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枯れた薔薇_カバー1

身売りされたので 偽りの婚約者をすることになりました

市尾彩佳 / 著
加々見絵里 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669- 032-2
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2017/09/27
フェアリーキスピュア

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内容紹介

ご主人様とひとつ屋根の下、一生懸命働きます!? ──でも、ご主人様はなんだか不機嫌??
借金のカタに身売り、もとい雇用契約という形で、伯爵子息マーカスが経営する会社で働くことになったシャーロット。その上、マーカスから仕事をやりやすくするためといって、かりそめの婚約者になるように言われてしまう。みるみる仕事を覚えて、従順な婚約者のふりを生真面目に務めるシャーロットと、複雑な身売りの事情を知り、シャーロットを愛しく思い始めたマーカス。周囲からの後押しというより、冷やかされまくりの不器用な二人の恋。マーカスの恋心だけがモリモリ募っていく中、シャーロットが誘拐される事件が起こって!?
《身売り》に隠された令嬢の秘密と、恋に不器用な実業家青年。ヤキモキする二人の恋が巻き起こす、前途多難なラブコメディ!
「婚約者のふりをしている間は、他の男に取られることはないからな!」

立ち読み

「どうぞ、お入りください」
 シャーロットが声をかけると、扉が開いてがっしりとした体格の男性が入って来る。その四角い顔を見て、シャーロットは微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ようこそシーブルック商会へ。昨日はご親切にありがとうございました。サイクス子爵トミー・ウェスト様」
 男性はいぶかしげに目を細めた。
「……どこかでお会いしましたかな?」
「はい。昨夜の夜会でお声をかけていただきました、シャーロットです」
 シャーロットが名乗ると、男性は信じられないというように目を見開いた。
「本当にシャーロットさんですか? あ、いや。確かにシャーロットさんの面影が……いやはや、昼間は夜とは別人ですな」
 そう言いながら、ガラスケースの間を歩いてくる。シャーロットはにっこり笑って答えた。
「お化粧をして夜会服を着ていましたもの」
 男性は何故かあたふたし始めた。
「いや、今がお美しくないと言っているわけではなくて! ああいや、何を言ってるんだ私は。今のお姿も、その、か、かわいらしいです。こうして見ると十六歳に見えますな」
 かわいらしいと言ってもらったので、とりあえずお礼を言う。
「ええっと、ありがとうございます? ところで、本日はどのようなご用件でお越しくださったのでしょう、サイクス子爵トミー・ウェスト様?」
 ようやく落ち着きを戻した男性は、仕切り直すかのように咳払いをした。
「サイクス警部と呼んでください。いや、その、あなたがここにいると町で聞きまして、本当かどうか確かめに来たんです。まさか本当におられるとは。失礼ですが、こちらで何をなさっておいでで?」
 サイクス警部の態度はどうも煮え切らない。内心首を傾げながらシャーロットは答えた。
「受付係をしておりますわ。それがわたしの仕事ですもの」
 それを聞いたとたん、サイクス警部は痛ましそうな目でシャーロットを見た。
「働いているというのは本当だったのですね。夜会で女性と戯れあなたを一人にしただけでなく、働かせるなんてシーブルック氏はどこまで非道なんだ!」
 何を言うのだろう、この方は。腹が立ってきて、シャーロットは言い返した。
「マーカス様は非道ではありませんわ! 何の義理もなかったのに、おうちに住まわせてくださって仕事の世話もしてくださったんです!」
「シャーロットさん……やっぱりそういうことだったんですね」
 サイクス警部が、ため息まじりに言う。
 シャーロットはぎくっとして身を強ばらせた。
 悟らせてしまうようなことを言ってしまっただろうか。──シャーロットが身売り同然に雇われたことを。身売りと判断されてしまっては、マーカスが警察に逮捕されてしまう。
 どうしよう……。
 青ざめるシャーロットから目をそらして、サイクス警部は痛ましげに目を伏せて言った。
「借金の返済を条件に結婚することはよくあることかもしれません」
 シャーロットは目をぱちくりさせる。それに気付かず、サイクス警部は話を続けた。
「残念ながら、それを取り締まる法律がこの国にはない。ですが、借金を肩代わりしたからといって、シーブルックにあなたを虐げる権利などないはずです!」
 サイクス警部はくわっと目を見開いたかと思うと、シャーロットの両肩をがしっと摑む。
「あなたも、虐げに甘んじる必要などありません! 金が有り余っているだろうに婚約者を働かせるなど言語道断! このサイクス、正義の名にかけてあなたをお救いしましょう!」
