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女皇だった前世を持つ織物工場の女工は、今世では幸せな結婚をしたい!

風見くのえ / 著
緒花 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-234-0
定価 1,320円(税込)
発売日 2019/09/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

欲しいのは平凡な幸せなのに、やっぱり今世も戦乱に巻き込まれそうです!
輪廻と世代を超えたトライアングル・ラヴ、田舎町で華麗に勃発!!
田舎町で暮らす女工シェーラの前世は、実は歴史に名を残した伝説的な女皇。当時は叶わなかった結婚を今世では果たそうと婚活に精を出すが、無自覚に出てしまう高貴なオーラに男は離れていくばかり。
「どうして? 私の何がいけないのっ!?」
そんなとき勤め先の織物工場を救おうと女皇時代に培った知恵を発揮して、悪徳商会の“俺様”会長バランディに見初められてしまう。
年齢よりずっと若く見え、皇族の血筋を示す光を瞳に持つ彼はいったい何者!?
「俺が本気を出しても恐れもしない。あんな風に俺を叱る女は――お前がはじめてだ」

立ち読み

 狭い家を全速力で駆け抜けて、あっという間にリビングに飛び込む。そして、そこで目にした光景に――――ピシリ! と固まった。
 あらためて言うまでもないことだろうが、シェーラの家は小さい。当然リビングも狭く、四人用のテーブルに大人用の椅子が二つと子供用の椅子が四つ、壁際に置かれた小さな食器棚でいっぱいいっぱいになる部屋だ。
(いい加減、私も子供用の椅子じゃキツいんだけど)
 いつもそう思いつつ子供用の椅子に座るシェーラなのだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
 シェーラの家の狭いリビングの大人用椅子の一つに、堂々とした美丈夫が妙に馴染んで座っている。
 それは言わずと知れたバランディだ。
 バランディの前の席には、シェーラの父が嬉しそうに座っている。
 そしてバランディの膝の上には、シェーラの一番下の弟が口をモグモグさせながら抱っこされていた。
 弟の小さな両手には、シェーラの家では滅多に食べられないローストビーフがたっぷり挟まったサンドイッチが握られている。見たことのないかごに入ったサンドイッチは、きっとバランディの手土産だろう。
 いつもうるさいくらいにおしゃべりな末弟が、一心不乱にもくもくと食べる姿からは、サンドイッチのおいしさが、うかがい知れた。
「ああ! ずるい! パミュも! パミュもそれ食べる!」
 バランディにお礼を言うのだと言っていた妹は、お礼なんてそっちのけで弟のサンドイッチに手を伸ばしている。
「これは、可愛いレディだ。……さあ、どうぞたくさん召し上がれ」
 今まで見たことがないくらい優しく微笑んだバランディは、サンドイッチの入ったかごを持ち上げパミューラに差し出した。
 すぐさま大喜びで、パミューラはサンドイッチにかぶりつく。
「おいひぃ! ……ありがと! お兄ちゃん!」
 満面の笑みを浮かべて喜びを表す妹は……最高に愛らしかった。
(……すっかり懐柔されているわ)
 そんな弟妹の様子に、シェーラは頭を抱える。
 唯一、すぐ下の弟のレクスだけは警戒心もあらわにバランディを睨んでいた。
 しかし、はじめて会うはずのお客さまに対してこの態度なのは、これはこれで問題かもしれない。
「やあ、おはようシェーラさん。昨日はうちのシシルがお世話になったね」
 そんな中、シェーラを見たバランディが、爽やかに笑いかけてきた。
(……胡散臭い)
 シェーラは思わずそう思う。しかし、まさかそう言うわけにもいかなかった。
 それに、挨拶をされればきちんと返すのがシェーラの流儀だ。
「おはようございます。バランディさん。……なんだかいろいろいただいたようですね。ありがとうございます」
 シェーラはペコリと頭を下げた。自分が頼んだわけでは一切なかったが、大喜びしている弟妹や母の手前、礼を言わないわけにもいかないだろう。
 バランディは、満足している猫のようにうっすらと目を細めた。
 黒い目の中の金彩が、キラリと光る。
「ああ、シェーラ! やっと来たのか。バランディさんが待ちくたびれていたぞ」
 ドアに背を向けていたためシェーラに気づかなかった父が振り返り、上機嫌に声をかけてきた。
「待ちくたびれてはいませんよ。カミュさんや可愛い子供たちと楽しくお話しさせてもらっていましたからね」
「バランディさんにそう言ってもらえるなんて……俺は、幸せ者だ!」
 シェーラの父は、社交辞令でもなんでもなく本気で感動しているようだ。
 シェーラは、ポカンとしてしまう。
「……パパは、バランディさんを知っているの?」
 町の市場で人夫として働く父は、真面目でお人好し。清貧を絵に描いたような人物で、間違ってもバランディ悪徳商会と関係があるようには見えない。
 それなのに、いったいどこで父とバランディは知り合っていたのだろう?
