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危険な上司の可愛い花嫁_書影大

危険な上司の可愛い花嫁

橘柚葉 / 著
ゴゴちゃん / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-104-6
サイズ 文庫本
本体価格 本体685円+税
発売日 2018/05/07

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内容紹介

ご褒美は君がいい
鈴木日菜は勤めている会社の部長、世良尚輝に思いを寄せていたが、二十六歳になったら祖父の決めた男性と結婚しなければならない。二十六歳の誕生日の夜、酒に酔った世良を家まで送ることになった日菜は、自分の事情を話して一度だけ抱いてほしいと彼に迫ってしまう。あっさり承諾する世良。「私が可愛がってあげるから感じた通りに反応すればいい」憧れの人に優しく愛されて、幸せを感じる日菜。しかし翌朝、昨夜の仔細を覚えていない世良は、日菜を抱いた責任をとって付き合おうと言い出し!?
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

鈴木日菜(すずき ひな)

25歳。株式会社ターヴォラのマーケティング部に所属。

世良尚輝(せら なおき)

29歳。スラリとしているが筋肉質。世良グループの御曹司で、日菜の上司。

立ち読み

    プロローグ


「あ……ダメ……。ダメです! ああっ!」
「どこがダメなんだい? こんなに気持ちよさそうにしているのに」
「そんなふうに言わないでください」
 しかし、私の主張はすべて彼の唇に奪われた。
 クチュクチュと厭らしい音を立てながら、彼の舌は私の口内に入り込んでくる。
 舌が絡み合った瞬間。身体中が蕩けていくような感覚を覚え、再び甘い啼き声が零れてしまう。
 ベッドに沈む私は、何も身につけていない。
 私に覆い被さっている彼に早々と剝ぎ取られてしまったからだ。
「恥ずかしがらないで」
 そんなふうに無理なお願いごとを言って私を翻弄している当の本人は、スーツのジャケットを脱いでネクタイを外して前をはだけているだけ。
 私だけいっぱいいっぱいなのは悔しいけれど、こればかりは仕方がないだろう。
 だって、経験値では歴然の差がある。
 一方は〝超〟がつくほどのエッチ初心者だ。そして、一方は百戦錬磨で経験豊富であろう人。
 若葉マークを二つも三つもつけたいと思っている私が、彼に刃向かうことなんて到底できるものではない。
 ハァハァと肩で呼吸をしなければならないほど激しいキスのあと、彼の唇が辿り着いた先は胸の頂だった。
 すでに自身を主張している頂を、かぶりつくように吸いつかれる。
 舌で転がされ、時折軽く歯を立てられた。そのたびに、私の腰は淫らに揺れてしまう。
「ほら、もっと自分をさらけ出して?」
「っああ……! もぅ、だめぇ」
「ダメじゃないよ? ほら、もっと啼いて?」
 優しい口調で私を官能の世界へと誘っていくのは、ずっとずっと大好きだった人。
(もう少しだけ……もう少しだけでいいから、素敵な夢を見させてください)
 ギュッと彼の首に抱きついて、私は懇願するように喘いだ。
「もっと……ギュッとしてください」
 これは夢なのだ。だからこそ、今だけは何を言っても、何をしても許されるはずだ。
 そう、これは夢。儚くて甘い、そしてあとに残るのは空しく残酷な現実だけ。
 だからこそ、せめて……今だけは。
 私は彼からの愛撫に身を任せた。