「では、私も非道ということになるのかな?」
 不意に声が聞こえてきて、サイクス警部は驚いて振り返った。
 声の主であるヒューバートは、事務室の扉を背に立ち、肩をすくめて言う。
「私も懐妊するまで妻を働かせていましたが、いけないことでしたか?」
「あ、いや……」
 ヒューバートは、事務室の扉を閉めてシャーロットたちに近付いて来た。
「お久しぶりです。サイクス警部。マーカスと彼女の馴れ初めをご存じでないようなので説明させてください。──シャーロットは、元々シーブルック商会の社員なのです。マーカスはお父上のウィンボルト伯爵に、彼女に仕事の世話をして欲しいと頼まれて雇ったんです。ですが、彼女は愛らしく、素直で頑張り屋だ。そんなところに惹かれて、マーカスは彼女にプロポーズ。シャーロットも喜んでプロポーズを受け、二人はめでたく婚約の運びとなったわけです」
 婚約者のフリをするに当たってあらかじめ決めてあった噓の馴れ初めだ。ヒューバートは、噓を言っているとはとても思えないなめらかな口調で話す。が、サイクス警部は納得できかねるような気難しい顔をして言った。
「シーブルックは、本当にシャーロットさんを見初めたのか? 夕べの夜会では、シャーロットさんに一歩も動くな何も口にするなと厳命して、自分は多くの女性と戯れていたぞ」
「ああ、そのことですか」
 ヒューバートは顎にこぶしを当てて、思わせぶりな笑みを浮かべた。
「夜会に出席していた私の友人知人から聞いたのですが、マーカスは嵌められたようです。旧友に、仕事の話があるからシャーロットをその場に残して付いて来て欲しいと言われましてね。社交界に久し振りに顔を出したマーカスは、シャーロットを預けられる知り合いの姿を見付けられなかったのでしょう。それでやむなく、シャーロットに一歩も動くなと言い含めて離れたんだと思います。何も口にするなと言ったのは、アルコールの強い飲食物を口にして酔ってしまうのを防ぐためでしょう。嘆かわしいことですが、紳士淑女の集まりであるにもかかわらず、若い女性を酔わせ介抱すると見せかけてよからぬことをする輩がたまにいますからね」
 そのとき、サイクス警部は何故か動揺したように震えた。
「あ、ああそうですな。けしからんことに」
 答える声も何故か震えている。どうかしたのだろうかと不思議に思いながら見ていると、ヒューバートがほくそ笑んで言った。
「マーカスは、その旧友から女性を紹介され、すぐに『婚約者がいますから』と断って夜会会場に戻ったんだそうです。ですが、待ち構えていた他の女性たちに囲まれて身動きが取れなくなった。親しい間柄でない女性に触れるわけにはいかないですからね。普段は男性を巡って牽制しあう女性たちも、婚約者という最大の敵を前にして一致団結したようです。そうして足止めされてしまったマーカスですが、あなたがシャーロットにダンスを申し込む姿を見て、とうとう我慢できなくなったのでしょう。それまで愛想笑いを浮かべて穏便にやり過ごそうとしていたのに、目の前の女性を押し退けて囲いを突破したんだそうです。女性を押し退けるなんて失礼もいいところだ。ですが、マーカスの怒りの形相を見て、誰もとがめられなかったようです。脇目も振らず近寄って行って、あなたの手からシャーロットを奪還したんだとか。いやはや、長年女性を敬遠してきたマーカスがそんなことをする日が来るとは思ってもみませんでしたよ。──他にお聞きになりたいことはありますか?」
「いや……」
 言葉を濁しながら、サイクス警部はシャーロットに困惑の目を向ける。
「では、シャーロットさんは無理に働かせられているわけではないということですな?」
 シャーロットはにっこり笑って答えた。
「はい。仕事をくださったマーカス様に、心から感謝しています」
「………………どうやら早合点だったようだ。申し訳ない」
 サイクス警部は何故か悔しげな表情をする。それを見て、ヒューバートは満足げな笑みを浮かべた。
「他にも気になる点がありましたらお答えしますが?」
「いや、ない。──騒がせてすまなかった」
 力なく出口に向かいかけたサイクス警部は、ふと立ち止まると勢いよくシャーロットのところへ戻って来た。そしてシャーロットの両手を摑み、思い詰めた目で見つめる。
「他に何か困ったことがあれば、何でも相談してください」
 ここはお礼を言うべきところだろうとシャーロットが口を開きかけたとき、冷ややかな声が聞こえてきた。
「シャーロットが困れば、僕が対処します。でもありがとう」
 サイクス警部は飛び上がらんばかりに驚き、振り返る。
「シっ、シーブルック! いたのか!」
「いちゃ悪いですか?」
「いやっ、そんなことはない! 失礼する!」
 サイクス警部はすたこらと去って行く。
 階段を下りる足音も遠退いた頃、ヒューバートはおもむろに口を開いた。
「マーカス、何か言いたいことがあればどうぞ」
「……何もない」
 マーカスは事務室の入り口に腕をかけて、何故かぐったりとうなだれていた。