 頭に?マークを飛ばすシェーラに苦笑しながら、父は説明してくれた。
「バランディさんは、俺の――――いや、俺たち市場で働く人夫たちの恩人なんだよ」
 それは、シェーラが産まれる前のこと。――――当時、町の市場で働く人夫たちは、ただでさえ低い賃金を、市場を管理する役人にピンハネされて困窮していたという。そこにバランディが現れて、狡猾でなかなか尻尾を摑ませなかった役人を罠にはめ、悪事を暴き追放したのだそうだ。
「バランディさんが助けてくれなかったら、俺も妻も、子供を作ろうなんて思えなかっただろう」
「あれは別に皆さんを助けようと思ってやったことではないですよ。あの役人は商会にとって邪魔な存在でしたし、それにその過程で、うちもかなり儲けさせてもらいましたからね」
 感謝の眼差しを向ける父に対し、バランディはそんな必要はないとばかりに、首を横に振る。
「それでも、俺たちがあなたに助けられた事実は変わりない」
「大袈裟ですよ」
 飄々としてそう言った。
 シェーラの父は、眩しそうにバランディを仰ぎ見る。
「あなたは、あの時もそう言って、俺たちから礼の一つも受け取ってくれなかった」
「礼をされるようなことではないですからね」
 静かに微笑みながら、男たちは話し合う。
 思ってもみなかった話の内容に、シェーラは意表を突かれた。
(……え? バランディさんって、ひょっとして正義の味方なの?)
 そんなことではないのだろうなとは、シェーラもわかっている。その時は、たまたまバランディと、シェーラの父との利害が一致しただけの話だろう。
 バランディ商会が悪徳商会なのは変わりなく、シェーラの働く織物工場が潰されかけた事実は消えてなくなりはしない。
(でも、そういえば……バランディ商会は、金持ちには容赦しないけれど、貧乏人にはわりと良心的だって聞いたことがあるわ)
 それだって、利益の大きい金持ちからは厳しく取り立てて、利益の見込めない貧乏人には手をかけないだけなのかもしれない。
 それでも――――ちょっとだけバランディを見直したシェーラだった。
 しかし、見直したとはいえ、それは本当にちょっとだけのこと。だからと言って、シェーラがバランディに気を許したわけではない。
(だいたい急に訪ねてきて、パパやママたちを味方につけるなんて……姑息だわ)
 母は、バランディとシェーラが一緒に出かけるようなことを言っていたが、冗談ではないと思う。
(あのバランディさんが、まるっきりの善意でこんなことするはずないもの。きっと他に目的があるはずよ!)
 シェーラは真剣に考え込む。――――同時に、自分が何かを忘れているような気がした。
 バランディが、急にこんな行動に出た理由に繫がる何かを、自分は知っている?
(……なんだかとてもショッキングな話だったような気がするんだけど? ……驚天動地っていうか? 天変地異っていうか? それくらい動揺したような気がするわ?)
 ただその後、シシルの諜報員疑惑に驚いて、すっかり頭から飛んでいってしまったのだ。――――いや、飛んでいかせたと言うべきか。
 なんだったかなぁ? と、悩むシェーラのすぐ横に、弟のレクスがやってきた。
「……お姉ちゃん」
「なあに?」
 昨年シェーラより身長が高くなった弟を、彼女は見上げる。
 レクスは――――泣き出しそうな顔をしていた。
「お姉ちゃん、あの人と結婚するの?」
「へ? ……へ、えぇっ? ……へっほっん!?」
 驚いたシェーラは、言葉にならない叫び声を上げた。
 レクスは悲痛な顔で頷く。
「だって……あの人、うちに来た時に、パパとママにお姉ちゃんと『結婚したい』ってはっきり言ったんだ。『少なくとも自分はそのつもりでいる』って。――――お願いだよ、お姉ちゃん! 結婚なんてしないで!!」
 レクスは真剣にそう頼んできた。
 その言葉を聞くと同時に、シェーラは忘れていた何かを思い出す。
(そ、そうよ! 確か昨日、シシルさんが、バランディさんが『私を好き』だって、言ったんだわ!!)