   第一章


 ムシムシとした空気が肌に纏わりつく、七月初旬。
 先ほどつけたテレビでは、今年の梅雨は長引くかもしれないと気象予報士が熱心に話している。どうやら今日は一日中雨が降るようだ。
 ニュースを聞き流しながら、小さく息をつく。
 せっかくのお休みなのに、どうしてこうも雨が降るのか。
 梅雨だからでしょ、と誰かに突っ込まれそうなことを思いながら、降り続いている雨をボーッとしながら眺める。
 私、鈴木日菜。二十五歳、独身。
 身長百五十五センチの小柄体型で、尚且つ童顔だ。
 顔の雰囲気は、リスやハムスターなどの小動物系だと皆によく言われる。
 そんな小動物系の私だが、どうしてか胸だけはしっかりと育ったようでFカップある。
 体型に似合わずグラマラスなのだ。
 胸にいってしまった栄養が、少しでも身長の方に反映されていたら……なんて思ってもどうにもならないことは自分が一番よくわかっている。
 童顔で小柄。その上ショートボブの黒髪なのだから、子供っぽいと言われても仕方がないのかもしれない。
 都内の大学を卒業後、ファミリーレストランを展開している株式会社ターヴォラに就職。
 市場調査やデータ分析など、現在消費者はどんなものに興味を抱いているのか。そんなことを調べて研究をするマーケティング部に配属された。
 入社四年目を迎えた今、任される仕事も増えてきて楽しい反面、仕事の厳しさにも直面しているところだ。
 ふと、カレンダーを見て今日が七月一日だと気がつき、深々とため息をつく。
 六日後の七月七日。七夕の日は、私の誕生日だ。
 もう少しで、二十六回目の誕生日を迎えることになる。
(ついに……かぁ)
 私はもう一度カレンダーを見て、諦めに似た悲しい吐息を漏らす。
 幼い頃は、純粋に誕生日が待ち遠しくてしかたがなかった。
 家族とお祝いするのも楽しかったし、友達にパーティーを開いてもらうのも嬉しかったことを思い出す。
 しかし、こうして二十代も半ば、アラサーに近づくにつれて憂鬱な気持ちが押し寄せてくる。
 逃げることができない現実に、気分がガクンと落ち込んでしまうからだ。
 所謂適齢期という年齢にさしかかり、もう逃げることはできなくなってきた。
 そろそろ腹をくくらねば、そう思うのだが……それが簡単にできれば、誕生日を前にしてこうもブルーな気持ちにはならないだろう。
 タイムリミットが近づいているのがわかるからこそ、私の心はますます奈落の底へと落ちていく。
 年齢を重ねて妙齢になるのを、どうして私が恐れているのか。
 それは、私の出自が関係してくる。
 私の祖父は、西日本で手広く事業をしているSKグループの会長だ。
 そして、祖父の一人娘である私の母は、もともとSKグループ関連企業で働いていた父と結婚。もちろん、二人は祖父が設けたお見合いで知り合った。
 そして、二人の間には兄と私が生まれたわけだ。
 兄は、将来父親の後を引き継ぐため、今はグループ内で修行中の身。
 そして、一人娘である私は、こうして東京に出てきて一般企業に就職した。
「実家の関連企業へ就職をしろ」と言われるところだと思うが、家族は私の意思を尊重してくれている。
 高校と大学も私が望むのならばと、あれこれ文句も言わず後押しをしてくれたし、就職に関しても実家に戻ってこいなどと言わず、好きな道に進ませてくれた。
 もちろん、家を通して招待されるパーティーなども全部欠席。今後のためには出席した方がいいことはわかっているが、ああいう煌びやかとした雰囲気は苦手である私の気持ちを察して無理矢理連れ出されるということはなかった。
 東京に出てきた際に唯一難色を示されたのは、この築十五年だという四階建てのマンションだ。
 私が住んでいるマンションは1DK。最寄り地下鉄の駅から徒歩二十分ほどの住宅地にある。
 マンションから駅までは距離があるので、雨の日など徒歩はなかなかに辛い。
 しかし、私には愛用の自転車があるので、晴れの日にはさほど長い距離には感じられないのだ。
