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枯れた薔薇_カバー1

リセアネ姫と亡国の侍女

ナツ / 著
山下ナナオ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-022-3
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2017/08/28
フェアリーキスピュア

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内容紹介

「いつか君を迎えに行くから、待っていて欲しい」
国を滅ぼされた亡国の皇女パトリシアと、彼女を助けた隣国の王太子クロード。結ばれない運命のもと深く愛し合うふたりに、クロードの妹リセアネはヤキモキしていた。パトリシアを侍女として伴い、大国の皇帝グレアムに嫁ぐことになったリセアネは、ふたりの恋が実るよう奮闘する。一方グレアムは、14才もの年の差の政略結婚とわりきって、リセアネを子供扱いしていた。しかし無邪気でいながらも聡明で王妃の務めを果たそうとするリセアネを愛しく思い始め、リセアネの願いを後押しして……「すべてがうまく運んだ暁には貴女をもらおう」ふたりの王女の恋の行方は!? 甘い恋と思惑渦巻く王宮ラブファンタジー!
『ナタリア姫と忠実な騎士』スピンオフ作品! 年の差政略結婚と、叶わぬはずの王太子との恋。ふたりの王女が繰り広げる、甘々王宮ラブロマンス。

立ち読み

「あれくらいお安い御用だよ。ドレスに映える宝飾品も準備してあるから、明日はリセやナタリアと一緒におめかしして来るといい」
 クロードの親切な口調に、ティアの胸は切ない音を立てた。
 二人の妹姫をこよなく愛しているクロードのことだ。彼女達と年の近いティアも、妹のように思えて放っておけないのかもしれない。それだって望外な温情だと思うのに、寂しさが拭えない。
 美しい菫色の瞳を正視できず、ティアは俯いた。
【お花もありがとうございます。殿下からだとは気づかず、お礼が遅くなりましたが、いつも心慰められておりました】
 固い手の平に、指を走らせる。こうして気安く触れることが出来るのも、おそらく今夜限り。
 ティアは、全神経を指先に集中させた。
 これ以上はどこにも行けない道の果てに立ちながら、それでも恋情を消すことは出来そうにない。
 一生秘めていかねばならないのなら、せめて思い出が欲しい。
 愛しい人の温もりを、この指で覚えておきたかった。
「そう言ってもらえて私も嬉しいよ」
 クロードは一旦口を噤み、空いている方の手を持ち上げた。
 何をするのだろうと目で追うティアの顎に、長い指がかけられる。
 そのまま上を向かされ、否応なしに目を合わせられた。
「……ティア。今、君が泣きそうになっているのは、私との別れが辛いから?」
 尋ねるクロードの瞳こそ、苦しげに歪められている。
 ティアは知らずに頷いていた。頷いた後でしまった、と焦る。
 慌てて訂正しようとした次の瞬間、ティアはクロードの腕の中にいた。
 柔らかな温もりがティアの髪に落ちる。キスされているのだと気づき、全身が熱くなる。
 クロードの引き締まった腕はティアの背中に回されていた。わずかな隙間さえ許したくないと言わんばかりに、クロードは腕の力を緩めない。
 驚き固まっていたティアだったが、ようやく自分の置かれた状況を把握し、身動ぎした。
 腕の中から抜け出そうとするティアの精一杯の自制を、クロードは懇願で封じてしまう。
「ごめん、離せない。今だけ。……今だけ許してくれないか」
 激情を堪えたクロードの声に、ティアは気づいた。自分一人の想いではなかったのだ。
 震えるような歓喜が湧き起こったのも一瞬。ティアはすぐに悟った。
 互いの立場が、身分が、この恋を決して許しはしない。
 クロードもそれは分かっている。
 ティアはきつく目を閉じた。声を出せないことに、今だけは感謝したい。
 口が利けたなら伝えずにいられなかっただろう。
 あなたが好きです。大好きです。心の中で壊れたオルゴールのように繰り返す。
 言葉の代わりにティアは、クロードの背中に手を回した。
 無言で抱きしめ合った二人は、束の間の逢瀬にお互いの想いを封じた。


