんになるわよ」
 ゆったりとした口調で紡がれる母の言葉に、私は素直に頷けませんでした。
 この、自分の視界に映る人々の容姿の違いが謎だったからです。
 何せ、父や母、それに付き従う〝重要人物〟は顔がはっきりと見えるのに、それ以外の人達はまるで顔だけ霧がかかっているように目鼻立ちがぼんやり見えるのですから。
 ひどいのなんて、まるで半端なデッサン画のように顔に十字が描かれただけの人だっているんです。何で十字? 目が細くて横に繫がっているんでしょうか? なんて、その人の顔を何度か十字になぞったこともあります。
 生まれたときからそれが当たり前だったから慣れているけれど、突然だったらギャン泣きどころじゃありません。普通にホラーです。
「でも、おかあさま。わたしはおかあさまのように、ハッキリしたお顔ではないんです。目や鼻や口はちゃんとありますし、目の色とか髪の色もわかるんですけど、なんだか、ぼやっとした顔でまるで物語の流れに関係のないモブの……」
 そこで私は、自分で発した言葉に首を傾げました。
 ――『モブ』って何ぞや?
 でも、『モブ』の意味はわかります。
 すなわち物語内における脇役中の脇役。特に何か役割を与えられているわけでもないその他大勢。
 習ったことも聞いたこともない言葉がイヤに懐かしく感じられるし、頭の中に怒濤のごとく流れ込んでくる〝何か〟に小さな私は冷や汗をかきました。
 そのとき、一瞬にして理解してしまったのです。
 物心付いた頃から見続けていた白昼夢!
 あれは私の前世の世界だということに!
 ハッキリした顔の父と母は昔、物語の中心人物であった人、要するに〝ヒーロー〟と〝ヒロイン〟。
 そして、ここは物語の中の世界、それも私が前世で愛して止まなかった〝TL小説世界〟だということに。
 そうだ! おかしいな、と思っていたんです。
 とにかくこの片田舎の領地は人口密度が低いはずなのに、やたらと遭遇するラブシーン!
 自分の両親だけに限らず、執事×メイド、秘書×メイド、隣の領地の若き跡取り×メイド――木陰や人気のない廊下をちょっと覗けば、そんな美男美女の彼らが高確率であんなことやこんなことをしてるんです! ……思い起こせばメイドヒロイン率高いですね。
 あ、でも侯爵の子息という身分を隠してやってきた神父と村娘、という希少な組み合わせも前にありましたね。やたらと若くてイケメンで、怪しんだ村娘さんが「正体を暴いてやる!」と意気込んで探っていくんですが神父様の方が一枚も二枚も上手で、手のひらの上で転がされていました。
 まあ片田舎だし、ヒーローは身分の高い男子と決まっているTL小説世界では、どうしてもカップリングの種類は限られてしまうでしょう。
 このとき、私は六歳。この記憶力、落ち着いた判断力は幼い子供のものではありません。
 前世を思い出したことで、実年齢に私の精神年齢が合わなくなったのは否めません。
 けれど、この年齢で〝TL小説世界の中に転生した自分〟に気づくのはちょっと早くないでしょうか?
 だって、TL小説ですよ? 文芸小説、時代小説、ライトノベルなど、数ある小説のジャンルの中でも『官能』『18禁』『エロ』という検索タグがつく〝TL小説〟ですよ?
