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黎明の王女は愛に目覚める 〜精霊使いへの誓いのキス〜

佐倉 紫 / 著
蘭 蒼史 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-082-7
サイズ 文庫
定価 754円(税込)
発売日 2018/03/23
レーベル ロイヤルキス

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内容紹介

誓うよ、おれは絶対おまえを幸せにする。
ボスビア国の王女オリヴィアは、“精霊使い”の力を買われ、隣国オルタレルとの戦に駆り出される。だが、オルタレルの王太子アーヴィンに捕まり、力を弱めるために純潔を散らされてしまう。その後も国民を守りたければ専属娼婦になれと抱かれる。猛った熱棒に貫かれる激しさと、それとは裏腹の優しいキスにときめくオリヴィア。オリヴィアの清らかさにアーヴィンも気付きはじめて……!? 国に尽くすオリヴィアとそれを見守るアーヴィンの恋の運命は……!? 極上ラブロマンス?
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

オリヴィア

ボスビア国の王女。精霊使い。純真で献身的な性格。戦でアーヴィンに捕まってしまい!?

アーヴィン

オルタレル国の王太子。総指揮官としてボスビア国に攻め入る。荒くれ者に見えて広い懐を持つ。

立ち読み

序章 なにも知らない王女

 自分は死ぬのだと思っていた。この閉ざされた箱庭で。なにをすることもなく。
「——出撃、ですか? わたしが? 戦場に?」
 今聞いた言葉がにわかに信じられず、オリヴィアはつい聞き返していた。
 普段は国の公式行事に使われるという玉座の間には、初夏の日差しが燦々と降り注いでいる。
 雪や曇りが多いボスビア国にとって、日差しは恵みの光だ。
 だが大きな窓から差し込むその光を浴びても、オリヴィアの身体は温まらない。
 むしろ、透けるような長い銀髪と白い肌があいまって、そのまま消えていきそうな風情だ。
 ここへくる前からずっと緊張しっぱなしだったせいか、思いがけないことを聞かされ、手足がいっそう冷たくなっていってしまう。
「あ、の……なぜ、わたしが戦場に行く必要があるのでしょうか?」
 そもそも国境が戦地になっていることも、今初めて聞いた。
 オリヴィアが暮らす離れは王城の敷地内にあったが、あいだには森や王家の墓地などがあり、近づく者はほとんどいない。世話係もコロコロ変わるし、世間話をする間柄でもないので、我が国が戦時中であることなど、オリヴィアはまったく知らずに過ごしていた。
 世話係や警備の者たちも普段通りに動いていたから、よけいに外界の変化に気づけなかっただけだろうが。
 それに——
(戦地へ出撃しろというのは、つまり……)
「わたしに、その……人殺しを、しろと、言うのですか?」
 自分で言っていて震えが走った。戦争というのが敵と味方に分かれて殺し合う場だというのは知識として知っている。だが、いざ自分がそれをするとなると……
 みるみる真っ青になったオリヴィアに気づいたのだろう。高い位置にしつらえられた玉座に腰かけたオリヴィアの父——このボスビア王国の国王は、「いやいや」と煩わしげに手を振った。
「人殺しをするのではない。可愛い我が娘に、そのような血生臭いことを強いるものか」
 オリヴィアが生まれるなり、彼女の母である王妃とともに離れに幽閉しておいて、『可愛い娘』もなにもないと思うのだが。
「そなたにしてほしいのは、我が国に無断で押し入ってくる無礼な隣国の兵を追い出してほしいというだけだ。なにも敵兵を傷つけることはない。そなたの持つ特別な力ならば、彼らを無傷で国境の外に運ぶことも可能であろう?」
 ——確かに、オリヴィアの力なら、それは可能かもしれない。
 だが大勢に向けて力を振るったことなど皆無だし、もし失敗したら……
「引き受けてくれるならば、そなたの住まいを王城に移そう。そなたももう十五になったのだから、あのような寂れた離れで過ごすよりも、社交界に出て贅沢に暮らすべきだ。これまで放っておいた罪滅ぼしも兼ねて、もっとも広い部屋と、たくさんの世話係をつけてやろう。ドレスも宝石も浴びるほど贈ってやる」
 離れの庭には母の墓がある。毎朝庭で摘んだ花を墓前に供え、死後の安寧を祈るのがオリヴィアの日課だ。離れから距離のある王城に入っては、それができなくなってしまう。
「いえ、わたしはそういったものは欲しくないです……」
 どのみちこれまで質素に暮らしてきたから、贅沢なドレスや宝石を贈られても困惑するばかりだ。自分の支度も自分でできるから世話係も必要ない。
 恐れ多いことだと、オリヴィアは首を横にぶんぶん振って固辞した。
 国王は目尻に不快そうな皺を刻んだが、すぐに猫なで声になって提案してくる。
「ならば、そなたの母の墓を立派なものに造り替えるのはどうだ?」
「母のお墓を……?」
 オリヴィアの紫色の瞳にかすかに宿った期待の色を、国王は見逃さない。
「そうだ。王家の墓所に、そなたの母の墓を建ててやろう。神官を呼び、新たに葬儀も行おうぞ。どうだ?」
 母の墓をどうにかしたいというのは、オリヴィアの数少ない望みの一つだ。
 この国の王妃でありながら、国王と不仲であった母はずっと離れに押し込められ、病を得ても医者を呼ぶことも許されなかった。死後に葬儀が行われることすらなく、遺体を離宮の庭に埋葬するのが精一杯だったのだ。
 母は王妃の地位に固執することなく、与えられた環境でも明るく生きていたが、身一つで外国から嫁とついできただけに、本当はとても寂しくつらかったに違いない。
 だからこそ、死後は安らかであってほしい。
 長くそう思い続けてきたオリヴィアにとって、父の提案は実に魅力的なものに感じられた。
「どうだ、オリヴィア?」
 父王が返事を促してくる。
 オリヴィアはごくりと唾を飲み込んだ。心臓が早鐘のように大きく鼓動を打ち、手の平がじっとり汗ばんでいる。
「ほ、本当に……母のお墓を、建ててくださるのですか?」
 震える声で尋ねれば、父はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
「おお、もちろんだ。王妃にふさわしい立派な墓を建ててやろう」
「国境を越えてきた隣国の兵を、追い返すだけでいいんですね?」
「その通りだ。王に二言はない」
 誰かを傷つけるわけではない。ただ敵兵をこの国から追い払うだけ。そうすればこの国の民を他国の脅威から守ることもできる——
 そう強調され、オリヴィアはとうとう決断を下した。
「……わかりました。国境に出向いて、隣国の兵を追い返してきます——」
 こうして、オリヴィアは王家所有の馬車に乗り込み、国境へと旅立ったのだ。