 ***


 ──シャーロットさん……やっぱりそういうことだったんですね。
 サイクス警部がそう言うのを聞いて、マーカスはにわかに緊張した。
 シャーロットの身売りの話がどこかから漏れたのか?
 何とかしなければならないと展示室に向かいかけたそのとき、ヒューバートに腕を摑まれ止められた。唇に人差し指を当ててにんまりと笑い、展示室に入って行く。何か策があるのだろうとは思ったが……ヒューバートにサイクス警部の相手を任せるんじゃなかった。
 何も話していないのに何故状況を詳しく知っているんだ!? どうしてシャーロットへの恋心をそこまで言い当てられるんだ!?
 だが、一度任せたのにマーカス自身が出て行けば、いらぬ波風を立てるかもしれない。最後には顔を出してしまったが、ヒューバートを止めたい衝動をこらえている間に、シャーロットの目の前で洗いざらい暴露された。サイクス警部が帰ったあとで何か言いたいことはあるかとヒューバートに訊ねられたが、マーカスは疲労困憊で文句を言う気力もなくなった。
 幸いなことに、シャーロットはヒューバートの話を、婚約をもっともらしく印象付けるための噓だと解釈したようだった。ヒューバートに「素敵なお話でしたね。どなたかの経験談を参考になさったのですか?」と訊ねて、みんなを笑い転げさせていたが、そのことはもう忘れたいので放っておくことにして。
 会社の主要メンバーたちのみならず、見ず知らずの人々にもマーカスの気持ちはバレバレなのに、何故シャーロットは気付かないんだ? 鈍感にもほどがある。
 シャーロットに慕われていることは、マーカスもわかっている。
 お荷物だと面と向かって言い、よく怒り辛辣なことも言ったのに。それでもシャーロットは感謝の言葉を口にし、きらきらした目でマーカスを見つめてくる。
 そのたびにマーカスは思う。まるで恋をしているような目だと。
 だが、違うということをマーカスは知っている。
 どう考えたって、シャーロットの「好き」は恋愛感情じゃない。