 舞踏会当日。
 侍女達によって髪を結い上げられ、化粧を施されたティアは、青紫のシフォンタフタのドレスを着せ付けられた後、リセアネの隣に立たされた。
 仕上げに翡翠の耳飾りと首飾りをつけたティアの姿を見て、周りは大はしゃぎだ。
「なんて美しいんでしょう!」
「ティア様、とても素敵ですわ!」
 口々に賞賛され、ティアはどうしていいか分からなくなった。これほど綺麗な恰好をしたのも、褒められたのも生まれて初めてだ。
 リセアネはひどく満足げにティアを眺めた。
「とっても素敵よ、ティア。今夜のあなたの仕事は、しゃんと背筋を伸ばして、楽しい時間を過ごすこと。分かったわね?」
 会場であるホールに登場した後も、あの美しい人は一体誰なのか、と囁かれ、ティアのもとにはひっきりなしにダンスの誘いを申し込もうとする青年が押し寄せた。
 これまでも幾度かリセアネの付き添いで夜会に参加したことはあるものの、今夜集っているのはサリアーデでも有数の貴族ばかりだ。どう断れば失礼に当たらないのかが分からない。
 困り切ったティアに救いの手を差し伸べたのは、ノルンだった。
「私がエスコートしましょうか、ティア殿」
(よろしくお願いします)
 ホッとしたティアが赤く彩られた唇だけ動かしてそう告げると、滅多なことでは動じないノルンまで照れくさそうに鼻の頭をかいた。
(お仕事はよろしいのですか?)
「今夜は非番ですよ。というより出番がないのです」
 今夜のパーティには王と王妃が出席している。一際高い場所に設えられた二つの王座から、離れること数段下。ノルンの示す先には、数名の近衛騎士が国王夫妻を守るように配置されていた。
「ナイジェル伯にカイト殿。どなたも優れた武勇を誇る、近衛騎士の中の精鋭です」
 感心したように頷くティアに、ノルンは優しく話しかけた。
「フェンドルへ行くのは、ティア殿一人ということになったそうですね」
 リセアネは数名の侍女を連れて行く心積もりだったのだが、グレアム王が他の者達の同行を遠まわしに拒絶してきたのだ。もちろん、騎士を連れていくことも出来ない。
 ノルンの勤めは、じきに終わる。十六歳のリセアネに剣を捧げた時、ノルンは二十五歳だった。
 あれから六年。苦労がなかったとは言わないが、彼はリセアネを妹のように愛しんできた。
「私どもの大切な姫です。どうかよろしくお願い致します」
(この身に代えましても)
 真剣な面持ちで請け負ったティアに、ノルンは軽く首を振った。
「それはいけない。姫様だけではなくティア殿にも健やかであって頂かなくては、クロード殿下が悲しまれます」
 クロードとティアの仲睦まじさは、星の宮付きの者の間では有名な話だ。
 ノルンにからかわれ、ティアは恥ずかしげに俯いた。
 遠目で二人のやり取りを見守っていたクロードは、無意識のうちに拳をきつく握りしめていた。
「兄様。そんなに怖いお顔をなさらないで」
 リセアネが傍らのクロードを諫める。
 トリシア王妃は扇で口元を隠しながらころころと笑った。
「クロードったら。ノルンは親切心で付き添っているのよ。それに、そんな熱い目で見つめていたら、ここにいる全ての方に貴方の心の内が分かってしまうわ」
「母上に何を吹き込んだのかな」
 素早くリセアネを睨んだクロードに、トリシア王妃は肩をすくめた。
「いいじゃないの。彼女の境遇は陛下から聞いていてよ。立派な志の娘だわ。私は応援するわよ?」
 いかにも母の言いそうなことだ。