 思い出した途端、頰がカッと熱くなった。
(わ、私ったら! どうして、こんな重要なことを忘れていたの!?)
 自分で自分が不思議だが、事実だから仕方ない。きっとシェーラは無意識に、この情報を聞かなかったことにしようとしたのだ。そうでなければ、いくらシシルの諜報員疑惑が衝撃的だったとはいえ、誰より結婚願望の強いシェーラが、自分に好意を寄せる人の情報を忘れるはずがない。
(だって……信じられないんだもの! バランディさんが私を好きだなんて、ありえないわ!)
 バランディと出会ってからの自分の行動を、シェーラは思い出してみる。
(全然好かれる要素がないじゃない!)
 今までシェーラは、好みの男性に対してできるだけ普通の少女として接してきた。可愛らしい言動を心がけ、相手の好みに合わせて振る舞っていたのだ。特に三人目の本屋の息子にフラれてからは、相手のプライドを傷つけないよう自分を抑えたりもしていた。
 しかし、バランディに対しては、そんな気づかいをまったくしなかったのだ。
 ほぼ素の自分を出していたと言ってもいい。
(あれで私を気に入るなんて、おかしいでしょう?)
 そんなことありえないと、シェーラは思う。
 熱くなった頰を冷ますこともできず、バランディを見た。
 彼女の視線を受け止めたバランディは、ニヤリと笑う。
「……レクスくんだったかな? 残念だが、君のお願いは叶わない」
 バランディはシェーラを見ながら、彼女ではなくレクスに対し話しかけた。
 レクスは、キッとバランディを睨み返す。
「なんで!?」
「この町の女性のほとんどが、十四、五歳から結婚相手を決めはじめて、遅くても二十歳になる前には嫁ぐのが常識になっているからだ」
 バランディの言葉は真実だった。
 だからシェーラは婚活しているのだし、レクスもそれを知っている。
「結婚相手が俺かどうかはともかく、君のお姉さんは、あと数年の内には結婚して家を出て行く。……そうだろう?」
 最後はシェーラに向かってバランディは聞いた。
 シェーラは――――小さく頷く。ここで噓をついても仕方ないからだ。
 レクスは、この世の終わりのような顔をした。
 バランディは、笑みを深くする。今度はしっかりレクスの方を向いた。
「そこで提案というか、君に知っておいてもらいたいことがあるんだが――――俺の家は、かなり広いんだ」
「え?」
 レクスはポカンとしてしまう。
 シェーラも意表を突かれた。
 今の話のどこに、バランディの家の広さが関係あるのだろう?
 驚く二人にかまわず、バランディは話を続ける。
「俺は別に家なんて大きくなくてもいいんだが、商売柄はったりってやつも必要でね。無駄にでかい家には使っていない部屋がいくつもあるし、敷地内に別館も建っている。……それこそ、君の一家が丸々引っ越してきても大丈夫なくらい広い家だ」
 バランディの言葉に、レクスはハッ! とした。
「君はお姉さんと、いつかは別々に暮らさざるをえない。……だが俺なら、君たち家族ごと俺の家に引き受けることができる。もちろん夫婦のプライベートは守らせてもらうが……同じ屋根の下で暮らしてもらってもいいし、別館に住んでもらってもかまわない」
 レクスの顔は、パッと明るくなった。
「お姉ちゃんとずっと一緒にいられるの?」
「ああ、俺と結婚すればな」
 バランディは力強く頷いた。
 シェーラは、ワナワナと体を震わせる。
(……なっ!? 何を勝手なことを言っているのよ!)
