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華燭の追想_カバーデータ

華燭の追想

夜原月見 / 著
涼河マコト / イラスト
ISBNコード 978-4-86457-317-7
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2016/05/27
発売 ジュリアンパブリッシング

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内容紹介

ライノーレ王国の女王となったリディア。一度は諦めた美しき宰相アレクシスとの恋が実るとは思いもしなかった。「あなたを抱くのは10年ぶりだ」甘いアレクシスの囁きを受けながら、思いを馳せるのは8代前のマリアンヌ女王のことだ。王家の呪われた伝承のため幽閉生活を送っていた第一王女マリアンヌ。彼女もまた偶然出会った将軍クライスとの恋を女王戴冠と同時に実らせたのだった。ライノーレ国で花開いたふたりの女王の王宮ラブファンタジー!

立ち読み

 ――スズランをもらうまで、リディアはアレクシスを兄だと思っていた。

「お土産です」
 アレクシスから差し出されたのは、一本のスズランだった。
 クリスタルの一輪挿しごと、赤子を包むように純白の包装紙を何枚も重ね、仕上げに銀色の細いリボンで飾られていたスズランに、リディアは目を輝かせた。
 その前日、リディアはレイモンド・マルティン副将軍の日記に、歴史講義の一環で目を通していた。
 マリアンヌ女王との婚約にあたり、クライス将軍がスズランを贈ったと記されたページで、「スズランって綺麗だよな。いいなぁ」とうっとりと呟いたのを、王太子だった兄とともに講義を受けていた宰相の息子アレクシスに聞かれてしまっていたようだ。
「ありがとう、一生大事にする」
 当時リディアは七歳だった。まだ幼い第一王女の無邪気な笑顔を前に、十歳になっていたアレクシスは小さく笑った。
「一生は無理ですよ、枯れてしまいますからね」
「一生枯らさないようにするもん」
 頰を膨らませてむきになると、アレクシスは宥めるように頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「枯れる前に、また差し上げますよ」
 それから十日に一度ほどの頻度で、花が一輪だけ、リディアの自室の窓辺に置かれるようになった。スズランが咲かない季節は、白色をした別の花が代わりに置かれた。雪深い時季は、小さな雪うさぎがちょこんと載ることもあった。
 秘密の恋に気づいていた人は少なくない。けれどみんな見逃してくれた。
 理由は二つ。
 一つは、寄宿舎に入ってから王室に関心を失った兄のぶんまで、リディアが一手に政務を引き受けるようになったから。要するに、尻拭い役。嫁に出ることしか期待されていない第一王女に、その役目は割に合わないことが多かった。
 もう一つは、二人とも自制心を保っていたためだった。
 王女と宰相は結ばれることなく、いずれ別れの日を迎える。よくも悪くも生真面目だった二人は友愛以上の関係に踏み込もうとしなかったので、むしろ、「淡い恋くらいさせてあげてもいいんじゃないのか」と周囲の同情を誘っていたようだ。

 ――そんな二人の関係が進展したのは、リディアが十三歳の頃のこと。

「王太子殿下はいずこに……!」
 朝目が覚めると、脱走した兄の捜索で城中は大騒ぎになっていた。
「兄上がいかがした?」
 廊下を走っていた侍従を捕まえて訊くと、「リディア殿下は王太子殿下の居所をご存知ありませんか」と問い詰められる始末だった。
 兄は反抗期に入ってから政務をすっぽかすようになっていたが、その日の公務は外国の来賓を迎えての軍事パレードで、「サボりました」ではとても済まされないものだった。
 リディアはしばし考えてから、言った。
「兄上は急病で欠席したことにする。宰相とアレクシスに、私が代理を務めると伝えろ」
「国王陛下には何と申し上げますか」
「父上は今日の準備でお忙しいだろう。これ以上煩わせることがないようにと、宰相に言っておけ」
 侍従は「助かった」と顔に書いて、さっそく来た道を全速力で引き返して行った。
 リディアは寝衣を脱ぎ捨てながら、「父上があてにならない人だから、こんな大騒ぎになっているんじゃないのか?」と溜息を吐いたが、来賓の最前列での観兵式には特別な支度が要る。着替えの時間すら惜しい今は、愚痴ることも面倒だった。
 兄は翌朝、城下をぶらついていたところを発見されたらしい。
 らしい、と言うのは、リディアは風邪による高熱を隠して代理役を果たした直後、倒れてしまったからだ。
「もう倒れて構いませんよ」
 無事、全てのスケジュールを終えて城に戻ると、アレクシスがにっこりとして腕を広げてくれた。
 誰一人として、リディアが体調不良をおして観兵式に臨んでいたことに気づかなかったのに、アレクシスだけは見抜いていたのだ。
 公務を終えた安心感もあって、ほとんど気を失うように差し伸べられた腕の中に倒れ込み、リディアは恋心を自覚した。
 兄だと思っていた人は、兄であって欲しかった人になっていたのだけれど、絶対的な信頼はいつしか恋に変わっていた。「やっぱりアレクシスが好きだなぁ」。熱に浮かされた頭で、そんなことを思っていた。
「――……リディア様。具合はいかがですか」
 看病についていた侍女が氷水の追加に出て行った隙に、アレクシスが様子を見に来てくれた。
「もう大丈夫だ。心配させたようで悪かったな」
 アレクシスは起き上がろうとするリディアを押しとどめ、熱で上気する額に掌をあてた。
 まだ高熱の残る熱い額に、大きな掌は冷たくて心地よい。
「今日はご立派でした。こんなに熱があったのに……よく頑張りましたね」
 優しく前髪を梳いてくれるアレクシスに、リディアの胸がどきんと音を立てた。
 アレクシスは滅多にリディアを褒めない。できて当然のことを称えるような人ではないのだ。
「……私だって反抗期なのにな」
 リディアは一言だけ、ぽつりと弱音を口にした。いつになくアレクシスが優しいせいもあり。高熱で頭が沸いていたせいもあり。
 反抗期をやりすごしたアレクシスに言うべきことではない、とわかっていたが、その日リディアの心は不安定だった。
 頼りない父王。何かにつけて反抗的な双子の兄。
 こんな時母がいたら、と思うのだけれど、残念ながら母は三歳の時に病死していて、リディアには彼女との思い出は欠片ほども残されていない。
 将来のことが不安で不安で仕方ない時期だった。気づけば、涙がぽろりと眦から流れ落ちていた。
 ごめん、と謝って涙を拭おうと頰に手を伸ばす。と、その手を包み込むようにアレクシスが摑んだ。
「……え?」
 次の瞬間には、アレクシスの唇がリディアのそれに重ねられていた。
 キスされたのだ、と気づいたのは、柔らかな唇が何事もなかったかのように離れてしばらく経ったあとだった。
「う、移ったらどうするんだよ。か、風邪を引いてるんだぞ、熱が出るんだぞ」
 狼狽するリディアに、アレクシスは端整な顔でいたずらげに笑んだ。
「風邪は他人に移すと治ると言いますしね。さあ、もうおやすみになって」
 アレクシスは摑んでいたリディアの手を布団に入れ、愛しげな手つきで肩のあたりをゆっくりとしたリズムで軽く叩いた。
 一気に熱が上がってしまったのだろうか。リディアは頭をくらくらとさせたまま睡魔に襲われた。
 アレクシスとキスをした。夢のような出来事に、胸がどきどきと鼓動を打ち鳴らしていた。
 目が覚めると、枕元の一輪挿しに新しいスズランが活けられていた。だから、昨夜のキスは夢なんかじゃない。