 王妃という立場にありながら、トリシアには昔から夢見がちなところがある。彼女が三人の子供に好んで読み聞かせたのは、身分違いのカップルが出てくるお伽話だ。
『そして二人はいつまでも幸せに暮らしました』
 パタンと絵本を閉じるたび、トリシアはいつも満足そうだった。
「ティアは侍女です」
 王妃は悪戯っぽい笑みを浮かべ、頑なな息子に向かって片目を瞑ってみせた。
「今はね? でも可能性はどんな時も消えないものよ。そこに愛がある場合は特に」
 頭を抱えそうになったクロードの背中を、リセアネが手にしていた扇でつつく。
「こんなところで眺めていないで、ティアをダンスに誘ってはいかが? 主催者側としての義務は果たしたのですもの、後は誰と踊ろうが構わないはずよ」
 確かにクロードは、二人の妹、そして主だった貴族の令嬢方と一通りダンスを済ませている。
「……そうだな」
「ついでに、例の花言葉も打ち明けていらっしゃったら?」
 リセアネは、にんまりと猫のような笑みを浮かべた。
「君だけは敵に回したくないと心から思うよ、リセ」
 腹立たしげにクロードが呟くと、リセアネは上機嫌な顔で「兄様だけには言われたくないわね」と言い返した。
 クロードはそっと移動し、ノルンと共に壁際でくつろいでいるティアに近づいた。
 王太子の姿にいち早く気づいたノルンは、そっと彼女から距離を取る。どうしたのだろうと不思議に思ったティアの背後から、甘い低音が聞こえた。
「一曲お相手願えますか?」
 ティアは信じられない思いで振り返り、請われるままにクロードの手を取った。取った後に、自分が踊れないことを思い出し、ティアは悲しくなった。
(申し訳ありません、殿下。私は――)
「分かっているよ。私を信じて」
 クロードも予想していたのか、一番簡単な曲が流れるのを見計らってダンスホールに滑り出た。
「大丈夫。……左、揃え、後ろ、揃え、右、揃え、前、揃え。ほら、たったこれだけだ」
 クロードの声に合わせて、言われた通りに足を動かす。彼のリードが巧みなお陰で、何とか恰好がついた。まるで魔法だ。ティアは感激に瞳を潤ませ、クロードを見上げた。
「とても上手ですね」
(……ありがとうございます)
 衆目がある為か、クロードの態度は改まったもので、ティアは言い知れない寂しさを覚えた。
 この曲が終われば、すぐにクロードは立ち去るだろう。時が止まればいいのに、と願わずにいられない。
「ルクレティア嬢は、パトリシアという花を知っていますか?」
 突然クロードに尋ねられ、意表を突かれたティアはすぐに返事をすることが出来なかった。
 知っているも何も、クロードが密かに贈り続けてくれていた花だ。クロードは口元を引き結び、返事を待っている。ティアはぎこちなく頷いた。
「では、花言葉も?」
 戸惑いながらティアは首を振る。クロードは見惚れるほど鮮やかな笑みを浮かべた。
「変わらぬ愛を君だけに捧ぐ、というのですよ。ロマンティックでしょう?」
 そこで言葉を切り、クロードはじっとティアを見つめた。ほんの数秒だったが、想いのこもった眼差しに囚われ、ティアの耳は赤く染まった。
 ダンスの締めくくりとして、クロードはティアの手を取りキスを落とした。
 手袋越しの温もりと共に、小さな声が落ちる。
「君を忘れないでいること、どうか許して欲しい」
 クロードの声は人々のざわめきと音楽に呑まれ、すぐに消えた。
 自分に都合の良い幻聴だったのかもしれない。それでもいい。
 ティアは去って行くクロードの背中を見送りながら、キスの感触の残る右手を胸に引き寄せた。


