ランドリーランドリー | 株式会社Jパブリッシング

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ランドリーランドリー_書影大

ランドリーランドリー

火崎 勇 / 著
有馬かつみ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-117-6
サイズ 文庫本
本体価格 本体685円+税
発売日 2018/06/18

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内容紹介

ゲームD×小説家の甘恋❤
小説家の再会ラブ❤ 同じ人にもう一度恋をする
小説家の吉富が憧れの先輩・上杉と偶然再会したのは雨の日のコインランドリー。吉富の片思いで終えた初恋だったが、臆病だった過去の自分に決別し、勇気を出して声を掛けた。腹が減っているという上杉に手料理を振る舞い、親しい友人のような関係が続くが、突如「お前の寂しさを埋めてやってもいい」と押し倒されてしまう!! 売りをやっていると誤解され身体を求められるが、吉富から関係を断つことは出来なくて…。ゲームディレクター上杉と小説家吉富の切ないラブストーリー♥
★初回限定★
特別SSペーパー封入!!

人物紹介

ペンネーム吉富那智(本名 古川宗一)

どんなジャンルも執筆できる、小説作家。

中学時代の片思いの上杉先輩に再会して、もういちど恋をはじめる。

上杉亮志(うえすぎ りょうじ)

ゲームディレクター。

家事が得意で健気な小説家の吉富に惹かれはじめる。

立ち読み

 雨は止まず、自分の洗濯機が止まる前に二人の人間が姿を見せた。
 一人は中年の男性で、視線を合わせることもなく淡々と自分の洗濯物を取り出して、乾燥機もかけずにまた出て行ったが、もう一人は若い女性だった。
 俺という若い男の存在が気になるのか、わざわざ持っていた大きなトートバックを洗濯機の中に突っ込み、洗い物が見えないように詰め替え、何度もこちらを窺っていた。
 まるで俺が彼女の下着を狙ってるのではないかと警戒するように。
 そして黙ったまま、一番隅の乾燥機にそれを移し替え、また出て行った。
 再び誰もいなくなると、すぐに俺の使っていた洗濯機が止まったので、彼女が使っているところから一番離れた、入口に近い乾燥機の中へ洗濯物を移し替える。
 二十分だとまだ少し湿っているのだが、長居をしたくなかったので、その分しか金は入れなかった。
 もう読める雑誌もないし、することもないなあと思って再び丸椅子に座り直した時、突然男が一人飛び込んで来た。
「あー、チクショウ、もうダメだ」
 大きな声でそう言って。
 見ると、男は手ぶらで、洗濯物どころか傘も持っていない。
 スーツの上着を頭っから被り、白いワイシャツは濡れて肌に張り付いている。
「悪いな、ちょっと一緒にいさせてくれ」
 男は俺に気づいて振り向くと、白い歯を見せて笑った。
 彫りの深い、キツそうな顔立ち。
 あっさりと短く整えられた髪は、ぐっしょり濡れて乱れている。
 スーツを着ているところを見るとサラリーマンなのだろうが、体格がよいせいか酷く粗野な印象を与えた。
「酷い雨だな」
「ですね」
 他人に話しかけられたくないと思っていたのに、俺はそれに相槌を打った。
「傘、どうなさったんです?」
 そしてこちらから話しかけもした。
「電車に置いて来たのを改札出てから気づいたんだ」
 澱みのない低い声。
「それは大変ですね」
「お陰でこの有り様だ。家までダッシュすりゃあ何とかなるかと思ったんだが、寒いし痛いし
我慢できなくてな。思わず明かりに飛び込んだ」
「痛い?」
「雨粒がな」
 ああ、酷い降りだから。
「あの…、寒いならそこの乾燥機、俺が使ってるヤツですから、その前に椅子を持ってきて座られたらどうです? 少しは温かくなりますよ?」
「そうだな…。そうするか」
 彼は俺の言葉に従って、隅にある丸椅子を引っ張って来ると、乾燥機によりかかるようにして座った。
「はー…、背中あったけぇ」
 俺は着ていた上着のポケットの中を探った。
 機械に受け付けてもらえない百円玉があったら嫌だと、多めにもってきたジャラ銭はまだ残っている。
 それを確認してから入口のすぐ横にある自動販売機へ向かい、温かいコーヒーを二本買った。
 らしくないことをして、指が震えそうだった。
「一本どうぞ」
 近づくと、酒の匂いがする。
 この雨の中を走って帰ろうっていうのは、飲んでいるからこその暴挙か。
「え? あ、こりゃどうも」
 驚いた顔はしたが、彼はありがたそうにそれを受け取った。
 震える指には気づかずに。
「ぬくい」
 すぐには開けず、いとおしむように缶の温もりに頬擦りする。
「いくら?」
 鋭い視線が俺を見上げる。
 別に睨んでるわけではないのだろうが、元々キツイ目付きの人がじっとこちらを見つめるから、居心地が悪くなる。
 まるで観察されてるみたいだと。
「いいです。あげますよ」
「赤の他人にオゴる趣味?」
「夜中に一人でここで待ってるのが退屈だなって思ってたから。それを飲み終わるまで一緒にいてくれればありがたいですけど」