第一章 運命の出逢い

 国境を越え攻め込んできたという国の名は、オルタレル王国という。
 南から西にかけて国境を同じくする隣国で、このボスビアの三倍の国土と豊かな資源を持つ、とても強い国らしい。
 だが強いゆえに傲慢で野蛮、恐れを知らない無礼な者たちだと父王は罵っていた。
 離れから出ることがかなわなかったオリヴィアは、外界のことをなにも知らない。
 知りたい気持ちはあったが、一度知ってしまえば、もっと多くのことを知りたいと願ってしまう。離れから出たいと思ってしまうだろう。
 しかし現実には、離れから少しでも遠ざかれば、すぐさま衛兵に引き戻されるのだ。
 そのためオリヴィアは、いつしか離れの外の世界について思いを馳せることがなくなった。
 最初から知らなければ、ここを出て行きたいとも思わない。そんなふうに自分を戒め、平穏に暮らすことに注力していたのだ。
 なのに、父の命令一つで、離れどころか王城からも王都からも離れて、国境に近いこんな場所まで訪れることになるとは……
 オリヴィアが今いる場所は、国境にほど近いとある子爵の領地だった。
 この先は辺境伯が治める広大な土地だったのだが、そこはもうオルタレル軍が制圧したあとだという。国境を破られてからあっという間の侵略劇だったらしく、辺境伯はすでに捕らえられ、居住としていた城も明け渡したとのことだった。
 オリヴィアとともに控えるボスビア国軍の最初の目的は、奪われた辺境伯領を取り返すことにある。それには進撃を続けるオルタレルの軍を破る必要があり、オリヴィアが任されたのは、攻め入ってくる彼らを国境まで追い返すことだった。
(でも、国境まではさすがに距離がありすぎる。力を駆使しても、とうてい無理だわ……)
 巻き上がる風を感じながら、オリヴィアは困惑に眉根を寄せる。
 いつの間にか天気は少し悪くなってきていた。
 それでも馬車に乗っているあいだ中、ずっと窓を布で塞がれ、外を見ることがかなわなかったオリヴィアにとっては、地面に足を下ろせるだけでもほっとする。
 慣れない馬車での移動……それもすぐさま国境に駆けつけろという命令のせいで、なるべく早く走っていたために、オリヴィアは何度も気分を悪くし吐いてしまうことすらあったのだ。
 そうしてようやく到着した場所はとても殺風景な丘の上で、眼下には真横に流れる川と、その向こうに続く草地が見えるだけだ。草地と言っても、ところどころ岩肌が見える荒れた土地なのだが。
 さらにその向こうにはオルタレルの国旗がいくつも並ぶ陣が見える。あそこが敵の駐屯地らしい。
 今は使者同士がやりとりをして、戦の日取りと時間を決めている最中だという。戦争を始めるためにもいろいろな決まり事があるのだと、オリヴィアは初めて知った。
「オリヴィア王女とおっしゃいましたか。ひとまずあなたに望むのは、明日の戦で、攻め込んでくるオルタレル軍をすべて退かせてほしいということです」
「あの、退かせる、というのは、つまりどうすれば……」
「そうですな。敵はおそらくあの川あたりに兵を並べる。その兵を、敵の旗が立っているよりさらに向こうに追い払ってほしい……という感じですかね」
 戦闘指揮を執るという将軍が、気のない様子で説明する。
 きっと彼はオリヴィアの持つ力がどういうものか知らないか、知っていても信じていないので、少しも頼るつもりがないのだろう。実際、彼の背後では戦に備えて、兵たちが忙しなく行き来している。剣や甲冑を磨いたり、馬を引いてきたり……
 オリヴィアが暮らしていた離れは、木々に囲まれた寂れた場所ではあったが、そのぶん喧噪や物々しさとは無縁の場所だった。大勢のひとや馬が近くを通るだけでも、慣れないオリヴィアはびくついてしまう。
 こんな状態で戦いに出られるのかと不安だったが、引き受けたからには逃げ出すことは許されない。
 母の墓を建て直したい思いもあるし、ここに集う兵たちをむやみに死なせたくないのも確かな気持ちだ。オリヴィアは不安を押し込め、翌日の戦闘に備えた。
 ——翌日も天気は回復しないままだった。雨こそ降っていないが、強い風に灰色の雲が流され、太陽の光が切れ切れに届くという、なんとも落ち着かない天気だ。
 一応王女であるため、一人用の丈夫な天幕を用意されたオリヴィアだったが、緊張のせいか一睡もできなかった。寝不足で頭がかすかに痛む中、馬に乗った彼女は丘の上から川を見下ろす。