 心の中で叫んだ。
 すぐさまシェーラは、バランディに抗議しようとした。
 しかしその前に、彼女の父が声を上げる。
「バランディさん、それは――――」
 父のセリフを全て言わせず、わかっていると言うようにバランディは片手を上げた。
「カミュさん。もちろん、俺の提案は、どうしてもというわけではありません。――――この家は、あなたの城だ。小さいが居心地が良くて、あなたたち家族がこの家を愛していることがよくわかる。あなたたちの思い出がたくさん詰まった家を出て一緒に暮らしてほしいなどと、俺には言う権利もないし、そのつもりもない。――――ただ、将来の選択肢の一つとして覚えておいてほしいだけです。……俺には家族がいませんからね。賑やかな大家族は憧れだったんです。一緒に暮らせれば、嬉しいと思います」
 どこか寂しげな笑みを浮かべ、バランディはそう言った。
 シェーラの父は、あっという間に表情を曇らせる。
「そ、そうか。あなたには、家族が――――」
 善良な父の心の中は、今、バランディへの同情でいっぱいになっているのだろう。
(あざとすぎるでしょう!)
 シェーラは、ギロリとバランディを睨んだ。
 傲岸不遜を絵に描いたようなこの男が、家族を恋しがっているなど、今まで聞いたことがない。
(絶対ありえないわよね!)
 シェーラにとっては自明の理、火を見るよりも明らかなことだ。
 ムカムカしていれば――――。
「……お姉ちゃんと、ずっと一緒に暮らせるの?」
 シェーラのすぐ隣から小さな呟き声が聞こえてきた。陶然としたその声は、レクスの声だ。 「レ、レクス? ……あ、そういえばパミュたちは?」
 やけに静かな幼い弟妹を見れば――――二人は、モグモグモグとサンドイッチを食べるのに一生懸命になっていた。
(……………………)
 バランディを恩人と奉り、なおかつ彼の寂しい(?)環境に同情たっぷりの父。
 姉とずっと一緒の未来図にうっとりしているすぐ下の弟。
 わかりやすく食い気に嵌まっている小さな弟妹。
(…………このままじゃダメだわ)
 シェーラはそう思った。
 なんとかしなければバランディの思うままだと思う。
 その時――――リビングのドアが開いた。
 入ってきたのは、両手に父とレクスのお弁当を持った母だ。
「あらあら、ずいぶん先走った話をしているのね? キッチンまでよく聞こえたわよ」
 クスクスと笑う母に、バランディはバツが悪そうな顔をする。
「申し訳ありません。つい気が急いてしまって」
 母は、笑いながら首を横に振った。
「いいえ、別に怒っているわけではありませんわ。いつも冷静沈着なバランディさんにも、こんな面があるのかと驚いてはいますけど」
 お弁当を父とレクスに渡しながら、母はバランディから目を離さない。そのまま言葉を続けた。
「紳士なバランディさんが、まず親である私たちや家族の了解を得ようとする気持ちは、よくわかります。……けれど、それより先にやることがあるのではないですか?」
 母はそう言いながら、シェーラの肩に手を置く。
「あなたは、まだこの子に自分の口から伝えていないのでしょう?」
 何をと、母は言わなかった。あらかじめバランディに事情を聞いていたのかもしれないし、シェーラの様子を見ていて気づいたのかもしれない。
 母の責めるような視線を受けて、バランディは「まいったな」と苦笑した。
「仰る通りですね。外堀ばかり埋めても、肝心の本人に告げられなければ、何もはじまらない」
 母は、フワリと微笑んだ。
「生意気言ってすみません。……でも、私はこの子の母ですから、この子の幸せを何より願っているんです」
「ママ――――」
 外見に反しバランディは、母や父より年上だ。しかも両親はバランディに助けられた恩がある。
 そのバランディに意見をするのは、母にとって、とても勇気のいることだっただろう。
 それでもシェーラのために、母は言ってくれたのだ。
 シェーラは、ジ~ン! と感動する。
 その余韻に浸っていれば――――母が、シェーラの肩に乗せたままだった手に力を入れ、娘をドン! と突き飛ばした。
「へ? あっ……きゃっ!!」
 突き飛ばされた先はバランディのところで、素早く椅子から立ち上がった男はシェーラをなんなく受け止める。
 ついでに言えば、彼が膝に抱っこしていたはずの末弟は、いつの間にか父の膝の上へ移動させられていた。
(早業すぎるでしょう!?)