 ごく普通の単身者向けマンションなので、心配性の父が「セキュリティーに問題があるんじゃないか? もっと駅に近い所にしなさい」と主張してきたが、それをイヤだとキッパリとはねつけ、私はこのマンションに住むことを決めた。
 確かに駅からは離れているけれど閑静な住宅地だし、近くに大型スーパーもあって住みやすい街だからだ。
 なにより自分が稼いだお金で借りるとなると、これぐらいの物件が値段的にもちょうどいい。
 駅から離れているということで、家賃も安く抑えられるのだ。
 実家で家賃を援助すると言ってくれたが、それもきっぱり断った。
 私は社会人になったのだ。実家に頼らず、地に足をつけて生きていきたい。
 そう主張する私を「相変わらず、堅実に生きているなぁ」と兄は笑っている。
 SKグループは、曽祖父の代から続く、西日本では名の知れた企業である。
 SKグループの会長を祖父に、そして社長を父に持つ私は、世間で言うお嬢様というやつだろう。
 だが、当の本人はそんな気は更々ない。もちろん、何不自由なく暮らしていけるのも、鈴木家の娘だからということはわかっている。
 しかし、現在住んでいるマンションひとつを見てもわかるように、あまり派手なことやお金を使うことを昔から好まない。
 そんな、お嬢様らしくない私を兄は「堅実に生きている」なんて言って茶化すのだろう。
 そんなふうに私の意見を尊重してくれる優しい家族だが、一つだけ私の意思を通すことができないことがある。それは、結婚だ。
 これだけは、私の意思ではなく鈴木家で決めた男性と結婚しなさいと言われ続けている。
 自分の意思で好きな男性と結婚できないと知ったのは、中学の入学式の日だ。
 式の帰りに、『セーラー服姿をおじいちゃんに見せてあげよう』と父に言われ、祖父が住む家へと向かった。
 私は、中学生になったことで大人に一歩近づいたと思っていたし、これからの新生活に胸を躍らせていた。
 ウキウキ気分で祖父の家に行くと、いつものように優しい笑顔で祖父は出迎えてくれる。
「もう中学生なんだよ! 大人に一歩近づいたって感じでしょ? おじいちゃん」
 ご機嫌な私に、祖父はサラリととんでもないことを言い放った。
「じゃあ、そろそろ婚約者の発表をしようかのぅ」
 その瞬間、心に秘めていた未来への希望が、ガタガタと音を立てて崩れていった。
 それは、もちろん〝中学生になったら恋をする!〟という、中学生によくある、ごくごく普通の乙女願望だ。
 前々から『おじいちゃんが日菜の旦那さんを探してあげるからね』なんて言ってはいたが、冗談だと思っていた。それなのに、まさか本気だったとは。
 驚きのあまり目がこれ以上開かないというほど大きく見開いたあと、祖父の冗談だと願いながら首を大きく横に振る。
「いやいやいや、それはちょっと……」
「なんだい、日菜。大丈夫だよ、私が変な男を日菜の夫にするわけがないだろう?」
「そ、そういう意味じゃなくてね」
 タジタジな私に対し、祖父は強気である。これはマズイ。非常にマズイ事態になっている。
 これは断固拒否、断固阻止だ。
 私が尻込みしていると、祖父の顔から笑顔が消えていく。
 みるみる内に好々爺ではなくなっていく様子を見て、私は青ざめた。
 そして、すっかり企業人としての顔に変貌した祖父は言い切ったのだ。
「日菜。これは鈴木家の家長としての命令だよ? そして、鈴木家の一員としての日菜の責務だからね」
 口調は優しいが、目が真剣だった。
 こんなふうに企業人としての顔をしているときの祖父は、身内にも冷たい。
 そして、SKグループの総裁としての祖父は、一度言い出したことや考えを絶対に曲げない人だ。
 どうにか考えを改めてもらいたいのは山々だが、この祖父に逆らえる者は誰一人としてこの場にはいない。
 黙りこくった私の肩を抱き寄せながら、祖父は厳しい口調で言う。
「日菜は鈴木家の一員だ。違うかな?」
「違いません……」
 泣き出しそうになっている私に、祖父は声を少しだけ和らげた。
