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王と剣_書影_大

王と剣 ―マリアヴェールの刺客―

妃川 螢 / 著
みずかねりょう / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-017-9
サイズ 文庫本
本体価格 本体685円+税
発売日 2017/08/15

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内容紹介

そなたが可愛すぎるのがいけない。
王位継承権争いを避ける為、騎士として育てられた金髪碧眼の麗しいイオ。突如決定された実妹イリア王女の大国ルキウス王への輿入れは、実はイリア王女を人質にするためだった。妹と国を守るため、イオはルキウス王の暗殺の命を受けイリア王女に同行することに。月の煌めく夜、剣の技に長ける精悍な黒衣の騎士・アレクと出会う。彼の強さと生き方に惹かれていくイオは、孤独の心を癒すような瞳に誘われ、男に押し倒されて!?若き王と紋章を刻む剣が交わる時、宿命の歴史が動き出す!!
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

イオ

王族の血筋を引き継いでいるが、騎士として育てられた。
妹の嫁ぎ先であるルキウス王暗殺を命じられている。

アレク

王宮内の秘密の花園で夜に姿を現す、黒衣の騎士。

立ち読み

「イオ」
「はい」
 呼ばれて、重くなりはじめた瞼を上げる。見上げた先に月を背負ってアレクがいた。
「いや、なんでもない」
 イオの問う視線を受けて、アレクが言葉を濁す。言葉を言い淀むなんて、彼らしくないと思った。
 髪を撫でられるにまかせて、「なんです?」と問い返しながら今一度瞼を閉じる。
 イオの髪を撫でていた手が離れて、もっと撫でてほしいのに……と残念に思う。
 大きな手の心地好さを名残惜しく思っていると、すぐ横で身じろぐ気配。下草が擦れて青い匂いを立てる。
「アレク……?」
 もう一勝負しようというのか、それとも東屋で休憩しようというのか。腹の上に感じる重さはムスタの前肢だろう。足元にじゃれついているのはココか? では、額に触れるくすぐったい感触はいったい……?
 それがアレクの髪だと咄嗟に気づくことはできなかった。
 唇に熱が触れて、不思議に思って瞼を上げる。ムスタがじゃれているのか? けれどこの感触は……?
 ゆるり……と目を瞠る。
 瞼を開けた先には、すぐ間近に翠玉の瞳があった。
 ――……え?
 至近距離にアレクの顔があることを、ようやく理解する。同時に、唇に触れたものが、ムスタの舌ではないことも……。
「……っ!?」
 反射的に飛び起きていた。アレクの肩を突き飛ばしたのは、嫌悪感からではなく、驚いたから。
「あ……」
 肩を押しやる手を取られる。
 逃げようとしたら引き寄せられて、視界一杯に広がる端整な面。
「イオ……」
 常以上に甘さを帯びたかすれた声が名を呼ぶ。カッと血が巡って、頬が熱くなる。その反応だけで、イオが嫌悪を覚えていないことは明白だった。
 突然のキス以上に、自身のその反応が、イオを挙動不審にさせた。
「……っ」
 逃げるように腰を上げて、大股に東屋へ足を向ける。
「イオ!」
 追いかけてきたアレクが、イオの腕を掴む。引き留められる理由はわかっているが、振り返ることはできなかった。
「……っ」
 どくどくと、心臓が煩い。顔が熱くて、耳まで赤くなっているのがわかる。
 振り返れないのに、腕を振り払うこともできない。
「明日も、月が上がったころに」
「……っ」
 耳朶に吐息が触れる距離で低く囁かれて、条件反射で声の主を振り仰いでしまう。緑眼とぶつかって、ただでさえ熱い頬がカッと焼け付いた。
 緑眼に浮かぶ余裕の色。
 イオが否と言うとは、かけらも思っていない。腹立たしいほどの図々しさを、逆に好ましいと思ってしまう。
 悔しくて、唇を噛む。
 掴まれた腕を振り払って、イオは逃げるように地下通路へ身を翻した。
 ただひたすらに駆けて、離宮の出口にたどりつく。部屋へ駆け込んで、ドアを背にズルズルとへたり込んで、どくどくとうるさい心臓を押さえる。
 男の熱が触れた唇へそっと指をやって、自爆した。心臓が痛くてしかたない。
「……っ」
 いい大人が何をしているのかと自分で自分に呆れて、でも逃げる以外の選択肢など思いつかなかったのだから仕方ない。
「どうして……」
 これまでそんな素振りなどなかったのに。自分も、そういう目でアレクを見ていたわけではなかったのに。
 それとも、気づかなかっただけで、自分は最初からそういう目でアレクを見ていたのだろうか。
 アレクは、ことあるごとに「可愛い」だの「美しい」だの、女性にかけるような言葉をイオにかけていた。それは、そういう意味でのアピールだったのだろうか。
 自分は、一騎士としてアレクに憧憬の目を向けていた。……はずだ。それがいつの間にか、そういう感情にすり替わっていたと?
 わからなくて、イオはぐしゃりと前髪を掴んで唸る。
「明日?」
 明日の月が昇るまでに、感情の整理をつけろと?
 ――無理だ……。
 立てた膝に顔を埋めて熱い顔を隠す。誰に見られているわけでもないのに。
 嫌だと思っていない時点で、感情の整理などついている。けれど、その感情に溺れることがかなわない。
「無理とか、無理じゃないとか、そういう問題じゃないな……」
 ふっと自嘲して、顔を上げた。
 個人的な感情に溺れていられる時間は、イオには残されていない。だったらせめて、今宵だけ流されてしまえばよかった。後悔にも似た感情が湧くのを覚えて、イオは「バカだな」と今一度自嘲をこぼす。
 とうにカウントダウンははじまっている。

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