 混乱しながらシェーラは心の中で叫ぶ。
「ということで、早めにデートに出かけて告られてきちゃいなさい。ハッピーな報告待っているわよ!」
 明るく母はそう言った。
「マ! ――――ママ!」
 なんてことを言い出すのだと、シェーラは焦る。あの感動を返せ! と、叫びたい。
「承知しました。全力を尽くしましょう」
 焦るシェーラの腕を摑んだまま、バランディはシェーラの母に礼儀正しく頭を下げた。
「なっ! バランディさん!?」
 逃がさないとでも言うようにバランディの手には力が入る。
 シェーラは、正直困った。
 痛いとか、手が振り払えないとか――――そういう理由ではない。この程度の拘束、皇気を少し使えばシェーラは難なく外せる。叩きのめすことだって――――簡単だろう。
 しかし……家族の前で、それはできなかった。
 シェーラは、もう一度家族を見る。
 複雑そうな顔をして「家族か……」と、呟く父。
「ずっと一緒、ずっと一緒」と、繰り返すレクス。
 パミューラと末弟は、相変わらず食べるのに大忙し。
 母に至っては――――ニコニコと笑ってサムズアップしている。
 四面楚歌とは、このことだろう。
 どうにもできず立ち尽くすシェーラの腕を、バランディがグイッと引いた。
「行くぞ」
 簡潔な言葉は聞き間違いようもないものだ。
「なっ? ……ちょっと、引っ張らないで!」
 シェーラの抗議など気にした風もなく、バランディは歩き出した。
「頑張ってねぇ~」
 暢気な母の声援に、もう一度律儀に頭を軽く下げた男は、シェーラを連れたまま外へと向かう。
 引っ張られながら――――シェーラは考えた。
(……言いなりになるのは癪だけど、いったん、家から出た方がいいわよね?)
 あの家族の中では、バランディへの反撃はままならない。そう判断したシェーラは、とりあえず大人しくついていくことにした。
 そして、家から一歩出た瞬間に、彼の腕を振り払う。
「もう! いったいどういうつもりなんですか? 私、今日はこれから仕事ですから! どこにも行きませんよ!」
 呆気なく腕を外されたバランディは、少し驚いた顔をしたが、逃げるわけではなく食ってかかってくるシェーラを見て、ニヤリと笑う。
「大丈夫だ。今日は、お前の仕事は休みだからな。俺がそうなるように手配した」
「……なっ?! どういう意味?」
 思いもよらぬことを言われたシェーラは、勢いよくバランディに詰め寄った。
 当然二人の距離はますます近づき、バランディは笑みを深くする。
「キャビン織物工場には、今頃フレディが最新式の力織機を運び入れているはずだ。今日は、機械の説明と試運転で一日終わるだろう。だが、安心しろ。その力織機を使えば、今までの半分の時間で三倍の製品ができるようになる。今日の仕事の遅れくらい、あっという間に取り返せるさ」
 バランディの説明に、シェーラは目を丸くした。
「新しい力織機?」
「ああ、そうだ。とりあえず三台、うちの商会の資金援助で入れ替えることにした。後は様子を見ながら段階的に更新だ。入れ替えの件は、お前のところの社長も承知している。……ああ、余計な心配はいらないぞ。資金をうちが持つ条件として、従業員を削減するなと言ってある。労働時間に余裕が出るのなら、一人ひとりの仕事を見直し負担を軽くしろともな。資金を出さずに収入が上がるのだから、賃金カットは筋が通らないだろうと、脅し――――伝えてもある」
 スラスラスラと語られるバランディの言葉に、シェーラは言葉も出ない。
「………………なんで?」
 それでもようやく声を振り絞れば、バランディはフッと笑った。
「今のお前の勤務形態じゃ、なかなかデートもできないからな。休日にまともに休めたのも、昨日が久しぶりなんだろう? 本当は、そんな忙しい織物工場なんか辞めてほしいんだが………お前は『うん』と言わないだろうからな」
 顔を間近でのぞき込まれて、シェーラはようやく自分がバランディと大接近していることに気がついた。慌てて飛び退けば、バランディは、ククッとおかしそうに笑う。
「俺が欲しいのは、ありのままのお前だ」

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