 昨日将軍が言っていたとおり、オルタレルの軍勢はその川に沿うように、大量の兵を待たせていた。
 川は浅いがかなりの幅がある。兵同士が衝突するとなると、川の水を跳ね上げながら、水に膝まで浸かって戦うことになるのだろう。草地で戦うより体力を消耗しやすい上、武器や防具もすぐ駄目になってしまう。かといって川岸から矢を放っても相手には届かない。
 戦が始まったら、こちらも丘を駆け下りて川を目指すことになるようだ。
「あの……その前に、わたしになんとかさせてもらえませんか? あの旗のところまで敵の兵を押し戻せばいいのでしょう? それならなんとかできますから」
 おずおずと申し出ると、将軍は「なにを世迷い言を」という目を向けてくる。
 しかしオリヴィアを戦力として活用しろと命令を受けているのだろう。「わかりました」と素っ気なく答えた。
 やがて戦の始まりを告げる矢が放たれる。それを見た両軍がうおおおーっと鬨の声を上げた。
 大地すら震わせる大声に、先頭にいたオリヴィアはまたびくっとしてしまう。
 さっそく向こうの兵たちが川に入ってきた。本来ならこちらも丘を駆け下り、その勢いのまま迎え撃つところだ。
 だがオリヴィアは右手を高く掲げ、自分のうしろに集う兵たちを押しとどめる。そして紫の瞳を閉ざし心の中で強く念じた。
(水の精霊たち——お願い。川に入ってくるひとたちをそこから追い出して)
 すると、世にも不思議なことが起こる。
 さらさらと流れていた川の水が、急にごぽりと不穏な動きを始めた。そして、まるで嵐の日のようにざばざばと大きな音を立てて波が立ち上る。その激しさたるや、岩を砕く荒波のようなすさまじさだ。
 当然、川を渡ろうとしていた敵兵は足を取られ、何人かがもんどり打って水の中に倒れ込む。
 だがこれだけ波が立っているのに、彼らは溺れることなく岸へと大きく打ち上げられた。
 離れた距離にいても、敵兵が悲鳴を上げながら這々の体で川から這い出すのがわかる。
 オリヴィアの隣にいた将軍が驚きのあまり目を剥いていた。彼が鋭い視線を向けてくるのを感じつつ、オリヴィアはさらに強い意志で呼びかける。
(風の精霊たちも集まって。あのひとたちを、ずっと向こうに吹き飛ばして!)
 今度はどこからともなく強風が吹き荒れ、敵兵に一気に襲いかかった。
 ただでさえ風が強かった中だ。オリヴィアの呼びかけに、上空で遊んでいた風の精霊たちはすぐさま駆けつけた。彼らはオリヴィアの願いに忠実に応え、岸で右往左往する敵兵を足下から持ち上げて転がしていく。
 風に煽られた何人かが痛そうに地面に叩きつけられるのを見て、オリヴィアは心の中で「ごめんなさい」と謝った。
本当は敵のことだって傷つけたくはない。ただ追い払うだけにしたいが、そのあたりのさじ加減はなかなか難しかった。
 やがて戦闘は無理だと判断したのか、敵のほうから撤退が始まった。我先にと陣地へ敗走する敵兵を見て、オリヴィアの背後から自然と雄叫びが上がる。……否、勝ち鬨どきだ。
(これでいい……のよね。わたしがやることは……)
 土埃を巻き上げながら撤退する敵兵を見送り、オリヴィアはほーっと息を吐き出した。
 オリヴィアの願いを叶えた精霊たちが、彼女の周りに集まって楽しげにくるくる踊り出す。
 手の平大の人形に見える彼らは、オリヴィアの目にははっきり見えるけれど、この国のほとんどのひとには認識されない存在だ。そのため、将軍は驚愕とわずかな畏怖の浮かぶ瞳でオリヴィアを見つめていた。
「あ、の、これで敵が撤退したので、戦は終わり……で、いいんですよね?」
 精霊たちにお礼を言ったオリヴィアは、将軍に視線を向けて確認する。将軍はハッと我に返った様子で、慌てて頷いた。
「は、はい。ひとまずは、これで……」
「なら、もう兵を引きましょう。なんだか疲れているひとも多いですし、休ませてあげたほう
がいいと思います……」
 チラリと背後を振り返ったオリヴィアは、槍を手にした歩兵たちの何人かが顔色を悪くしているのを見てそっと進言する。将軍は一瞬顔をしかめたが、反論するほどではないと思ったのか、黙って頷いた。
 こうして、兵同士がぶつかり合ったら相当な被害が出ていたであろう戦は、死者どころか重傷者を出すこともなく、味方に至っては怪我人なしで終結したのだった。