 とにもかくにも、なぜ顔がハッキリ見える人とそうでない人がいるのかはわかりました。前世で読んだTL小説でも、ハッキリと顔が描かれるのはヒーローかヒロイン、もしくは物語中で何かの役割を与えられているサブキャラぐらいでしたしね。
 ですがこのとき、どうしてそんな前世を思い出したのかという新しい〝謎〟が生まれたのです。

 前世の私の名前は『相川葉月』、享年二十。専門学校生で就職活動中、事故に巻き込まれ死亡。短い人生でした。
 そのときの私の趣味は〝読書〟と〝創作〟でして、愛読書は〝TL小説〟。
 初めてTL小説を読んだときの衝撃は、生まれ変わった今でも忘れられません。
 同級生に勧められて手に取ったそれは、フリルとリボン満載のヒラヒラドレスを着た女の子と、あり得ないほどの眉目秀麗な容姿にこれまた煌びやかな衣装をまとい、石油王とタメ張れるぐらいの財力と冴え渡る知能を持った青年が、恋と事件に翻弄される――まあ、ここまでは普通に〝少女向け恋愛小説〟でして。
〝TL小説〟はそこに性描写が入るのです。要するに〝大人向けの恋愛小説〟ですかね。
〝TL〟も色々分類されますが、私は主に〝ヒストリカル〟――すなわち西洋風ファンタジー派で、中世から近世ヨーロッパ文化のいいとこ取りした、ご都合主義的生活様式で展開していく恋愛物語に夢中でした。
 ドレスもファッション史を覆すような、ルネサンスもロココもバロックも一緒に登場する勢いのワードローブ。下着もキッチリ寄せ上げブラまで存在してます。そして現代と同じくらいの衛生観念・発達した医療。
 時代背景滅茶苦茶! なんて怒ってはいけません。乙女が望むキラキラな世界を創造し、乙女の夢を詰め込んだのですから、そんな小さいこと気にしてはTLの麗しい展開を楽しめません。
 そんな物語を読むうちに、私は自分もこっそり書いて、Web上に投稿したりして楽しみたいと野望を抱くように。
 しかしながら、生活のために働かなくてはなりません。生活できなくてはTL小説だって買って読めませんし。そして、
『いつか書いた作品をまとめて本をつくろう』
 これが私の夢になりました。

◇◇◇◇◇

「エルアーネ女王陛下、実は私、恋愛沙汰を起こしそうな方がわかる能力を持っているんです」
「……はい?」
 本当に何言ってるの? という表情で私を見つめるエルアーネ様とマーシュ様。
 ここで私は自分の能力について説明しました。
 子供の頃から『ハッキリと見える顔』の方は必ず華やかな恋愛と事件を起こし、そしてところ構わず『×××』をし出すことを。
 さすがに『×××』の部分を口にしたとき、お二方はビックリしながら頰をお染めになりましたけれど。けれどそこに至るまでの過程や甘々、またはヒヤリとするような心が躍る場面の雰囲気が好きなだけで、『×××』を見ているわけではないと言い訳も付け加えました。
 この能力はきっと神が与えてくれたもの。しっかり観察して素晴らしい官能小説を世に出すことが使命だと感じたこと。
 そう『官能小説』です。『TL小説』なんて説明したらまたややこしくなりますからね。
 それで『お顔のハッキリしている方』のうち、男性の方は『ヒーロー』、女性の方は『ヒロイン』と位置づけて、あとをつけて観察していたことを説明しました。
 ただし『前世の記憶を持っている』ことは秘密です。さすがにそこまで話したら『頭が残念』どころか『次元の彼方を超えている』と判断されて、療養所とかに連れていかれそうですので。
 とにかく、決してスパイ活動をしているのではなく、あくまでも『神から授かった使命』のために人間観察をしているとのたまう、ちょっと頭の螺子が緩んでいるだけの令嬢』に見えるように気持ちを込めて話しました。とはいえ自分の頭の螺子が緩んでいると強調するのって、もの悲しいです……。
 お二方は話を聞き終わったあと、気難しい顔をして考えに耽っておりました。
 先に口を開いたのは女王陛下です。
「そなたは……その、それを『神が与えてくれた能力』だと信じていると」
「はい!」
 元気に答えました。
 うん、自分で言って後悔しました。『神が与えてくれた』なんて、大げさに言わなければよかった。あえて強調しなくても普通に頭おかしいですよね。しかし、口から出てしまったものは取り戻せません。
 ああ、これは前世のことを話さなくても療養所コースかもしれませんね……。
 さようなら、楽しい王宮TL世界。さあ、療養所にて繰り広げられるTLの世界へGO――私、心の中ではやけくそな気分でしたが何も気づかないふりをして、邪気のない天然スマイルでこの場をやり過ごします。
 とにかく『モブがいつの間にか処刑されていた』的なバッドエンドだけは避けねばなりません。
 女王陛下とマーシュ様は互いの顔を見合わせております。呆れ顔か、はたまたドン引きしたようなお顔をするのかと思っていましたが、そうではないようです。
 再び私を真っ直ぐに見つめ、女王陛下は仰いました。
「そなたは『異能』の持ち主なのだね。あいわかった」
 私、ビックリです。あっさり信じてくれました?