◇◇◇◇◇


 その夜、リセアネは久しぶりにグレアムの訪れを受け入れた。
 どういうつもりであんな態度を取ったのか、問い詰めるつもりだった。
 だが実際グレアムを目の前にすると、言葉が出てこない。何を言っても泣き言になりそうで怖かった。リセアネはしばらくグレアムを睨んでいたが、やがて諦め、寝台に潜り込んだ。
 グレアムは慣れた手つきで掛け布を引き上げ、リセアネを包み込む。
「今夜は随分、大人しいのだな」
「……一日中一緒でしたもの。何も申し上げることがございませんわ」
 視線が絡むのを恐れ、リセアネは天井を見つめたまま小さく答える。
 頑なにこちらを向こうとしないリセアネの耳が赤く染まっているのに気づき、グレアムは淡く微笑んだ。
 胸の内を知った今となっては、彼女の仕草の一つ一つに己への恋慕を読み取ることが出来る。
 リセアネを安心させたい。もう何も心配はいらないのだと囁き、抱きしめたい。
 王妃を脅したランズボトムには、それなりの報いを受けてもらうつもりだ。そしてその仕返しは、リセアネがいなくては実行出来ない。
「貴女の父君から私信が届いた。クロード殿下の誕生パーティを開くそうだ。その場で国王自ら、王太子妃の選定へ入ると宣言をされる心積もりらしい」
「なんですって!?」
 リセアネは、寝耳に水の知らせに飛び起きた。
 今月に入ってからクロードより来た手紙を思い返してみるが、そんなことは全く書かれていなかった。
 だとすればクロードの意志とは関係なく、父がいつまでも身を固めようとしない王太子に痺れを切らし王太子妃選びに乗り出したということだ。
 まさかこれほど早く、事態が動いてしまうとは。
 リセアネが公務に励んでいたのは、己の地位固めの為でもあった。
 多くの貴族と親交を深め、発言力を増した後で、ダルシーザの象徴としてティアの身分を戻すことを提案する。ティアではなくパトリシア皇女なら、クロードの隣に立てる。大切な二人が幸せになること。リセアネの夢が、夢のうちに終わろうとしている。
「王妃はクロード殿下に気の進まない婚姻を結んで欲しくない。そうだな?」
「もちろんです! 大切な……大切な兄なのです。私は、兄が我が儘を言うのを聞いたことがありません。恐ろしく義務感が強い方だから、きっと父の進言を受け入れるわ」
 話しているうちに感情が昂ぶり、リセアネの声は震え始めた。
「一体、どうすればいいの。……どうして間に合うと思ったのかしら。私に出来る筈がなかったのよ。ティアに合わせる顔がないわ」
 リセアネの頰を伝う大粒の涙を、グレアムの無骨な手が拭う。
「頼むから泣いてくれるな。それに私の妃を悪く言うのは、今後一切やめてもらう」
 グレアムの声にリセアネは濡れた瞳を上げ、きっと睨みつけた。
「下手な慰めはいりません。陛下だってそうお思いでしょう? 少し考えれば分かることも分からない、浅はかな女です」
「いや、違う。貴女を貶めるつもりはなかった。あの時はカッとしてしまった」
 グレアムはすかさず首を振り、疑心に満ちたリセアネの前で深々と頭を下げた。
 一国の王であるグレアムが、誰かに頭を下げることはない。許されてもいない。
 リセアネは蒼白になり、グレアムに縋り付いた。
「陛下!? なりません! どうか顔をお上げになって!」
 懸命に頑強な肩を揺さぶってみるものの、グレアムは微動だにしない。
 リセアネは何とかしようと必死だった。グレアムの両頰を包み、力任せに引き上げる。
 ようやく目が合うと、グレアムは熱の籠った強い眼差しでリセアネを射抜いた。
「本当にすまなかった。私の失言を許してくれるか? 気の済むまで罵ってくれていいから」
 グレアムの真摯な謝罪に、リセアネは堪え切れなくなった。
「……私が悪かったのです。自分の気持ちを偽るべきじゃなかった。本当は嫌だったのに。あなたを誰にも渡したくなかったのに!」
 切々と訴えるリセアネを、グレアムは攫うように抱きしめた。
「その言葉がどれほど嬉しいか……。貴女を愛している。リセアネだけが私の妻だ。エレノア嬢には指一本触れていない。剣に誓っていい」
 リセアネの頭の中は真っ白になった。
「……本当に?」
「ああ」
「それが噓なら、塔から身を投げてやるわ」
 グレアムの胸に頰を擦りつけ、リセアネはくぐもった声で彼を脅した。
「王城に塔はないな」
 事実を告げると、背中をつねられる。
 甘い痛みがリセアネの触れたところから広がり、グレアムを陶酔させた。
 二人はしばらくお互いを抱きしめ合い、温もりを分け合った。
 リセアネが落ち着くのを待って、グレアムはこれまでの経緯を説明した。
「兄様が、陛下に手紙を?」
「グレアムだ」
「もう! いちいち訂正するのはおやめになって。話が進まないわ」
 愛らしく膨らんだ妻の頰を、グレアムは指で押してへこませた。