「あれが『精霊使い』の術ですか……。いやはや、話には聞いていましたが、これほどの力とは思いも寄りませんでした。素晴らしい」
 その夜。大きな天幕に呼ばれたオリヴィアは、将軍の讃辞に曖昧に微笑んだ。
 この国のひとにはなかなか見えないという『精霊』だが、ここよりもっと西、それこそオルタレル国の人々の中には、オリヴィアと同じように彼らを認識できる人間が多いらしい。
 だが彼らの姿が見えても、その彼らを使役できる人間は限られる。
 彼らは『精霊使い』と呼ばれ、精霊たちの力を借りて様々なことができるのだ。なにもないところに火をおこしたり、枯れた土地に雨を降らせたり。
 オリヴィアの母である王妃が精霊使いで、オリヴィア自身は母の才能を受け継いだ形だ。娘が物心つく前からそこここに存在する精霊の姿を目で追っていることに気づいた母王妃は、精霊使いとしての心得を早い内から娘に伝授していた。
 おかげでオリヴィアも『精霊使い』として彼らを使役することができている。
 とはいえ相性というものがあるらしく、オリヴィアがお願いしやすいのは水と風の精霊たちだ。火の精霊は気が強くてなんだか気後れしてしまうし、大地の精霊はもともと人間になつかないらしく、呼びかけても沈黙を保たれる。
 普段の生活では、せいぜいお茶を飲みたいときにポットにお湯を注いでもらったり、洗濯物を乾かしたいのでそよ風を送ってほしい、とお願いするくらいだった。
 あれだけ大量の人間を追い払うことなど初めてだったから、上手くいくかどうか不安だったが、なんとかなったらしい。
 だが、そのぶん集中力を相当要したのだろう。天幕に引き上げるなりどっと疲れを覚えたオリヴィアは、今も眠くて仕方ない状態だった。
 そんな彼女を尻目に、将軍と軍人たちは明日の作戦を練っている。オリヴィア一人で兵を退かせることができるとわかったから、明日には川の向こうに陣を移動させ、そこから一気に攻め入ろうと考えているのだ。
 ほどなく頭が船をこぎ始めたオリヴィアは寝るように言われ、ありがたく自分の天幕に戻る。
 毛布にくるまるとあっという間に眠気が押し寄せ、彼女はそのまま泥のように眠った。
 だが、翌日にさっそく問題が起きた。オリヴィアを盾に一気に川を渡って辺境伯領へ突っ込もうとしていたところに、斥候から知らせが入ったのだ。
「敵襲です! 相手は少数ですが、騎馬した状態でこちらに向かってきます! いかがいたしましょうか……!?」
「敵襲だと?」
 なんの前触れもなく攻め込んでくるなど奇襲もいいところだ。将軍たちはすぐに立ち上がり、オリヴィアをかした。
「またすぐに風を起こして追い返してやれ!」
 突然の攻撃に怒りが募っているのか、それまで丁寧だった将軍の口調がすっかり変わっている。
 そのことにどぎまぎしつつも、馬に跨がったオリヴィアは丘を少し下り、川を渡ってくる敵兵を見据えた。
 本当に少数の隊だ。全員騎乗しているが、人数は十人に満たない。これならすぐに風を使って押し戻せる。オリヴィアはすぐに精霊たちに呼びかけた。
 だが昨日と違い彼らの集まりが悪い。不思議に思いつつ、呼びかけに答えた精霊たちにオリヴィアは強く念じた。