「……私の『能力』を、信じてくださるのですか?」
「まあね……。では私の方からもそなたに明かそう――これから話すことは他言無用」
 マーシュ様が陛下の代わりに話し始めました。

 この国――いいえ、この世界ではたまにそういった『異能』の持ち主が生まれたり、突然異なる世界からやってくるのだそう。そしてそのような人物が確認されたら、その国の最高権力者、または政府が保護し、密かに国のために働いてもらうのだとか。
 とはいえ例外もあって――。
「既にその存在を公表されている者がいるだろう? 五年ほど前に隣国アルージュに降臨した『聖女ハルカ』がそうだ」
「ああ……あの方が……」
 話を聞いて、そうじゃないかなって思ったんですよね。だって名前がハルカ・イトウですから。まんま日本名じゃないですか?
 前世の私が亡くなる前、TL小説にも『なんちゃってヨーロッパ風ファンタジー』だけでなく『平凡な日本人女性が転生もしくはトリップして聖女やら何やらと崇められたり、料理で権力者の胃袋摑んだらどうしてか身体までいただかれちゃったり』などといった多彩な設定が登場していましたし。この世界でもそういう状況がどこかで発生していても、おかしくありません。
 そんなことを思い出しながら、私は答えます。
「癒やしの力で国を救い、噂ではかの国の若き皇帝(例によってイケメン)に溺愛されていると聞いております」
「あの、人目を憚ることのない溺愛ぶりは有名だからね」
 そうでした。お隣さんですから陛下は目の前でご覧になっていますよね、たまに親善のために訪問されているようですし。よほどのイチャコラぶりを見せつけられたのでしょうか? 引き攣った笑みを見せてくれます。
 人前憚らない溺愛ぶりはTLでは常識ですし美味しい場面でもありますが、リアルに目の前で繰り広げられるとどこに目をやったらいいか困りますよね、私以外の方は。
「……見たかったです」
 思わず本音で呟きました。
 あら、女王陛下の半分引き攣った笑いなんてレアですね。そんな素晴らしいお姿を拝見できたのはラッキーでしたが、めくるめくTL展開を堪能する方が私の満足度も高いかと思われます。
「話を戻すと――とにかく、リリィ嬢のような『異能』の持ち主は我が国でも例はある。そして、そのほとんどの者は国に貢献をしているのだ」
 とマーシュ様。
 なるほど、と頷いてから私はこれからの自分の処遇を恐縮しつつも尋ねました。
「……では、私も……国に貢献するようなお仕事を今後することに……?」
「我が国で『異能者』が現れたのは、私の代ではそなたが初めてなのだ。是非とも貢献してほしい」
「でも……私の能力がいったい何のお役に立つのでしょう……?」
 陛下に命令されたら従うのは貴族社会の鉄則ですが、本当にこんな『TL展開を繰り広げる人物の顔がハッキリ見える能力』がいったい何の役に立つのかが謎です。
 ここで膝を突いたマーシュ様が、ずい、と近づいてきました。
 手にはいつの間にか紙とペンを持っていて、私の前に差し出してきます。
「ここに、『王宮内でハッキリ顔が見える人物の名』を書きなさい。噓偽りなく、正直に。誤魔化したりわざと書かなかったりしたら……わかっているね?」
 ひぃーっ!?