「よし、わかった。日菜が約束してくれるなら、私も約束しよう」
「え?」
 どういう意味だろう、と考えながら祖父をジッと見つめる私に、祖父は真剣な面持ちで言う。
「日菜が二十六歳になるまで、お前は好きなように生きていきなさい。恋だって、学校だって、仕事だって。おじいちゃんは口出ししないよ」
「おじいちゃん」
「だけどね、日菜。二十六歳の誕生日を迎えたら、婚約者となる男と結婚をしてもらうからね」
「はい……」
 愕然としながら返事をした私だったが、目の前が真っ暗になったことを覚えている。
 あのときの私は、ただ頷くことしかできなかった。
 鈴木家の一員としての責務。そんなことを祖父に言われたら、どうすることもできない。
 私は、鈴木家で生まれ、育ててもらったのだから。
 とんでもない現実を突きつけられたあと、祖父は約束通り、私の好きなようにさせてくれた。 約束を守ってくれた以上、文句など言えないだろう。
 あの約束以降、私だって「ちょっといいなぁ」と思う男性に出会ったこともある。
 見栄ではないけれど、告白だってされたことも何度か。
 だけど、どこかで心にブレーキをかけていて、誰とも付き合おうとは思わなかった。
 それは、祖父との約束が脳裏を過ぎるからだ。
 もし、ブレーキなんてかけずに本能のまま付き合うことにしたとしても、タイムリミットは決められている。
 いずれ別れなければならないのなら、最初から付き合わないほうがいい。
 そんなふうに二の足を踏んでいる間に、気がつけばこの年になっても男性と付き合ったことがなければ、セックスの経験もないなんてことになってしまった。
 二十六歳の誕生日まで、あと一週間だ。
 まだ、祖父から連絡は来ていないが、そろそろ釘を刺すための電話がやってくる頃だろう。
(だけど、私は……)
 テーブルに置いてあるスマホに手を伸ばす。
 タップしてディスプレイを表示させると、部の皆で撮った写真が映し出された。
 昨年末に行われた忘年会のときに撮った写真だ。
 そこにははにかんで頬を真っ赤に染めている私と、その隣には穏やかな笑みを浮かべた部長が写っている。
 ネクタイを少しだけ緩めていて、そこから覗く喉仏がより男性を意識させられ、とてもセクシーだ。
 蕩けてしまいそうなほど魅惑的で、尚且つ優しげな笑みを浮かべる男性。
 彼は、私が所属しているマーケティング部の部長、世良尚輝。二十九歳。
 一年前、私が配属されているマーケティング部の部長としてやってきた男性である。
 百八十センチはあるであろう長身で、スラリとしているが意外にも筋肉質な身体をしている。
 それはジャケットを脱いだときにわかる身体のラインや、ワイシャツの袖をまくったときなどに見える腕の太さで確認済みだ。
 清涼感溢れる黒髪を軽く流すようにセットしてあり、見目麗しい。
 スーツを格好よく着こなして仕事をしている様を見ていると、あまりの素敵さに後光が差しているように見える。そう思っているのは、きっと私だけではないはず。
 そんな世良部長だから、かなりモテる。とにかく女子社員にモテモテなのだ。
 きっと社外にも彼に心を奪われた女性はたくさんいるはずだ。
 容姿だけでも完璧なのに、仕事もデキると評判の人でもある。
 黙っていても、女性が取り巻くこと必至だ。
 その上、私が勤めているターヴォラの親会社である世良グループの御曹司でもある。
 ゆくゆくは世良グループの頂点に立つべく御仁なのだ。
 そんな彼がどうして傘下会社にいるかといえば、世良グループ内の会社を渡り歩き、グループ内の状況を把握するために修行中なのだという。
 世良グループ傘下には、多種多様な業種の会社がある。
 そのすべてを把握するなんて大変なことだと思う。それなのに、どこに行ってもそつなくこなしているという噂である。
 しかしそれは噂でもなんでもない、真実だと私は思っている。
 だって、一緒に仕事をしている私がよくわかっているからだ。