 ――そうして縮まったかのように見えた二人の関係は、けれど後退する時を迎えた。

 リディアが十五歳の頃のことである。
「リディア。そなたの婚約が決まりそうだよ」
 父王に告げられた嫁ぎ先は、北部山脈の遥か向こうにある同盟国。相手は三十歳になる国王だった。跡継ぎを産める後妻が欲しいと打診があったのだそうだ。
「悪くないお話だと思います。進めてください」
 恋の死刑宣告に、リディアは潔い返事をした。
 いつかは嫁に出なければならない。ならば、いっそ遠方でよかったと安堵したほどだった。
 アレクシスを綺麗さっぱり忘れるのに、ぴったりの環境だと思っていた。他国王家の一員として身を粉にして働こう。そう思っていたのだ。
 婚約打診の話が出て以来、アレクシスとは城内ですれ違っても不必要に会話をしなくなっていた。
 そして、花も届けられなくなった。
 アレクシスが隣国への留学を取りやめ、宰相となったのはその翌月のこと。彼もリディアを忘れる努力を始めたようだった。

 ――決定的な終止符を打ったのは、その翌年。十六歳の時である。

 リディアが二十歳になったら、嫁入り準備のために同盟国の王家に行儀見習いとして出国することが決まった。
 相手国側は「今すぐにでも来て欲しい」と言ったそうだが、父王と兄が渋り、二十歳まで先延ばしにされたようだ。
 なぜ今すぐ出国させてくれないのだろう、とリディアは愕然とした。
 あと四年も、人形の振りを続ける自信がない。
 手を伸ばせば届く距離に好きになった男がいるのに、触れてはいけないだなんて、なんの拷問だろうか。王家に尽くしてきた末の仕打ちがこれだと言うなら、リディアの努力では不足だったということなのだろうか。あるいは、禁忌の恋を育んでしまった罪を贖えということなのだろうか。
 悩みに悩んだ末、リディアは王城庭園の隅に咲いていたスズランを一輪手折り、文を結んで宰相室の執務机の上に書類とともに置いた。
 その夜、呼び出した客室にアレクシスは指定した時間どおりにやってきた。
 好きだった、と過去形で想いを告げて、この恋を終わりにするつもりだった。
 なのに、見慣れたはずの長身と逞しさを増しつつある体軀を目にした途端、リディアの瞳からは涙が溢れ出た。
 あとからあとから流れ出る涙を止めることができず、声すら出せない状態だった。
「――私と逃げてくれませんか」
 アレクシスの腕がリディアを強い力で抱き寄せた。
「そんなこと、できるわけがないだろ」
 リディアはアレクシスの厚い胸板を押し返したが、引き寄せようとする彼の力のほうが強かった。
「誰も知らない遠くまで、逃げてしまいましょう。あなた一人くらい、養ってみせます」
 全身をすっぽり抱き締める体温に、リディアが抗う気力を失くしたのはすぐのこと。
 恐る恐る顔を上げるのが先だったか、アレクシスの長い指がリディアの頤を摑み上げるのが早かったか。リディアは背の高いアレクシスを振り仰ぐようにして、真っ直ぐに降ってきた口づけを受け入れた。
「ん……ふ、……っ」
 アレクシスは唇を角度を変えながら深く重ね合わせ、リディアの小さな唇を舌先でこじ開ける。

 ――宰相アレクシスの持つ恐ろしいほどの美貌を再認識した日でもあった。

 細く柔らかな髪は太陽の光を紡ぎ合わせたかのような金色に艶めき、晴れた日の青空と同じ色をした切れ長の目元は涼しげだ。肌も白磁の陶器のようになめらかで、神のいとし子のような容貌をほしいままにする彼が、黒髪に黒瞳の夜色をしたリディアに落ちてしまうのが恐ろしくて、けれど同じくらい愛おしくて抱擁を拒めなかった。
「……ん、ッあ……!」


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