 低く、脅すような声音で迫られた私は思い返しながらも名を書いていき、おそるおそる返しました。マーシュ様はざっとそれを確認し、そのままエルアーネ様にお渡しします。
 エルアーネ様も一通り見ると、満足そうに頷かれました。
「完全に一致している――リリィ」
「は、はい」
「この紙に書いた名前の人物のみか? ハッキリ見える顔は?」
「今のところは……。自分が出会っていない相手まではわかりません」
「そうだな、それは当然だ。会ったことのない人物……か。そなたの担当は?」
「はい、主に清掃を……たまに、使用していない調度品のお手入れなどを任されています」
「今から、その担当から外れるように」
「――えっ?」
 ク、クビ? クビですか? ここまで正直に話したのにですか? そりゃあ、転生して前世の記憶を持っていることは話しませんでしたが、恥を忍んで告白したのにそれはありませんよ!
「女王陛下! お、お願いです! クビにしないでください! 私、これから真面目に働きます! 出歯亀――じゃなくて観察も控えます! 下働きでもいいので王宮で働かせてください!」
『問題を起こしたメイド』のレッテルを貼られクビになったら、王宮の権力者達のキラキラなTL展開観察ができなくなるだけでなく、実家にも多大な迷惑をかけます。これが原因で没落したら――私のせい。
 駄目! お父様、お母様! 弟よ! ごめんなさい!
 一家が路頭に迷う場面を想像してしまい、私はボロ泣きしながら頭を下げ続けました。
「リリィ、クビの心配など不要だ」
「……女王陛下?」
 ギャン泣きする私の形相に、陛下はさりげなく横に座って頭を撫でてくれました。
 大きな手がとても温かく、そのせいか『体温高いんだ、女性って冷え性が多いから冷たい手が多いのに羨ましい』とか余裕ぶっこいた感想が浮かびます。
「座って落ち着いて。ほら涙をお拭き。クビなんか考えていないから」
「あ、あじがとうございまず……」
 陛下自らハンカチを差し出してくださり、しかも落ち着くようにとマーシュ様に新しい紅茶をいれて酒を垂らすようにとのご指示まで。
「今後は私の専属侍女になってもらうために、今の担当を外れなさいと言ったのだ。わかった?」
 ――えっ?
「……本当ですか? 本当に私、クビじゃなくて陛下の専属侍女に……?」
 クビになるどころか侍女に、しかも女王陛下の専属侍女に昇進してしまいました。
「ああ、その『異能』を私のために存分に振るってほしい。そのための担当替えだ」
「じゃ、じゃあ、今までのように出歯……いえ『観察』をしても……?」
「是非、頼む。とても面白そうだからね、人の恋愛模様を聞くのって。私も自分の変わらない日常に、彩りを添えたいとずっと思っていたのだ。そなたの異能を個人的な理由で使うことになるが、今のところ、他で使わなければならない事態はないし。よいだろう? その詳細を私に教えてほしい」
 ――陛下もTL小説がお好きだったなんて! いえ、TLというより恋愛小説なのでしょう。陛下も恋愛を夢見る一人の女性なんですよね。嬉しいです、グッと親しみやすく感じます。
「他にもハッキリ容姿が見える者がいたら、私にこっそり教えておくれ。何をしていて何を話していたのかを。二人で楽しもうではないか」
「はい! 勿論です。こっそり教えますね」
「嬉しいな。楽しみだ。リリィは今日から私の専属で『観察担当』だ」
 にっこりと、私に輝かんばかりの微笑みを見せてくれます。
 陛下と『恋バナ』ですか。楽しみすぎます! いや、本来なら自身の恋の花を咲かせるべきなのでしょうけど、そこはツッコまないでいてくれて嬉しいです。
(あら……?)
 ここで私、気づきました。
 顔、近くないですか? そういえば、いつのまにか私の肩を寄せて手を握ってくれています。
 女王陛下エルアーネ様の美麗なお顔が近いです! それにいい匂いがします! 握る手が大きくて力強い気がしますけれど、そんなことどうでもいいほど陛下の魅力にクラクラです。
 とにかく私は今日から!

『TL観察担当係』です。

◇◇◇◇◇

 ――えっ?
 待って。待ってくださいよ?
 監視されていた、としたら私は他者から『要注意人物』、いわゆる目立つ存在になり、モブ定義から外れたことになります。それは物語の中で重要人物と捉えられることと同じで……。
 この推測から考えるに私、もしかしたら……。
 身体、震えてきました。慌てて自分の手を見つめます。物語の中の、自分の役割が大きく変わったことを認識してしまいました。
 気のせいではありません!