 シャーロットと初めて夜会に出席した日から数日後の夜。
 マーカスは、シャーロットとロレイン、クリフと一緒に馬車に乗っていた。
 今日は観劇のチケットが取れた日だ。行くことになったのはこの四人。行きたがっていたアニーは、ヒューバートに人混みの中は危険だと諭されて今夜は断念。もちろんヒューバートも辞退。人見知りのエディは社交場でもある劇場に来たがらず、パーカー船長は近隣の国からまだ帰って来ない。チケットは六枚あったのだが、二枚は融通してくれた人に返してしまった。使わないなら返す約束になっていたし、ヒューバートからそろそろクリフとロレインの仲を後押ししてやろうじゃないかとこっそり言われたからだ。アニーはその案に乗ることで一緒に行けない悔しさを紛らわせることにしたらしく、ロレインに華やかな夜会ドレスを調達してきて何だかんだ言いくるめて着せてしまった。化粧や髪型も貴族の女性のように整えられたロレインには、無粋なマーカスでも思わず感嘆の声を上げたくらいだった。クリフに至っては言葉もないらしく、ロレインから目をそらし続けている。それはロレインも同じだった。クリフは貴族の服を着ること自体初めてで、普段はぼさぼさのこげ茶の髪も撫で付けられている。今までにないクリフの洗練された装いを見て、ロレインは落ち着かないらしく居心地悪そうに馬車の座席に座ってもじもじしている。
 かくいうマーカスもまた、落ち着かない気分で窓の外ばかり眺めていた。シャーロットの夜会ドレス姿を見るのは二度目だから多少は慣れたが、やはり目のやり場に困る。だいたい、夜会用のドレスは破廉恥なのだ。胸の膨らみが見えてしまうほど襟刳りは広くて、胴にはドレスの身頃がぴったりと張り付いているから、胸がやたらと大きく見える。ほっそりした腰から大きく広がるスカートは、女性らしい身体つきを強調して、普段年齢以上に幼く見えるシャーロットですら、色気のある美女に変身させていた。
 それは料理人デリアの手による結い上げられた髪のせいでもある。台所仕事以外には決して手を出そうとしなかったデリアだったが、何故かシャーロットの身支度には自ら名乗りを上げた。何でも、デリアは昔メイドをしていたことがあって、そのときに女主人の髪を結っていたのだという。
 普段は下ろしたままにしているシャーロットのストロベリーブロンドは後頭部でまとめられ、細い首筋をあらわにしている。シャーロットがいつもする小首を傾げる仕草も、細い首筋が見えることで妙になまめかしく見えるのだ。
 マーカスもそんなありさまだったため、馬車の中ではほとんど会話はなく、これから楽しい観劇に行くとは思えない張り詰めた雰囲気になった。
 だから馬車を降りたとき、マーカスは正直ほっとした。
 が、劇場のロビーに入ると、今度は大勢の人に声をかけられて大変なことになった。
「婚約したんだって!? おめでとう!」
「すごい熱愛ぶりだそうね。ご一緒の方が噂の婚約者?」
 目を向けられて、シャーロットがにこやかに挨拶をする。
「はじめまして。シャーロットと申します」
 すると、マーカスの隣に来ていた女性がシャーロットに意地悪な目を向けて言った。
「シャーロットさん? 今まで社交界でお見かけしたことありませんけど、どちらのお家の方かしら?」
 マーカスは慌てて、シャーロットとその女性の間に割って入った。
「僕にとって、彼女の出自や身分は関係ないんです」
 とっさのことで力みすぎてしまったのかもしれない。女性は怯むと、「ちょっと訊いてみたかっただけですのに」と言いながらそそくさと人混みに紛れる。
 見ていた人の中から、感心した声が聞こえてきた。
「噂は本当だったのね。マーカスさんが婚約者の方を熱愛してるって」
「彼女が男性に話しかけられているのを見てひどい剣幕だったそうじゃない。マーカスさんって意外と嫉妬深かったのね」
 げ。
 ヒューバートたちもあえて触れなかったことを、よりにもよって衆目の中でバラされてしまうなんて。大勢に聞かれてしまったのは仕方ない。問題なのは……。
 マーカスは内心冷や汗をかきながら、こっそりと振り返った。そして余計に冷や汗をかいた。
 反応らしい反応がない……。
 シャーロットは、きょとんとして見つめてくる。