「ああ、雨降ってるし、怖いもんな。じゃ、ありがたく」
 嘘ばっかり。
 人に会いたくなくてこんな時間まで出掛けるのを悩んでいたクセに。さっき入って来た二人の時には、心の中で『早くいなくなって』と思ってたクセに。
「それ、一緒に入れます?」
 今も、彼以外の人間は誰も来るな、と祈っていた。
「うん?」
 この人と、二人きりでいたいから、邪魔者は現れるな、と。
「いえ、スーツ濡れてるから、乾燥機に一緒に入れますか? 少しは乾くかも」
「乾いても、またこっから家までの間に濡れるからな」
「ああ…、そうですね。すいません」
「いや、ありがとう。君、親切だね」
「いえ。ただ、サラリーマンの方だと、明日大変だなって」
「大丈夫。ふだんはスーツなんか着てないから。あれかな、俺が珍しくスーツなんか着てるから、雨が降ったのかも」
 彼はぬるくなってしまったであろうコーヒーの缶をここでやっと開けた。
「そっちは? 会社勤めってわけじゃなさそうだな。こんな夜中に洗濯してるってことは」
「ええ」
「何やってる人?」
「自由業です」
「自由業か。いいね、自由ってのは」
「案外不自由なことも多いですけどね」
「仕事なんて、何だって不自由さ」
 会話が切れ、雨の音が大きくなる。
 沈黙の中、距離を置いて二人でコーヒーをすする。
 この降りでは他の誰かがやって来ることはなさそうなのに、俺ときたら気の利いた話題の一つも出て来ない。
 何か話さないと。
 時間なんてあっという間に過ぎてしまうのだから、何かを繋がないと。
 けれどやっぱり何も考えつかない。言葉を操る仕事をしているのに、本当に無芸の自分を後悔する。
 仕方なく、俺は黙って彼の横顔を見つめた。
 切れ長の、細めると冷たい感じのする目。
 通った鼻筋と薄い唇。
 男の俺から見てもハンサムだと思う。きっと、女性にモテるのだろう。
 ふだんはスーツなど着ていないと言ったけれど、会社勤めは否定しなかった。では何の仕事をしているのだろう?
 濡れたスーツはさほど安いものとは見えないから、それなりにいい稼ぎのある仕事だろう。
「雨、やまねぇな」
 彼が突然口を開いた。
「え? ええ。天気予報だと、明日も雨だって言ってましたから」
「そっか…。じゃあいつまでもここにいてもしょうがないな」
 彼は立ち上がると、飲み干していたコーヒーの缶を、部屋の隅にあるゴミバコに投げ入れた。
「悪いけど、俺は先に失礼するよ」
「あ、でも…」
「いつまでいても変わんないし、ちょっと寒くなってきたからな」
「そ…、うですね。濡れたままでいると風邪を引くかも知れないですし」
「コーヒー、ありがたかったよ。サンキュ」
 行ってしまう。
「あの、近くにお住まいなんですか?」
「ん? ああ」
「だったら、ちょっと待って」
 俺はまだ動いている乾燥機の扉を開けると、回っている洗濯物の中からバスタオルを引っ張り出した。
 薄いグリーンと黄色のチェック柄のものだ。
「よかったら、これ」
「拭いても、すぐに濡れるぜ?」
「いえ、スーツより被りやすいでしょう? これを纏まとって行けば、少しは…」
「返しには来れないぞ?」
「いいんです。どうせ貰い物だから」
 これも嘘だ。
 明るい色が気に入って、自分で買ったブランド物だ。
「いつか、縁があったら返してください」
「本当にいいのか?」
「傘を貸せないのが申し訳ないから」
「そんなの構わないさ。俺が傘持ってったら、あんたが困るだろう」
「だから、せめてタオルを」
 押し付けるように、まだ少し湿った温かいバスタオルを渡す。
 彼は戸惑ったようにタオルと俺を見比べ、肩を竦めた。
「わかった。じゃ、借りるとしよう。ありがとう」
「気を付けて」
「あんたもな」
 それで、終わりだった。
 もう交わす言葉もなく、彼は、バスタオルを広げて頭っから被ると、再び雨の中へ飛び出して行った。
 すぐに見えなくなる背中。
 名前も、聞いてもらえなかった。
 名乗っても貰えなかった。
 それでも、自分が使っていたタオルが、彼の手に渡ったということだけで、自分が彼の役に立ったということだけで、満足だった。
 今まで彼が座っていた椅子に腰を下ろし、彼がしていたように乾燥機にもたれかかる。
 乾いた身体には熱い扉。
 あの頃も、自分は何もできなかった。
 タオル一枚渡すことも出来なかった。
 それに比べれば、今日は会話もしたし、タオルも渡せたのだから、大した進歩だ。
 こんな自分でも、大人になったということだろう。
「変わってないな…」
 もう随分と経ってしまったけれど、一目で彼だとわかった。
「上杉先輩」
 だから、勇気を出して声をかけたのだ。人に会いたくないと思っていた自分が、他人に近寄ることなどできない自分が。
 きっともう二度と会うことなどないと思っていた人だったから。
 今日の今日まで、忘れることのできない人だったから。
 この奇跡のような再会に、縋るように勇気を出した。
 彼は、あの頃自分が一番好きだった人だったから…。


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