 自分の目がハッキリと映しているんです! ――手を!
「……エルアーネ様、私、とんでもないことを思ったのですけれど。……いえ、起きているのですけれど……」
「何が起きている?」
『とんでもないこと』に反応したエルアーネ様は鋭く尋ねてきます。
「言いなさい、リリィ。どこか体調が悪いのか?」
「いいえ、そういうことではなく……以前お話ししましたよね……? 私、自分の身体もボヤッとしか見えませんと……」
「ああ、言った。けれどリリィ、そなたは自分自身がハッキリ見えないせいで自分に自信がないようだが、それは間違いで……」
「――今、私の手が……自分の目でハッキリ見えるのですが……」
「何だって!? それは本当か?」
「それはもう鮮明に、爪の先までハッキリと……」
 エルアーネ様は勢いよく立ち上がると、私の手を引いて簡素な鏡の前に連れていきます。
「リリィ! 鏡で自分の姿を見てみろ!」
「っ!?」
 そこには一人の少女と、少女の後ろに立つエルアーネ様のお姿がありました。
 少女の姿は――お母様譲りのふんわりと背中に下りた榛色の髪に、お父様譲りの珍しい紫色の瞳。
 小さな鼻と口ですが――ハッキリと、クリアに見えます!
 まるでぼやけたレンズが外れたかのように自分の顔の造形の一つ一つが見えます!
「これが……私……」
 初めて見ました。私、こんな顔なんですね。決して醜女ではありませんが、だからといってお母様のような可愛らしさもなく、フレデリカ様のように人目を引く美人でもありません。要するに――。
「……普通、ですね」
 と言いながらほっぺをスリスリする私です。
 とはいえ、自分で言うのも何ですが、この紫色の瞳は綺麗だと思います。チャームポイントがあってよかった! と安堵。
 それに嬉しい! ずれたら福笑いになるので諦めてたお化粧とかできるんですね!
 なんて――はしゃいでいる場合ではありませんでした。
「私……もしや……『TLヒロイン』になってしまった……?」
 呆然としながら後ろにいるエルアーネ様と向かい合います。
 エルアーネ様は、とても嬉しそうです。笑顔から金ラメが出ている勢いです。
「よかったな、リリィ! 自分の顔が見れて! これでわかっただろう?」
「わかったって……何がでしょうか?」
 意味がわからなくて首を傾げてしまいます。
「リリィは可愛いと言っただろう?」
「か、可愛い……でしょうか?」
「何言ってるんだ! 可愛いじゃないか! リリィは小動物みたいで可愛いんだから!」
 しょ、小動物……ですか。
「嬉しくないのか?」
「いえ、う、嬉しいのですけれど……」
 私のテンションの低さに、今度はエルアーネ様が首を傾げられました。
 はい、その、嬉しいのは嬉しいのですが、私がモブから外れてしまったら色々都合が悪い気が……。
 これからのことを考えて冷静になってしまった私の肩を、がしり、と摑んで「だろう!?」と抱きしめてきたエルアーネ様。
 ちょっと感情表現が激しいです。共に喜んでいただけるのは大変嬉しいのですが!
「エ、エルアーネ様! い、痛いです……っ!」
「あ、またやってしまった……すまない」
 と離れてくれましたが…………ムニムニと私の手をそれはそれは嬉しそうに握って離しません。
「あのエルアーネ様、私が自分の顔を見られるようになったことを喜んでくださるのは、とてもありがたいことなのですが……これって大変なことだと思うんです」
「ああ、今までの話からすればリリィは、ヒロイン級に上がったことを意味するのだろう」
「はい……そうすると、もしかしたら今まであった『モブ異能』が消えている可能性があります」
「――なくなってもいい」
 ええ? 何言っているんですか!
 私、思わずキッとエルアーネ様を睨んでしまいました。もう、涙腺まで緩んできちゃってます。
 私のそんな態度にエルアーネ様は驚いていらっしゃいますが、もっと驚いてください! 人の気も知らないで!