「あのひとたちを彼らの陣地まで押し戻して!」
 風の精霊たちは突風となって、矢のように集団に襲いかかる。
 だが、昨日のように彼らを転がすことはできなかった。
 それどころか、精霊の気配に気づいた様子で、先頭を走っていた騎士がおもむろに剣を抜放つ。銀色に光る剣に、オリヴィアは不思議な禍々しさを感じて身震いした。
 男は真横に構えた剣を、おもむろに大きく振るう。
 普通の人間には、ただむやみに剣を振り回したようにしか見えないだろう。
 だがオリヴィアにはその効果がはっきりわかった。彼が剣を振った瞬間、風の精霊たちが強い力で跳ね飛ばされたのだ。精霊たちは声にならない悲鳴を上げて、悪戯な夜風に煽られた蝋燭の火のごとく消えてしまった。
「そんな……!?」
 精霊が跳ね飛ばされるなど聞いたことがない。驚愕するオリヴィアは、集団がどんどん迫ってくるのを見て慌てて新たな精霊たちを呼ぶ。
 忠実な精霊たちが一気に集まったが、やはりあの男の剣の前では歯が立たない。
 剣が振るわれるたびに次々と掻き消されていく精霊たちに、オリヴィアは混乱と恐怖を感じて真っ青になった。
「いったいどうして……っ!」
 将軍たちも異変に気づいたのだろう。オリヴィアの力がまったく通じないのを見て、慌てて出撃の準備をする。
 だが一歩遅かった。それより先に集団がオリヴィアのすぐ前まできてしまう。オリヴィアはとっさに手綱を引き、馬首を返して自陣に逃げようとした。しかし焦りのためか馬は言うことを聞かず、それどころか大きく首を振って後ろ足を上げる。
「きゃあっ!」
 危うく振り落とされそうになって、オリヴィアは馬の首にしがみついた。
 ほぼ同時に彼女は敵に囲まれる。
「おまえが精霊使いだな」
 銀色に輝く剣を抜いたまま、先頭にいた騎士が問いかける。彼は片手で兜を脱ぐと、オリヴィアを見据えニヤリと笑った。
 土埃が立ち上る中だから顔はよく見えない。だが声には張りがあり、笑みを刻む口元も男らしく引き締まっていた。
 オリヴィアは恐怖を覚え、馬の首にしがみついたまま凍りつく。
「おまえのような腕のいい精霊使いが、まさかボスビアにいるとは思いも寄らなかった。おい、連れて行くぞ」
「はい」
「なにを……!」
 近くにいた別の騎士たちが、次々とオリヴィアに手を伸ばしてくる。
 オリヴィアは必死に精霊に助けを求めた。風の精霊たちがすぐに集まって、無遠慮に手を伸ばす騎士たちを跳ね飛ばすが、ほどなく銀色の剣に振り払われる。
「おとなしくしろ。女相手に手荒なまねはしたくないからな」
「いやっ!」
 それでも抵抗すると、騎士の一人が首のうしろに手刀を叩き込んでくる。
 突然の衝撃に身体がのけ反り、視界がひっくり返った。細い身体がずるりと馬の背から滑り落ちる。
 落馬する寸前で、オリヴィアは男の腕に受け止められた。
「行くぞ」
 男の傲慢な声がする。そのときにはもうオリヴィアは意識を失い、されるがままになっていた。


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