 容姿よし、仕事はできる、ついでに家柄もよい。性格だってとびきりにいい。
 天は二物を与えずというけれど、それは絶対に嘘だ。
 だって、現に世良部長のように完璧な人間がいるのだから。
「ああ……。やっぱり素敵だなぁ」
 ウットリしながら、スマホの画面に食い入ってしまう。
 本人を目の前にしては絶対に言えないけれど、私は世良部長に憧れている。
 いや、これは恋と呼んでもいい。私は、彼が好きだ。
 恋をしてはいけない私なのに、この土壇場で部長のことが好きになってしまうなんて……
 今までは恋をする寸前で自分自身にストップをかけることができたのに、部長に対しては無理だった。
 今までに感じたことがない想いに最初こそ戸惑っていたけれど、やはり好きだという感情に行き着いてしまう。
 部長はとてもモテる人だから、私みたいな平凡な女に振り向くとは思えないし、そんなことは絶対にあり得ないだろう。考えるだけで恐れ多い。
 しかし、この恋だけは諦めたくないと心の中で叫ぶ自分がいる。
(ただ、私には、すでに未来の旦那さまが決められちゃっているんだけどね)
 自虐的に笑ったあと、再びディスプレイに映っている部長の顔を見つめた。
 想像するだけ無駄だとはわかっているけれど、もし世良部長と付き合うことになったとする。
 だが、すぐに別れが待っているのだ。
 それも、不本意ながら私自らが別れを切り出さなければならなくなる。そんなのは絶対にイヤだ。
「なーんてね。図々しいにもほどがあるかぁ」
 想いが通じ合うことも、付き合うことも、絶対にあり得ない話だ。
 世良部長ともあろう人が、私のような十人並みな女に気持ちを傾けることはない。
 自分で言っていて悲しくなってくるが、考えるだけ無駄だし、空しいだけだ。
 はぁ、と大きくため息をついて、スマホをテーブルに置く。
 置いた瞬間、着信を知らせるようにブルブルとスマホが震えた。
 誰だろう、とスマホに手を伸ばしたあと、動きが止まる。祖父からだ。
 もう一度カレンダーを見る。私の誕生日まで、あと一週間ほどである。
 そろそろ祖父から連絡があるかもしれない、と危惧していた矢先の電話だ。
 間違いない、婚約者との顔合わせのことについて電話してきたのだろう。
 祖父が用意した、私の婚約者と引き合わせるための場を用意したという話に違いない。
 電話には出たくない。このまま知らないふりをしてしまおうか。
 だが、今逃げたとしても無駄なことだ。私の未来は、もう決まっている。
 私は意を決し、スマホをタップして電話に出た。
「もしもし、おじいちゃん?」
『おお、日菜か。元気にやっているかな?』
 優しげな声のトーンが耳を擽る。いつもどおりの朗らかな祖父の声だ。
 少しだけホッとしつつも、やはり警戒してしまう。
 うん、元気だよ。そう返事をするのに時間がかかってしまった。
 祖父のことだ。きっと何もかもお見通しだとは思う。
 そして、わかっていて言うはずだ。私が自由にできるリミットが近づいているということを。
 私は小さく息を吐き出して、心の準備をし始める。
『さて、日菜。約束は覚えているかい?』
「おじいちゃん」
『もうすぐで日菜も二十六歳だ。お前と約束していただろう? 私が決めた男と結婚しなさいと』
「……」
『覚えているかな』
 祖父は、優しく聞いてきた。
 覚えているけれど、今は忘れていたかったというのが本音だ。
 正直な気持ちが口から出てきそうになった瞬間、祖父は感情の読めない声で言う。
『やりたいこと、きちんとやっておいたかな?』
 穏やかな様子だが、声に真剣味がある。
「婚約者を用意するというのは嘘でした」というオチは、残念ながらなさそうだ。
 落胆のため息が漏れてしまいそうになり、慌てて口を押さえる。
 なかなか返事をしない私に、祖父は小さく笑った。
『約束は、約束だからね』
「……そうだね」
 ようやく声を発した私に安堵したようで、祖父は柔らかい口調で言う。
『日菜の誕生日は来週の七日だろう? 今年中には顔合わせの場を設けるからね』