「もう、小説の資料収集のための観察ができなくなるかもしれないんですよ? それにもう、エルアーネ様のお役に立てなくなるかもしれないんですよ? ……そうしたらもう、エルアーネ様のお傍に仕える必要がなくなってしまうじゃありませんか……」
「リリィ、落ち着いて。自分の顔がハッキリ見えるようになったからといって、他の能力がなくなったと決めつけるのは早すぎる」
「だって……」
 そんなに優しく言わないでください。涙が止まらなくなるじゃないですか。
 今度は手加減しつつ私を胸に抱き寄せて「いい子いい子」と頭を撫でてくれます。
 こんなとき、同性ならではの柔らかい膨らみに埋もれたいなんて我儘な願いが一瞬でも頭に過ぎったこと、ごめんなさい。贅沢な要求でした。硬い胸でも嬉しいです。
 女王陛下にここまで慰められるなんて、一族の栄光として子々孫々まで受け継がれてもいいくらいだというのに。
「それに、たとえ異能がなくなっても、私はリリィを離さない。ずっと傍にいてほしいと思っている」
「……エルアーネ様?」
 そう仰る声が緊張しているように聞こえて、私は顔を上げました。
 見上げると、すぐ傍にあるエルアーネ様の美麗な顔。そこには熱を帯び揺れる緑の瞳と、震える唇があります。自信なさげに、けれど決意を秘めたような複雑な表情がありました。
「リリィは私のことを、どう思ってる?」
「どう思っているって……お慕いしておりますが……」
「それは私のことを女王として?」
「はい、それもありますが、エルアーネ様自身をお慕いしております」
 あら? エルアーネ様、困った顔。
「あの……何かおかしなことを言いました? 私」
「いや、その……リリィはなぜ、自分の顔がハッキリと見えるようになったのかって推測できない?」
「推測ですか。ええと、私の目にハッキリと映る方々はTL――でなくて恋愛沙汰を起こす方々であり、ラブシーンなどのイベントがはっせ……い……」
 サァ――と全身が冷えました。
「わ、たしに……ラブシーンが発生……!?」
「そうだろうね」
 エルアーネ様、そんなあっけらかんと言わないでください。しかもどうしてそんなに嬉しそうなんですか!
「わ、私に男性との恋愛沙汰が起こるから、エルアーネ様が喜んでそのお話をお聞きになるというんですか!?」
「リリィが他の男と恋に落ちてヒロインになるなんて、許せない! 絶対に反対だ!」
「じゃあ、どうしてそんなに嬉しそうなんです!」
「リリィ、自分の顔がハッキリと見えるようになったのはいつから?」
 何だかエルアーネ様、いらいらしてません? そんなに話が嚙み合ってませんか?
 私も言い返したい気持ちはありますが、とにかく質問に答えようと部屋に戻ってからのことを思い起こします。
「部屋に戻って、それからエルアーネ様が訪問されたとき、鏡で自分のボヤッとした顔を確認しました。……それからエルアーネ様のお話で、ヴェアザラル様が私を要注意人物として目をつけていると知り、モブキャラから逸脱してることに気づいたら――です」
「そう、ヒロイン級にそなたは変化した。そして――目の前には私がいる」
 ――えっ?
「エルアーネ様、ご冗談を……」
「何が冗談なのだ?」
「だって私達、女同士ですよ?」
 ちょっと焦ってます、私。だってここで認めたら――。
『TL小説世界』が『百合小説世界』に変化してしまうのではありませんか!?
 確かにエルアーネ様のことは好きです。お慕いしております。
 けれど――それ以上、気持ちを突き詰めたらいけないとずっと自分を抑えて、
『女王として彼女をお慕いしている』
『おこがましいけれど、友人みたいに慕ってる』
 と決めつけていました。
「……結構くっついたりして、そなたが疑問に思ってくれるように仕向けたのだけど……」
 私の言葉にエルアーネ様は、がっくりと肩を落とされました。
「私、何かお気に障ることを言いました……?」
「言った。ここまで鈍いとは……」
 えっ? えっ? どういうことです?