「貴女が私の名を呼ばないのが悪い。次に陛下と呼んだら、尻を叩くぞ」
 私が痛がることを本気でなさるはずないわ。リセアネは思ったが、口に出すのは避けた。
 グレアムの話によると、クロードはこの半年、何度も書状を寄越し、会談を求めてきたらしい。
「少し待って欲しいと書き送っても、すぐに次の手紙が来るんだ」
 グレアムのぼやきに、リセアネは恥じ入った。
「いつもはもっと慎重なのです。兄様ったら、よほどティアが恋しいのね」
「今の私には理解できる。リセがサリアーデに里帰りしたら、三日置きに帰還の要請を出すからな」
 リセアネはくすくす笑い、「それでどうされるのですか?」と先を促した。
「サリアーデへ行ってくる。クロード殿下の婚約が正式に決まってしまう前に、貴女の父君と話をしようと思う。クロード殿下を挟んで話すより、その方がいいだろう。私に任せてくれるか?」
「もちろんですわ!」
 リセアネは両手を揉み絞って懇願した。
「ティアを兄様に嫁がせる方法があるのなら、どうかお力添え下さいませ。私に出来ることがあるなら、どんなことでもします。……出来ることがあれば、ですけれど」
 リセアネの声は次第に小さくなり、最後の言葉は自信なさげに付け加えられた。
 グレアムは、やれやれ、と呟き、リセアネの瞳を覗き込む。
 二人はしばらくお互いに見入った。見間違えようのない恋慕を互いの瞳に見出し、やがてどちらからともなく唇を合わせる。
 経験のない妻を驚かせないよう、グレアムは忍耐力を総動員して軽いキスにとどめた。
「卑下するのはやめろと言ったはずだが? 私の妃は勇敢で、正義感が強く、公平な女だ。頭もいい。情が深すぎるきらいはあるが、そこも美点だと思っている」
 グレアムの言葉に、リセアネは思わず噴き出した。
 心が羽のように軽く舞い上がる。勇敢で公平? 頭がいい? 今まで誰にも言われたことはないが、グレアムが言うのならそうかもしれない。急に自信が湧いてくる。
「そんなことを仰るのは、世界中を探しても陛下くらいだわ」
「それなら良かった。誰にも決闘を申し込まずに済む」
 グレアムはすかさず答え、リセアネを幸せな気分にさせた。
「では、私にも何なりとお申し付け下さい」
 涙の跡をぐいと拭ったリセアネが、勇ましく言う。グレアムは力強く頷いた。
「たくさんあるとも。共にやり遂げよう。ランズボトムは思惑が外れ、歯嚙みするだろう。私の警告を無視し、我が妃を脅したのだ。報いを受ける覚悟はあるはずだ」
「宰相閣下は有能な方なのでしょう? それに、陛下に直接仇なそうとされたわけではないわ」
 リセアネがランズボトムを庇うような発言をしたので、グレアムは大いに驚いた。
「あれを恨んでいないのか?」
「私が?」
 リセアネは心外だと言わんばかりに眉を顰めた。
「いいえ。私があの方でも賭けに出たでしょう。娘を正妃にするのに、どれだけの労力を費やしてきたことか。それをポッと出の女に台無しにされて、黙っていられるものですか」
 啞然とするグレアムに、リセアネは肩を竦めてみせた。
「有能な男は野心を抱くものだけれど、主が誰かをしっかり教え込めば確かな剣になるそうですわ」
「……参ったな。どこでそんなことを覚えてくるんだ」
「あら、私は王女でしたのよ?」
 リセアネの生意気な返答に、グレアムは嬉しくなった。
 膝の上に座ったままの彼女を再び抱きしめ、髪に口づける。
「では、ランズボトムにしっかり手綱をつけるとしよう」
「そうなさいませ。敵を作るのは簡単です。味方を増やしてこその王ですわ」
 リセアネの明朗な励ましに、グレアムは痛快な気分になった。
「他にはありませんの? 兄とティアの為に骨を折って下さる陛下に、私も報いたいのです」
 リセアネは顎に指を当て、考え込み始める。グレアムは身を屈め、その細い指に口づけた。
「では、全てが上手く運んだ暁には貴女を貰おう」
「……なっ!」
 リセアネは火傷したかのように指を引っ込めた。グレアムの言葉の意味が分からないほど子供ではない。頰がかあっと熱くなる。
「返事は?」
 驚きと羞恥で混乱してしまったリセアネは、掛け布の中にもぐり込んだ。頭まで毛布を引き上げ、布越しにくぐもった悪態をついてくる。
「――陛下は意地悪ですわ!」
「そうだろうか。妻にここまで甘い夫もなかなかいないと思うのだが」
「もう何も仰らないで!」
 毛布にくるまったまま身悶えするリセアネは、まるで芋虫のようだ。
 グレアムは可笑しくなった。だが口に出すのは良くないのだろう、と賢明にも口を閉ざす。
 芋虫王妃の隣に寝そべり、毛布ごと強く抱き締めれば、リセアネは再びかちこちに固まった。

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