「……」
 日菜? と声をかけられ、とりあえず曖昧な返事をする。
 私が渋っていることを前々から気がついているであろう祖父は、小さく息を吐き出した。
『詳しいことは、また後日。じゃあね、日菜』
 それだけ言うと、私からの返事を待たずに祖父は電話を切った。
 私の気持ちや言い分などは、聞くつもりはないということなのだろう。
 もし、聞いてくれたとしても決定事項は覆すことができない結婚だ。
 結局は、私の意思など関係なく進むはずである。
 ツーツーという無機質な電子音が聞こえ、通話を切ってスマホをテーブルに置いた。
 祖父が進める縁談に、企業同士の思惑があることはわかっている。
 そうでなければ鈴木家の一員だから、責務だからと、私に結婚相手を無理矢理あてがうことはないはずだ。
 ここ数年、SKグループはあまり業績がよくない。
 それを、孫娘である私に挽回させる考えなのだろう。
 私に政略結婚をさせて、結婚相手の力も借りて盛り返そうとしているのかもしれない。
 祖父からは今回の結婚について、詳しくは聞いていない。
 もちろん、どんな相手なのか。どこの企業の人なのか。何も知らない状態だ。
 祖父の口から私の結婚相手を語られることは今まで一度もなかったし、私も聞いたりしなかった。
 それは、結婚相手の情報を手に入れたとしても、何も変わらないからだ。
 イヤだと言っても、相手の男性と相性が悪いと思ったとしても、結婚しなくてはならないことに変わりはない。
 それなら、色々聞かないで嫁いだ方がいいと思っている。聞いても無駄だからだ。
 祖父から政略結婚だとはっきり聞いてはいないが、家が結婚相手を決めるという時点で政略結婚だと言っているようなものだ。
 要するに、私はSKグループ存続のための駒の一つなのだろう。
 大きな企業を安泰に、そして維持するためには政略結婚といった戦略も必要だと昔から教え込まれている。
 だからこそ、イヤだと撥ね付けることができない。
 SKグループには子会社も併せ、かなりの従業員が働いている。
 そして、彼らには家族だっているのだ。
 私の個人的な思いのせいで、大事な社員たちを、路頭に迷わせるわけにはいかないだろう。
 頭ではわかっている。わかっているけれど、なかなか踏ん切りがつかずにいた。
 今までの自分なら「そういう運命だったんだから、しかたがない」と割り切ることができたはずだ。
 だが、今は違う。好きな人—世良部長が好きになってしまったからだ。
 日ごと部長への気持ちが膨らんでいくのが、自分でもよくわかっていた。
 部長が好きだという気持ちが、これ以上大きくなったらどうしよう。そんな心配をここ最近は特に感じている。
 とはいえ、私にはもう恋をしている時間は残されていない。
 二十六歳の誕生日を迎えれば、いずれ未来の旦那さまと対面する。
 そして、そのまま私の意思とは別のところで結婚の話が進んでいくのだ。
(まぁ、世良部長と私がどうなるなんてことは、絶対にあり得ないんだけどね)
 ハイスペックかつ、イケメンで優しい男性である世良部長。
 彼の隣には素敵な女性がいるはずで、私みたいな女はお呼びではない。
 素敵な片想いをすることができたと感謝するべきなのだ。
 とにかく、私の未来は決まってしまっている。
 今更、恋だ愛だと騒ぐのも無理なこと。部長への気持ちは、このまま墓場まで持って行くつもりだ。
 心を箱に閉じ込めたあと、しっかりとガムテープを貼り付けて封印する日が近づいている。
 それなら、あと少しの間だけでも、この甘酸っぱい片恋に浸っていたい。
 きっと未来の旦那さまも、それぐらいなら許してくれるだろう。
 私の誕生日は、七月七日。
 この日には、すっぱりきっぱり恋を諦めて封印する。だから……
 自分に言い聞かせるように、何度も何度も心の中で呟いたのだった。

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