 マーカスが嫉妬していたと聞いて、何も思うことがないのか? ──それとも気にしていないフリして、心の中で動揺しているのか?
 期待がわずかに芽生える。これを機にシャーロットがマーカスを意識してくれないだろうかと。
 その期待は一瞬ののちに砕かれた。
 シャーロットはにこっと笑いかけてくる。
 これは前者だ。何もわかっちゃいない。
「失礼ながら、君はそういったことに淡白かと思っていたんだが、いやはや、そういう情熱的な一面も持ち合わせていたとは」
「素敵ねぇ……昔と比べたらずいぶん垣根が低くなったけれど、それでも身分差を乗り越えたっていう恋のお話を聞くと胸がときめくわ」
 ショックから立ち直る間もなく、次々と声をかけられる。
 クリフとロレインは馬車の中で恥ずかしがっていたのを忘れたように、にやにやとマーカスの様子をうかがっている。手助けをするつもりはさっぱりないようだ。
「マーカスさんはシャーロットさんのどんなところをお好きに?」
「プロポーズの言葉は?」
 ただでさえ社交は苦手なのに、質問攻めにあうとどうしたらいいかわからなくなる。
 あーもう、どうにでもなれっ!
 やけくそになったマーカスは、営業スマイルを浮かべて手当たり次第に答えていった。
「そうですね……多分、彼女の頑張り屋なところです。ときどき無理をするので目が離せなくて、それが恋に変わっていったんだと思います。プロポーズの言葉? ご想像にお任せします」
 これも仕事だと思えば、意外にするすると言葉が出てくる。
 精一杯愛想を振り撒いていると、もうすぐ開演だと知らせるベルが鳴り始めた。すると取り囲んでいた人々は各々席に向かう。
 その流れに乗って指定の座席にたどり着くと、マーカスはシャーロットを先に座らせる。それから自分も隣の席に身を沈めた。
「大丈夫ですか? お疲れのようですけど……」
 シャーロットが小声で話しかけてくる。
 頰の筋肉がぴくっとひきつった。一番気になるのはそこか? 周囲に集まった人たちへの返答は本心だ。マーカスには偽りをまことしやかに話すような器用なことはできない。だから羞恥をかなぐり捨ててシャーロットが聞いていることも承知で話したのに、どうやら彼女の胸にマーカスの言葉は響かなかったらしい。
 マーカスが「大丈夫だ」と返事をしてからもシャーロットは心配そうにしていたが、いざ舞台の幕が上がると、あっという間に夢中になった。
 ひとの気も知らないで……。
 心の中で不平を呟きながら、マーカスは苦笑する。これが惚れた弱みというやつだろうか。シャーロットに振り回されっぱなしだというのに、もやもやしたり腹が立っても嫌いになることはない。
 観客席が薄暗くてよかった。今はきっと顔がだらしなくにやけていることだろう。みんな舞台に夢中で他人の顔など見ていないと思いながらも、口元を手で覆って隠さずにいられない。
 何しに来たんだよ。観劇に来たんだろ?
 自分にそう言い聞かせて舞台に集中したものの、ストーリーが進むにつれマーカスの頭は痛くなってきた。
 ストーリーは、ある令嬢に恋をした主人公の青年貴族が様々な方法でアプローチするのだが、鈍感な令嬢には一向に通じないといういわゆるラブコメディだ。
 マーカスとは関係のないストーリーのはずなのに、劇が進めば進むほど自分を見ているような気がしてしまってツラい。
 事前に内容を確かめるべきだったと後悔したが、もう遅い。人気だというだけでチケットを譲ってもらったのが敗因だ。
 だが、興奮して舞台に見入るシャーロットを横目でちらっと見るだけで、やっぱり連れて来てよかったと後悔が和らいでいく。
 こんなにはしゃいだ様子のシャーロットを見るのは、今日が初めてだった。いつもおっとりにこにこするばかりで、心から笑っているのを見たことがなかったから。他の観客と一緒に声を上げて笑うシャーロットは、本当に楽しそうだ。そんな彼女を見ていると、マーカスもちょっとだけ幸せな気分になってくる。──これでシャーロットが笑っているのが、マーカスに酷似している主人公でなければいいのに。

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