 エルアーネ様は唐突に私の手を握ると、ご自分の胸元に当てられました。
「『女性』にしては硬いと思わなかった?」
「……えっ?」
 ――えええっ?
 えええええええええっ!?
「それに、腕とか手――よく見て。触れて」
 確かに……『女性』にしたら……。
「筋張ってますね……。大きいし……」
「何度か抱きしめたりしたよね? そのとき胸の硬さとか、肩の広さとか感じなかった? おかしいとは思わなかった?」
「……違和感はありましたけれど……『女王は女性』という固定観念があったので、深く考えないで受け流しておりました……」
 そんな可能性など、全く思いつきませんでした。確か、男装令嬢のTLはありましたが『女装ヒーロー』は未読でした。経験不足です。
 私、呆然――力が出なくなってカクンとベッドに腰を下ろしました。
「じゃあ今まで、私が思い悩んでいたことって、無意味だったんですか……」
「リリィ! 思い悩んでいたこととは……もしかしたら……?」
 ぅうううう……そんなに喜びに満ち溢れた顔をしないでください、恥ずかしくなってしまいます。
「ずっとエルアーネ様は女性だと信じていたので……その、叶わない恋なのだから、恋してはいけないのだと……そう思って傍におりました……」
 そう告白したとき、エルアーネ様はふわっとした笑みを浮かべ、嬉しそうに片手を胸に当てました。
「変な気持ちだ……気持ちが通じた安堵感と喜びが混じって。それに身体がフワフワして地に足がつかない感じだ」
 エルアーネ様の表現、ヒロインそのものですが。
 そう心の中でツッコんで平常心を保とうとしている私ですが、やはりモブでいきなりヒロインに昇格した私には難しいようです。
 だって、エルアーネ様ですよ? この国の女王陛下ですよ?
 いえ……本当は男性だから国王陛下?
 どうして男性が女王として君臨しているのか、とか諸々の問題が山積みで聞きたいことがたくさんあるのに、この『ホワン』としたいい雰囲気を壊したくなくて黙ってしまいます。
 ラブシーンに入ると、他はどうでもよくなってしまうヒロイン・ヒーローの脳内が心から理解できた気がします。
 とにかく、この甘くてフワフワな綿菓子みたいな空間を壊したくないのです。
「リリィ……」なんて艶のある声で名を呼びながら、エルアーネ様はベッドの端に座っている私の隣にまで腰を移動させてきました。
『男性』とわかってしまうと、途端にどうしてか意識してしまいます。
 今まで以上に胸の鼓動がやかましくて、脈まで速くなって身体の体温が急激に上がってきました。
 ベッドに突く手にエルアーネ様の手が重なると、互いに緊張しているのがわかります。
 だってエルアーネ様の手のひらも、じわりと汗ばんでるのですから。
「ちゃんと聞いてもいいか?」
「……は……ぃ」
「リリィは私のこと、異性として見てくれる? 愛してる?」
 ――あ、愛してる……!
 きょ、強烈な言葉です。前世でもこんなこと、聞かれたことも言ったこともありません。
 で、でもここはTL小説世界。くどいくらい愛を囁くのは当然で、常識なのです。
 私もヒロインに昇格したからには、恥ずかしがらずに愛を告げなくてはなりません。
「あ、あ、あああああぁ……愛して、ます……っ! 身分違いでも、エルアーネ様が女王陛下でも国王陛下でも関係ありません……!」
「嬉しいよ、リリィ……」
 ――はら?
 ふわん、と視界が回転しました。
「……? ぇ……?」
 何が起きたのでしょうか?
 いつの間にやら私は、仰向けに横たわっています。
 そんな私の上に乗り、見下ろす美人――エルアーネ様がいます。
「リリィ……」
 エルアーネ様の扇情的な表情に、欲望を抑えたような声……。
 これって……これって……
 TL小説に何回も訪れる、ラブシーンの始まりですか!?
 こ、これも、け、経験ないのですが!?


この続きは「ティーンズラブ世界に転生しましたがモブに徹したいと思います メイドから見た王宮恋愛事情」でお楽しみください♪